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次元の魔女<03>

~承前






「ご機嫌麗しゅう。次元の魔女殿!」


 上機嫌で場に入ってきたオクルカは、まず最初にリリスへ挨拶した。

 その挨拶を『お上手ですわね』とリリスが軽くいなす。


 ふたりのやり取りを見ていたジョニーは、それに何の意味があるのかを考えた。

 知識として持っていた、形ばかりのフレミナ勢独立だが……


「本当に独立したんだな」


 無意識レベルでジョニーはそう呟いた。

 その言葉でオクルカはジョニーを認識したらしい。


「あなたは…… そうか。レオン家の」

「フレミナを掌握した今の代表者はアンタか」

「そうだ」


 どう取り繕ったところで本音が出てしまう環境だ。

 図らずもジョニーの警戒感が露骨に出てしまっていた。


 オクルカはそれを苦笑しながら眺めている。

 ジョニーはジョニーで『しまった!』と顔に書いてあった。


「ここは中々難しいからね」

「面目ねぇ」

「そうか。ガルディブルク一番の遊び人って二つ名の、無頼のジョニーは君か」


 オクルカは握手を求めて手を差し出し、ジョニーは素直にその手を受けた。

 レオン家もフレミナ勢とは因縁浅からぬ仲だが、歴史的和解は呆気ない。


 ここで暴れるのは本意では無いし、カリオンの顔を潰す事にもなる。

 恐らくはカリオンも相当の苦労を重ねて和解を成し遂げたのだろう。


「……所で、彼女が次元の魔女って?」

「いきなりそれか」


 苦笑を浮かべるオクルカは、闇の中から水盤を持ち出した。

 現実の世界にあるモノを夢の世界へ持ち込んだ事に改めてジョニーは驚く。


 だが、そういえば……と、アレックスの酒瓶を思い出した。

 そして、自らの懐に入っていた、あの杯もだ。


「自らの手に馴染むほどのモノであれば、この世界へ持ち込むことが出来る。強い意志と、そして、次元の魔女殿の助勢があればね」


 オクルカが出したその水盤からは、真っ黒な煙のようなモノが漂っている。

 ジョニーはそれを禍々しい、言葉では表現出来ない人の悪意だと思った。

 いや、悪意という表現も正確では無く、もっとドス黒くて悪いかも知れない。


 自分が得をしたい。褒められたい。利を得たい。

 誰かが損をし、誹謗され、何かを失ったとしても構わない。

 自分が困らなければ、誰が困ろうと構わない。


 そんな、どんな人間の心にも巣くっている自利の本能。


「極めつけに禍々しいな」

「その通りだ。この水盤には人間の正体が映し出されるのだからね」


 オクルカはアレックスが持っていた酒瓶から酒を水盤へと注いだ。

 スッと酒で満たされた水盤には、何処か遠い世界の何かが映る。


「さて、ジョニーにも見せたいと思っていた作戦会議だ。始めようか」


 カリオンは静かにそう宣言し、リリスをジッと見た。

 そのリリスは静かに頷き、水盤に手を触れてジッと酒の水面を見た。


「あ……」


 ジョニーが小さく驚いた理由。

 リリスの身体から白いモヤのような何かが漂ったからだ。


 それが何かは解らないが、少なくとも一つだけ間違い無いことがある。

 いま、リリスは何かの術を使っていて、その効果が発揮されようとしている。

 ジョニーは息を呑んでそのシーンを凝視していた。


 何かが始まる……と、まだ見ぬシーンを期待していた。


「……ほぉ」


 最初に声を上げたのはアレックスだった。

 水面に映ったのは茅街だった。


「あの街か」

「うーん。これ……なんだろう」


 リリスは首を傾げながら思案している。

 ただ、それを見ていたジョニーもまた思案していた。


「なぁ、これ、なにやってるんだ?」


 ジョニーは小声でカリオンに尋ねた。解らないものは聞くのが早い。

 白河夜船ではないが、知ってるフリのすっ呆けは、後で痛い目にあう。


 聞くは一時の恥じであり、聞かぬは命に関わる事がある。

 部下の命を預かる者の責務であり、また、必須の能力だ。


「いま、リリスは探してるんだよ」

「探す? 何を?」

「次の覚醒者だ」

「……次の」


 カリオンは水盤から目を切りジョニーを見た。

 その表情は苦虫を噛んだ様なモノだった。


「非公式な手段で流出した薬は15組。だが、公式な方法で世界へ放たれた薬は、正直言うと把握しきれない。最低でも500組はあるはずなんだ」


 カリオンのその告白にジョニーは顔色を変えた。

 それは、ある意味では絶望的な現実とも言えるのだから。

 あの検非違使になる化け物がその数で存在する可能性があるのだから。


「いや、正しい方法で使われれば届出があり、死亡届けを受ける事になっている。把握している数では350件程度がイヌとそれ以外の種族で生まれている。それは別に良いんだ。だた、問題は……」


 カリオンは水盤の前で首を捻るリリスを見た。

 そこに立っているリリスは、、あるで別人のようだとジョニーは思った。


 あの、いつも朗らかで柔らかに笑みを湛える女性ではない。

 鋭く怜悧な顔立ちで思索を積み重ねるリリスは、本当に魔女だと思った。


 目を細め、眉根を寄せ、真一文字に口を閉じた真剣な姿。

 時折は水盤に手を翳して何事かの術を使っている。

 その姿には一片の迷いもない状態だ。


「リリスが探しているのは公式な方法で入手した薬が闇市場へ流れ出た後なんだ」

「闇市場か……」

「そうだ。最初に覚醒者の話が出てから程なくだ。イヌの母親が薬を盗難されたと被害を訴えてきた。もちろん、流出した薬を探したのだが、その母親にもう一度薬を支給した。ただ、その次も盗まれたと言う」


 カリオンが言う言葉にジョニーの表情が変わった。

 イヌの全てが善良で悪事を嫌うわけではない。

 全てが聖人君子などと言うのは、全くの幻想なのだ。


「……闇市場へ流すのを前提で?」

「いや、後になって解った事だが――」


 カリオンの顔付きが変わったとジョニーは思った。

 今までに見た事に、鋭く威圧感に溢れる姿だ。


 心の弱い者が見れば卒倒するかのような、そんな威がある表情。

 なにより、纏っているその空気には明確な怒りがあった。


「――最初から違法に入手するのを前提に活動している者達が居るんだ」


 カリオンの纏う空気は一層刺々しくなった。

 太陽王が見せる静かな怒りは、ジョニーをして恐怖感を覚えさせるモノだった。


 圧倒的な存在を前に息を呑み対応を思案する状態とでも言うのだろうか。

 油断すれば踏みつぶされるのでは無いか?と、そう思えるほどだった。


「全体数は把握してないのか?」

「管理台帳に寄れば、おそらくは150ないし180程度が世界へ放たれた。ただ、問題はそこでは無いんだ」

「え?」


 カリオンは首を振りながら萎むような声で言った。


「あの薬には一定の確率で不良品が発生する。その薬を使った場合、正直に言えばどうなるか解らないんだよ。どんな者が産まれてくるのかすらも解らない」


 その言葉が終わると同時、水盤からバシャッと音を立てて酒がこぼれた。

 まるで生き物のように暴れる酒は、ウネウネと水盤上に立ち上がり弾けた。


「キャッ!」


 リリスは小さく悲鳴をこぼし、慌てて立ち上がったカリオンがリリスを庇った。

 そのカリオンの背に掛かった酒からは白い煙が立ち上っていた。


「なんだ? 何が起きた?」

「わからない。わからないけど……」


 気が付けば水盤の酒は静かになっていて、リリスは再びそれを覗き込んだ。

 そして、小さな声で『……これって』と一言呟いた。


「ほぉ…… これは楽しみですな」


 リリスの隣で水盤を覗き込んだオクルカは、楽しげな声でそう呟いた。

 茅街の奥深くにいるトウリとサンドラは、ヒトの少女と並んで座っていた。

 恐らくは眠ろうとしない少女を寝かしつけようとしているのだろう。


 だが、問題はそこでは無かった。

 その水盤に映っているのは、トウリとサンドラとそのヒトの少女。

 そしてもう一人、つぶらな瞳の幼いイヌが映っていた。


 年の頃ならまだ一桁前半だろう。

 壁際に立ち、トウリとサンドラのする事をジッと見ている。

 だが、そのイヌの子供には影が無かった。


「これは?」


 不思議がったジョニーはオクルカにそう問うた。

 姿は見えるが影の落ちない存在。


 つまり、この世界には居ないが、そこに確実に存在する。

 一言でいうなら幽霊に近い存在なのかも知れない。


「子供です。それも――」


 水盤から目を切ったオクルカは笑いながらジョニーを見た。

 ニコニコと楽しそうに笑いつつ、手を広げて言った。


「――滅多に見られるモノじゃありませんね」

「子供って」

「まだ産まれる前の子供です」

「……はぁ?」


 水盤を指さしながらオクルカは言う。


「黒い毛並みからすれば黒耀種か黒瑪瑙種ですが、オオカミの血統の見えますね」

「……それって」

「そうです。恐らくはトウリ殿とサンドラ殿の間の子供。それも男の子でしょう」


 オクルカはカリオンへと目をやった。

 その目には祝福を告げる意志が見えた。


「間違い無く、親を見に来た子供でしょうね」

「そうか」


 リリスを庇っていたカリオンも水盤を覗き込んだ。

 水面の向こうでトウリとサンドラを見ていた子供が不意にこっちを向いた。

 まるでカメラに気が付いたかのように顔を向けたのだ。


「……そう。わかった。コッチへいらっしゃい」


 リリスは水面へと手を伸ばし、今にも手を突っ込みそうな状態だ。

 すると、その子供は壁際から離れ、水面の辺りまで迫ってきた。

 まるでカメラに迫っていくような、そんな姿だ。


「ここへ呼んだよ?」

「あぁ。ただ……」

「大丈夫。私の夢の中は私が招けば入れる」


 ……おいでと、そんな仕草で子供を呼んだリリス。

 水面の向こうに居た子供はしばらく思案し、ややあってそこから飛び上がった。

 再び水盤の水面がバシャリと揺れ、水面の中に何かが浮かび上がった。


「ここ……どこ?」


 まだ幼く辿々しい言葉と共に、小さな小さな子供が頭を出した。

 水盤の水面の上に、卵低度な大きさの子供が立ち上がっていた。


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