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検非違使出動

~承前






「お探しいたしました」


 あの受付嬢はニコニコと笑いながらそう言った。


「……探したって、なんか用かい?」

「はい。案主様が公爵様をお呼びしろと」

「……いま、アンジュって言ったか?」

「えぇ」


 ――この受付嬢もグルだ!


 ジョニーは驚きと戸惑いに埋め尽くされた。

 少なくとも、この街の大半かほぼ全てが検非違使に係わっている。

 間違い無く係わっているし、検非違使そのものかも知れない。


 ――つまりは……

 ――検非違使の活動拠点か


 太陽王が禁足地としたゼル陵の前にあるヒトの街。

 その街は検非違使の活動拠点として作られた街。

 国軍関係者の中でも相当高階層に居なければ把握出来ない組織。


 そしてその組織の役目は、国家の表沙汰に出来ない汚れ役を行う。

 国内外の覚醒者を探し出し、それを回収する。

 同時にその覚醒者を保護した上で再教育を施し、検非違使にする。


「アンジュ殿はなんと?」

「検非違使出動となりますので、ご同行願いたいと」


 受付嬢は表情一つ変えずに要件を言った。

 その言葉にロニーが表情を変えジョニーを見た。


 検非違使が出動するからそれに同行しろ。

 それはつまり、検非違使の全てを見せてやる……と。


「すぐに出頭するので半刻待たれたいと伝えてくれないか」

「承りました。間も無く正午です。午後には出発いたしますので」

「了解した。自治団本部へ向かわせて貰う」

「はい。では、そこで合流と言う事で」


 ぺこりと頭を下げて受付嬢は去って行った。

 その後ろ姿を見送りながら、ジョニーの疑念は確信に変わった。


「やっぱ間違い無いな」

「……なにがっすか?」

「今のヒトの女、さっき言った自治団の受付だったろ?」

「そうっすね…… って、あっ!」


 ジョニーが気が付いた問題の真相にロニーも気が付いたらしい。

 そう。つまりはあのノホホン受付嬢が検非違使を知っているのだ。


「この街ってケビイシの駐屯地で間違いねっすね」

「あぁ……」


 立ち上がったジョニーはチップ込みの金額をテーブルに残しカフェを出た。

 宿に残してある荷物を引き払い、出動する検非違使に同行する為だ。


 ただ、ふたりが宿へと戻ったときには、既に愛馬が表に繋がれていた。

 飼い葉を鱈腹と食べ、身体中を磨かれてギラギラとひからせている。

 その手入れの行き届きぶりに、馬がなんとも上機嫌なのだった。


「間違い無いな……」

「……っすね」


 もはやそれ以上の言葉は無かった。

 宿を引き払い馬に乗って自治団本部に出頭したジョニーとロニー。

 自治団本部の前には幾人かが集まっていて、算段の確認をしていた。


「ご足労恐縮であります。レオン卿」


 最初に挨拶したのは、タカと名乗った自警団の男だった。

 タカ以外に2名のヒトが馬に乗っていて、出発を待っていた。


「3名だけなのか?」

「いえ、既に先遣隊は出掛けています。本体は闇を突いてやって来ますので」


 ジョニーの問いに対し、タカはそう答えた。

 ややあって2名ほどが加わったのだが、両方ともイヌだった。

 そしてその片方は……


「なんだ、ジョニーも行くのか」


 鞍の上で軽くそう言ったのはアレックスだった。

 腰のポーチには幾つも書類をさし、鞍のポケットには地図を入れていた。


「あぁ。アンジュ殿が同行を言ってくれたんでな」

「じゃぁエディの指示だな」


 何かをメモしつつそんな言葉を交わすアレックスとジョニー。

 だが、エディの名前が出たところで、ジョニーの表情が変わった。


「エディの?」

「あぁ…… って、あれ?」


 ジョニーを見て首を傾げたアレックス。

 その顔には『おかしいな』と訝しがる色があった。


「ジョニーも夢の中で話をしなかったか?」

「……した。昨日の夜、夢の中にエディが来た」

「だろ? みんなその指示を受けている」


 全員という言葉にジョニーは驚いてグルリと面々を見た。

 アレックスを含めた馬上の男達が皆、揃って笑みを浮かべていた。


「エディは夢の中で遠隔地へと指示を出している。あの夢中術は凄まじい精度と速達性を持っているんだ。最近は益々魔力に磨きが掛かってきた。その内エディは手に負えない魔術師になりそうだな」


 そんな事を言いながら笑うアレックスは、近くに居た別のイヌを紹介した。


「先に紹介しておく。検非違使の与力として中央から派遣されているジャン・ヴァンダム少佐とロイ・フィールズ中佐だ。お二方とも俺やジョニーより上級生に当たるから、階級はともかく……」


 解るだろ?と目で訴えたアレックス。

 ビッグストンOBであるジャンとロイのふたりは、ジョニーよりも先達だった。


「申し訳ありません。よろしくお願いします。先輩方」


 胸に手を当てて仁義を切ったジョニー。

 だが、ロイ・フィールズがそれを掻き消した。


「平民出でうだつの上がらないダメ士官だが、カリオンが引っ張り上げてくれたんで分不相応な階級に付いている。こっちのジャンもそうだが、伯爵級ですら無いのに佐官に付いてしまったんで、色々と肩身が狭いんだ」


 そう切り出し、ロイはジャンを見た。

 そのジャンもまた苦笑しつつ言った。


「私はこのロイよりも10以上上になるが、どういう訳か同郷のよしみでロイと一緒にこの街に来た。男爵でも子爵でもない平の平民で少佐だから、軍でも居場所が無いんだ。だから、よろしく頼む。公爵家の跡取りな大佐殿付きと言う事で、軍の中に何とか安心出来る居場所を造りたいんだ。出世しなくとも良い。ただ、首切り要員は歓迎しかねるってところだな」


 親族や出身と言った部分のしがらみが薄い人間は色々と辛いものだ。

 首切り要員となるか、詰め腹を切らされる係となって軍から追い出される。

 その後になって様々な形で身の振り方を斡旋されるが、闇に消えることも多い。


 高度な官僚社会であるル・ガルの場合、責任問題はどうしたって付いて回る。

 責任問題を後腐れ無く解決し、丸く収める為には生贄が必要になるのだ。

 そんな損な役回りのために、平民出身士官は重宝されると言って良い。


「自分も面倒な身の上ですが、形こそ違えど面倒ですね。よろしくお願いします」


 ジョニーは開くまで腰低く対応することを心掛けた。

 この検非違使絡みで活動する以上は、敵を作らない方が良いと思ったのだ。


 検非違使は国際社会の中でも面倒な部分を解決するセクション。

 その現場に居る以上、面倒を起こせば現場の判断で粛正されかねない。


 それに、将来的に公爵家を引き継ぐ以上は味方を増やしておきたい部分もある。

 レオン家に縁もゆかりも無い平民出の人間とネットワークを作っておく。

 これは決して無駄な投資では無いとジョニーは感じて居た。


「……驚いたな」

「えぇ」


 ロイとジャンが顔を見合わせ笑った。


「公爵家出身だから……」

「はっきり言えば、もう少し高圧的かと思ってた」


 誰よりも年嵩なジャンは、ハッキリとそう言い放った。

 その言葉はジョニーの内心をムッとさせるのに充分な威力だが……


「あんまり調子こいたことやってると、足下掬われるんですよ。何度も痛い目に遭ってますんで、慎重に為るんですって」


 ジョニーはそう説明し、戯けて見せた。

 ただ、痛い目に遭ったのは事実だし、その中で学んだことも多い。

 そして、自ずと身についた慎重さは幾度も身を助けている。


「そんな事より先を急ごう。今回は遠いから」


 アレックスは出発を促し、ジョニーとロニーを含めた8人が動き出した。

 ふと振り返ったジョニーは、街の中にあの受付嬢の姿を見た。


 ――あのヒトの女は……


 なぜそれを思ったのかはジョニーにも解らない。

 無性に気になったと言うしか、ほかに表現が無かった。


 ただ、そこから先、馬は快調に進んでいった。

 騎兵の行軍よろしく、1日で20リーグを進出し、各所で野宿を行った。

 街道の途中で宿場町に入ることはせず、街道を外れたところで野宿したのだ。


 そして驚くべき事に、ヒトの3人組は見事な馬の扱いを見せた。

 行軍中は余裕を見せ、正直言えばジョニーの方が余程疲れを見せた。

 一行は7日目の夕刻にはル・ガルとネコの国との国境にほど近い場所へ到達。


 ジョニーは40年ほど前にやって来た西方自治領へと立った。

 かつてゼル公が再建を命じた街、フィエンゲンツェルブッハだった。


「……懐かしいな」


 街の中へと入っていくジョニーは、ゼル公の姿を思いだしていた。

 どれ程疲れていても、意地を張って余裕風を吹かせていたヒトの男だ。


 なにより、イヌとネコの確執を無視し、荒れ果てた街の再建を命じたのだ。

 その威徳を街の住民が忘れていなかったのか、一行は思わぬ歓迎を受けた。


 街を自治する商会連合の主達は、どう見たって堅気では無い。

 ある意味でジョニーにとっては付き合いやすい相手なのだが……


「厄介になる。申し訳無い」


 アレックスがそう挨拶したレストランのオーナーは満面の笑みだった。

 街に入ってきた一行を最初に見つけた任侠者が繋ぎを取った相手だった。


「レオン家のジョンとジダーノフ家のアレクサンドロスだね?」


 どう見たって任侠者なネコの紳士は、糸のように細い目を曲げて笑った。

 白いスーツに真っ赤なシャツを着込むその紳士は、先頭に立って馬を引いた。


「太陽王から聞いているよ。友人が尋ねるから面倒を見てやって欲しいと直接頼まれたんだ。私はエゼキエーレ。どういう訳かカリオン王とは知己の仲でね」


 7階建ての巨大な店舗には大きな鳥のシルエットが描いてあった。

 そして、その黒いシルエットの中には、舞台で唱う歌手の白抜きがある。

 歌手の頭には耳が無く、それはヒトなのだと案に示している。


 ――ヒトの売春宿か?


 なんでこんな所に?とジョニーは訝しがった。

 エディがこんな忘八の男と付き合っているというのが理解出来ないのだ。


「失礼ですが、我らが王とどのようなご縁で?」


 アレックスは単刀直入にそう尋ねた。

 大きなレストランの中で一息ついた状態だが、ジョニーの興味もそこに移った。

 少なくとも、こんないかがわしい稼業の人間と知り合いというのがおかしい。

 つまり、この男が嘘をついている可能性を思ったのだ。


「さて、どうしたものか……」


 お茶を用意して差し上げろと指示を出したエゼキエーレはジョニーを見た。

 そして、クククと笑ってからアレックスとジョニーにだけ囁くように言った。


「内緒話だがね……王の妻リリスの母親を最初に保護したのは私なんだ」


 その一言は、アレックスとジョニーから言葉を無くすのに十分な威力だった。

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