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不都合な真実を知る勇気

~承前






「なぁエディ」


 それはある意味ショッキングなシーンだったはずだ。

 だが、ジョニーは取り乱すこともなく平然としていた。


「ん? どうした?」


 その前でスルスルと元の姿に戻ったカリオンは、ジッとジョニーを見ていた。

 ウォークに手助けされ、カリオンは王の普段着に戻った。

 非公式の席なので、肩の凝らない気楽な身格好だった。


「……なんかスゲェな」

「実は案外、元に戻るのが難しいんだよ」


 何かを言おうとしたが言葉を飲み込んだ。

 昔から変わらないジョニーの空気は、カリオンに笑みを浮かべさせた。


「……そうなのか」

「で? いま、何を言い掛けた?」


 涼しい顔でジョニーを見ているカリオン。

 だが、そのジョニーはいつの間にか顔が変わっていた。


「あぁ、そうだ」


 大袈裟にすっとぼけたジョニー。

 何を言い出すのかとカリオンはジョニーを見ていた。


「なぁ。世界をブン取っちまおうぜ」

「はぁ?」

「覚醒体ってのは何人いるんだ?」


 ジョニーは楽しそうにニヤリと笑った。

 そして、真っ直ぐにカリオンを見ながら続けた。

 カリオンやウォークが少し引くほどのテンションで……だ。


「あの覚醒体は戦力として見たら普通の兵じゃ太刀打ちできないだろ?」


 何を言い出すんだと笑ったカリオン。

 だが、ジョニーは至って真面目な顔をしていた。


「あぁ。それは間違いない」

「ならお前が直接率いて世界をまとめて平定しちまおう」


 ジョニーはテンション高く煽るように喋り続けた。

 それこそ、カリオンの隣で聞いているウォークがドン引きする程にだ。


「……おいおい」


 呆れて吐き捨てたカリオン。

 だが、ジョニーはビシッと指を指しながら言う。


「俺は真面目に言ってるんだぞ?」

「俺にしてみれば寝言と一緒だ」


 やや呆れた調子でそういうカリオンは、眉間にシワを寄せていた。

 その姿にはなんとも言えない迫力があり、一言でいえば王の威厳そのものだ。


 それこそ、いつだったかジョニーも聞いた何処かの貴族婦人の話を思い出す。

 言ってはいけない戯れ言を吐き、太陽王の逆鱗に触れたと言う噂だ。

 夫人に一言も喋らせぬまま、その威圧だけで失神させたらしいのだ。


 だが、この姿を見れば、それも嘘ではないと思った。

 それだけの迫力があるし、また、眼力もあった。


「だいたい、世界をブン取ってどうするんだ?支配者ごっこは楽じゃないぞ?」


 このル・ガルの頂点にある男の言葉は決して軽くはない。

 ル・ガルの頂点はすなわち、世界の頂点と言っても良いことだ。


「お前が世界の王になって世界から争いをなくすんだ」

「……そりゃ無理だ」

「無理?」


 呆れたような顔をしたままカリオンは続けた。

 文字通りに話の腰を折るような事をだ。


「どんな状況でも争いは起きるもんさ。この国だって中身は相当酷いぞ?」


 それは間違いなくカリオンの本音だった。

 この国の頂点にいるからこそ見えてくる物が有るのだろう。


 カリオンは眉間にシワを入れたまま、ジョニーをジッと見て言った。

 その眼差しには、言葉に出来ない哀しみの色があった。


「あと、検非違使の覚醒者という表現は正しくない。覚醒体となった者だけが検非違使だ。検非違使を支援する者達は検非違使には含まれない」


 カリオンの言葉にジョニーは首肯を返した。

 検非違使の頂点であるカリオンが言うのだから間違いない。


「そもそも、太陽王の支配が万全ならば、検非違使は軍の一機関だったはずだ」

「……そう。それを聞きたかったんだ」


 ジョニーはカリオンをスイッと指さしてから頷いた。

 核心部に触れてくれたと喜ぶような、そんな姿だ。


「いったいなぜ検非違使は軍から独立を『粛正の結果です』え?」


 それに応えたのはカリオンでは無くウォークだった。

 驚いてウォークを見たジョニーだが、ウォークはカリオン以上に悲しそうだ。


「15年ほど前になりますが、ある時この城に侵入者がありました。その時は城詰めの者による撃退で事なきを得ました。私を含め警備関係者は暗殺を狙ったものと考えたのですが、数日後になり魔法薬の数が合わないことに気が付いたのです」


 ウォークの言葉にジョニーが総毛だった姿になった。

 まるで毛足の立ったタワシのような頭だが、ウォークは遠慮無く続けた。


「ご存じのことかと思いますが、魔法薬は一対となっていて、必ず同じ組み合わせで無いと効力を発揮しません。厳重に管理され保管されていたその魔法薬が15組と、あと片割れだけが最低22か23ほど流出したのです」


 ウォークの言葉にジョニーが首肯する。

 それを見て取ったウォークは、遠慮無く続けた。


「流出した魔法薬は、総力を挙げて探索されました。しかし、その過程で軍の内部にある横断組織が絡んでいることが解りました」

「横断組織?」


 オウム返しのように聞き返したジョニー。

 ウォークは一度頷いてから続けた。


「カリオン王に反旗を翻すまでは至っておりませんが、それでも一定の距離を取っている反カリオン王派閥です」

「……それって」


 ウォークの説明にゴクリと生唾を飲み込んだジョニー。

 隣で話を聞いているカリオンは目を瞑っていた。


「おそらく想像された通りのことでしょう。主要組織は聖導教会の聖騎士を中心とする聖導騎士団です。最低7人の聖導騎士(パラディン)が連判状に署名しておりました」

「あのカッパ禿げ連中がなんでまた」


 ジョニーの言葉にカリオンがニヤリと笑った。

 聖導騎士の多くは頭頂部をそり上げ、専用の冠帽を被る。


 聖導教会の教えでは、神はそれを信じる者の頭の上に降り立つのだという。

 故に、彼ら聖導騎士は、体毛では無く肌の上に降りて欲しいと毛を剃るのだ。


 ただ、その姿は誰が見ても笑いを堪えるのに必死になる。

 海洋種族や水中種族らが伝承する想像上の存在、カッパを思い起こさせるのだ。


「……まず、王は彼らの教えにある禁忌である魔法研究者で有ること」


 聖導教会内部においては、魔法や魔術は神の否定とされていた。

 無から有を生み出せる魔力の研究は、神の摂理への挑戦なのだった。


 故に彼らは魔法や魔術を殊更に忌み嫌う。

 学問的な研究による成果ですらも拒否する程の純粋さだった。


「教義にある男女一対の教えに反し独身であるこそ」


 この世界を作ったのは兄と妹として無から生まれた神なのだという。

 そのふたりは協力して世界を生み出し、やがて幾多の神を産んだそうだ。


 その故事からか、聖導教会の教典は夫婦和合を説いている。

 夫婦向かい合って合力することこそ素晴らしいという教えだ。

 つまり、公式にはリリスを失った寡婦と言うのはよろしくないのだ。


「……馬鹿馬鹿しいにも程があるな」


 ジョニーはそう吐き捨てて、心底の嫌悪感を示した。

 そもそも軍人とは超の付くリアリストであり、信仰は尊重こそすれ……だ。


 だが、聖職者を含めた狂信的な集団は、不信の者を毛嫌いする。

 無宗教的なスタンスを絶対に認めないし、彼らとは相容れない。

 そして、その課程で産まれる軋轢ですらも、信仰への試練と言い換えてしまう。


 神の前に平等を説き、多様性を認める教えであっても無宗教は認めない。

 その矛盾ですら、存在自体を認めない理不尽さこそ、宗教の根幹だった。


「ですが、なにより扱いに困るのは、彼らの教典に於いてもっとも不義とされる種族の垣根を越えた不貞の存在。マダラである事なんですよ」


 ウォークの言葉に『ハッ!』と笑ったジョニー。

 それ自体の根幹をジョニーはよくわかっている。


 どうやっても勝てないのなら、その存在を否定するしか無い。

 人格と存在そのものを否定してしまうしかないのだ。


「んで、その居もしねぇモンを有り難がってるキチガイ共は、いったいなんだって言うんだよ」

「それがですね……」


 溜息と共に吐き出したウォークの言葉を要約すればこうだ。

 まず、種族の壁を越えて子を為す行為は神への冒涜である。

 それと、神の御手を越える効果を起こす薬もまた神への冒涜である。


 だが、それが本当にその様なモノかどうかは試してみなければ解らない。

 故に彼らは非合法な手を使って、それを盗み出したのだとか。

 ただ、盗んだという表現は良くないので、軍関係者が係わった……


「つまり、あれか。エディがマダラだって気に食わねぇクソ野郎と教会連中の利害関係が一致して、挙げ句にグルんなって城に忍び込んだ……って事か」


 ジョニーの言葉にウォークは首肯を返した。

 ただ、そこから先の言葉はジョニーの想像を軽く飛び越えるモノだった。


「おまけに魔法薬を盗み出し、一部でそれを使用したようです」

「つかった? じゃぁ」

「えぇ。軍の施設奥深くで産まれたんです。最初の覚醒者が」


 ポカンと口を開けたジョニーは、ウォークとカリオンを交互に見た。

 それはつまり、カリオンの秘密の流出だと思ったのだ。

 だが。


「その覚醒者は最終的に暴走し、軍の施設を完全に破壊したそうです」

「もしかして……それって355年の焼き討ち事件か?」

「はい。一般的にはそう呼ばれている事件です」


 帝國歴355年。

 ル・ガル東部にある軍の施設が焼き討ちに遭った事件がある。

 犯行グループは正体不明ながら、基地の大半に放火し大火になった事件だ。


 基地周辺の住宅地にも延焼し、折からの強風により消火に失敗。

 結果として基地と周辺住宅街の全てを焼き払ってしまった事件だった。


「真相は覚醒者が暴走し、それを止める手段が一切なく、最終的には……」


 ウォークは許可を求め得るようにカリオンを見た。

 そのカリオンは腕を組んだまま思案していたのだが、不意にジョニーを見た。


「俺がイワオを送り込んだ。イワオは……ジョージが見ている前で戦闘状態に変身し、その暴走体を完全にねじ伏せたんだよ。軍の研究者は歓声を上げたそうだ。あの化け物は制御出来るってな。だが――」


 目を閉じて首を振ったカリオンは、言葉を失って黙り込んだ。

 その姿を見たジョニーは、小さな声で『あ……』と呟いた。


「――ジョージはその場で軍の非主流派が行っていたことを突き止めた。一部に相当な事をして全部吐かせたそうだ。そして、その首謀者や研究者を集め、研究練に押し込んで火を放った。生きたまま焼いたそうだ」


 カリオンは目を開いてジョニーを見た。

 寂しそうにも悲しそうにも見える眼差しは、僅かに涙があった。


「ジョージは責任を取り自決した。軍の内部について粛正を行ってからな。研究者やスペンサー家にも連なる一門郎党70名近くが処断された。罪状は様々だったが全て死罪だった。その責を全て背負ったんだ。結果、軍の内部ではより深いところで研究が行われることになった。俺も把握出来ない所でだ。だから……検非違使は軍から独立してるのさ。次の暴走に備えているんだよ。未回収の8本の為にな」

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