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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
幼年期 ~ うたかたの日々
2/665

同胞の帰還

「ワタラ。あれなに?」


 童子は広場を埋め尽くした黒尽くめの男達を指さして不思議そうに訊ねた。

 穏やかな秋の日。屈強な男達が漆黒の衣装に身を包み、白木の箱を抱えて歩いてきた。

 賑やかな行軍歌を奏でるマーチングバンドを引き連れ、静々とやってきたのだった。


「あれは戦に行った先で死んでしまった勇者たちだ。仲間達がその骨を持って帰ってきたんだよ。生まれ育った故郷の土に還るために戻ってきたんだ」


 童子からワタラと呼ばれたその男は、頭のてっぺんから足の爪先まで漆黒の衣装に身を包んだ異形の姿だった。漆黒の面帯を付け顔を隠し、抱きかかえた童子へ静かに語りかける。


 切り立った山並みにへばり付くような、僅かな平場を繋いで出来た街――シウニノンチュ――の広場。

 立体的な構造を持つその街は、山を登って上に行けば行くほど社会的に高階層な者の居場所となる。


 その童子は、最高台にあるチャシ()のテラスで群衆を眺めていた。童子を包む衣服は街の住人のソレとは程遠い上等なモノだ。誰が見たってただ者ではないとすぐわかる。


「仲間を見捨てちゃいけない。仲間を裏切っちゃいけない。仲間を大事にするんだ。自分より大事にするんだ。そうすれば、自分がまわりから大事にされる。自分だけ得をしようなんて思うと、大事な所で仲間に捨てられる。だから、どんな時でも仲間を大事にするんだ。そうすれば自分も助けて貰えるからね」


 コクコクと頷く童子と、それを抱きかかえるワタラの傍ら。

 貴族軍人が幾人も立っている中に、見事な刺繍の施された戦衣を肩から襷に掛けるイヌの男が一人混じっていた。知性と威厳を合い備えた相貌だが、しかしその顔立ちはヒトと同じ。

 ピンと立つ耳に戦衣から見える黒い尾がなければヒトにも見えるマダラの男……


「エイダ。ワタラの言葉は忘れるんじゃないぞ」

「はい、とうさま」


 エイダと呼ばれた童子は自らを抱える男――ワタラ――を見上げた。

 顔に被せた黒の面帯の、その開いた眼の穴からは優しい瞳がエイダをみつめている。


「エイダ」

「はい、とうさま」


 エイダから父と呼ばれるそのマダラの男は広場を指さした。

 広場に並べられた白木の箱へ、広場にやって来た人々が花を投げている。


「よく見ておくと良い」


 ジッと広場を見つめるエイダもまたマダラの姿だった。

 その立耳も黒い尻尾も紛れもないイヌの血の証。

 でも、その顔立ちはヒトのソレだった。


 ……集団性と団結心を重んじるイヌの社会では、基本的にマダラは疎まれる。

 ヒトの男に現を抜かした愚かな女の産んだ子供。

 マダラにはそんな評価、或いは陰口が付きまとう。


 イヌとヒトの間に子供が出来るわけが無い。


 種族の壁は愛や情熱や生半(なまなか)な魔法で乗越えられるほど易しくは無い。

 父母の命を削るほどに危険な魔法を使い、神の摂理や種族の壁を強引に乗越えんと試みた者は、はるか昔から居たそうだ。

 だが、その果てに生まれた子は育たずに死んでしまうか、さもなくばこの世の者の姿とは程遠い異形の生物と成り果てる事が殆んどだった。


 だから、そんなマダラを多くのイヌはこう考える。


 【生まれるはずの無い命が生まれてしまった】と。


 そもそも、この世界のイヌと言う種族は創世神話の時代から不浄の側の出自なのだ。

 神に愛された存在だとか、その映し身だとか、そういう類の話は一切無い。

 逃れようの無い穢れから神の怒りを買い、地の底へ幽閉された悪なるものの末裔。

 単なる気まぐれにより生存を許された、生まれながらの咎人。


 だからこそ。

 イヌは不義と不忠と、そして不善をもっとも悪とする。


 神の怒りを買って、再び地の奥底へ幽閉されないように。

 不毛不浄の地へ押し込まれ、鎖に繋がれ、尻尾を丸めて生きる事の無いように。

 イヌは仲間同士、信じあい助け合い、相手を責めず自らを恥じる文化を創ってきた。

 他人の利益の為に自らの不利益を甘受する。そんな社会だ。


 その中で自分に有利になるような嘘をつき、相手を騙す事は一番の大罪。

 或いは。有りもしない出来事を並び立て自分が被害者であるように振る舞う。

 筋の通らぬ話であっても相手が折れるまで、自分が勝つまで大声で喚き続ける。


 他人の善意を利用し、他人の不利益に目を瞑り、自らの最大利益を追求する。

 そんな、自己的で独善的な人間を最も不道徳な存在とする社会。

 その様な存在を、理性や理屈や論理的な根拠で【区別】する事はイヌの常識だ。


 故に、マダラは疎まれる。

 いや、もっとハッキリ言えば、嫌われる。


 あの女房は亭主に不義を働き、ヒトとの間に子を作ったふしだらな女だ。

 ヒトの男に溺れ、出来るはずのない子を儲けるまで交わり続けた尻軽女の息子(サノバビッチ)


 夫を騙した嘘つき女の子供だから、どうせろくな奴じゃない。

 平気で人を騙す悪い女の子供だ……

 マダラについて回る悪い感情は、結局そこへ行き着く。


 そんな嫌悪感こそがマダラ差別の根源。如何なる根拠も理屈も存在しない。


 ――――あいつ(マイノリティ)こっち(マジョリティ)と違う――――


 マイノリティ差別とは違う、種族的嫌悪感に基づいた、全く謂れなき純粋な差別。

 圧倒的な多数が掲げる道徳的正義感に弾かれてしまう極少数の悲哀。

 それこそがイヌのマダラの宿命だ。


 だが、それでもこの子は特別だった。

 紛れも無い確かな血筋が、悪意に塗れた汚い言葉を許さなかった。

 何より。母親の持つ【特別な事情】が、入り婿となった父親にマダラを許した。


 マダラに生まれながらも何一つ不自由なく育った、恵まれた子。

 石を投げられる事も、汚い言葉で蔑まれる事も、そこに居るだけで命の危険を感じる事も無く育った、恵まれた存在。


 エイダが見つめる広場は、あっという間に一面の花畑となっていた。


 その中を、黒衣の女性達が進み出てきて一つ一つ箱を確かめている。

 まるでなにかを探すように歩いて行き、一人また一人と足を止めた。

 白木の箱を見下ろし、或いは手に抱え、嗚咽がこぼれ始める。

 

 その女性達一人一人に言葉を掛けて歩く男が居た。

 豪華な装飾の施された太刀を腰へ佩いた、美しい前垂れの付いた帽子を被る男。


 ――――そなた達の胸に吾子は戻れり! 勇者を讃えよ! 


 広場を埋め尽くす人々の声が響く。

 拍手と歓声と、そして、叫ぶような声。


 ――――同胞(はらがら)の為に散じた美しき生命を讃えよ!


 幾重にも折り連なる山並みの中に反響する声。

 老若男女問わず、その功績を讃える声が響いた


 『 ヴィ ヴァ ラ ヴィ ー タ ! 』


 幾度も響くその声に励まされ、女達が立ち上がった。

 流れる涙もそのままに、その(かいな)へ吾子を抱きしめて。


 その女達へ一包みの袋を手渡す帽子の男。

 中からは金属のぶつかりあう小さな音色が響いている。

 その幾何(いくばく)かの金で命を買った訳では無い。

 だが、弔いをするのにだって必要なのだ。


 ――――神よ! その御手を持って母と吾子の楽しい記憶だけを遺し給え!


 泣き崩れる母の肩を抱いたその男は静かに語りかける。


『ル・ガルの母よ。そなたの吾子を讃えよ。一〇万の仲間が歩く街道を護る為に、最後まで戦った勇猛果敢な男だった。そなたの息子の魂はル・ガルと共にある』


 涙を流す母が立ち上がった。

 深々と頭を下げ、白木の箱を持って何処かへと消えていった。

 その後ろ姿へ剣を捧げた帽子の男は、再び手を上げ叫ぶ。


 ――――ノーリの鐘を鳴らせ! 男達の魂が故郷へ帰ってきた!


 広場を見ろ下ろす聖導教会の大鐘楼から美しい鐘の音が鳴り響く。

 その涼やかに澄んだ音色を聞きながら、豪華な戦衣を纏う男が再び言う。


「エイダ。お前が大きくなった時には、この戦は終わっているだろう。だからお前はこの戦で傷付いた者や打ちのめされ弱ってしまった者や、そして大切な人を失った人々を守ってやるんだ」

「とうさまは?」


 とうさまと呼ばれた戦衣を纏う男は笑いながらエイダの頭を撫でた。

 愛おしげに触れた手にエイダは手を重ね笑う。


「お前が大きくなった頃には、私もきっとあの黒い列に並んでいるだろう。お前には見えない姿になってな。だが、私はいつもお前のそばに居る。いつもな」

「見えない?」

「そうだ。見えなくなってしまう」

「大丈夫! ボクには見える! あそこに沢山人が立っているもん!」


 エイダは広場を指さした。


「鐘の音がみんなを呼んだんだ。みんな帰ってきた。イェルサレム(約束の地)の鐘だもん」

「そうか」


 頭を撫でる手はエイダの頬を触る。

 柔らかく汚れのない童子の顔に笑みが浮かぶ。


「とうさまが居なくなってもワタラが居るよ?」

「そうた。その時はワタラを私だと。父だと思え」


 不思議そうに見ているエイダ。

 そんな会話を聞いていた傍らの女性は複雑そうな表情で会話を聞いていた。


「ゼル……」


 ゼルと呼ばれた――豪華な戦衣を纏う――男は、ジッとその声の主を見た。

 同じように豪華で瀟洒な衣服に身を包む妙齢の女。

 ヒトと同じ様な姿だが、マダラの男の姿と同じ様に耳と尻尾が付いている。

 男と違い体毛に覆われていない女達には、少々寒すぎる筈だ。


「エイラ。エイダには解っているんだよ」


 ゼルの手がエイラと呼ばれた女性を抱きしめる。

 エイダはその様子を不思議そうに眺めながらワタラを見上げた。


「恐れ多いことでございます」


 エイダを抱き上げていたワタラは一礼しつつ一歩下がった。

 そこへ帽子を被った男がやって来たからだった。


「ゼル、エイダ。長い留守をご苦労だった」

「ご無事で何よりです。義兄殿(あにうえ)

「ノダ兄さんは無事で良かったわ」

「何かあったのか?」


 その豪華な前垂れを付けた帽子を被るノダと呼ばれた男がチラリとエイダを見た。

 ワタラに抱かれたエイダが無邪気に笑っている。


「また侵入者があって、つい先週のことだ。俺とワタラと二人して追い返した。だけど、うっかり俺が矢を受けてしまって、しばらくワタラが大変だったって事だ」


 ゼルは屈託無くそう説明した。

 ノダの目はゼルやエイラを見た後でワタラを見る。

 

 面帯に隠され表情は見えぬが、小さな穴の奥にある目だけは見える。

 その瞳が僅かに困惑の表情を浮かべていれば、何に困ったのか解ろうかと言うもの。

 そして、僅かに脇腹を摩りながら言うゼルの仕草。

 

 ノダにもゼルが矢をどこに受けたのか解る。


「あたり場所が悪ければ即死だったかも知れません。私が一歩前に出ていたのですが」


 ワタラは申し訳なさそうに言うと、胸に手を当て再び一礼する。

 足を揃え礼儀正しく振舞う姿は、全てがエイダの為だ。

 子供の為にも、大人は手本を示さねばならない。


「いや、それには及ばんさ。王は偶然も味方にせねばな」


 朗らかに笑いながら言うノダ。

 だが、その後に深く太く威厳のある声が響いた。


「その通りだ。王は何よりも強く逞しく、そして幸運でなければならぬ」


 場の空気がガラリと変わった。

 なにか巨大なものが現れたかのような威圧感が辺りに漂う。


 広場を見下ろす高台へ、揃いの黒鎧をまとう騎士が駆け上がってきた。

 親衛騎士団の紋章が入ったマントを左肩へと止める男たちだった。

 階段の左右へ一人ずつ並んだその中を、壮年の男がゆっくりと歩いてきた。


 皆が息を呑むほどの姿。

 周囲を睥睨し、黙って辺りを見回すその男の風貌には王者の貫禄が漂う。

 一歩一歩確実に歩みつつ、時に足を止め辺りを確かめている。


 太陽王


 イヌの国にあって帝王を名乗る最高位の存在。

 広大な面積を持つガルディア大陸の中央平原から、放射状に延びる幾つもの山脈を経て平地が尽きる所までをその領土とする世界最大の国家。ル・ガル帝国を総べる者だ。

 

 かつて百を超える都市国家が覇を競っていた時代。微妙なバランスの上に成り立つ仮初の平和と、繰り返される凄惨な戦を繰り返した時代。流される涙と繰り返される悲劇の輪廻に終止符を打とうと志した男が居た。

 この街。シウニノンチュで生まれ育った、後の初代太陽王。


 ノーリ・ウ・アージン


 幼名であり諱となった真名をウレタといった男だ。

 その時代に類を見なかった戦略的先見性と、他を圧倒する類稀な武を兼ね備え、何より、付き従う多くのイヌ達から絶対の忠誠を集めた唯一無二なカリスマの持ち主。

 国勢一統の覇道を()く帝王として、数々の伝説的なエピソードを持つ、ル・ガル最大のビッグネーム。

 

 そのノーリが逝去した日まで可愛がり続けたシュサは、幼少の頃より神童とも、或いはノーリの生まれ変わりと讃えられた者だった。

 付き従う三人の息子。レダ・ノダ・ウダと共に国土を奔走し、ル・ガルの臣民を脅かす外敵と戦い続ける武帝。


 シュサ・ダ・アージン


 その諱、真名を知る物は一握りの家族だけ。

 北へと攻め上った四年に及ぶ北伐遠征を終え、この日は息子ノダと共にここへ帰って来た。歴代の太陽王がそうだったように、ル・ガルと言う国家の揺りかごであった街へ、遠征先で力尽きた同胞(はらから)を連れ帰ってきていた。


 その姿を見たチャシの住人達が片膝を着き敬意を示す。

 皆が言葉を飲み込んで沈黙を護る中、エイラは涼やかに通る声を発した。


「お返りなさいませ。父上」


 その言葉に僅かな首肯で応じたシュサ。


 チャシのテラスへ視線を一巡りさせ、ワタラに抱かれたエイダを見つけた。

 戦帰りだと言うのに甲冑はおろか戦衣一つ肩から掛けては居ない。

 全くの普段着と言って良い姿だった。


「シュサじぃ お帰りなさい」

「おぉ、エイダはもうそんな口を効くようになったか!」


 破顔一笑。

 威厳溢れるシュサの表情が孫好きの好々爺へと代わる。

 静かに歩み寄ったワタラはシュサの腕中にエイダを移し、一歩下がった。


 エイダを抱きしめ愛おしそうに頬ずりするシュサ。

 嬌声を上げて喜ぶエイダを嬉しそうに眺め、もう一度ギュッと抱きしめる。

 そこには多くの臣民から尊敬を集める帝王の威厳は無い。


 だが。


義父殿(ちちうえ)が北伐へ征かれる直前でしたからね。エイダが生まれたのは」


 ゼルの言葉に僅かながら目を細めたシュサ。

 僅かながらに零れたその威圧感は、辺りに居る者の背筋を伸ばすには充分だ。

 しかし、抱き上げたエイダの声を聞くシュサは、すぐに好々爺の笑みを取り戻す。


 そこには可愛い初孫を抱きあげる一人の老人が居るのみだった。


「ゼル。そしてワタラも聞け。余の息子達には子が無い。余に似て戦好き故よの」


 何処か棘のあるその言葉にノダが微妙な笑みを浮かべる。

 そんなノダの表情に、ゼルもワタラもまた、微妙な笑みを浮かべた。

 どう言葉を返して良い物か悩むのだが。


「ん? 余の冗談は通じんと見えるな」


 してやったりの表情を浮かべるシュサは、もう一度エイダに頬ずりしてからワタラへと戻した。その姿は本当にどこにでも居る孫好きの爺である。


 だが、テラスより街を見下ろすその姿には帝王の風格や威厳もまた併せ漂っている。

 見るものを畏れさせ緊張を強いる鋭い眼差し。

 一振りの剣を腰へ佩かずとも、武威と偉力を感じさせるに充分な振る舞いだ。


 そのイヌの顔に幾多の古傷を刻み、過ごしてきた日々の苛烈さを誰もが感じ取る。

 生涯百余戦を闘い、一度足りとて負けてはおらぬ稀代の武王。

 その苛烈で容赦無き性格は、臣足りえぬ者をその場で切り捨てた事も一再ではない。


「ワタラ」

「はい」


 ゆっくりと歩み寄ったシュサは、静かにその手をワタラの方へのせた。

 畏怖の対象とも言える存在の男だが、それでも努力する者を労う度量はある。


「そなたにはエイダやゼルとは比較にならぬ特別な苦労を掛ける。常に持つ憂い事もあろうに。太陽王の名を持とうとも、そなたの願い一つ叶えられぬ暗愚の帝を赦せ」


 誰もが耳を疑うシュサの言葉にワタラは明らかな狼狽を見せた。

 常日頃からゼルの影武者として落ち着き払った振る舞いを心掛けている筈。

 だが、その言葉の真意を見抜く努力を行い、ワタラは言葉を振り絞った。

 心の奥底に秘めた、精一杯の勇気を一緒に振り絞ってだが。


「王よ。わが王よ。臣下の者への過分なお心遣い。身に余る光栄であります。ですがどうか。そのような振る舞いはされませんよう。王のお言葉は全て帝国臣民の為に。一人の事情に拘泥すれば、その眼は全体を見失いましょうぞ」


 その短い言葉にワタラの勇気を皆が感じ取った。この世界へとやって来たヒトは、世界の狭間を通り抜け「落ちた」と表現される。

 そしてそんなヒトと言う種族は、この世界では人間扱いをされない運命。良くて誰かの有形資産であり動産。単純に言い換えれば『奴隷』だ。その存在価値が優秀であれば資産として過分な待遇を得る事もある。

 

 だが、それは全体から見ればホンの一握り。過去数百年の間にこの世界へやって来たヒトは百人とも二百人とも。或いはより多くの老若男女が様々な形で落ちたらしい。

 だが、落ちて来ているというのだが、その多くは誰かの持ち物として生きる事を許されるか、若しくは誰に気が付かれる事も無く、この世界の食物連鎖に組み込まれてしまっている―――


 つまり。太陽王シュサの無聊を囲えば、今この場で一刀の元に切り捨てられた可能性すら有ったのだ。その危険を全部承知で諌言を述べたワタラに、皆は驚く。


「ワシもまだ学ばねばな。そなたを見ていると己の未熟さを思い知らされる」


 己の不明を恥じいるシュサ帝の言葉。

 忸怩たる思いの滲み出るそれは、どのような意味を持つのか。

 見えそうで見えないシュサ帝の真意を皆が思い測るのだが。


「シュサじぃ 今日は一緒にお風呂入ろう」

「おぉ! そうじゃな ソレが良い!」


 エイダの一言でシュサは再び笑い出す。

 テラスにいる者たちの間に安堵の空気が流れた。


 そっと降ろされたエイダが走って行ってシュサに飛びつく。

 その頭を撫でて手を繋いだ帝王は、ジッとテラスから下々を眺めた。

 広場に並んだ白木の箱が、最後の一つまで母の胸に抱かれるまで。

 シュサを初めとするチャシの住人達は顛末を見届けていた。

 支配する側の義務を果たすと言う事を、この日、エイダは初めて学んだ。



 年代記 1 最初の王・統一王・ノーリ・ウ・アージン


DC148

 後の統一王ノーリ。ガルディアラ北部の地、シオニン族の支配する街、シオニノンチュに生まれる。街の木々や草が一斉に花を咲かせた。幼名をウレタと言った。


DC133

 ノーリ15歳。元服しノーリ・ウ・アージンを名乗る。


DC88

 ノーリ70歳。父パルロの死去により、シオニン族の王となる。


DC86

 近隣8氏族。シオニン族の配下となる。


DC80

 ガルディアラ中央平原(ミッドランド)と北部地域。シオニン族の為政下となるも、この地域に根付いていたフレミナ族との抗争が始まる。


DC60

 ミッドランド中央部。シオニン族とフレミナ族との覇権争い激化。たびたび武力衝突を繰り返す。この20年で30回以上の合戦に及ぶ。死者トータルで1万を数え双方の疲弊は目に見えてきた。


DC50

 ミッドランド中央部。シオニン族優勢。フレミナ族の敗走。北部山岳地域へ後退し、組織だった国家運営が難しくなり始める。戦闘継続派による部族内闘争により大粛清が起きる。フレミナ族。一族としての減衰が始まる。


DC49

 フレミナ族。穏健派によるクーデター勃発。シオニン族に恭順を誓う。シオニンの王ノーリへ妻を差し出し、和合・合歓を申し出た。ノーリ、これを受け入れる。


DC48

 ノーリとフレミナの妻の間に次期王となるトゥリが産まれる。ノーリ、己が息子達の為にと周辺への進出を繰り返す。イヌの統一国家を目指した。


DC30

 シオニン族に抵抗を試みた他氏族。次々と恭順を誓う。ノーリはすべての氏族に対し上下無く同胞とする事を宣言。


DC29

 ノーリ119歳。シオニン王ではなくイヌの帝を宣下。抵抗していた各氏族の王。ノーリ帝へ恭順を誓約。ノーリは中央平原の草原へ各氏族の長を集め、青空の下でそれぞれの氏族代表からなるイヌの国の意思統一を図る話し合いを始める。後の帝国議会の雛形がここに出来上がった。


DC28

 最後まで抵抗していた四つの氏族。ミッドランドを脱出。大陸各部へ逃れる。


DC25

 ノーリ帝。イヌの国統一を宣下。シオニン支配下となっていた各氏族はノーリ帝の下にいる限りすべて平等とされた。


DC20

 国家体制整う。ノーリ帝の下。シオニンと勇敢に戦った40人の将帥が集められ40師団が形勢される。イヌの国軍が編成され、各部における抵抗勢力の平定に奔走した。


DC15

 文官整備完了。法体系の構築を開始。北部シオニノンチュの行政能力が限界を迎える。ノーリ。シオニノンチュから川を下ったミッドランドに巨大都市の建設を開始した。


AC00

 巨大都市完成。ノーリ帝。ガルディアラ大陸の都市。ガルディブルクと命名。

 国号をガル大陸の国。ル・ガルと命名。帝国歴元年をガルディアラ全土へ公布。


AC03

 イヌの国、ル・ガル以外の各種族国家。連合軍を編成しミッドランド西部で合戦。(フェラム戦役)


AC09

 北部山岳地帯にて北方系種族連合軍と合戦。(ニンストリール戦役)


AC25

 南洋海上にて水中系各種族と水上戦闘。(南洋戦役)


AC26

 東部地域各種族の連合軍。ミッドランドへ攻め込み市街戦に及ぶ(第1次ミッドランド戦役)


AC45

 東西連合軍。ル・ガルに対し一斉包囲戦開始。(第1次祖国防衛戦争)


AC48

 トゥリの子シュサ産まれる。次々期王となる。


AC52

 ノーリ帝200歳。妻38人の中から100歳以上の息子3人を選び、うち、フレミナ族との間に生まれた帝子を次期帝に指名。トゥリ帝太子。相国・丞相を兼務し就任。摂政職となる(相国:文官長。丞相:武官長)


AC70

 丞相トゥリ。東西連合軍及び北方魔道軍と全面戦争へ突入(第2次国防戦争)

 北方軍。北方系種族の魔法攻撃により大打撃を被る。


AC71

 北方遊撃軍。北方種族に組みする魔導師の郷を一斉襲撃。多大な被害を受けつつも魔導師を根絶やしとする。


AC75

 東方軍。ガルディアラ大陸内部から東方種族を駆逐。細い海峡を接して連なる東方大陸まで押し出す。


AC81

 西方軍。総力戦となるも、ネコ・トラ連合軍と暫定国境線の構築に合意。


AC82

 ノーリ帝。病に倒れる。同年ノーリ帝。病没。享年230。


AC85

 3年の服喪の後、摂政トゥリ。2代目統一帝に即位。トゥリ・レ・アージンと名乗る。

 トゥリ帝。前帝ノーリへ明元帝の諡号を送る。ル・ガル市民、市民尊称『太陽王』を送る。これより、ル・ガル王は太陽王と呼ばれる事になる。

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