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リリスの意志

まるまる一話分が抜けていました。

~承前






 ジョニーは僅かに唖然としていた。

 リリスの口を突いて出た荒々しい言葉は、淑女らしからぬものだった。

 ただ、それを気取る必要も無いし、また、それを行う相手も居ない。


 ここは()()しか居ない閉じられた環境なのだ。

 ならば、遠慮無く本音の一つも出るのだろう。

 しかし……


「……率直に申し上げますが」


 キツネの男――ウィル――に続き、トラの大男が口を開いた。

 誰だコイツ?と怪訝な顔でトラを見ていたジョニー。

 リリスはそれを見取ったのか、そっと助け船を出した。


「なに? 遠慮無く言ってルフ」


 リリスが見せた気配りはジョニーの心を打った。

 事態を飲み込めない彼の為に、リリスは敢えて名を呼んだのだ。


「魔素と魔力の総量なら姫の方が遙かに優れるってもんですが、魔術は量じゃ無くて使い方が肝心要の代物ですんで、総量は少なくとも上手く使える連中の方が厄介ってことです。どうかそこは了見を違えないで『そうね』


 リリスは平然とそれを肯定し、楽しそうに笑った。


「時間は幾らでもあるし、ここには最高の師が揃ってるからね。負けない様にせいぜい努力しなきゃダメって事ね」


 なんとも軽い調子でそう言いきったリリスだが、ジョニーは解っていた。

 リリスは退屈しているのだ。この地下宮殿の中で暇を持て余しているのだ。

 哀れな泥人形にされてしまったシャイラに命を狙わせるほどに……だ。


 スリルに身を焼きながらワクワクする経験を欲している。

 例えそれが、命懸けの危険な遊戯だとしても。


 いや、今のリリスにしてみれば、術勝負で負ける事こそ本望かも知れない。

 勝負に負け命を落とせば、それはある意味でリリスの救済でもある。

 なぜなら、禁断の魔術と言うべき領域に足を突っ込んでしまったのだから。


 永遠の時間を過ごさねばならないリリスは、生きること自体が苦しみだ。

 正確には生きてすらなく、死んで尚この世界に縛り付けられている状態だ。

 その苦しみから解放されるなら、殺される事は困らない。


「お嬢様……」


 なんともやるせない表情でウィルが呟く。

 周囲の者を困らせてるにもかかわらず、リリスは全く話を聞いてくれない。

 話しは聞いていても、それを飲み込んでいないのだ。


「術勝負になったなら、どうしたら良いかしらね?」


 意見を求めたリリス。

 だが、それに答えたのは年増なネコの隣に居た若いネコだった。

 心配げな表情でリリスを見ているが、その身にまとう空気は傲岸不遜だ。

 誰にも頭を下げたくないネコの個性が良く出ていた。


「アンタ、アレに勝てるとでも思ってるのか?」

「むしろなんで勝てないの? ヴェタラなら知ってるんじゃない?」

「アンタねぇ――」


 ハァ……と溜息を一つこぼし、そのネコは腕を組んでリリスを見た。

 その仕草を見れば、このネコは見かけ以上に年増だと解る。

 あの見るからに年増な、尻尾が二股に分かれたネコ以上かも知れない。


「――アタシの3倍は生きてそうな化けキツネ相手にどう勝つつもりなのさ」

「3倍? そんなに?」

「アンタも見たろう? ありゃ九尾までもう一息って代物だぞ?」


 リリスは表情を変えて首を傾げた。同じようにジョニーも首を捻った。

 このネコの女も、その身体が作り物だとわかったのだ。

 そしてそれは、魔道の追求に掛かる時間的な経費の果ての事だと思ったのだ。


 ただ、その女の振る舞いを見たカリオンは、静かな口調で言う。

 ややイラツキ気味のヴェタラを刺激しないように。


「ヴェタラ。それはどういう事なのか、余に理解できるよう説明してくれ」

「……まぁ手っ取り早く言えばだね」


 カリオンが出した助け舟は、ヴェタラの溜息混じりな言葉を呼び出した。

 ただ、その言葉は徹頭徹尾に衝撃的だった。


「そもそもね、魔法や魔術って代物はキツネが作ったんだよ。遠い遠い昔の話さ。神の眷属だったのは何もイヌだけじゃない。イヌが神と崇める存在たちが崇めた本当の神。キツネはその神の眷属だったんだ」


 ヴェタラの切り出した言葉に皆が息を呑む。

 だが、それを無視しヴェタラはこの世界にある真実の一つを説明しだした。


「この世界にいるアタシたちのうち、魔法使いと呼ばれる者はよき隣人の助けを借りて魔術を行使する。魔術師や魔導師は魔術の作動原理そのものを使うが、アタシたち魔導師は自分以外のだれか、何者かに作用してもらうんだ」


 わかるかい?とジョニーを見たヴェタラ。

 年増なネコの行なう説明は、迫力満点に響いていた。


「私たちがよき隣人と呼ぶ存在は、時の流れが違う世界にいるんだ。そこに作用できるのは、本当に選ばれた者だけさ。なんせ、そのよき隣人って存在は、神の僕そのものだからな。けどね、あのキツネたちが使う符術ってのはね、その隣人を使役するんだよ。呼び出して、符の中に込めて、それに命令するのさ」


 ジョニーはその説明にも驚いたが、何より驚いたのはリリスの顔だった。

 想定以上の存在だと知ったリリスは、自分のしでかしたことの核心を知った。


「アタシはもう4度、転生を経験した。狙って転生するのは少々じゃ出来ない芸当さ。解るだろ? けどね、最初にこの世に生まれ落ちて、このままじゃ勝てないって気が付いて転生した時点で、あのキツネは五尾だったんだよ。それが今は七尾なんだから、どれ位生きているか解るだろ?」


 ヴェタラはジッとカリオンを見て続けた。


「キツネの国には帝が居る。あの国を統べる(すめらぎ)は、この世界を作った存在、創造神の子孫だと言う。その皇は国を統治するにあたり、有力な者達に権限を与えて見守る事を選んだのさ。ただね、あの化けキツネはその皇にすら指図できる存在なんだよ。なぜだかはもう解るだろ? あれは、あのキツネは、それ自体が神の眷属なんだよ……」


 ヴェタラの指がスイッとカリオンをさした。

 その指がまるで刃の様にも見え、ジョニーはゴクリとツバを飲み込んだ。


「イナリ・ミョージン…… この言葉を絶対に忘れるな。この世のどこかに居るイナリって奴は豊穣神であり鉱物神でもあり、また運気や生命そのものを操作できる本物の女神だ。アタシを含めた相当な実力の持ち主が夢中術で接触を試みても、その姿は光り輝いて見えないのさ。そのイナリの前にいる眷族が九尾なんだよ」


 ヴェタラの強い眼差しがリリスへと注がれた。

 それは、怒気や嘆きではなく、警告の意を孕んだ眼差しだった。


「アンタの魔力は尋常じゃないところにある。それは間違いない。その気になれば太陽を西から登らせる事だって出来るくらいに凄まじい力だろうさ。だけどな、砂粒一つを海から持ち上げ、それを百に砕いた後でもう一度固めて元に戻すって芸当が出来るかい? 力じゃないんだよ。技なんだよ。術の本質が全く違うんだ」


 ヴェタラはこの世の真理を切々と言って聞かせた。

 その間も周囲の魔術師はジッとリリスを見ていた。

 そのどれ一人として、敵わない存在がいるのだ。


「アンタも含めアタシたちはこうやりたいと願って何かを動かす。だけどね、あいつ等はこうあるべきの願ったことそのものを実現できるのさ。何かを使ったりお願いしたりじゃない。机に置いた湯飲みを動かすようにね――」


 ヴェタラが空中で手を動かした。

 何かを動かすような仕草だが、それはモノを動かすと言う姿だ。


「――()()()()()()()()実現()()()()()()正真正銘本物の魔術使いなんだ」


 地下宮殿の中に静寂が訪れた。

 それは、ややもすれば押し潰されてしまうような静寂だ。

 絶対的な実力差は天地ほどに開きがあるものなのだった。


「……どうにもならないって事ね」

「その通りです。


 搾り出すようなリリスの言葉にウィルが返答を返した。

 ただ、その言葉に続きウサギの男が口を開いた。


「このキツネのウィルや、そっちの……ネコマタのセンリや、もちろん私を含め魔道の研究に身を捧げてきたイナバ一門の誰一人として、あれと同じ事は出来ないんですよ。恐らくはキツネの国の中でも同じ事が出来るのは碌に居ないでしょう」


 イナバと名乗ったウサギの男は空中で印を切った。

 何もない空中に魔力が作用したのか、その周辺だけが少しだけ明るくなった。


「光を召喚する印を切ったのですが、ここは以上に魔素が溜まっているのでコレくらいは私でも光らせる事が出来るんです。ですが――」


 ウサギの男は空中にボンヤリと光る玉を握り潰した。

 同じ事が出来れば、暗闇の行軍が楽だろうなとジョニーは思った。


「――あのキツネの女は……いや、キツネと呼んで良いのかすら解らない存在は、何もないところで紙に術式を書いただけで同じ事が出来るんです。そんな存在に喧嘩を売ってしまったと言う事を、もう少し真剣に考えて、捉えてください。場合によってはこの国全てを焼き滅ぼすような事になってしまいます」


 リリスの表情が変わってきた。それを見ていたジョニーは、その内心を思った。

 どうやっても勝てない存在がいる事を受け入れ、共存を考えねばならないのだ。


 いや、共存と言うのも少々おこがましいのかも知れない。

 もっとも率直な表現をするなら、存在を許されなければならない……


「アタシだって喧嘩売る相手は選ぶもんさ。まぁ、本当にやばい相手ってのが居るんだよ。良い勉強だと思って、よく覚えときな」


 ネコマタのセンリと紹介されたネコの女は、卑屈そうに笑いながら言った。

 あの、プライドだけはめっぽう高いネコが言うやばい存在だ。


 ――どんだけだよ……


 ジョニーは内心でそう唸るしかなかった。


「お嬢様。コレだけは覚えておいてください」


 話を〆るようにウィルが切り出した。

 相当きつい事を言うのだろうなと思っていたジョニーだが……


「剣士でも騎士でも魔術師でも一緒です。最も手強い敵は慢心です。慢心と過信は自分では気が付かないのです。痛い目にあって臆病になって当たり前なのです。誰かの振る舞いが臆病だと思うなら、それは己の慢心と過信だと思ってください」


 長年の信頼関係が許す諫言は、それでもなお身を斬るようなキツさだ。

 だが、リリスは全部承知で首肯を返した。


「キツネは人を化かすといいます。相手を騙し丸め込む事に関していえば、ネコも敵わぬ存在です。キツネとばかしあいが出来るのはタヌキだけでしょう。そのタヌキもキツネは敵にしないようにしています。ですから――」


 ウィルは辺りをグルリと見回してから言った。


「――この先、キツネはお嬢様に何らかの形で接触してくるでしょう。それも、お嬢様を騙し、誑かし、罠にはめるような手段でです。ですから……」

「相手を見抜かないとダメって事ね?」

「その通りです」


 ウィルの言葉に首肯を返したリリスは、何も無い空間から水晶玉を出した。

 一瞬だけ目を疑ったジョニーだが、もはやそれ以上の感情は無かった。

 リリスは常識の通用しない相手になった。なってしまったのだ。


 そして、それでもなおカリオンはリリスを愛している。

 リリスもまたカリオンを愛している。

 このふたりは普通では無い存在なのだから。


「俺も気をつけた方が良いか?」


 ジョニーはなんとなくそんな言葉を吐いた。

 昨夜の夢に繋がっていた者のひとりとして、接触対象かと思ったのだ。


「……そうですね。レオン卿も危ないですな」


 ウィルはジョニーの危惧を肯定した。

 周囲に居た者達も同じように首肯していた。


「なら……」


 リリスはジョニーの目の前で水晶玉を両手に抱えた。

 そして、その水晶玉を左右から圧縮して見せた。

 水晶玉はグングンと小さくなって行き、最後には小さな球になった。


「これを持っていて。そして、危ないと思ったら飲み込むと良いよ。私の力を込めてあるから、もし相手が嘘をついていたら、鈴の音が聞こえるから」


 リリスから手渡されたビー玉のような球を、ジョニーはジッと見ていた。

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