次元の魔女<02>
~承前
「世界を小石と言い切ったのか?」
「あぁ」
ジョニーはやや呆れた口調でそう言った。
相槌を打つカリオンが不思議がるほどにだ。
ただ、ジョニーが不思議がるのも仕方が無い。
この広い広い世界が小石ならば……と誰しも思うモノだった。
「私達から見たら拳ほどの岩であっても、蟻が見たらとんでも無い巨石でしょ?」
助け船を出すように言ったリリスは、スッと手を出して見せた。
右の手を広げ、その上に光の玉を浮かび上がらせた。
「よく見てて」
光の玉はスーッと小さくなって行き、やがて小さな点になった。
そして、気が付けばその点の周囲に夥しいほどの点が集まり始めた
まるで煙のように群れを作る光の玉は、立体的な網目構造へと変わる。
その動きが止まった時、今度はそれが広がり始めた。
グングンと広がっていき、やがて光の玉が一つだけになる。
そして、最後にはその光の玉が夢の世界を埋め尽くすほどの大きくなった。
「……相対的に見たらってことだな」
「そういう事ね。この世界がちっぽけに感じるほど巨大な世界があるのよ」
どれ程の言葉を繰り延べて説明しても理解出来ない事がある。
それを理解させるには、こうやってビジョン化してしまうのが早いのだ。
立体的な映像として再生されたそれは、ジョニーにも実に解りやすい説明だ。
この世界とは何か?と言う命題を研究する魔術師達が辿り着く感覚。
加速度的に広がっていく世界の中で、結局は小さな構造が繰り返される不思議。
フラクタル
その概念は、それを理解出来ない程度の学術レベルでも理解出来るのだ。
科学という尺度を持たない者は、神の摂理という名をそれに与えた。
「で、その魔女さんは?」
「この世界に用は無いらしいのよ」
「へぇ」
「だから私が押し掛けて行ってる。術の使い方を教えてもらいに」
フフフと妖艶に笑ったリリスは、両腕を広げてその間に光を貯めた。
魔術を行使する上で必要になる魔力そのものだとジョニーは思った。
「この城はル・ガルだけじゃ無くこの大陸全ての龍脈が集まるの」
「龍脈ってなんだ?」
「この世界が持つ魔素の流れそのもの。魔素は世界の血液よ」
「すげぇな」
「その城の中で私は1年の間に数十年を過ごしたの」
「……は?」
「私の時間を巻き戻され、私は1年で数十年分の魔素を体内に取り込んだ」
リリスの見せたその術は、ジョニーの度肝を抜いた。
グッと集まって眩く光る状態となった玉の向こうに星が見えた。
それは山よりも高い塔を築き、夜を昼のように照らす魔法の世界だ。
馬よりも早く走る塊にヒトが乗り込み、地上を走って行く。
巨大な芋虫状の馬車が矢のように地上を駆け抜けていく。
そして、空には巨大な翼を持つ鳥が飛んでいた。
巨大な平原を巣にして、多くのヒトが行き交っていた。
「……ヒトの世界か?」
「そう。モノを運ぶ事は出来ないけど映像を見ることは出来る」
「ヒトはこんな世界から来たのか……」
言葉を失うに十分なその世界は、ヒトの実力を充分に感じさせた。
そして同時に、言葉に出来ない劣等感をジョニーは感じたのだ。
「ヒトから見れば、このル・ガルが愚かしい未発達の世界に見えるんだろうな」
「あぁ。同感だ」
ジョニーの嘆きにカリオンは賛意を示した。
目を瞑り、首を振りながら続けて言うカリオンの言葉はジョニーを驚かせた。
「ヒトを帰してやりたいんだ。あの世界へ」
「……あぁ、そうか。ヒトが居なくなれば良いんだものな」
「そうだ。あの薬は異なる世界の住人であるヒトが絡むと暴走する。だから」
ある意味で招かれざる客と言う事か……
ジョニーが至った結論はシンプルだ。
奴隷階級に固定され、そこから上に上がれないヒトと言う存在。
その仕組みを作った者は、これに気が付いていたのかも知れない。
「リリスがそれを可能とする様になるまで、リリスに消えて貰っては困るんだ」
「消えるって?」
カリオンの言葉に率直な言葉を返したジョニー。
その言葉にカリオンとリリスが悲しい表情を浮かべていた。
「リリスの身体に渦巻く魔素が濃すぎて、命そのものが薄められてしまっている」
「……わりぃが言ってることが良くわからねぇ」
「魂は命の器であり、躯は魂を守る器。命とはそれらを走らせる根本」
基礎的な魔法知識の量が違うせいか、ジョニーは首を傾げて理解が進まない。
ただ、それを不勉強と誹る事は間違いだとカリオンも分かっている。
魔法とはこの世の理とは微妙に違う常識体系なのだ。
それに付いて知識がない事を責めるのは筋違いも甚だしい。
「要するに、心と魂と命は別モンって事で良いんだな?」
「その解釈で間違いは無い。命は心だ。魂はその器だ」
「んで、身体はその魂の乗物か」
「それで良い」
ようやく満足の行く回答を示したジョニーにカリオンは首肯を返した。
「その命は、ある意味魔素そのものなんだよ。言い換えると、魔素が集ると命になるんだ。俺も良く分からないけど……実態としてはそう言うことらしい」
実態など誰も解らないことだ。
魔道を極めた魔術師ですらも真実を知らないかもしれない。
だが、そのメカニズムはどうあれ、命の実態とはそう言うものなのだ。
「それでいいのか?」
「わからないモノは仕方がない。わからないって言うならわからないで良いんだ」
仕方がない……と首肯したジョニー
同じタイミングで小部屋の隅に何かが現れた。
最初は蟠っている煙のようだったが、ややあって人の形になった。
ジョニーはそれを興味深そうに眺めていた。
モヤモヤとしたモノがいる所へ向かってリリスが手を伸ばす。
そして、右の手を伸ばし空中に何かの印を斬った。
「……ん? 今夜は多いな」
その煙のようなモノが形になってみると、それはアレックスになった。
眠りに付いたアレックスが夢に入ってきたのだった。
「なんだよ。デブも来やがったぜ」
「そりゃ俺のセリフだ。遊び人が来やがった」
ふたりして顔を見合わせゲラゲラと笑う。
それを見ていたカリオンもまた気楽に笑った。
もちろん、リリスとウォークもだ。
「三人組がまた揃ったな」
「そうだな」「思ったより早かった」
カリオンの言葉にジョニーとアレックスが相槌を返す。
そんな姿をリリスは優しい眼差しで見ているのだった。
「で、そっちはどうだ?」
「特に問題は無い。新月だからあたらな覚醒者も現れそうにない」
幾つもソファーの並ぶところへやって来たアレックス。
手にしているのは茅街で見た酒瓶だった。
「エディの言ってた酒、コレで良いのかな」
「飲んでみればわかる」
カリオンはグラスを差し出し、アレックスがそこへ酒を注ぐ。
透明に済んだ酒が注がれ、カリオンはそれをグッと煽った。
「そうそう。これだ」
リリスへとグラスを渡し、アレックスの酒瓶を受け取って酒を注ぐカリオン。
そのグラスを両手で大事そうに持つリリスは、クイッと一気に煽った。
「そう。これね。美味しい」
「そいつは良かった!」
リリスの満足そうな姿にアレックスが格好を崩す。
ジョニーはそれを楽しそうに見ていた。
「で、トウリはどうしてる?」
リリスはカリオンへグラスを返し、今度はそこへ酒を注いだ。
カリオンはその酒を美味そうに舐めながら、何時の間にか政治家の顔になった。
「別当殿は奥方と娘たちの手を借りて、例のネコの子を育てている」
「そうか。早く落ち着くと良いな」
例のネコという言葉にピンと来たらしく、ジョニーは指をさして言った。
「あのネコの姿をしたヒトの子供か?」
「そうさ。あの子はネコの血が濃いようだ。ネコ娘だな」
自前のグラスを出してアレックスも酒を煽り始めた。
ジョニーは自前のグラスがないので、どうしたモンかと思案するのだが……
「この前持ってた杯はどうした?」
「……棄てちまったな」
「じゃぁ、正確に思い出しながら懐を探してみろ」
楽しそうな表情でそう言うカリオン。
ジョニーは不思議そうな顔をしながら懐に手を突っ込んだ。
「ん?」
驚きの表情で懐から手を引きぬくと、そこにはあの杯があった。
ロニーが何処かから用意してきた酒の入っていた杯だ。
「こりゃ驚いた」
「夢の世界なら何でもありさ」
驚くジョニーのグラスへアレックスが酒を注ぐ。
それを見ていたウォークが『自分もいただけますか?』と杯を出した。
「おぉ! 呑め呑め! いくら呑んだって空にはならないさ」
ウォークにも酒を注いだアレックスは、自らの杯に酒を注ぎ翳した。
同じようにカリオンとジョニーが杯を翳し、ウォークも持ち上げた。
「私も乾杯する!」
空中へ手を翳したリリスは、クルリと手を掃う様に回した。
すると、その手の中にガラス器の小さなグラスが現れた。
中には酒が注がれていて、同じように乾杯の体制になった。
「じゃぁ、我が秘密の酒場にようこそ! 楽しくやろう」
カリオンはそう挨拶し、乾杯が宣言された。
その酒をグッと飲み干したジョニーは、あのとき、茅街でのんだ酒だと驚いた。
「あ、来たようよ?」
「おぉ! もう1人、大事な客人を忘れていた」
今度はカリオンが手を伸ばし、空中に印字をきった。
リリスとは異なり、割と複雑な印だった。
それはきっとリリスとカリオンの実力の違いだとジョニーは思った。
当らずとも遠からずなその実態は、相手の力量にもよるのだった。
「だれだ?」
思った事がそのまま言葉になる事態をジョニーはこの時初めて知った。
どこか怯えているか、若しくは警戒している事がばれてしまうのだ。
だが、カリオンは笑いながら言った。
心配要らないと言わんばかりに。
「大丈夫。少なくとも、確実に味方な存在だ」
カリオンの言葉が終った頃、煙が実体化を始めた。
そして、そのモヤが晴れたとき、そこには漆黒の男が立っていた。
それは、遠くフレミナの地からやって来たフレミナ王オクルカだった。