検非違使の仕事
~承前
「……すいません。整理します」
ジョニーは一旦話を止め、声音を変えて切り出した。
目を閉じ、脳内に浮かび上がった事象の整合性を気にしていた。
「まず、リリス妃の事件はサウリクル卿の悪意では無い……という事ですよね」
そこから確認に入ったジョニー。
トウリはその魂胆を見抜いたように『あぁ』と答えた。
それはつまり、トウリに対して敵意を持つ必要が無いことの確認だ。
少なくともジョニーの妻リディアはリリスの友人だ。
それ故だろうか、リディアはトウリを余り好いてはいない。
「で、そのリリス妃は、そもそも古来から伝わる秘薬で生まれた存在だと」
その質問にもトウリが『あぁ』と答えた。
どこか気の入ってない言葉だが、それでも重要な言葉だった。
「で、そのリリス妃を救う為にあらゆる手段を講じたが結局ダメで、そもそも根本の研究の為に、古来の秘薬と同じモノを作ろうとした……と」
脳内でそれらを整理しながら話をするジョニー。
その課程で話が一本の糸に再編されるのを感じた。
段々と全体像が見えてきた。
或いは、世間に伏せられている実体が見えてきた。
全ては王の差配であり、王の深謀遠慮であり、そして……
「その王の秘薬は種の壁を越えて子を為すが、結局は育たずに死んでしまう。しかしながら、ヒトを相手に使った場合には比較的成功するケースが多く、その中には化け物のようになってしまう者が……居る」
ジョニーの知りたいことはその目的だ。
薬の副作用として化け物化するのか、それとも化け物にするのが目的なのか。
「その化け物と化したヒトの子供を回収するのが検非違使の仕事」
間違い無いか?と確認する様にトウリを見たジョニー。
そのトウリは控え目に拍手をしながら首肯した。
「ビッグストン生というのはやはり鍛えられているんだな」
首肯しつつそう答えたトウリ。
感嘆したように言うのだが、それは率直な驚きでもあった。
「ひとつだけ訂正されたい。よろしいか?」
唐突に切り出した案主は、光を失った眼をジョニーへと向けた。
光では無く音を見ていた。
「子供を回収するのでは無く、覚醒体となった者を収容しているのです。そして、ここで再教育を施し、王の剣として使えるように仕立てています」
案主の言葉を聞いていたジョニーは、全身が総毛だった様になった。
王の剣と評した案主の言葉は、つまり最強のエリートガードと言う事だ。
「カリオンは……エディは何をやらかすつもりなんだ?」
ジョニーの持った疑念はもっともかも知れない。
これ程の戦力を揃え、一体どうしようというのだ?と思ったのだ。
だが、案主は黙してそれを語らず、トウリは薄笑いのままだった。
お前が知る必要は無い……と、冷たい拒絶を突きつけられた様な気がした。
――おれは……
――エディの頭に入ってないのか?
怪訝な表情を浮かべ奥歯を噛みしめたジョニー。
だが、その時唐突に部屋のドアが開いた。
「別当。お邪魔する……って、あれ?」
開いたドアの向こうには凍峰種の男が立っていた。
引き締まった体躯を細身のスーツで覆った姿だ。
だが、ジョニーはその姿に見覚えがあった。
そしてその凍峰種の男もジョニーを指さした。
「……ジョニーか?」
「まさかとは思うがアレックスじゃねぇだろうな」
「なんでお前がここに居るんだよ」
「それは俺が言いたい台詞だ。なんでお前がケビイシに係わってる」
双方に指差し合いながら固まったジョニーとアレックス。
だが、ややあってふたりともゲラゲラと笑い始めた。
「そうか。ジョニーもここまで来たか」
「俺が一番最後ってことかよクソが! あのデブ野郎が細くなってんじゃねぇか」
ヘラヘラと笑いあうふたりにトウリがそっと声を掛けた。
「再会は非番の時にやれば良い。で、要件は?」
「あぁ。報告が一件と指令が一件ですね」
アレックスは仕事の顔になって書類を差し出した。
その束を見たジョニーが『おぃっ!』と驚きの声を上げた。
アレックスの差し出した書類は、上質紙だったのだ。
完全に漂白され真っ白になった厚手の高級紙だ。
そしてその紙にはウォータークラウンが透かし浮いていた。
――王の指令……
ジョニーはハッと気が付いた。
エディはジョニーがここに居ることを承知の上でアレックスを送り込んだ。
ビッグストン三銃士と呼ばれたふたりの再会を仕立て上げたのだ。
――大した野郎だぜ……
そんな事を腹の底で唸ったジョニー。
案主はその内容をトウリに問うた。
「して、此度の指令はどんな案件ですか?」
「……まず。ネコの国東部に覚醒者が現れたようだ。それを探しだし保護しろとの通達だ。恐らくはネコ系だろうが……これは保護したいな」
ジョニーが見ている前でカリオンからの指令を読んだトウリ。
案主もアレックスも薄笑いでジョニーをチラリと見た。
「まず……と言う事は、別件もあるんですね?」
「そうだ。王が言うには……保護した覚醒体について社会生活が出来るよう教育を施し、王都へ連れてこいとのことだ」
――ガルディブルクへ?
案主とトウリの会話を聞いていたジョニーは内心で唸った。
つまり、カリオン子飼いの強力な親衛隊を組織したいと言う事だ。
あの化け物が手下に付けば、たったひとりで一個連隊を相手に出来そうだ。
すなわち、太陽王は何かを計画している。企んでいる。
国軍では無く、直接的にそれを行うプランなのだ。
――何をするつもりだ?
思案を巡らせたところで結果は分からない。
だが、考えねば始まらないし、考え続けなければ結果には辿り着かない。
「なぁアレックス。カリオンは何が目的なんだ?」
ジョニーは油断しきった声でアレックスにそう問うた。
素で出てきた言葉ではあるが、半分以上は演技も入っている。
この場の全員にジョニーの魂胆を知らしめぬ為のもの。
逆に言えば、この場ですらも駆け引きを要求されているのだ。
「……さぁ」
アレックスは少し声を落とし、あやふやな回答を示した。
ジョニーはそこに、解らないでは無く、聞かないでくれを読み取った。
――難しい問題か……
ル・ガル全てを差配する太陽王ともなれば、難しい問題を孕んでいるのだろう。
ましてやその、王の秘薬から生み出された存在なのだから……
――自衛の為か?
ジョニーは更に思案を重ねていく。
このケビイシの拠点となっている茅街は、王都からは余りに遠い。
それ故に、ヒトの姿をした少年なり少女なりを手元に置いておきたい。
――この辺りが落としどころか……
そんな仮説へと辿り着いたジョニー。
ただ、それを確かめるすべは無い。
――どうしたものか……
あれこれと思案を重ねたところで、実際には埒が明かないのだ。
直接問い詰めるしかない。そんな結論に達した時、書斎の中がズシリと揺れた。
恐らくは地下にいるはず。それをジョニーは思い出した。
「……どうやらダメだったようですな」
アレックスは溜息を交えながら呟くように言った。
その言葉に対し、思わず内心で『え?』と漏らしたジョニー。
古き朋友の横顔をジッと見て、説明が始まるのを待った。
だが、説明は始まらず、その代わりにトウリが深い溜息をこぼして言った。
「そうか。あの子はダメだったか」
――あの子?
やや怪訝な表情でトウリを見たジョニー。
それを察したのか、案主はそっと漏らすように言った。
「別当。引導を渡された方が……よろしかろう」
「そうだな」
スクッと立ち上がったトウリは、腕を組んで歩き出した。
それを目で追ったジョニーは、アレックスと目が合った。
――――行けっ!
アレックスの目がそう言っている。
僅かに首肯したジョニーは黙って立ち上がった。
「同席してもよろしいでしょうか」
「……構わないが危険だぞ」
「構いません」
承知の代わりに首肯を返し、トウリはジョニーを連れて歩き出した。
書斎の奥にある細い通路を行き、身を屈めて通るような細い階段を上がる。
「……ここが細いのはやはり」
「察しが良いね。さすがだよ。その通りだ。覚醒体の大きさでは通れない」
背中越しにそう語りかけたトウリ。
ジョニーは内心深くで唸りながらその背を追った。
階段を幾つも上がり、いくつかの扉を抜けた先。
広いホールへのどまんなかでは、巨大な化け物が組み合ってた。
――コイツは!
片方の化け物には見覚えがあった。
あのメチータの街で暴れていた化け物だ。
市民をボリボリと囓っていた、あのヒトの少年の化けた存在。
「やはりダメか……」
溜息を添えてそう呟いたトウリ。
その目の前では、漆黒の体毛を持つ巨大なオオカミが化け物をねじ伏せた。
明確な意志と知性を感じさせる眼差しが一瞬だけジョニーを見る。
――え?
その眼差しには見覚えがある。あれは間違い無くイワオだ。
優しげで物憂げな部分を持つヒトの少年は、拳を握りしめていた。
「……残念だ」
トウリがそう呟いたのと同時、イワオは強く殴りかかった。
凄まじい打撃音が響き、灰色の化け物が身体をくの字に曲げた。
だが、イワオは休むこと無く殴り続ける。
一歩踏み込み、もう一歩踏み込み、そして更に踏み込み。
両腕を合わせてガードを決めた化け物だがイワオは遠慮しない。
脚の力と腰の回転力を合わせた教科書通りの一撃。
ビッグストンで教えられる近接格闘術そのものの打撃だ。
イワオの凄まじい一撃が化け物の頭部を捉えた。
その時に響いた音は、間違い無く骨折音だ。
化け物でも骨折するのかと驚いたジョニーだが、化け物はガクリと膝を付いた。
――終わりか……
これで手を止めると思った瞬間、イワオは更にラッシュを加えた。
左右からつるべ打ちに拳を叩き込み、その一撃を受け化け物が後退する。
血と体液と肉の破片が飛び散り、広いホールが凄惨な殺し間になった。
「なんて事だ……」
「これが現実さ。これが検非違使の仕事だ」
驚嘆するジョニーに対し、トウリはそう言葉を返した。
そして、やや間を置いてから言葉を付け加えた。
「覚醒しただけではダメなんだ。覚醒し、その力を維持したまま自分を保てなければならない。ごく稀に誰の手も借りずそうなる者が居る。彼らは自然にここへ集まってくるんだが……そんな流浪人達を我々は導かれた者と呼んでいるが……」
首を振って溜息をこぼしたトウリは、悲しみに満ちた目でジョニーを見た。
それは、恐るべき戦力を預かる責任者。別当としての立場では無い姿だった。
「覚醒しても流浪人のように自我を保てるのは5人に1人程度だ。残り4人のうち3人は訓練を重ねて力を自分の者に出来る。だか、逆に言えば5人に1人は失敗作となってしまう。そして……」
トウリが目をやった先、灰色だった化け物はスッと縮んでいった。
そして、あのメチータで見た時と同じ、ヒトの子供が姿を現した。
「正体はアレか」
「そうだ」
その少年にスッと歩み寄ったトウリ。そんなトウリをジョニーは遠目に見た。
トウリのすぐ脇に妻サンドラが姿を現し、ヒトの少年を抱きかかえたのだ。
「……ママ」
「もう大丈夫よ」
「……恐かった、恐かった、恐かった」
「もう大丈夫だから。安心しなさい」
「ウン」
母親が子をあやすように抱きかかえたサンドラ。
その腕の中に居たヒトの少年は真っ赤な涙をこぼした。
ジョニーが小さく『アッ!』と漏らした時、そのヒトの少年の手が床へ落ちた。
それは、どんな言葉よりも事態を正確に説明していた。
化け物になったヒトの少年は、母親の腕の中で息を引き取った。