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王の王による王の為の軋轢

~承前






 押し黙ったままのカリオンとウォークは、事更に深刻そうな顔だった。

 だが、沈黙の連続に耐えられるほどジョニーだって気長ではない。


 カリオンとウォークを順番に見てからジョニーは切り出した。

 まだまだ聞きたい事が山ほどあるのだから。


「未回収の8本って、その後どうなったんだ?」

「……対になった魔法薬8組16本ですが、残りはコレまでに様々な形で回収を完了しています。魔法薬の行方を探索する探題衆はル・ガル六原それぞれに出張機関を設置しました。全て王の直轄下にあります」


 ウォークはそう簡潔に回答し、ジョニーは小さく『そうか……』と頷く。

 太陽王とは全てを可能とする巨大な権力の中央にあるはずだ。

 少なくともジョニーはそんな印象を持っていた。


 だが、突きつけられた現実は眩暈を覚えるほどに嘆かわしい。

 太陽王の肩書きを持つこの王は、現実には何一つ思うがままには出来ない。

 様々な機関や組織の間にある軋轢を調整し、細心の注意を払って使うのだ。


「……エディも苦労してるな」

「まぁな。だけど、この30年で随分と楽になった。最初は酷かったよ」


 フレミナとの闘争が続いていた時代を思えば、今は雲泥の差だろう。

 ただ、馬に跨り太刀を合わせていた時代の方が遥かに楽だった。

 事態が単純でシンプルに動けば良い時代だったのだ。


「で、その薬ってのを探すのが、あの茅街の連中か?」

「あぁ。彼らは自らを六波羅探題と呼んでいる」


 ジョニーのその問いにはカリオンが答えた。

 それが呼び水になったのか、ジョニーは立て続けに質問を浴びせた。


「……その面倒な名前は誰がつけてるんだ?」

「検非違使の案主だよ」

「アンジュって、あの盲目の爺さんか」

「そうだ」

「なんか闇の深そうなジジィだな」

「だろ?」


 ふたりしてクククと笑いあい、呆れたように表情を歪ませた。


「あの男はヒトの世界にいるとき、相当な組織に居たようだ」

「相当な組織って言うと?」

「中央に抵抗できるだけの強力な軍閥か、若しくは独立した軍集団の参謀」

「……道理でなぁ」

「なんかあったのか?」


 逆に質問したカリオンだが、ジョニーは肩を窄めながら言った。


「コレって事はなかったが、なんと言うか……底の見えない井戸のようだ」

「……上手いな。その表現」

「だろ?」


 視線を合わせて笑いあうカリオンとジョニー。

 その眼差しが何かを雄弁に語る。


「ヒトもあんまり侮れない。最近になってつくづくとそう思うよ」

「きっとネコの連中は先にそれに気が付いたんだな」

「だろうな。で、それを武器に挑んできた……と」


 第5時祖国防衛戦争は、いまではただの紛争と呼ばれている。

 戦争と言うには余りに一方的な展開だったからだ。


「で、エディはどうすんだよ。その薬を全部回収して封印でもするのか?」


 ジョニーの問いはもっともだ。

 リリスの為に研究されたその魔法薬は、世界のバランスを変えてしまう。

 ジョニーはそれを肌感覚として理解している。


「……正直に言えば、どうするかは迷っている。だが、少なくともアレは野放しにして良いモノではない。最初は種族間融和を図るのに必要だと思ったんだがな」


 腕を組み、深く溜息をこぼしたカリオン。

 首を振りながら吐き出す嘆き節は、ジョニーの想像を超えていた。


「今にして思えば……軍は事前に把握していた可能性がある。覚醒体と呼ばれる者の存在と、それの戦力化が可能であると言う事実だ。軍は古い時代の覚醒者に関する情報を持っていて、それの再現を狙っていたのかも知れない。或いは、既に実験を行っていて、その失敗を握り潰した可能性もある」


 カリオンの言った言葉はジョニーの顔から表情らしきモノを消し去った。

 軍の現場が王への報告を怠るなど考え難いことだ。

 だが、ややあってジョニーはハッと何かに気が付いた。

 認めたくは無いが、不都合な真実として最悪の事態があると気が付いたのだ。

 つまり、負け戦の報告を握り潰して叱責を回避した可能性だ。


「……軍の中の主導権争いってか?」

「あぁ。もっと言えば足の引っ張り合いかも知れないな」


 国軍は大きく分ければ4軍団が存在している。

 近衛連隊と第1から第3まで分かれた方面軍だ。


 シュサ帝が直率した近衛軍団とは別に3人の王子がそれぞれに軍を率いた。

 その名残とも言うべきシステムは祖国防衛紛争終了後まで健在だった。


「主家の歓心を買う為に……か」

「無聊を囲ってしまわぬ為ともいえるな」


 紛争終結後、各貴族の配置換えとその復帰を経て、軍の再編も行なわれた。

 3軍団のそれぞれがレオン家、ジダーノフ家、スペンサー家に委譲されたのだ。


 そして、各軍団の中から選抜されたものがボルボン家の中に移った。

 表向きは地域の治安と市民の安全を護る警察機構だ。

 だが、その実態は諜報活動そのものであり、軍よりも市民に近い処にいるのだ。


 彼らは太陽王ではなく公爵家から派遣された侯爵や伯爵の麾下にあった。

 そもそも3王子とてそれぞれに公爵家と密接な組織だったのだ。

 移行はスムーズに行なわれ、実態は大して変わらなかったといえる。


 だが、公爵家同志のライバル心が伝播するのはどうしたって避けられない。

 その結果として巨大な焼き討ち事件となったスペンサー家の暴走に繋がった。

 ジダーノフ家率いる第2軍とスペンサー家率いる第3軍の闘争だった。


「覚醒体の素体を探し出して育成し、教育を施して自軍の戦力とし、時が来たならば太陽王にそれを見せて歓心を買う。その結果として主家からの覚え目出度き家臣は更に出生すると――」


 ジョニーは淡々とした口調でそう言った。

 向かいにいるカリオンの首肯を見ながら、そのまま続けた。


「――何かの拍子に王がそれに関わっていると知ったんだろうな。だからこそ、彼らはその実態を知りたがった。なぜなら……」


 ジョニーはジッとカリオンを見た。

 そこでカリオンが何を言うのかをジョニーは見ていた。


「軍の縮小を彼らは本気で恐れたんだろう」


 あの覚醒体が。今は検非違使と呼ばれるバケモノの戦力化が恐い。

 なぜならそれは、40個師団規模な国軍巨大戦力縮小の布石かも知れない。

 そもそもに巨大すぎる軍の規模は議会などから指摘を受けていた。


 ある意味ではル・ガルの身の丈からはみ出すほどに巨大なのだ。

 軍関係の予算を削り、国内投資にもっと振り向けたい。

 その夢は議会関係者や官僚らが何時も持っていた。


「軍は王の直接統治機関であり、議会は国民の声を拾う俺の耳だ。地域の名士や商工会の主。様々な民間組織の代表からなる帝国議会は、軍の予算を目の仇にしている部分がある。おれが城から出歩けない分……」


 城から出歩けないとカリオンが言った時、ジョニーはビシッと指をさした。


「それだよ。それ」


 ジョニーが聞きたい事を察したのか、ウォークは苦笑いを浮かべていた。

 いつからか太陽王は城から出歩かなくなった。城下のレストランにすらだ。


 かつて週に2度は城下のレストラン岩の雫亭を訪れていた筈。

 だが、帝后リリス妃の死去以後、太陽王は完全に城へ引き篭もっていた。

 誰もが王の体調を心配したのだが、王は至って健康だった。


「なんで城から出ないんだ?」

「対価だよ」

「え?」


 カリオンは間違いなく『対価』と言った。

 ジョニーはそれを聞き間違いでは無いと確信していた。


「何の対価なんだ?」

「リリスをここへ繋ぎ止めておく為の対価だ」

「はぁ?」


 ジョニーの疑問は再び膨らみ始めた。

 全体を把握したと思っていたのだが、どうやらそうでは無いらしい。


「なぁ……」

「隠したい訳じゃないんだ。ただ、順繰りに説明していかないとな」

「じゃぁ、順を追って説明してくれ」

「長いぞ?」

「構わんさ。時間はなんぼでもある」


 長期戦になる覚悟を決めたジョニーは、上着を縫いで椅子へと掛けた。

 そして、襟元をゆるくし、長丁場に備える姿勢になった。


「トウリに聞いたかもしれないけど……」

「あぁ。あらましは聞いた。なんでもフレミナ勢の中の呪いにやられたって」

「そうだが、それだけじゃない部分もあった。トウリはいろんな意味で弱すぎた」

「よわい?」

「あぁ。カウリ叔父さんが危険視した理由も今は良く分かる」


 さっきから溜息ばかりをこぼしているカリオン。

 だが、ここに来ての溜息は盛大を通り越し、体躯が萎むようだった。

 ジョニーも察してはいた難しい事態。だが、その実態は想像を遥かに超えた。


「リリスは魔剣で斬り付けられ、胎内に宿した我が子に命を吸われ続けた」

「わっ…… 我が子って、お前……子を成したのか?」

「あぁ。今でも奇跡だと思っているよ」


 カリオンとリリスの正体を知っているからこその言葉が漏れる。

 だが、それはこれから迎える驚きの、ホンの序章に過ぎなかった。


「我が子に命を吸われ続け、どうする事も出来ず、城の御殿医は匙を投げた。俺は最後の手段として魔法による治療を試みた。俺もリリスも魔法によって生み出された魔生物だからな」


 まるで罪の許しを請うような表情のカリオン。

 ジョニーはただただ首肯するだけだった。


「大陸中から森羅万象の知識を得た博識の賢者が集った。その大半がまだ城に居て魔術と魔法の研究を続けているが、その下地となったのは全てリリス治療の為のモノだった。そして――」


 カリオンは目を瞑ってカクリと俯き、肩を震わせながら言った。


「――時には時を巻き戻し、リリス治療の手段を探し続けた。その過程で生まれたのがあの秘薬だが、問題はそこから先だ。ジョニーも覚えたはずだが……」

「あぁ。簡単な魔法教育は駐屯地で訓練を受けた」


 ジョニーは両手の中に小さな炎を起こした。

 魔術と言う名の技術体系は、確実にこの世界に存在するのだった。


「魔法体系自体は魔術研究の成果だ。世界中様々な場所で魔術師たちがバラバラに行なってきた研究が体系化されたんだ。魔術も単なる技術体系に過ぎない。その仕組みとコツさえつかめれば、誰だって魔術を行使できる。だた――」


 目を瞑っていたカリオンは両目を開き、ジョニーの起こした日の玉を見ていた。


「――魔法をどれ程研究しても、リリスが生き返る事はない。死んで失われた者は帰ってこないんだ。今のリリスは魔術師の一人が使った屍霊術の応用で水晶で出来た人形の魂に命だけ入っている。時を巻き戻す術を使い続けた結果、リリスの身体には常識では理解出来ない次元で魔素が貯まっていたんだ」


 魔素とはこの世界に普遍的存在を見せるありふれた力の一つだった。

 その流れを操作する事が魔術の根幹でもあるのだが。


「リリスはこの城の地下にいる。そもそもガルディブルクは魔素が流れ込む街なんだよ。その街の地下でリリスはル・ガル全体を見ている。余りの魔力に俺も中々近づけない程なんだ。だから、魔法使いたちに夢中術を教えられ、夢の中で会う事にしている。まだ上手く使いこなせないんで、複数の夢を繋ぐ事は出来ないがな」


 カリオンの言葉が終った時、ジョニーは奥歯をグッと噛み締めていた。

 この30年の間に起きた事の根幹を全て知ったのだ。


「軍がお前に疑念を抱いたのは、その魔法研究って部分なんだろうな」

「あぁ。俺もそう思う。軍の主力である騎兵を廃止し魔道部隊に切り替えようとしていると思われているんだろう。そんな事をするつもりは無いんだがが」


 ジョニーは黙ってカリオンを見ていた。

 続きを言えと促すような、そんな眼差しでだ。


「いつだったか話をしたろ? 騎兵が魔法を直接使えると戦が変わるって」

「お前…… まさかっ!」

「あぁ。もうすぐそれが可能になる。魔道騎兵が誕生するのさ」

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