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古都ソティス

~承前






 ――行けばわかる……


 そんなウォークの言葉を聞いてから3日目の夕刻。

 ジョニーとロニーのコンビはル・ガルの古都ソティスへと辿り着いた。

 普通、旅人達は5日~1週間を掛けて移動する距離だ。


 だが、馬を使いふたりで移動すれば、その時間距離はウンと縮まる。

 休憩時間を削り、食事も簡素に済ませ、馬の体力を勘案し速度を調整する。

 そんな忙しい旅だが、それでもジョニーは先を急いでいた。


「見えてきたっすね!」


 楽しげなロニーの声がソティス郊外の穀倉地帯に響く。

 かつてのソティス郊外は、広大な平原の荒れ地だったらしい。


 その荒れ地はかつてのル・ガル内乱で大きく変わった。

 軍馬の大軍が踏み耕し、硬い土を踏み割って掘り返されたのだ。

 それを、ボルボン家の現当主クリスが陣頭指揮し復興を果たした。


 ――あの女もすげえな……


 その手腕と市民からの絶大な支持は、ジョニーすらも舌を巻く。

 太陽王の要請により世代交代した各公爵家だが、最優秀と唱われる女傑だ。


「この街じゃ面倒を起こすなよ?」

「へいへい。解ってますって! ちょー余裕っすよ!」


 ――あ、こいつダメだ……


 軽いロニーの返答に内心で駄目出ししつつ、それでも馬を進めるジョニー。

 自分の叩いた軽口への反応が固いことを見取ったロニーは、僅かに身構えた。


「ところで兄ぃ……今さらこんな事を言い出すのもどうかと思うんすけどね」


 ロニーは小さく切り出した。

 何を言いたいのか解るだけに、ジョニーも辛かった。


「なんか……余所余所しかったな」


 それは、あのウォークの見せた反応だ。

 どこか余所余所しい言葉を幾度も反芻しながら、ジョニーは考えていた。

 エディとウォークは何を隠してるのだろうか?と。


「あの先輩は絶対なんか知ってるっすよね」

「……あぁ。俺もそう思う」


 あの真っ赤な姿をした検非違使をふたりは絶対に知っているはずだ。

 知っていて、全部承知で話をはぐらかしているのだと気が付いていた。


 国家と国民の間には、隠し事など無い方が良い。

 だが、時と場合によっては伏せておいた方が良い事案もある。


「なんで言えないんすかね?」

「まぁ……色々あんだろうさ」


 それ以上の返答をロニーに返せず、ジョニーは空を見上げた。

 ウォークの性格が昔と変わらなければ、どんな責任を笑って背負う男だろう。

 全部承知で話をはぐらかし、その上で解決の糸口をそっと耳打ちする。


 ――めんどくさい案件ってことか……


 これ以上は埒が明かないと気が付き、ジョニーは王城を辞した。

 ウォークが示したのは、恐らく最大限の譲歩だろう。


「でも、おかしいっすよ。だって国軍の高官もしらねぇって……」

「……いや、むしろ知らない事の方が多いのかも知れないな」

「そうっすか?」


 ロニーは釈然としない様子だが、ジョニーだって内心は同じだ。

 ただ、どんなに理不尽でも時には納得せねばならない。


 国軍の参謀大佐がこれだけ調べても出てこない事案だ。

 場合によっては国軍にすらも公開できない機密情報かもしれない。

 自力で調べて真実を知ったのなら……と、譲歩してくれたのかもしれない。


 ――あいつも色々難しいんだな……


 なんとなく胸のつかえは降りたが、それでもまだ釈然としてない部分がある。

 それゆえか、街道を北西に向かうジョニーとロニーは、重苦しい空気だった。


「ところで兄ぃ」

「今日はところでが多いな。で、なんだ? 街道か?」

「へい」


 この街道は、ル・ガルの古都ソティスへと続く幹線国道だ。

 幾多の旅人や流通業者に混じり、ふたりは馬を進めていた。

 秋の日差しが暖かい、良く晴れた旅日和だった。


 西方地域に根をおろす騎兵師団の所属なロニーだ。

 北へと向かう街道は初めてで、見るもの全てが珍しい。


 行軍でも旅行でも移動手段が徒歩か馬なら、どうしたって世界は狭くなるもの。

 馬に縁の無い市民等に至っては、その生涯の行動範囲がうんと狭くなる。

 遠足という言葉が文字通りそのままの意味になる者も大きくのだ。


「この路は古都ソティスへ続くが……」

「……地理の授業で習っただけっすね」


 平民出身で雑種でもあるロニーは、感嘆の言葉を隠さなかった。

 何処かの貴族が手を付けた女の生んだ子だとジョニーは聞いている。

 それ以上の追及はしないし、する必要もない。


 優秀な人間は自然と引き立てられるモノだとジョニーは知っているから。

 この國の頂点にある男は、マダラ差別の全てをはね除けて王になったのだ。

 それを思えば、雑種だからと言って区別をつける必要すらない。


 将来に向け経験を積ませれば良いだけ。

 ジョニーはそう理解しているのだった。


「普通はソティスまで約一週間ってところだけどな」

「んじゃ、半分で来たってわけっすね!!」


 年相応の若々しさを見せたロニー。

 そんなシーンを見ながら、ジョニーは柔らかに笑っていた。


 全てが学びだと言ったのは、あのゼル公の影武者だったヒトの男だ。

 見るモノ。聞くモノ。触れて感じるモノ。その全てから学べ……と。

 人生とは学びだと道を示したあの男は、ヒトなのが惜しい程だった。


 ――まだまだ勉強だな


 そう独りごちたジョニー。

 並んで馬に乗るロニーは指を指して歓声を上げた。


「大手門っす!」


 常に開け放たれている大手門を潜り、ソティス市街地へと進むふたり。

 城外の穀倉地帯とは異なり、城内は巨大な商業地帯だった。


 草原に開けたメチータと違い、このソティスは幾度も騒乱を経験している。

 イヌの歴史に都度都度登場するソティスの騒乱は、各氏族の主導権争いだった。

 その過程で幾度も灰燼に帰したこの街は、火災対策で石積みが徹底されていた。


「すげぇっすね!」

「やっぱりこの街は賑やかだ」


 笑いながら城下へと入ったジョニーとロニー。

 大手通を抜け、中央広場を横切り、幾多の物売りの間をすり抜けて進む。


 古くから栄える街と言うモノは、それ相応に落ち着きと喧騒を兼ね備えるもの。

 だが、この街は若々しさと更なる発展の可能性を感じさせていた。


「大したもんだな」

「何がっすか?」

「この街には年寄り臭さが無い」

「……そうっすか?」


 ジョニーが舌を巻いたのも無理は無い。

 壮年となりごま塩状態となった体毛のイヌですら、衣装の若さが目立つのだ。

 街が若々しい空気を持っているのは、その住人の気持ちが若いから。

 当たり前の話だが、都市は住人によって作られるのをジョニーは実感した。


「さて、顔役の家にカチ込むぞ」

「へいっ!」


 ル・ガル中のどこへ行っても、その街にはその街の顔役がいた。

 長距離通信手段が手紙程度しかない世界ならば、情報の集まる顔役は必要な事。

 街の全てに精通し、住人同士のゴタゴタや訴訟沙汰を上手く纏める役割だ。


 そして、顔役は街を訪ねる旅人に便宜を図るのも仕事の内だった。

 街の流儀に明るくない余所者を持て成し、面倒が起きないよう気を使う。

 行政サイドの警察組織などは、事が起きてからの対応が主な仕事なのだから。


「これはこれは!」


 西方からやって来たジョニーとロニーをもてなす顔役は満面の笑みだ。

 突然の来訪でアポイントなど一切行なっていない状態だった。


 だが、顔役にしてみれば、これはすこぶる名誉な事だった。

 ボルボン家の勢力圏である街にレオン家の次期当主がやって来た。

 それだけで、顔役にしてみれば箔が付くことだった。


「古の都、ソティスへよくお越しになりました。歓迎いたしますぞ」

「いきなりの訪問で申し訳ない。ちょっと厄介になる」

「いえいえ、レオン家の方がお越しになったのですからね」


 ニコニコと笑う顔役は、手ずからにジョニーの馬の鞍を受けた。

 厩の世話をしつつ、『まずは御茶でもどうぞ』と話を降る。


「あぁ、すまない。ただ、さっそくですまないがいくつか聞きたい事があるのだ」

「へいへい。お安いご用で。どういった案件ですかな?」


 顔役の反応を見ていたジョニーは、何処から切り出すか思案した。

 どう表現すれば話が通じるのかを思案したと言ってもいい。


 ただ、迂闊に微妙かつデリケートな部分に触れれば、まずいことになる。

 ある意味では細心の注意を要することだった。


「実は私の地元の街でちょっと事件が起きてね」

「はぁ。事件ですか。そりゃ厄介でござんすね」

「そうなんだ。いきなり化け物があらわれ、街の中で大暴れしたが……」


 ジョニーはあくまでも軽い調子で続けていた。

 それとなく顔役の顔色を見ながら、慎重に瀬踏みを続けたのだ。


「……なんとも面倒ですな」

「あぁ。その化け物は街の住人を幾人も惨殺したんだが――」


 ジョニーの言葉が続くなか、顔色は言葉を発する事なく耳を傾けた。


「――その化け物を退治したのは、全身に赤い布を巻いた男だった」


 単刀直入にズバッと斬り込んだジョニー。

 顔役はジョニーと目を会わさず、『作用ですか』と反応するだけだ。

 手下にある堅気には見えない衆へ指示を出し、応接室へとジョニーを案内する。


 その道々もジョニーは遠慮なく話を続けた。

 顔役は振り返る事無くジョニーを先導していた。


「しばらくして化け物は動くのをやめ、やがては正体を現した」

「……ほぉ。で、その正体はどんなですかい?」

「ヒトの子供なんだよ」


 ジョニーの前を歩く顔役は、極僅かに速度を落とした。

 極僅かな機微だがマズイとジョニーは思った。ただ、今さら話も止められない。

 応接室に通されたジョニーは、ここは一つ、正面突破だと覚悟を決めた。

 場合によっては今すぐにここからたたき出される可能性を覚悟した。


「ケビイシという言葉に聞き覚えは無いか?」


 人払いをした顔役はゆっくり振り返ってジョニーを見た。

 好々爺の顔だった顔役は、修羅場を潜った任侠者の貌に変わっていた。


「……何か知っているんだな?」


 念を押したジョニーを前に、顔役は黙って首を横へと振った。

 口を真一文字に結んだ顔役の、その鼻の頭が乾いていた。

 恐怖と緊張を抱えるイヌの鼻は、その先端が乾くものだ。


「何でも良いから教えてくれ」

「……レオン家の若旦那。そいつぁ……あっしの口からは言えやせんぜ」


 街の治安を裏側から預かる顔役が口を閉ざした。

 それだけで異常な事態だとジョニーは思った。


「宿を手配いたしやす。明日に備え、今宵はそちらでごゆっくりお休みくだせぇ」


 顔役はその言葉を残して部屋を出ようとし、足を止めて呟くように言った。

 それ以上を聞くな……と、顔役の背中が雄弁に語っていた。


「検非違使ってなぁ…… 茅街出身ですぁ…… まずは西へとお向かいなせぇ」


 ジョニーは黙って顔役の背に頭を下げるのだった。


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