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王の秘密

~承前






 フィエンゲンツェルブッハから南西へ約25キロ。

 国境地帯の街を越え、ネコの国の勢力圏下に入った一行は闇の中に居た。


 総人口2000人足らずの小さな村、ブリテシュリンゲン。

 かつての紛争で和平交渉の行われた街だが、その記憶は既に風化していた。

 今は牧畜と粗末な農業のみで経営される小さな小さな街。

 だが、この街はかつてイヌが地道に開拓し、入植した街だった。


 その街の郊外。

 酪農地帯の片隅にあるサイロの前では、全員が緊張の面持ちで時を待っていた。

 サイロを持つ酪農農家の中に、今回のターゲットが居るらしいのだが……


「ここは?」


 小声で囁いたジョニーは愛刀の抜け落ち留めを緩めた。

 深夜2時の草原は、夜露が降るほどに冷え始めていた。


「ブルテシュリンゲンという街から南西へ2リーグです」


 タカの口から聞いた事の無い地名と街の名前が出た。

 ヒトの身でありながら、タカは高い諜報能力を持つ存在だった。

 その振る舞いや身のこなしに、ジョニーは声を出さず唸っていた。


 ――大したもんだな……

 ――それにしても、こんな所まで浸透したのは初めてだ……


 このヒトの男はヒトの世界でもそれなりの機関に所属していたのだろう。

 そうで無ければ、この身のこなしは考えられないのだ。


 暗闇の中、音を立てずにタカは移動していた。

 それも、砂利や草地と言った、嫌でも音が出る場所でだ。


「左手方向。窪地の中に何か居る」


 検非違使の1人であるタカの手下がそう囁いた。

 シンと言うらしいその男は、下手なイヌより余程夜目が効いた。

 慎重に接近している先遣隊は、シンの言う窪地まで指呼の間に迫った。


「目標らしい。本隊へ繋げ」


 アレックスがそう指示を出すと、タカは後方に向かって何かを操作した。

 それは、後方へのみ光を発する特別な機材だった。


 ――何をやってるんだ?


 黙って事態の推移を眺めていたジョニーは、脚の痺れを気にしだしていた。

 すわ戦闘となった場合、この脚では文字通りに足手まといになる。


 ――まずいな……


 小さく舌打ちをしたジョニーの耳に声が届く。

 何処からか聞こえてきたのは、誰かの名前を呼ぶ声だった。


 ――――……カ! ……ミカ! 何処に居る!

 ――――ナミカ! 返事をしなさい!


 割と高いキーの声だが、それは間違い無く男の声だ。

 母親では無く父親かも知れない。


 この世界でも母音が『a』で終わる人名は女性が多い。

 名を呼ばれている存在は女性かと気が付くのだが、問題はそこでは無い。


 その女性を呼ぶ声には、明確な怒りの臭いが混じっている。

 そしてジョニーの鼻が何かを捉えた。小便の臭いが闇の中から流れてきたのだ。


 ――ん?

 ――漏らしたな?


 名前を呼ばれたらしい存在は怯えている。

 それも小便を漏らすほどに怯えているようだ。


「……始まるぞ」

「え?」


 唐突なアレックスの声にジョニーが油断しきった反応を返した。

 だが、それを全く意に介さず、アレックスは楽しげな声で囁いた。


「良いから見てろって!」


 アレックスに促され窪地を凝視するジョニー。

 段々と目が慣れてきたのか、月明かりですらも乏しい状態なのに姿が見えた。


 ――――イヤッ! イヤッ! 来ないで!


 本気で嫌がる真剣な声が漏れた。

 誰かが強姦にでも及ぶのか?と驚くのだが、そんな姿は見えない。

 窪地の奥でメチャクチャに両手を振り回すのは、まだ幼い少女だった。


 ――女の子か!


 声を漏らさずに驚いたジョニーは、その姿を凝視していた。

 両眼をキツク閉じ、メチャクチャに両手を振り回す姿だ。


「いま、あの子の中にエディが居るのさ」

「……なんだって!」

「いや、女の子だからリリスかも知れないな」


 楽しげに言うアレックスの説明にジョニーは声を上げて驚いた。

 つまりそれは、あの2人の遠隔干渉という事そのものだ。


「あの子の意識に入り込み、恐怖を煽って強引に覚醒させるんだ」

「……まさか」

「そのまさかさ。覚醒者達はそうやって最初の覚醒で押さえ込まれる」


 ジョニーから目を切り窪地を見たアレックス。

 その眼差しには哀しみがあった。


「覚醒者が自分の力に酔い、全能感を得てしまうともうダメなんだ」

「……ダメって?」

「自分より強い存在が居ると教えてやって、力尽くでも従わせる」


 全能感が意味する事をジョニーだって解らないわけでは無い。

 相手を殺し、その血に酔ってしまうと、もうダメなのだ。


 力で相手を従わせる事で自分が上だと勘違いする。

 気に入らなければ暴力的な手段で解決を図る。

 その成功体験が、人間を横暴かつ粗暴にしてしまう。


 だが、それよりも更に大きな力で、それをしようと言うのだ。

 その手段を覚醒者が取らないように、同じ手段で牙を折る。


「…………余り良い方法じゃ無いな」


 ジョニーは言葉にならない反感を覚え、そう漏らした。

 覚醒直後にその牙を折るしかないと解っていて、それでも……だ。

 頭では『それしか無い』と理解していても、やはり……


「それは……解っている」


 アレックスもそれには同意するらしい。

 ジョニーにはそれが意外だった。

 だが。


「たださ……」


 アレックスは肩をすぼめながら言った。


「他に手段が有るなら教えてくれ。話し合いで解決など全く現実的じゃないんだ。最初の最初で抵抗心とか無敵感とかを根切りしないと、反発心や暴れる事への渇望感を持ったままになる」


 方法論の正邪など何の意味も持たないことだ。

 結論として成功している方法が正しいだけの事。

 事態の解決を図るなら、理屈や理念は指針となるよりも邪魔になるのだ。


「まぁ、言いたいことは解るさ……」


 時には力業で体に教えこんだ方がいい。

 言って聞かせて理解させたところで、納得しなければ意味がない。


 ならば最初から力ずくで納得させるだけ。

 恐怖と憎悪こそ、真の尊敬への最短手なのだ。

 ただし、その手段は一ミリたりとも踏み間違えられないのだが。


 ――――キャァァァッッッ!!!


 絹を裂くような悲鳴が響いた。

 その直後、『お前はこんなところに!』と怒声が響いた。

 そこに立っていたのは、恰幅のいいネコの男だった。


 そして『まったく手間を掛けさせやがって!』と叱り付ける声が聞こえる。

 だが、悲鳴をあげた少女の顔は恐怖に歪んでいた。

 恐慌状態となり、ガタガタと震えながら固まっていた。


 ――――早くこっち来い!

 ――――クソ忌々しいバカ娘!


 その言葉にジョニーは発火寸前なほど腹を立てた。

 今にも飛びかかりそうな程に力を込めていた。

 しかし、ジョニーの目の前で少女は覚醒を始めた。

 顔を覆っていた両手や、小さな頭を覆っていた髪の毛がグッと延び始めた。

 同時に、ムクリと音を立てるようにして身体が膨らみ始めた。


 身を包んでいた粗末な衣服を裂き、細身の化け物が姿を表した。

 それは、真っ白い体毛に覆われた巨大なネコの姿だった。


 ――――バッ! バケモノだっ!

 ――――助けてくれ!


 ネコの男は腰を抜かしてしまい、そのままズリズリと後退した。

 その姿を見下ろす少女だった化け物は、吼えるような声をあげた。


 ――怒り狂ってる……


 ジョニーはここで大切な事に気が付いた。

 あの覚醒体である少女の内心は怒りと憎しみに埋め尽くされている。

 最初に覚醒する時には、恐怖による暴走そのものがトリガーなのだ。


 ――しかし……


 少女は怒り狂ってネコの男を追いかけだした。

 大きく膨れ上がった身体は、身の丈3メートルはあろうかと思えた。

 そして、その体躯を生かし、巨大な腕を振り下ろしていた。


 ――あれで殴られたら即死だな……


 ジョニーもそう思う程の迫力が化け物にはあった。

 言葉にならない悲鳴をあげながら、ネコの男が逃げていた。


 ――あっ!


 ネコの男を見ていたジョニーの視界に何かが飛び出した。

 それは漆黒の体毛を持つ数人の覚醒体だった。

 一気に飛び出し容赦なくネコの男を踏み殺し、少女の覚醒体に迫った。


 ――エゲツねぇ……


 率直にそう思ったジョニーだが、事態は進んでいた。

 覚醒体は一気に少女に迫り、至近距離となって殴りかかった。

 鈍い音をたてて拳をめり込ませた少女の覚醒体は、バランスを崩し倒れこんだ。


 しかし、検非違使の覚醒体は遠慮や容赦の類いが一切無かった。

 途轍もない一撃を連続して叩き込み、やがて少女の覚醒体は血を吐いた。


「全員後退!」


 低く沈んだ声が響き、検非違使の覚醒体は後退を始めた。

 それは、間違いなくイワオが発した声だった。

 検非違使の覚醒者を率いていたイワオは、見事な戦闘を見せていた。


 そしてその結果、あの少女は覚醒してなお、倒れようとしていた。

 恐怖の対象に怯えて意識を失い掛け、震えるようにしていた。


 ――なぜ後退するんだ?


 そう疑問に思ったジョニー。

 だが、黒い狼に代わり真っ白い狼のような姿の覚醒体が姿を現した。

 身の丈なら少女に匹敵するような姿だ。


 ――……えっ?


 驚くジョニーの見つめる先。

 白い狼の覚醒体は斃れこむ少女の覚醒体を抱えた。


 ややあって少女は元の姿に戻り始めた。

 毛が抜け落ち、ヒトの少女に戻ったのだ。


 ――嘘だろ……


 ジョニーが見つめる先、あの白い狼の覚醒体もヒトの姿を取り戻していた。

 素っ裸でそこに立っていたヒトの姿にジョニーは見覚えがあった。


 ――誰だ?

 ――えっと……


 そうだ。遠い日、王城の中で見たヒトの女だ。

 カリオンの異母妹理沙が生まれた時に見た、メイド姿をしていたヒトの女だ。


 そしてそこでやっとジョニーは気が付いた。

 あの、茅街自治団の受付に居た受付嬢は理沙だ……と。


 その時、カリオンははっきりとジョニーに言った。

 今日レイラが産んだヒトの娘は自分の妹だ……と。

 そして、このメイドと同じく、自分の妹なんだ……と。


 あの時のジョニーは、ヒトであるゼルを父と慕うカリオン故だと思っていた。

 ゼルの血を引くヒトの女二人は、種族こそ違えどカリオンにとって妹だと。


 だが、レイラは太古の秘薬を飲み、カウリ卿と子を成した。

 生まれた子がリリスなのだとジョニーは知った。

 そして、理沙はゼルとレイラの間に生まれたが、イヌの特徴を持っている。


 つまり。


 ――ゼル様も秘薬を飲んだんだっ!


 ジョニーは急に膝がガクガクと震えだした。

 今にして思えば全てが繋がり始めた。


 カリオンは文字通りの妹の様にコトリを大事にしていた。

 そして、ヒトとイヌの中間のような理沙を茅街へと送り込んでいた。


 ――エディ……

 ――おまえ……も……なのか?


 ジョニーはこの検非違使一門が秘匿される核心にたどり着いた。

 そしてそれは、太陽王カリオンの持つ、絶対に表に出せない秘密だった。

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