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ゼルの道

~承前






 夜明け前のソティスを旅立ったジョニーとロニーは、荒地の中を進んでいた。

 顔役に言われたとおり西を目指すふたりは、すでに半日も馬上にいる。

 荒涼としたエリアには茶屋など旅人を支援する施設が一切無い。


 馬に水を飲ませる事も出来ず、ジョニーは少々途方に暮れていた。

 このままでは馬が足を止めたところで野垂れ死に確定だ。


 少々迂闊だったか……と思ったところで、今さらの、後の祭りと言う事だ。

 ポクポクと歩を進める馬の上で、ロニーは呟くように言った。


「この街道、どこへ行くんすかね?」

「……俺も知らねぇんだよ」


 ロニーの言葉にジョニーは率直な言葉を返した。

 ルガルの都市を結ぶ街道は、その全てが基本的に国道として管理されていた


 全ての街道には国道番号が振られているが、この路にはそれが無い。

 つまりそれは、文字通りの裏街道で、堅気の衆が通る道では無いと言うことだ。


「これ、なんすかね?」

「軍馬塚にしちゃ……数が多いな」


 ロニーは指さしたのは、道の左右に点々と広がる土を盛り上げたモノだ。

 一見すれば軍馬塚にも思えるが、それにしたって数が多すぎる。


 行軍中に死んだ馬は、その主が責任持って葬るものだ。

 土を掘り返し埋めてやり、その上に愛用していた鞍を乗せて感謝を示す。

 鞍が示す意味は、かつての軍馬故に、飢えても掘り返して喰うなと言う意味。


 軍とは究極のリアリスト集団であり、本気で飢えた時には馬でも喰う物だ。

 それをしないように気を使ってやることこそ、騎兵の矜持なのだった。


「なんか……やべぇ臭いしかしてねぇっすね」

「なんだよ。珍しくおめぇと気が合うじゃねぇか」


 クククと笑いを噛み殺し、ジョニーは空を見上げた。

 国家地理院による街道の整備と管理は、国民へ快適な移動を供給している。

 だが、その管理から離れた街道は、荒々しい道のりだった。


「この路は俺もしらねぇ街道だ。いやいや、ル・ガルはデケェな」


 国軍の参謀ならば、主要な街道は常識レベルで把握してあるのが普通だ。

 行軍する騎兵や歩兵の為に、安全な夜営場所を確保しなければならないからだ。

 しかし、その参謀職にあるジョニーですら知らない街道が存在している。

 ソレは本来、途轍もなく異常な事態だ。


 ただ、何となくだがジョニーはその実態をつかみ始めていた。

 この路は、ある意味自然発生的に作られてある節があるのだ。


 街道ならば当然にある筈の距離標識が一切無いので詳しい事は解らない。

 1リーグ毎に立っている筈の馬を支援する設備も無い。

 だが、ここを通る人々が道に迷わぬよう、案内だけは残っている。


 恐らくは大量の軍馬が駆けたであろう蹄の跡と、そして、蹴られた石の列だ。

 通りの左右には馬によって自然に払われた小石が積みあがっている。

 まるで道路の縁石状態になっている。


「まぁ、なんにしても、これじゃ迷わないっすね」

「……そうだな。コレで迷うようじゃ騎兵失格だ」


 厳しい状況だが、ふたりしてヘラヘラと笑って過ごした。

 そろそろ馬が水を求め始めているが、飲ませてやるような水は何処にもない。


「さて、そろそろヤベェ頃合だな」

「馬がやべぇっすよ」


 騎兵なだけに、馬の様子は良く分かる。

 軍馬とはいえども生物なのだから、水分の欠乏は宜しくない。


 既に先ほどから馬は盛んに小水をもらしている。

 疲労によってミネラル分を消耗し、体水分の塩分濃度を調整しているのだ。


 この小便が出なくなったら、馬は死ぬ。

 行軍の果てに馬がバタバタと斃れ始める光景は、騎兵たちが口伝で伝えていた。


「……あれ?」


 ロニーは遠くを指差した。

 はるか彼方に山並みの見える平坦な荒野は、はるか彼方の旅人すらも見える。

 まだ1リーグ以上ある距離だが、それは間違いなく馬と人だ。

 不思議な事に人は馬の口を取って歩いていた。


 こうなるとそれは容易に予想が付く。

 恐らくは違法商品を扱い商う者が裏街道を行くのだろう。


 ――なんともキナ臭ぇな……


 犯罪の臭いを感じ取ったジョニーは表情を曇らせる。

 だが、この街道で捕り者など不可能なのは言うまでもない。


「……奴等、こっちへ来るな」

「話を聞いてみやしょう!」

「……だな」


 馬を気遣いながらも進む二人は、しばらく進んでその一行に出会った。

 20頭近い馬を縦に繋ぎ荒野を歩いてきた商人は、カモシカらしかった。


 どこにも違法の臭いがする商品は見当たらない。

 それどころか、馬の半分は皮袋に入った水を背負っていた。


「……水も無しでこの街道を行かれるのか?」

「と言う事は水場がないのか?」

「……こりゃ驚いた」


 呆れたように言ったカモシカの商人は馬の背にあった大きな桶を出した。

 そして、そこへ水袋から水をこぼし、なみなみと注いだ。

 その水をジョニーとロニーの乗ってきた馬が貪るように飲み始めた。


「この街道には水場が一切ないので、水を持って歩くのが普通なんだよ」

「……ここを行くのは初めてだからな。勝手の解らぬ状態なのだ」

「そうですか」


 ややあって水を飲みホッとしたらしい馬が頭を上げた。

 それに続き、小隊の馬たちが水を飲み始めた。


 馬は見た目以上に賢い生き物で、乾いた者から水を飲む順序を知っている。

 その様子を見ながら、ジョニーはぺこりと頭を下げ謝意を示した。


「水代を支払わねばならんな」

「いやいや、困ったときは御互い様だ。次は馬の為の水を持って歩かれるが良い」

「そうしよう。世話になった。水代ではなく何か謝礼をせねばならんな」

「なら、今日の出会いは御目こぼしください」


 カモシカの商人は、どうやらジョニーの正体を見抜いて対応策を考えたらしい。

 違法なモノを扱っているのであれば、どうやったって罪に問われるのだろう。


 その違法なモノをここでは見逃せとジョニーに交渉をぶってきたのだ。


「……それは全く構わないが、念のために水を細工したのはいただけないな」

「イヌの鼻は誤魔化せねぇって言うが……知ってやがったか」


 ジョニーはニヤリと笑いながら手を差し出し、早く出せと言わんばかりだ。

 カモシカの商人は手にしていた袋から、何束かの乾燥した草束を出した。


「毒消しだ」

「交渉事なら切り札が要るものな」

「……無頼のジョニーってのはアンタのことか」


 ロニーの表情がハッと切り替わる。

 この商人はジョニーかどうかを知らなかったのだ。


 その上で、馬に乗った身なりの良いイヌが来たので対応策を考えたと言う事だ。

 一瞬の間にどう振る舞うかまで組み上げたのは大したモノだと舌を巻く。

 だが、それ以上に凄いのは、全部承知で手の上で踊ったジョニーの度胸だ。


「殺されやしないと思っていたが、それでもあまり感心しねぇな」

「……馬か?」

「そうさ。馬酔木か何かだろ? 死なないまでも、相当辛いだろ」


 水に入っていたのは、おそらく馬酔木から抽出された中毒成分だ。

 イチイの樹と同じ効果があるアセビは、馬など草食動物にとっては毒だ。

 酔ったように足腰が立たなくなり、症状が重ければ死を招く。


 水に飢えて辛い状態の馬に水を見せれば、勢いよく呑むだろう。

 その水に馬の毒を混ぜてしまえば、確実に移動手段を奪える。


「まぁ、とりあえずこの草を食べさせれば良い。その上で――」


 カモシカの商人は西を指さして笑った。


「――このゼルの道を西へ進めば、あと3リーグほどで街がある」

「……いま、ゼルの道と言ったか?」

「そうだ。かつてのル・ガル内戦で北方総監ゼルが駆けた道さ」


 ジョニーの目がクワッと開かれカモシカの商人を睨んだ。

 形容しがたい感情の昂ぶりがやって来て、ジョニーは混乱しつつあった。


 ソティスの街から西方には、寂れた街道があるだけだったはず。

 その細い街道を幾何かの騎兵を率いてゼル公は走ったはず。

 西方経由でやって来たフレミナの輸送隊を殲滅し、戦局を大きく変えたのだ。


 ――ここがその道だったのか……


 それを聞けば、あのこんもりと盛り上がった塚の全てが軍馬塚だと解る。

 ゼル公は殲滅したフレミナの輸送隊全てをキチンと葬ったらしい。


 ゼルの見せた義理と儀礼の精神は、現状のル・ガルでも讃えられていた。

 これこそ武人の鑑であり、また、行動原則だ。

 そして、全てのル・ガル軍人にとっての手本と呼べる存在となっている。


 その正体がヒトだと知っているのは、ほんの一握りなのだが……


「では、この道のどん詰まりにあるのは……」

「ん? そりゃ、カモシカの国との国境さ」

「その手前の街とは?」


 質問を続けるジョニーに対し、カモシカの商人はニヤリと笑って言った。


「何処の国にも属さない自由都市。茅の茂る水辺に栄える商業都市。我々のような裏課業の人間はあの街のことをカヤ街と呼んでいる」

「……茅街だと?」

「そうさ。興味があるなら行ってみれば良い。あと3時間も歩けば到着するさ」


 カモシカの商人は薬草の草束をジョニーに突きつけ、食べさせるよう促す。

 同時に自分の馬にもそれを与え、アセビにやられた馬を気遣っていた。


「次は水を持ってこの道を進むと良い。南回りなら水辺もあるが――」


 南を指さした商人はニヤリと笑いながら身体の向きを変えた。

 その指が指し示すのは、東の果ての方向だ。


「――ソティスへの1本道には何も無いんだ。だから、旅慣れた者は自前で全部持って歩くし、季節を選んで旅をするのさ」


 商人の言葉にジョニーはゴクリと唾を飲んだ。

 この季節にこの道へと足を踏み入れたのは、全くもって幸運だった。

 日差しの照りつける季節にここへと入れば、きっと日干しになっていただろう。


「……良い経験になった。この街道を整備するよう国府に進言しておく」

「おいおい、そいつは勘弁してくれ。俺たちみたいな課業にとっちゃ、この道が無いと色々困るのさ。それに、アンタだってシノギのタネだろう?」


 全部見透かしていたらしいカモシカの商人は、馬の沓を取った。

 ジョニー達とは異なり、歩いてこの荒れ地を横切ろうというのだ。


「まぁ、どう振る舞うかはアンタにまかすさ。無頼のジョニーって二つ名を大事にした方が良いんじゃ無いのか?」


 ジョニーの肩をポンポンと叩き、カモシカの商人は歩き出した。


「……名を聞かせてくれ」

「俺か?」


 歩き出していたカモシカの商人は足を止め振り返った。

 穏やかで薄く笑みを湛えた表情は、裏課業の人間とは思えない。


「ラムゼン」

「……ラムゼン?」

「あぁ」


 ラムゼンと名乗ったカモシカの商人は、懐から金貨を一枚取り出した。

 その金貨には、カモシカの国のマークが入っていた。

 ラムゼンはそこへ小刀で文字を彫り始めた。


「カモシカの国から来た行商人。慈悲のラムゼンって二つ名さ」


 そのコインをジョニーへと投げ渡したカモシカの男は再び歩き始めた。


「やがて茅街で俺は身を立てる。その時には俺の商会を使ってくれ」


 コインへと目を落としたジョニーはその文字を読んだ・

 トニー・ラムゼンと書かれたそれは、商人の名刺代わりだった。


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