隠されていた真実
~承前
茅街の中央地区。
この街の中枢となる地域は、それと同時に歓楽街も形成している。
ここにあるカフェはガルディブルクもかくやと言う華やかさだ。
さまざまな店が軒を並べ、活発な経済活動を展開している。
いかなる世界と言えど、商売は存在し経済は回るもの。
その経済こそを武器にして発展しようとしているのかもしれない。
そんな歓楽街の一角。
ジョニーはカフェのカウンターに陣取り、じっくりと思案を巡らせていた。
あのジローと名乗ったヒトの男は、茅街をヒトの町にしたいと夢を語った。
それ自体は喜ばしいことであり、また、ヒトの自立は緊急の課題とも言えた。
だが。
――あの野郎……
ジョニーの内心は不思議な混乱に埋め尽くされていた。
どうやらあのヒトの男は身の程を忘れている。
ヒトは所詮奴隷の身分。それを忘れ自由だと勘違いしている。
――いや、なにいってんだ
――それ自体は喜ばしいことだろ……
ジョニーもいつのまにか世相の垢に染まっていると気が付いた。
ヒトの立場を軽んじることに違和感を覚えなかったのだ。
本来のジョニーであれば、他人に口出しされることを極度に嫌がる筈だった。
だが、世間全体の考える『その方が都合が良い』に迎合したのだ。
――汚れちまったな……
ジョニーはふと、それを実感した。
自嘲したと言って良いことだ。
ギリギリと奥歯を噛みながら、己れの変容を嘆いていた。
「兄ぃ……」
ロニーは何とも言えない厳しい顔でジョニーを見ていた。
一言でいえば、噛み殺しきれない怒りと不信感だ。
「どうした?」
「どうした?でねーですよ」
カフェのコーヒーは何とも芳しく、鼻腔をくすぐる香りは素晴らしいものだ。
だが、それらを味わうことなくロニーはいかりに震えていた。
「そろそろ頭から説明する頃合いでねーでんですか?」
「……あ」
ロニーの怒りを理解し、ジョニーは表情を崩していた。
ややもすれば怒りに狂いそうな程だったはずなのだが……
「まぁ……掻い摘んで言えば」
「掻い摘まなくて良いッス。頭から順繰りに言ってください」
「そうだけどなぁ……」
「俺の頭でも理解できる様に言ってくれれば良いッス」
そもそも、ロニーはビッグストン卒業生と言っても、ソレほど優秀では無い。
そして、もっと言えばロニーはビッグストンの中でも平均的なレベルだ。
オールラウンダーに優秀な成績を残していると言うのは、普通はあり得ない。
それはまさに天才や秀才と呼ばれるレベルであり、本来は異常なことだ。
「あの覚醒者は……」
「化け物っすか?」
「そうだ」
一つ息を吐いたジョニーは胸の内で事態を整理した。
凡そ軍務にある者は、報告連絡相談の3点について能力を要する。
冗長にならず要点を押さえ、簡潔に説明し相手に理解させる。
相手の理解力が劣るから話が伝わらないなどと言っているようではダメなのだ。
相手に解るように、キチンと伝わるように、それを踏まえて話を整理した。
「そもそも、王の秘薬ってのがあってな」
「なんでもイヌとネコで子供が作れるって薬っすね?」
「そうだ。それを知ってるなら話が早い」
そこからジョニーの話は一気呵成に続けられた。
同時にそれは、自らの理解している要点を再確認する行為だった。
そもそも、カリオンの作らせた秘薬により種族の壁を越える子が生まれた。
だが、それらの子はどうしても早死にしてしまう傾向が強かった。
誰かは解らないが、ヒトを相手にそれを使った者が居た。
その時に産まれて来た子は、一定の確率で覚醒してしまう事が解った。
メチータに現れた化け物の正体はヒトとイヌとのあいのこと言う事だ。
「ここまでは解るな?」
「もちろんッス」
「んじゃ、次は検非違使だ」
そもそも検非違使はそんな覚醒者を収容する為の組織だった。
各地に現れるはずの覚醒者を探し出し、それらを収容し、再教育を施す。
彼ら検非違使は太陽王直属の独立部隊で、軍も警察も手出しできない。
統帥権上の優先原則により、下手な将軍クラスでも口をだせない。
優先原則とは、王からの命をより直接受けた方が優先されるものだった。
検非違使は基本的には収容され教育を受けた覚醒者だ。
そして、彼らはそもそも……
「あれ?」
「どうしやした?」
「はなしが繋がらねぇ」
「……へ?」
再び腕を組んで考え込んだジョニー。
自分の口から出たはずの言葉を反芻し、問題の切り分けを行っていた。
――検非違使は覚醒者を収容する
――検非違使は覚醒者を再教育する
――検非違使は各所へ出向き覚醒者の卵を見つけ出す
――……そもそもなんで知ってるんだ?
腕を組み真剣に考え込んでいたジョニー。
だが、それを前にしたロニーは、軽い調子で言い放った。
「そもそも化け物……覚醒者が何処に居るって、なんで知ってるんですかね?」
「……それだ」
ジョニーの抱えていた違和感はロニーの一言で解決した。
そもそもなんであの時、メチータの街に検非違使が居たのか。
ジョニーは各地の街にそれぞれ派遣されている可能性を思った。
だが、少なくとも街の中にヒトの出入りがあればすぐにわかる。
シュサ帝の詔により、ヒトはイヌよりも余程厳しく管理されていた。
それ故、メチータの街にヒトが入り込めば、すぐにわかるはずだった。
だが、あの化け物を前にしたとき、検非違使は唐突に現れた。
その前から浸透していたなら、少なくとも何らかの兆候を掴むはず。
つまり、あの検非違使は送り込まれた公算が高いと言う事だ。
「……普通に考えれば、前もって知っていたって事になるっすよ」
「おめーもたまには良い事言うな」
「エヘヘ! 褒められたッス」
素直に喜ぶロニーだが、ジョニーはそこから更に思考を巡らせた。
前もって知っていたなら対処が出来る。
では何故、それを知っていたのか。
可能性は三つ。
薬が何処に行ったのか全て把握している。
薬を誰が使ったのか全て把握している。
薬がいつ使われたのか正確に把握している。
予想外の場所へ流れたのなら、そこへ居合わせることは不可能だ。
想定外の人間が使ったのであれば、その街を事前に把握することも出来ない。
計算外のタイミングで生まれた子の場合、覚醒のタイミングは把握出来ない。
つまり、このどれかか、若しくは全部か。
そして何故、カリオンはその秘薬が使われるのを防げなかったのか。
そこに浮かび上がってきた可能性の話は、ジョニーの背筋を凍り付かせた。
――犯罪組織などにより流出している可能性がある
――いや、むしろ現実には内部組織による流出かも知れない
――つまり……
「おぃロニー」
「へいっ!」
「おれの灰色の脳味噌でも事態が見えてきたぜ」
「……へ?」
「何がおかしいのか今まで解らなかった」
率直なカミングアウトを行い、ジョニーは溜息をこぼした。
「検非違使がなんで王直属の組織なのか解ったんだよ」
「……カリオン陛下の気まぐれって訳じゃねぇってこってすね?」
「……ったりめぇだ! バカヤロー!」
ロニーの脳天へ一撃を入れ、ジョニーは不機嫌そうにコーヒーを飲んだ。
なんで今の今まで気が付かなかったんだと、自分に腹が立った。
単純な話だ。
ただ、それは信じられない。信じたくない。
つまり、あってはならない事を認められない弱さだ。
王の秘薬を流出させたのは軍か警察など、王の実働部隊の誰かだ。
その流通を管理する上で責任を負っていたセクションが、流出させていた。
だからこそカリオンは子飼いの実働部隊を整備したのだ。
そう考えれば全て辻褄がある。
「……んで、どういう事なんすか?」
「軍か警察が絡んでんだよ」
「へ?」
「王の秘薬の流出にな、軍か警察が絡んでんだよ」
ロニーは小さな声で『あ……』と呟いた。
軍か警察のどちらか。若しくは両方が絡んでいる。
そして、それを表向きには出来ない事情があるのだろう。
恐らくはジョニーですら読む事の出来ない参謀情報総覧報に記載があるはずだ。
ル・ガルの何処かで国軍か警察が戦った記録が残っているはず。
軍隊では対処出来ない事態になってしまった覚醒者への対処報告だ。
軍の弱さを証明する為か、警察の無能さをさらけ出す為か、それは解らない。
だが、現有戦力でが対処出来ないと言う事を証明してしまったのだろう。
「王の秘薬を巡って相当な暗闘があったんだろうな」
「じゃぁ、他の国も欲しがるっすよねぇ……」
「……おぃロニー」
「はい?」
ジョニーはスピッとロニーを指さして驚いていた。
同時に、パクパクと口を動かしていた。
茅街が生まれた理由。
検非違使が生まれた理由。
アングラな活動専門な理由。
その全てが一本の線で繋がったのだ。
「薬を国外に流出させている奴が居るんだ。そして、その国でヒトの化け物が発生しないように、カリオンはそれを抑える組織を作った。それが検非違使だ」
そこまで自分の口で言っておいて、それでもジョニーは疑問が尽きなかった。
最初の化け物対策はどうしたのかって部分だ。
――あ……イワオか……
きっとイワオは覚醒してなお自我を保てたのだろう。
だからこそ、この街の中で特別な地位にあるのだろう。
そのイワオを中心として、覚醒者による特別組織が生み出された。
検非違使の正体はその辺りなのだろう。
そして、その根本任務は覚醒者の回収でも再教育でも無い。
――他国への侵攻……
――或いは他国への干渉……
その結果に至ったジョニーは、手にしていたコーヒーを眺めていた。
余りに酷い現実に、頭が付いていく事を拒否したようなものだ。
――確かめなきゃ行けねぇな……
そんな事を勝手に思っていたジョニーだが、不意に名前を呼ばれ振り返った。
ゆったりとした仕草で振り返った眼差しの先には、あの受付嬢が立っていた。