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信頼の証


「もう夏の気配だな……」


 王都ガルディブルクへと戻ってきたジョニーは、空を見上げそう呟いた。

 青い空には霞が掛かり、スカイブルーのグラデーションを見せ始めている。


 幾度か検非違使出動に同行し、ジョニーはその都度に何かを見つけていた。

 茅街を辞して直接メチータへと向かったあと、1ヶ月後に再び街を出発。

 得られた情報は街の治安担当に伝え、検非違使の邪魔をするなと釘を刺した。


 ――――理由を教えてください


 治安警備担当の兵士はそう喰い下がった。

 ある意味当たり前の話で、検非違使を知る前のジョニーと同じだ。


「俺も全体像は把握してないが、王の勅許を得て動く特別部隊だ」


 そう説明し、不承不承に飲み込ませた。

 やはり太陽王の権威は最強のもので、少々の不満もそれで押さえ込める。

 あまり良い事では無いと解っているのだが、それでも他に手が無かった。


 ――さて……


 中央通りに出た一行は、ミタラスへと続く橋を渡り王城の下へと来た。

 ここから先は平民では入れないエリアになる為、レオン家重臣だけが続いた。


 かつてはこの街で一番の遊び人と呼ばれた悪ガキだった。

 だが、ふと気が付けばジョニーは幾多の付き人を従えて街を歩いていた。

 非公式参内の予定だったジョニーだが……


 ――――失礼のないように!

 ――――あなたは次期当主なのよ?


 相変わらず口うるさい母親は鬱陶しい限りに口を挟んだ。

 ただ、その多くは心魂からの思いなのだから無碍にも出来ない。


「おふくろは幾つになってもおくふろか……」


 結果として公式参内となり、従者を従えジョニーは歩く事になった。

 それは、王都ガルディブルク市民へのアピールの意味もあった。

 レオン家と王家の仲は万全である。

 その印象を与える為の、いわばデモンストレーションだ。


 ――逆効果じゃねぇのかなぁ……


 ゾロゾロと従者を付け、ご機嫌伺いにやって来た。

 そう思われても仕方が無いとジョニーは思うのだが。


 ――――若!


 長年レオン家に使えてきた者は、ジョニーを若と呼ぶ。

 皆が城へ登城しそうになり、さすがのジョニーも面食らった。


「玉座の間へは俺ひとりで行く。皆は城下のレオン邸に行っててくれ」


 ――――しかし


「良いんだ。俺とカリオンの同窓会さ。面倒があるとあいつも困る」


 その言葉の意味を分からない訳じゃ無いだけに、従卒達は引き下がった。

 父セオドアよりの家臣団を帰し、ジョニーは1人で城へと登った。

 思えばこの城にはビッグストン時代から出入りしていた。


 本来であれば参謀職以上の階級で無ければ入れないところが幾つもある城だ。

 だが、ジョニーはカリオンに連れられ、城の様々な場所へ出入りしていた。


 ――この下……なのか


 帝国議会の議事堂へと続く階段を登りつつ、ジョニーは足下へと目を落とした。

 この1ヶ月、夢の中で何度も話をしたリリスは、この城の地下に居ると言う。

 遠い日、ビッグストン大講堂で見た、あの着飾った大公爵の娘。

 帝后ではなく若い娘の姿で現れていたリリスをジョニーは思い出す。


 事の真相は闇の中であり、事態は伏せられたままだった。

 つまり、ここから先はジョニーの気合と度胸が全て。

 カリオンを相手に全てを聞き出すしか無い。


 ――オヤジも気を揉んでるだろうな


 エスコ・カルテルの首領であるロス・パロス・エスコは待っているはずだ。

 ジョニーがケビイシなる組織の全貌を掴み、メチータに情報をもたらすのを。

 難しい事だとは思うが、それでも期待しているのだろう。


 組織を預かる首領は、とにかく各方面へ気を配るもの。

 それと同時に、ありとあらゆる事を知りたくなるものだ。

 茅街から帰ってきたジョニーを、ロスは質問攻めにした。

 ただ、思うような情報が得られなかっただけに落胆も大きかった。

 何を知りたいのかは簡単なことだ。


 街を牛耳る組織にとって、敵対するのか否か。

 多くの人の命を預かる立場なら仕方が無い。


 ――さて……


 玉座の間に入ったジョニーは、人の気配で不意に顔を上げた。


「随分と遅かったな。待ちくたびれたよ」


 そこにはカリオンが待っていた。

 玉座では無く、無造作に部屋の中で立っていた。











 ――――――――王都ガルディブルク 城内玉座の間

          帝國歴 370年 6月 2日











「直接顔を合わすのは久しぶりだな」

「全くだ」


 カリオンは手招きしつつ歩き出した。

 その姿も振る舞いもビッグストン時代と大して変わってないように見えた。


 だが、その中身は全く別物なのだろう。

 人の夢の中に入り込み話をするなどと言えば、普通の人間なら驚くより他ない。


 カリオンは事も無げにそれを行い、この道中でもそれを繰り返した。

 夢中術とは時間と距離とを無視した、凄まじい交信手段だった。


「お前が毎晩夢に来るから寝不足だ」

「睡眠不足で勤まるほど騎兵は甘くないぞ?」

「誰か睡眠不足にしてんだ! 誰が!」

「リリスだろ?」


 ハハハと笑いつつカリオンは王のプライペートエリアへ進む。

 厚い緞帳を抜け、いくつかの階段を上がると、そこには瀟洒な庭があった。

 ガルディブルク城の上部。まるで天空の庭になっているそこは、一面の花畑だ。


「まぁ座れよ」


 花畑の中にある小さな苫屋にはこじんまりとしたテーブルと椅子があった。

 ふたり分だけのその空間は、真っ白の花に包まれた静かな場所だった。


「ここよぉ……」

「一度は来てるだろ?」

「……あぁ」


 ジョニーは思い出していた。

 夢の中でカリオンやリリスと話をする庭は、まさにここだった。

 一面の花畑が広がる王の庭は、太陽王の許し無く入れる場所ではない。


「お前の隠れ家だな」

「俺じゃない。リリスのだ」

「リリスの?」

「そうさ」


 カリオンはニヤリと笑ってジョニーを見ていた。

 だが、そのジョニーは背後に人の気配を感じた。

 驚いて振り返ったとき、そこにはお茶を持ったウォークが立っていた。


「連隊長殿。先日は失礼いたしました」

「いや、良い対応だった」

「そう言っていただけると救われます」


 ジョニーにお茶をサーブしつつ、ウォークは様子をうかがっていた。

 主であるカリオンの言葉を待っていたのだ。


 期待する言葉はひとつしかない。

 ジョニーとの話に同席することだ。


「ウォーク。部屋の掃除は終わっているか?」

「はい。もちろんです」

「ならば同席せよ」


 ここは王の庭。

 カリオンのプライベート空間であり、第三者の入らない場所。

 ここならば遠慮なく内緒話が出来るし、際どい話題も出せるというもの。


 ジョニーはひとつ息を吐いてから、改めてカリオンを見た。

 思えばこうやって、遠慮なく話を出来るのも久しぶりだ。


「改めて……久しぶりだな。エディ」

「あぁ。気が付けば30年だ」

「……思えば、あっという間の年月だった」


 ジョニーの言葉には深い感慨があった。

 カリオンはそれを黙って聞いている。

 昔のように遠慮なく突っ込みを入れることはない。


 ――王なんだな……


 ジョニーはそれを思っていた。

 王は黙って臣下の声を聞くのだ。


 王に向かって上がってくる莫大な情報を聞き、それを処断するのが仕事だ。

 自分の意思ではなく、公平公正でなければならないのだ。


「なぁエディ」

「皆まで言うなよジョニー」


 ニヤリと笑ったカリオンは、それでもどこか寂しそうだった。

 その表情が意味するところはジョニーも良くわかっていた。


 街の無頼と仲良くなり、幾度も死線を潜った筈だった。

 しかし、そんなジョニーが公爵家だと分かった瞬間、皆が離れだした。

 自分は変わっていないと思っても、周囲は違う人間だと思うものだ。


 カリオンは太陽王で、この世界を実質的に支配する存在。

 世界の覇権を握る国家の頂点にあって、思うがままに差配できる。


 もし。

 そんな存在がタダの人間では無く化け物であるとばれたなら……


「ウォーク。ここには誰も居ないか?」

「はい」

「そうか」


 カリオンはやおら立ち上がると、上着を脱ぎ放って諸肌を見せた。

 引き締まった体躯はあの頃と変わらず、常に鍛錬を行っている事が解った。


「検非違使は全て俺と同じ存在だ」


 カリオンは力無く笑ってジョニーを見ていた。

 その姿には、力を誇る絶対的な支配者の影など微塵も無かった。


「……何をしてもお前に勝てなかった。勉学でも馬術でもな。だけど……」


 ジョニーがそう呟く間、カリオンは覚醒して見せた。

 ムクムクと身体が大きくなり、黒い体躯の化け物が姿を現した。


「自分の血を呪っても仕方が無い。ただ、これは他人には見せられない」


 ジョニーを見下ろすようにしているカリオン。

 その姿は何度か見たイワオよりも一回り大きかった。

 岩のような体躯に巨木の如き腕。そして、巨大な角。


 その姿はヒトの世界に伝わる伝承上の化け物だとジョニーは思った。

 うろ覚えながら、『みのたおろす』とか言う存在だ。


「俺に見せても良いのか?」

「お前に討たれるなら本望だ」


 カリオンは遠慮無くそんな言葉を吐いた。

 その言葉にジョニーはただただ酔うのだった。

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