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王の秘薬

~承前






 ジョニーの前に姿を現したトウリは、随分と痩せた姿をしていた。

 痛々しいほどの姿ではあるが、それでも表情は柔和だ。


「さすがのレオン卿も説明しろって顔に書いてあるな」

「……面目ねぇ」

「でも、普通はそうだよ。まぁ……」


 とうのトウリも苦笑を浮かべていた。

 知らぬモノは仕方が無いのだ。


「全部詳らかにしよう。まぁ、積もる話もあるし」


 ジョニーに向かって手招きし、トウリは飄々と歩き出した。

 その背中には、ジョニーを凌ぐ鷹揚とした空気がある。


 ――ここは一体……


 いよいよ実体を掴めなくなり始めたジョニーは、混乱の極みだった。

 この街には謎が多すぎる。そしてその謎は、極めつけにおかしな話だ。


「考えたって始まらないよ。レオン卿。いや、ジョニー」


 トウリは、遠い昔にサウリクル邸を訪れた時の様にジョニーを呼んだ。

 それは、カリオンを含めたビッグストン三銃士を可愛がる兄の姿だった。


 ――この人は……


 纏まらない思考ももどかしく、ジョニーはトウリの背をジッと見ていた。

 そして、気が付けば事務所のような場所へと通されていた。

 巨大な書斎状の部屋は、トウリ専用の事務室だった。


「さて、何から聞きたい?」

「……じゃぁ」


 椅子を勧められ腰を下ろしたジョニー。

 トウリは自分の椅子へと腰を下ろし、ジョニーを見ていた。


 ややあってイワオが室内へ入ってきて、その隣には老いたヒトの男が居た。

 チラリと目をやったジョニーは、その老いたヒトの男に驚く。

 その老人は光を失った、全盲状態だった。


「ケビイシってなんですか?」

「そこから来るか」


 単刀直入なジョニーの質問にトウリが苦笑で答えた。


「検非違使ってのはカリオンが直接指令を出す特別な機関だ」

「特別って軍じゃダメなんですか?」

「いや、軍の中に組織する予定だったんだけどね……」


 トウリはイワオの連れてきた全盲の老人をチラリと見た。

 その老人はまるで目が見えているかのように首肯を返した。


「その問いは私が回答いたしましょう」

「あなたは?」

「私は検非違使の案主です」


 小さな声で『アンジュ?』と問い返したジョニー。

 それを聞き取ったらしい案主は、もう一度首肯した。


「検非違使の別当であるトウリ殿を含め、検非違使全般の差配を受け持ち、その活動について報告を上げる役目を負う者です」

「ではアンジュ殿の名は?」

「……私の名はアンジュで結構です。名などとっくに捨てました」


 本名を名乗らないその男は、目を閉じたまま笑みを浮かべた。


「ジョニー殿と承りましたが……本名はジョンでしょうか?」

「そうだ」

「では、ジョン殿。検非違使についてご説明申し上げる。どうか静聴賜りたい」


 ひとつ咳払いをした案主は、やや上を見上げるようにし、そっと切り出した。


「そも、検非違使というものはヒトの世界における政府機関とは独立した組織でした。ヒトの世界でも1500年程度を遡った時代の機関なのですが、国の頂点にある皇帝は平民の間に組織された政府に対し自治をせよと命じたのです」


 ジョニーはその言葉を聞きつつ、内心で様々な言葉を練った。

 だが、そのどれもが謎が謎を呼ぶ連鎖状態でしか無かった。


「幕府と呼ばれる行政機関は平民をまとめ、武と文を持って平民の暮らしを監督しておりました。だが、ややあってその幕府という組織が段々と変質し、やがては皇帝の権限を侵しかねないところまで肥大したのです。要するに、非合法な組織を使い国を不安定にする。或いは、特定の組織を野放しにし、国が乱れるように差し向けたのです」


 ジョニーの眉間にグッと皺が寄った。

 なんとなく話のオチが見えたのだ。


「その為、皇帝は自らが直接差配できる組織を立ち上げました。それが検非違使と呼ばれる特別機関です。国家が持つ全ての行政機関から独立した、純粋な皇帝の手足となる組織。皇帝は禁裏と呼ばれる御所から出ること能わず、直接の監視が難しかった関係で、このような組織と相成りました」


 ――つまり……


 何かを言おうとしたジョニーだが、その先を制し案主は話を続けた。


「検非違使は軍や警察と言った国家の実働部隊に優先し、現場へと介入し、必要な結果を得て皇帝に報告する為の組織です。そして現状では、皇帝陛下の頭痛の種を刈り取る為の組織として機能しています」


 そこで案主の言葉が切れた。

 ジョニーはすかさずそこへ割り入った。

 黙って聞いているのも疲れるものだと、そんな心境だ。


「つまり、あの化け物が頭痛の種ってことか」

「化け物ではありません。我々は彼らを覚醒体と呼んでいます」

「カクセイタイ?」


 語尾の上がる疑問系で言葉を反芻したジョニー。

 案主はそれに応えず、変わって口を開いたのはトウリだった。


「……王の秘薬は知ってるかな?」

「えぇ。なんでも……種の壁を越えて子を為す為の秘薬だと」

「あの秘薬。実はリリス治療の一環で生まれたものなんだよ」

「……え?」


 トウリの放った言葉にジョニーは絶句した。

 リリス治療の一環という言葉の意味を理解しかねたのだ。


「それって……」

「まぁ、細かい話をしていくとキリが無いんだけどね」


 クククと笑いを噛み殺したトウリは、楽しげな表情でジョニーを見た。

 大公爵らしい腹黒さを感じさせる、蔭のある笑みでもあった。


「実はね、リリスの母親はヒトだったんだ」

「……そうじゃないかと思ってました。臭いが違いすぎた」

「親父が拾ったヒトの女なんだけどね、まぁ色々あって……」


 そこからトウリが語ったのは、レイラと呼ばれたヒトの女の物語だ。

 ヒトを不法に監禁していると言う疑惑解消の為に、太古の秘薬を使ったのだと。

 それで生まれたのがリリスであり、父カウリはそれを誤魔化す為に……


「エディは……カリオンは知ってたのか?」

「勿論さ。マダラに産まれて散々疎まれたんだ。太陽王と言う将来の約束された少年がさんざんと心ない言葉で詰られれば、何処かで一泡吹かせてやろうって思ったっておかしくは無いだろ?」


 納得いかない部分も多いが、逆に深く同意し同情する部分もジョニーにはある。

 大公爵の跡取りとして将来を約束されて産まれて来た自分に重なるのだ。


 しかもそれがマダラだと言えば、常に何処か一団落ちの蔑みを感じるだろう。

 自分自信がそうだったように、あのマダラがと後ろ暗い悪感情を向けられる。


 そんな少年時代の中で育ったカリオンだ。

 呪われた出自の少女を好きになったって……


「……仕方が無いわな」

「だろ?」


 トウリの笑みは何処か寂しげだ。

 少なくとも自分自身の妹を手に掛けた男とは思えない。


「カリオンは本気でリリスを大事にしてたんだ。それは良く解る。ただ……」


 俯いて首を振ったトウリ。

 ジョニーは黙って言葉の続きを待った。


「どんな言葉を並べたって言い逃れでしか無い。自分が弱すぎたんだ」

「……それって」

「フレミナ一門から送り込まれる毒で、少しずつ自分自身が壊されていった」


 顔を上げたトウリは、罪の許しを請うような姿だ。


「正常な判断が付かなくなり、錯乱してしまった。自分の器を越える水がいっぺんに流れ込み溢れたのさ。だから、どんな言い逃れも出来ない。全ては自分自身の弱さの結果でしか無い。けど……」


 小さく溜息をこぼし、トウリは再び俯いた。

 萎みそうな程に溜息をこぼし、両手をグッと握りしめた。


「リリスは一年近く苦しみ続けた。種の壁を越えて子を為した呪いがリリスを殺さなかったんだ。如何なる医術も魔術もあの傷を癒やせなかった。カリオンはそんなリリスを救う為に、国家そのものを変質させた」


 トウリの言葉にジョニーはハッと表情を変えた。

 そして『大憲章(マグナカルタ)かっ!』と呟いた。


「そう。国中の魔法使いや魔術師や、そう言った最高の頭脳を城へと呼び集めた。どうして良いか解らず、結局、そのリリスが生み出された秘薬を作り直すことにしたんだ。残っていた最後の薬で生まれたのがリリスだからね。新しく秘薬を作り出し、それで次のリリスを作る研究だったんだ」


 黙って聞いていたジョニーですらも、段々と全体像を掴み始めていた。

 その秘薬こそがキーポイントなのだ……と。


「……だが、その秘薬で生まれて来るのは化け物ばかりってことですか?」

「いや、正確にはそうでは無く……」


 トウリはそこで意図的に間を明け、手近にあった湯飲みを傾けた。

 いつの間にか用意されていたそのお茶は不思議な香りがした。


 まるで深い森の中に居るような香りのするお茶。

 それをゆっくりと飲み下し、トウリは眉間を寄せていった。


「王の秘薬で生まれてくる子はどれも短命なんだ。この30年ほどの間に1000人近くが生まれたのだが、そのどれもが10年足らずで死んでしまった。比較的長生でも20年だった」


 まともに成人しない生涯を送った子供達がいたらしい。

 その事実にジョニーの心が震えた。


 だが、少なくともその子らは祝福される存在だったはず。

 種を越えて愛し合った夫婦の間に生まれた子なのだ。

 それがどんな扱いをされるかは火を見るより明らかだった。


「短命に終わる筈の子らの中で、比較的長生の組み合わせがあるのを誰かが気付いた。それを誰もが研究し、ある1つの結論に達した。それはつまり、ヒトとの掛け合わせが上手くいきやすいと言うことだ」


 トウリの告白はジョニーの表情を変えるには十分なものだった。

 それほつまり、マダラ差別の温床そのものだ。


 ヒトと不貞の関係となり、子まで為した節操なし。

 そんな謗りを受ける文化とは、つまりその不遇の子を忌む文化。

 夭逝するのがわかっていて、それでもなお、子を欲しがったおろか者達。


 だが、そんなことをツラツラと考えていたジョニーの表情が急変した。


「……もしかして」

「恐らくは君の想像が事態の正鵠と言うことだろうね」


 肯定も否定もする事無く、トウリは静かにそう言った。


「……実は、メチータの街にバケモノが現れまして」

「あぁ。知っているよ。把握していた」

「じゃぁ……ケビイシは偶然ではなく予め派遣された者だと……」


 トウリはニンマリと笑ってジョニーを見た。


「ヒトの子供の中にバケモノ化する存在が現れるんですか?」

「正確にはヒトとそれ以外の種族の子供だな。太古の秘薬にもその傾向があったんだろうと今は思う。それ故に、マダラが疎まれ嫌われる文化になったんだろう」


 ジョニーは小刻みにカタカタと揺れ始めた。

 それは余りにも過酷な話だからだ。


 あのエディが謂れのない差別と誹謗中傷を受けていた根幹こそ、マダラだ。

 だが、その他の誰でもないエディが。太陽王カリオンが、その秘薬を作った。

 この世界へバケモノを解き放ってしまったのだった。



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