言える事と言えない事と
~承前
「連隊長殿!」
登城したジョニーとロニーを出迎えたのは、侍従長のウォークだった。
王のプライベートルーム手前にある侍従公室は、来客を待たせる場でもある。
そこへ通されたジョニーとロニーは、ウォークの出迎えを受けていた。
「久しぶりだな。元気にやってるらしいが」
「おかげさまで! ビッグストン卒業生は元気が基本ですからね」
「全くだ」
何度か顔を合わせてはいるが、それはどちらかと言えばイベントの合間程度だ。
こうやって全くフリーの状態で登城するのは初めてで、顔を合わすのも初。
実直で厳格な存在だと知られている侍従長だが、今は先輩後輩だった。
「なんか色々と噂は聞いてるが……苦労してそうだな」
「いえいえ。自分なんかまだまだですよ」
ジョニーの労いに謙遜を返したウォーク。
それは超絶に難しい立場で普段を過ごしている侍従長故の言葉だ。
様々な現場や立場のモノが王宮を訪れ、他種多彩な願いを上げてくる。
その全てに目を通して対策を考え、プランを示して王の決裁を仰ぐ。
時には他国との交渉案件まで持ち込まれるのだから、ウォークとて辛いのだ。
「城の各部門に居る職員は皆優秀ですからね。自分はいつも助けて貰ってばかりで頭が上がりませんよ。やはりまだまだ修行中です」
笑顔でそう言葉を返すウォークにジョニーも笑みを向ける。
それが配慮を込めた言葉なのは言うまでも無い事。
ジョニーだってそれを嫌という程よくわかっている。
まだまだ若輩のウォーク故、王宮内部にいる様々な立場の者に配慮するのだ。
上手く行けば『この案件は彼の功績です』と太陽王に進言する。
失敗したなら『私の読み違えでした。現場は努力したのですが』と守ってやる。
そうやって少しずつ人の信用と信頼を集めていく事こそが修行の本質だ。
「……一人前への道は険しいな」
「全くです」
ふたりして笑みを交わすのだが、そこには万の言葉が込められていた。
年功序列な社会であるル・ガルの場合、愚かでも無能でも年長者は立てるモノ。
亀の甲より年の功とは良く言ったモノで、立場と経験に揉まれ人は成長する。
バカで間抜けな男でも、老成し責任を背負わされる事で新陳代謝が進むのだ。
最終的に責任を取って現場から外されるまでは、無能でも上司。
そんな年長者を遙かに超える立場へ就いてしまったのだから余計辛いのだった。
「で? 今日は一体なにようで?」
「いやいや、大した用事じゃ無い。国軍本部へ出頭したんでな」
「出頭ですか? 何か問題でも??」
太陽王と同じく、国内全てを把握していなければならない侍従なのだ。
どんな些細な情報でも聞きたくなるウォーク故に、質問は鋭い。
一定の配慮は見せているが、『正直に言え』という眼差しだ。
こんな時にすぐの仕事モードかとジョニーは苦笑いを浮かべる。
それを察し見抜いたウォークは、固くなりそうな表情を努めて崩した。
「違う違う。問題じゃ無いんだ。ちょっとした調べ物さ」
「……そうですか」
なんとなく釈然としない様子のウォーク。
だが、ジョニーは遠慮無く続けた。
「せっかく王都まで来たんだから、たまにはあいつの顔でも見ていくかってな」
「元帥閣下ですか?」
太陽王でも王陛下でも無く、ビッグストン在校時のように元帥閣下と表現した。
それがウォークの配慮であり気遣いだとジョニーは内心で舌を巻いた。
「……そうさ。俺なんかより遙かに忙しい立場だろうが――」
悪戯っぽい笑みでウォークを見つつ、ジョニーはそう言った。
その言葉に苦笑を返したウォークは頷くばかりだ。
「――たまには……ただの男に戻ってよ。酒でも飲むかって思ったのさ」
「そうですか」
優しい笑みで幾度も頷くウォークだが、不意にその笑みが陰ってしまった。
なにか拙いことでもしたが?とジョニーも表情を曇らせるのだが……
「残念ですが、王は……ちょっと出掛けておられます」
「出掛けてる? じゃぁなんで侍従のお前がここに居る?」
「……自分は留守居役でして」
肩をすぼめながら恐縮するウォークは、やや悲しげに目を伏せた。
それは、侍従でありながらも留守番を命じられたモノの悲哀を感じさせた。
「……つまり、貧乏くじか」
「要するにそう言う事です」
腕を組んで溜息を一つこぼしたジョニー。
ウォークは申し訳なさそうに上目遣いで言った。
「せっかくのお越しですが、仕切り直しと言う事で」
ウォークの言葉が何処か余所余所しい。
それに僅かな疑問を持ったジョニーだが、追及はしなかった。
きっとエディにだって色々都合があるんだろうと考えたのだ。
あれほど惚れてた后リリスを失い、寡婦暮らしのカリオン王だ。
かつての愛の巣だった後宮には、何人もの女が居ると言う。
その実体は公式に発表された事も無く、謎に包まれていると言って良い。
歴代太陽王が保護してきた女たちがまだ居るらしい。
無責任な噂が一人歩きするだけで、王のプライベートを国民は知り得なかった。
「……そうだな。仕方ねぇ」
きっとどっかの女としっぽりやってるんだろう。
何処かの貴族が送り込んできた女を連れて、何処かへ息抜きに行ったのだろう。
そう考えたジョニーは、笑いながらそう呟くように言った。
これ以上追及しても仕方が無い事だから。
「所で、先ほど調べ物って言われてましたが?」
ウォークは唐突に話を変えた。
きっとこれ以上追及するなと言う意味で、話題を切り替えたのだ。
ジョニーは内心で様々に分析を続けたのだが、正直に答える事にした。
やはり隠し事は苦手だし、謀るのも気が引けるから。
「いやな、俺の家の所領であるメチータでな」
「……ほぉ」
メチータの件を斬りだしたジョニーに対し、ウォークが重い反応をした。
一瞬だけ『あれ?』と疑問に思ったジョニーは、遠慮無く続けた。
「1週間ほど前に化け物が現れて、それに対処するべく国軍を動かしたのだが」
「……その、化け物とは?」
まるで尋問のように切り返したウォークは、侍従室の書記官を呼んだ。
それはつまり『記録しろ』という意思表示だ。
同時にそれは、公式文書で残しますよとジョニーへ通達したのに等しい。
それは不思議だったジョニーだが、聞かれた以上は答えねばならない。
全ての司法機関権限を飛び越え、侍従長は捜査と取り調べの権限を持っている。
その全ては、王への報告を上げる為に必要な権力。
それを承知しているからこそ、ジョニーは正直に答えるしかなかった。
だが……
――あ……そっか……
内心でニヤリと笑ったジョニーだが、それをおくびにも出さずにいた。
ウォークの権限を逆手に取ることを思い付いたのだ。
「どう表現して良いか解らないが――」
ジョニーは自らの頭に両手を添え、角の存在を表現した。
「――こんな感じで長い高角を2本持っている……牛とでも言うのかな」
「……なんですか? それ、本当に化け物ですね」
素っ頓狂な声を返したウォークにロニーはクスクスと笑う。
記録していた書記官までもが笑いを堪えている。
だが、ジョニーだけはそれの意味を理解していた。
ウォークはその化け物を知っているのだと見抜いたのだ。
「いや、化け物だから困るんだ。で、もっと困ったのは――」
その続きを察したらしいウォークの表情が僅かに変わった。
ジョニーの直感が確信に変わった。
ウォークを含め、カリオンは何かを知っている。
ル・ガルの相当上の方限定だが、何かを行っている。
おそらくそれは、高度な政治的事情があるのだとジョニーは思った。
「――ケビイシとか言う奴が現れて」
「……検非違使」
ウォークの表情がガラリと変わった。
先ほどまでの、穏やかな先輩後輩の関係では無くなった。
ジョニーは厳しい表情になっていて、話を続けている。
ただ、それを聞くウォークは、怜悧な官僚の姿そのものだ。
「知ってるのか?」
「……何ともお答えできません」
「答えられない?」
「えぇ……」
両の手を腹の上で重ねて頭を下げたウォーク。
ル・ガルの作法に則れば、これは心からの謝罪を意味する姿だ。
そして、逆に言うならこれ以上追及するなと言うサイン。
難しい立場なんだから、もう責めないでくれと懇願する姿でもある。
「……まぁ、仕方ねぇな。言えねぇ事もあろうがい」
「そうなんですよ……」
実直に頭を下げお詫びの姿勢になったウォーク。
ただ、その姿が雄弁に語っている部分もある。
しかし、ジョニーはそれでも喰い下がった。
まだ納得していないという部分の方が大きいのだ。
「難しい立場なのは重々承知してるが――」
いつの間にかジョニーの顔付きが変わっていた。
好々爺的な柔和な笑みが姿を消していた。
今のジョニーは、厳しい局面でモノを言う参謀の顔だ。
冷徹に現実を見つめ、必要な戦術を勘案する知略の将の顔だ。
必要な結果を得る為には、いかなる鬼手をも実行する存在。
そのジョニーが勝負を掛けた。
「――せめてなにかしら……糸口を教えてくれ」
知ってるんだろ?とジョニーは圧を掛けた。
ウォークが奥歯をグッと噛みながら思案している。
それが何を意味するのか理解出来ないのだが……
「書記官。すみませんが新しい用紙を用意してください」
「はい?」
「今すぐ取りに行って」
「畏まりました」
ウォークのそばを書記官が離れた。
これで誰も記録していない状態になった。
ジョニーは息を呑んでウォークの言葉を待つ。
明後日の方を向いたウォークは、消え入りそうな声で呟いた。
それは、絶対に言い返すなと言う指示でもあった。
「王都の北西に答えがあります」
「北西?」
そう聞き返したジョニーだが、ウォークは如何なる返答も返さなかった。
ただ、全く違う方向を向き、無表情になってもう一度言った。
開くまでこれは独り言なんだ……と、そう同意を求める姿だ。
「都の北西です。およそ……5日の所。行けばわかります」
手短にそう呟いたウォークは深々と頭を下げ、公室の奥へと姿を消した。
つまり、もう行けと言うことかとジョニーは思うしか無かった。