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夢中術<前編>


「お帰りなさいやし!兄ぃ!」


 宿へと帰ってきたジョニーを、ロニーは大きな声で出迎えた。

 その頭をポクリと叩き『静かにしねぇかっ!』とジョニーは一喝した。


 だが、宿へと戻ってきたその姿は憮然としていた。

 あまりにも酷い光景を見たせいだろうか、わずかに震えていたのだ。


「何があったんっすか!」

「古い仲間に出会った。ビッグストン時代の同期だ。あと……」


 部屋のソファーに身を下ろし、ため息混じりに天井を見上げた。

 まだまぶたの裏には、あのヒトの姿に戻った少年がいた。


 いま思えば、トウリの妻サンドラとは面識がなかったはずだ。

 しかし、ジョニーにもそれがすぐに分かるほどの存在だった。

 カリオンとリリスの様に、深い愛で結ばれた存在だと思った。


 あの二人には信頼と愛情がある。

 それを感じたジョニーは、あのヒトの子の運命を思った。


「世界の残酷さを見てきたよ」

「残酷っすか?」

「そうだ」


 斬ったはったの血生臭い世界だが、だからこそ友愛や博愛の精神がある。

 ただ、あの子には、あの化け物の子にはそれがなかったのだろう。


 愛のある環境で育まれる幼子は素直に育つ。

 幸せを知って育つ子は、芯の強い真っ直ぐな人間に育つものだ。


 だが、そんなモノの欠片を見当たらない様子だった。

 思えばあのメチータの街で見たときもそうだった。

 餓えと恐れと不信が垣間見えたのだ。


 あの子は愛の無いところで生まれた忌み子かもしれない。

 だからこそ暴走したのかもしれない。

 幼子が恐怖のあまりに泣き続けるように、あの子は化け物になった。


「ロニー。酒を持ってこい」

「酒っすか?」

「そうだ。なんでも良い。なるべくきついのだ」

「……へい」


 もはや飲まずにはいられなかった。

 世界の真実を知ってしまったからだ。


 知らなければ幸せだったのかもしれない。

 それを知ってしまった以上は……


 ――何とかしてやらねぇと……


 頭をボリボリと掻きながら、ジョニーは思案を重ねた。

 基本的には兄貴肌で面倒見が良くてお節介焼きなジョニーだ。

 いつの間にか自分以外の誰かをどう救うか?を考えるようになっていた。


「兄ぃ! これでいいっすか?」


 ややあってロニーが澄んだ火酒を用意してきた。

 その火酒をグッと煽り、ジョニーは確信めいた直感を得た。

 あの子は作られた存在だ。ああなるように生まれてきたんだ。


 だがなぜ、それが西方エリアに姿を表したのか。

 なぜあの子がメチータにいたのか。


 恐らくは何らかの強力な組織が動いている。

 それも、表には出られない、非合法で非人道的な組織だ。

 そいつらはあの化け物を必要としている。


 いや、そいつらがそもそも化け物を必要としている。

 つまり、あの子は犠牲者であり、作られた存在なのだ……


「……兄貴」

「おぉ、わりぃわりぃ。考え事だ。これで十分だ。心配するな。もう寝ちまえ」

「……平気っすか?」

「俺を心配するたぁ10年早ぇぞ。おめぇに心配されるほど耄碌してねぇ」

「へい。したらお先っす」


 自分に宛がわれた部屋に戻っていくロニーをジョニーは見送った。

 いつの間にか周辺への配慮も忘れなくなっていた。


 ジョニーの父セオドア卿が全部承知でジョニーを無頼にした理由。

 それは、将来の公爵家当主引き継ぎ当たっての人材育成そのものだ。


 公爵家当主は想像を絶する責任と艱難辛苦を背負うもの。

 清濁併せのむ強さを求められる人間を育てなければいけないのだ。


 ――――良いことも悪いことも経験を積んでこい


 そう確信を持ってジョニーを送り出したセオドア卿。

 だが、ジョニーはそんな父の思惑を遙かに超える場面へと遭遇した。

 国家の暗部と後ろめたい思惑がぶつかり合う場所へ遭遇してしまったのだ。


 ――どうするかな……


 思案を巡らせながら酒を呷っていたジョニーはいつの間にか寝てしまった。

 ソファーの上で寝転び、大きく伸びをしてから息を吐く。

 寝息を立て始めたジョニーは、しっかりと酒の入った杯を持っていた。

 大事そうに、しっかりと握っているのだった。











 ――――――――ル・ガル北西辺境部 国家地理院地図番外地

          ヒトの街 茅街 中心部

          帝國歴 370年 4月 30日











 ――あれ……?


 ジョニーは真っ暗闇の中に立っていた。

 暑くもなく寒くもなく、風も灯もない世界。


 ――ここは……


 ふと目を落とせば自分の手が見える。と言う事は、漆黒の闇では無い。

 だが、ジョニーの目には何も見えない。漆黒の闇ばかり。

 辺りを見回したジョニーだが、やはり無限の闇が広がるばかりだ。


「ここはどこだ!」


 ジョニーは思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 叫びは不安と恐怖を紛らわせる効果がある。

 ただ、逆に言えば内心をこれ以上なく曝け出してしまう。


 ジョニーは自分自身の不安と恐怖をそのままむき出しにしていた。

 何となくだが、その姿を見たいと思うものがいると感じたのだ。


 ――ん?


 ジョニーはふと背中の側に気配を感じた。

 素早く振り返ってそれを確かめたジョニーだが、彼が見たモノは青い光だ。

 ボンヤリと光る玉のような存在は輪郭がない。


 フワフワと漂うようにしているそれは、青白い光を放ちながらそこにあった。


 ――なんだこれは


 ジョニーは無造作に手を伸ばした。その光に触れようとしたのだ。

 だが、その光はスッと動いてジョニーの手から逃れた。


「……………………」


 一瞬だけイラッとしたのだが、ここは平静を装っておかねばならない。

 悔し紛れに叫ぶようなヘマはしたくなし、貴族の矜持を失うつもりもない。


「追えってか?」


 ジョニーは一歩踏み出して手を伸ばした。

 その手から逃れるように光の玉は進んでいく。

 明らかに誘われているとわかったジョニーは、それに乗るように歩き始めた。


 ――おまえはいったい……


 軍人たる者の矜持として、まずは相手の正体を探るものだ。

 機を見て撃滅を図る事こそ軍人のつとめであり、本義と言える。

 相手の正体を探り、勝ちを確実なものにする努力だ。


 だが、それと同時に大切な事は、何よりまず生きて帰ること。

 生きて帰って情報や経験を伝えること。


 死に急ぐ者などに軍務は勤まらない。


「……………………」


 ふと、ジョニーは不安感を覚えた。

 あの玉を追跡したら帰れなくなる恐怖だ。


 普段ならそんなことは思わない筈のジョニーが不安になる。

 それだけでも以上な事と言えるのだが……


 ――あ……

 ――そうか……

 ――夢だ……


 ジョニーはこの時点で気が付いた。

 これは夢の中だと言う事にだ。


 およそ夢とはそれを見る者の恐怖や不安を投影する。

 また、本人が気がついていない願望やストレスも暴き出してしまう。


 立ち止まったジョニーは、改めてその光の玉を見た。

 フワフワと漂っていた玉は、僅かだがムクリと膨らんだように見えた。


 ――正解ってか?


 首をかしげつつ、ジョニー誘われるままに歩きだした。

 その玉を追って行けば、自分の内面が解ると思ったのだ。


 ――お前は一体なんなんだ?

 ――俺の不安か?

 ――俺の恐怖か?

 ――俺の迷いか?


 玉を追いかけながらジョニーは歩いた。

 自らの内面を問いただすような、そんな言葉を吐きながら。


 ――なぁ……

 ――教えてくれ

 ――何を伝えたいんだ?


 何処までも暗い世界に浮かぶ光の玉。

 ジョニーはそれを自分の中にある希望だと思った。

 だが、遠い日にゼル公から聞いたヒトの世界の寓話を思い出す。


 不条理なほどの環境でも頑張らせてしまうモノ。

 それは希望と言う名の化け物だ。


 絶望の中にあって希望があるからこそ、ヒトは暗い夜を越えていけるという。

 だが、暗い夜を越えた先が素晴らしい世界かどうかは誰にも分からない事だ。


 ――そうか……俺の未熟か……


 ジョニーは勝手にそんな解釈をした時、その玉はフッと動きを止めた。

 ……振り返ったとジョニーは思った。

 玉が振り返るはずも無いが、それでも思ったのだそして。


 ――俺を見てるのか?


 そうジョニーが直感した時、その光の玉が大きく膨らんだ。

 膨らんだ玉の中が真白に見え、その中に霧の草原があった。

 その草原の中に瀟洒なテーブルが設えられていて、人影があった。


 ――ウソだろ?


 驚きの余り言葉を失ったジョニー。

 その草原のテーブルにいたのはカリオンだった。


「やっと逢えたな」


 落ち着いた声でカリオンはそう言った。

 ただ、驚いた理由はそれだけでは無い。

 その向かいにリリスが座っていたのだった。

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