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死者の宮殿の女王

~承前






 ――ん?


 それは、ジョニーが足を止めるのに十分な理由の物だった。

 聞き覚えのある声に導かれ階段を降りていた。

 だが、ジョニーは足を止めてその会話を聞いた。

 叱責するその声には聞き覚えが無い。

 答える方は間違い無くリリスだ。


 ――なんだ?


 黙って立ち聞きもあまり良い事では無いな……と、ジョニーは階段を下りた。

 降りきった先は広大なホールになっていて、その中には篝火があった。

 驚くほど寒いそのホールには、大量の水が流れる水路があった。


「すげぇ……」


 城の地下にこんなモノがあるのか……と、驚くより外無い。

 ただ、ここで問題なのはそこではなかった。


「あっ! 良いところに来た!」


 ホールの中央へやって来たジョニーをリリスが見つけた。

 その声を聞いたジョニーは、思わず足を止めていた。

 白みがかった透明な顔がそこにあったのだ。

 驚くほど豪華な衣装に身を包み、修道女の様にケープを掛けている。

 間違いなくリリスの姿をしているのだが、それはどう見たってガラスだ。

 白みがかったガラスがまるで水の様に動いているのだ。


 ――魔法生物……


 内心でそう思ったジョニーだが、リリスはにんまりと笑った。


「そうか。この姿を見るのは初めてだものね」

「……あっ あぁ。さすがに驚いた」

「コレが今の私よ。どう? 奇麗でしょ?」


 ホールの中央は一段高くなっていて、その中心には椅子があった。

 カリオンの座る玉座と同じデザインの、豪奢な椅子だった。

 その椅子に座っているリリスは、ケープの上にティアラを載せていた。


 私はいまだに帝后である……と、言外にそう誇示するかのような姿。

 そしてそれは、ある意味で女の意地であり、また、リリスの願望でもあった。


 ただ、ジョニーが足を止めた理由はそこでは無い。

 リリスの周りに立っていたのはキツネとウサギの男。

 それと、年増なネコの女ふたりにトラの大男だ。


 そのどれもが、並々ならぬ魔術師なのはすぐにわかった。

 巨大な宝石を嵌めたワンドや杖を持っていたからだ。


「死者の宮殿へようこそ。滅多に入れないところよ?」


 右手をスッと上げてスナップ音を鳴らすと、ホールの奥から何者かが現れた。

 何処かで見たことのある人物だ……とそう思ったジョニーは、ハッと気が付く。


「叔母上。お客様に御茶を入れて差し上げてください」


 リリスの言葉にスッと頭を下げたその存在は、奥へと消えて行った。

 その後ろ姿を見たジョニーは、叔母上の言葉と共に確信した。


 あれはサウリクル家当主であったシャイラ・アージンだ。

 フレミナ勢と共謀し、カリオンとリリスを亡き者にしようとした女だ。

 たしか、人民裁判の中で死罪を宣告されたはずだが……


「あれでいて中々働き者でね」


 暗闇の中から姿を現したカリオンは、リリスへと近寄ってその頬に触れた。

 そのカリオンの手に自らの手を重ね笑みを浮かべるリリスはまさに女王だ。


「この身体が少し暖かくなった」

「いつも冷たいからな」


 そんなふたりの会話にジョニーは寒さを思い出し、ブルッと震えた。

 吐く息が白くなるほどに冷気の溜まっている場所だ。


「ここはジョニー君にも寒いよね」

「あぁ。かなりな。外はもう夏の陽気だから」

「……私は寒さも暑さも感じないから平気だけど――」


 ニヤリと笑ったリリスはカリオンを見上げた。

 玉座に座るリリスの隣に立ち、ジョニーを見ているカリオンをだ。


「――ここは生ける者には寒すぎるはず」


 ややあって奥から再びシャイラが姿を現した。

 まるで死体が歩いているかのような、普通では考えられない蒼白な姿だ。


「ありがとう」


 湯気の立つティーカップを受け取り、それをジョニーへと差し出したリリス。

 ジョニーはその玉座へとあがり、お茶を受け取った。

 胸のすくような素晴らしい香りにジョニーは目を細める。


「美味いな」

「でしょ? さすが叔母上様よ」


 見下すような流し目でシャイラを見たリリスは邪悪に笑った。

 その姿を見ていたシャイラが突然跪き、口をパクパクと動かし始めた。

 恐らくは必死に何かを訴えかけているんだろうが、その声は全く聞こえない。


「……何を訴えているんだ?」

「殺して欲しいって言ってるのよ」

「えっ?」

「何時も同じ事しか言わないから飽きちゃってね。魔術で声をなくしたの」


 リリスは鈴を転がすような声で笑った。

 それは、文字通りに支配者の笑みだった。


「死罪が告げられたんだけど、カリオンが死一等を減ずるって恩赦を出して永久禁固になったんだけど、城の上に出しとくとフレミナ恩顧の殺し屋がいっぱい来るからここに連れて来たの。そしたら――」


 涙を流しながら何かを懇願するシャイラは、いつか見たままの姿だった。

 まだビッグストンに通っていた頃に見た、それなりに年増だがまだ若い姿。

 その姿のまま、漆黒のローブ一枚だけを与えられていた。


「――いつの間にか魂を失ってしまったみたいでね、本人がどれ程死にたいって願っても死ねなくなったのよ。私と同じで」


 フフフと笑ったリリスは、スッとシャイラに手を伸ばした。

 その手の前で跪いたシャイラは、その指をまるで飴の様に舐めていた。


「こうすると落ち着くらしいわね。叔母上様も男に狂った火宅の人だから」


 リリスの言葉はゾクリとした寒気をジョニーに与えていた。

 この仕打ちが意味するモノは、文字通りの復讐なのだろう。


 ジョニーとてフレミナとの闘争は公式文書で読んでいる。

 その顛末や、どう仕置きをしたのかも知識としては持っていた。

 だが、カリオンとリリスが持った純粋な怒りと憎しみは知らなかった。

 死ぬより苦しい仕打ちをするべく、カリオンは恩赦を与えたのだ。

 国民はその振る舞いに、怨敵ですらも慈悲を掛けた稀代の王だと賞賛を送った。


 しかし、その実として与えられたのは救済のない永遠の苦しみだ。

 それを受けた死者の女王は、死と言う救済すらも奪い取っていた。


「……まだ、生きているのか? それとも死んでいるのか?」


 ジョニーは僅かに震える声でそれを問うた。

 一般的に考えられる生死と言う概念が通用しない事は百も承知でだ。

 しかし、その問いに対しリリスはあっけらかんとした調子で返答した。

 さも『何か問題があるの?』と聞くような状態だった。


「もうとっくに死人よ。身体の中にある命の器である魂はとっくに壊れているし。だけどね、それでも命そのものが身体を離れないように魔術で縛り付けたの。そしてね、死体が腐って果てないように木と泥で体を作り直したのよ。真ん中に核となるモノを埋め込んでね」


 震える声で『それじゃぁ!』と漏らしたジョニー。

 リリスは口元を右手で隠しながらホホホと高貴に笑った。


「私が赦すまで絶対に死ねないのよ。もちろん殺しても上げない。私が粉々に砕かれて、この水晶の身体から命が抜けて、私が永遠の安息を得る日まで、絶対に死ねないようにしたの。だからね、叔母上様に言ってあるのよ。どんな手段を使っても良いから、私を楽にしてねって。私を殺してって。そうしたらやっと死ねるんだから。まぁ、それも出来ないけどね」


 リリスはシャイラの口の中から左手を引きぬいた。

 そして、グッと力を込めて手を広げた。


 次の瞬間、シャイラはまるで突風にでも弾かれたように吹き飛んだ。

 一段高くなっている玉座の上から転がり落ち、一段低い場所へ蹲った。

 そして、床を叩きながら何かを叫ぶ仕草をしていた。

 泣き叫びながら、天を仰ぐような、そんな素振りだ。


「叔母上様に埋め込んだ核は、自分の力では取り出せないし、私の許しなく近づこうとすると、一定の距離で弾き飛ばされるようになっているの。そして、弓とかの飛び道具で狙おうとすると、その身体全てに激痛が走るようにしてある」


 ホホホと笑いながらリリスは言った。


「御下がりください叔母上。ありがとうございました」


 あくまで叔母に対する敬意と感謝を忘れない振る舞いのリリス。

 だが、『どう? 楽しいでしょ?』と言わんばかりの眼差しには狂気があった。

 それは、想像を絶する仕打ちなのだった。


「……そこまで憎いんだな」


 ジョニーは静かな声でそう言った。

 本当に怒らせたときは、男より女の方がよほど残酷な仕打ちをすると言う。

 その言葉の本質を見た気がするジョニーは、文字通りに言葉を失っていた。


「当たり前じゃない……」


 口を尖らせるようにして言ったリリスの言葉は震えていた。

 怒りと悲しみとがない混ぜになった、とても制御しきれない本音がこぼれた。


 出来るものなら今すぐにでも八つ裂きにしてやりたい。

 そんな怒りに満ちた哀しみの発露だった。


「私達から全てを奪ったのよ。未来も、安息の日々も、父様も母様も。全て……」


 ジロリとした眼つきでジョニーを見たリリス。

 その眼差しには狂気染みたモノがあった。

 そして、僅かでも気を抜けば、闇に取り込まれそうに感じた。


「そうだよなぁ……」


 とりあえず同意しておいた方が良い。

 ジョニーは背筋の寒気を必死で追い払いながらそう言った。

 今のリリスを怒らせても、得になるものは一切ない。


 くわばらくわばら……と、腹の底でそう唸ったジョニーは話を変える事にした。

 リリスの周りに居た魔術師たちの視線が痛かったのもあるのだが。


「ところで、何の話をしてたんだ?」


 自然にそう切り出したジョニーは、リリスの周りに居た魔術師たちを見た。

 その中にはカリオンも居た。王を護るようにしている


「そうそう。それですよ」


 再び口火を切ったのはキツネの老人だ。

 痩せぎすな身体だが、不思議と威を感じる人物だった。


 ――あぁ、そうだ


 サウリクル家で見たレイラの付き人状態なキツネの男だ。

 名前は確か……ウィルケアルなんとか……とか、面倒な名前だったはず……


 ジョニーはそんな事をツラツラと思っていた。

 だが、そのウィルはそんな事はお構いなしに話を元に戻した。


「いくらなんでも軽率に過ぎますよ。確かにお嬢様の魔力は我々5人全てを足しても太刀打ちできぬほどですが、あの存在は『だから解ったって』


 何で話を戻すんだ!と恨みがましい目でジョニーを見たリリス。

 そのジョニーは不思議そうに首を傾げた。


「一体何の話なんだ?」


 不思議がるジョニーを前にリリスはあっけらかんとした口調で言うのだった。


「キツネの国からチョッカイ出してきた妖怪ババアの横っ面をひっぱたいたの」

「え?」

「昨日の夜、夢の中にちょっかい出してきたでしょ?」


 アレをチョッカイと言うのか?とジョニーは驚く。

 だが、リリスは平然とした様子で笑って言った。


「だからね、邪魔すんなクソババアって感じで、あっちが使っていた水盆を木っ端微塵に粉砕してやったのよ。ざまぁ見ろて感じでね」

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