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王都参内


 秋の日差しが降り注ぐガルディブルクは、冬を前にした収穫祭のシーズンだ。

 豊穣を神に感謝し、市民らは職の区別無く、その恩恵を味わう事ができる。


 そして、隔週で開催されるその祭りは、多くの観光客を呼び寄せていた。

 各国からやって来る観光客はル・ガルの繁栄に目を丸くしている。

 国家としての実力は、こんな所でも発揮されるのだった。


 ただ、それもこれも舞台の影で頑張っている者達の努力があってこそ。

 実際には様々な現場で職務に忠実なイヌたちが頑張っている。

 観光客を誘導し、街の治安を守り、祭の成功に汗を流す。


 彼らのような沈黙の士こそが、ル・ガル最大の美徳……の筈なのだが……


「兄ぃ! ちっと味わっていきましょうよ!」

「うるせぇバカ野郎! 仕事が先だ!」


 王都へやってきたジョニーとロニーのふたりは相変わらずの調子だ。

 ジョニーと同じくロニーもビッグストン卒業生だが街の経験は浅い。


 あまり成績の良くなかったロニーの場合は、街へ遊びに行く機会も少なかった。

 それ故に、祭のど真ん中へ突入するのが王都参内の何よりの楽しみだった。


「んな事言ったって、モタモタしてたらなんも無くなりますよ!」

「うるせぇって言ってんだろが! そんなに行きたきゃ一人で行け!」


 王都慣れという面なら、やはりそこは遊び人だったジョニーに一日の長がある。

 花街にしろ飲み屋街にしろ、ジョニーの面はつとに有名だった。

 あまり誇れない一日の長でもあるのだが、有名なのは悪い面ばかりではない。


 この混雑している王都市街に於いても、ジョニーの行く先々には道が出来た。

 街の中に居る黒服や堅気では無い衆がジョニーの所へと挨拶に来る。

 そして、その先々で『どちらへ?』と尋ねられ、道を用意されていた。


「んで、先にどこ行くんすか?」


 口を尖らせて言うロニーは不貞腐れ、拗ねている。

 だが、それをフォローする気などジョニーにはさらさら無い。


「まずは国軍本部だ。あの真っ赤野郎の正体を暴いてやる」


 ひとり盛り上がっているジョニーの背には、メラメラも燃え上がる炎がある。

 その背を見ていたロニーは、聞こえるようにため息をこぼした。

 こうなっては聞く耳など絶対に持たないのが緋耀種だ。


 元々に狩人の血統であり、また抜群の戦闘力を発揮する彼らだ。

 物事に没頭した時の集中力は、他の血統では中々お目に掛かれない。

 そんなジョニーが脇目もふらずに国軍本部を目指していた。


「へいへい。お供いたしやす」


 渋い表情になってジョニーに付いていくロニー。

 兄貴分であり、また、本来の役目である大佐付き用務官に専念する事にした。

 国軍本部の参謀資料室には、ル・ガル全土の戦闘資料が全て揃っているのだ。


「あそこへ行けば絶対解るはずだからな」


 ジョニーが言う通り、参謀本部資料室に記載されない戦力は存在しない。

 すわ国家の一大事となった時、国軍は全ての戦闘力を現地徴発出来るのだ。


 それはすなわち、過去幾度も経験した大祖国戦争の経験によるもの。

 常時40個師団を維持するル・ガル国軍は、それだけで充分強大な存在だ。


 だが、その背後には各公爵家が抱えている予備役としての地方軍が存在する。

 その数たるや、合計すれば通常戦力に比肩する40個師団相当の規模だ。

 彼らは国軍としてではなく、各公爵家の直接指揮下に置かれ、維持されている。

 地方駐屯の国軍とたびたび演習を行っていて、予備役など名ばかりの存在だ。


 更には国境警備を専門とする国家警察の特別部隊が凡そ3個師団規模。

 また、王に直接忠誠を誓い、自由を活動を許された騎士がざっくり1万人。


 その全ての戦力を維持するだけの実力がル・ガルにはあるのだ。

 参謀本部の資料室には、その戦力目録が全て保管されている。

 やがて来るであろう『次の大祖国戦争』の為に、常に備えられているのだった


 だが……


「どういう事だ?」


 渋い声音で凄んでいるジョニーは、国軍本部の一等事務官相手に爆発寸前だ。

 参謀資料室の資料全てを探し回っても、目当ての情報は記載されていなかった。


「大佐殿。場合によっては国軍では無く国家警察の方では……」


 消え入りそうな声で事務官は回答した。

 まだ解りその事務官は、怖ず怖ずと国家警察本部の位置を示した。


「警察だって国軍管理下だろ?」

「いえ、王都武装警察と議会資料室警護隊は国軍とは独立していま……」


 凄まじい眼力で睨まれた事務官は、最後まで言葉を言えなかった。

 ジョニーも知っていた筈の事なのだが、怒り心頭に忘れていたのだ。


「……とりあえずもう一度資料を当たってくれ」

「はい……」


 何度見ても無いモノは無い。

 それは解っているのだが、それでもジョニーは喰い下がっていた。


 そうでもしなければ、腹の虫が治まらない状態だった。











 ――――――――王都ガルディブルク 国軍本部 参謀資料室

          帝國歴 370年 4月 25日











「やっぱ何度探したってねぇッスよ兄貴」

「……ンな事たぁわかってんだよ」


 ジョニーとてバカでは無い。

 ここの資料室の情報目録に無い以上は、何処を探しても無駄だ。


 だが、情報目録では無く戦闘報告や調査報告書までも丹念に当たっている。

 ジョニーなりの目論見として、自分以外の誰かの可能性に賭けたのだ。


「こっちも見るんすか?」

「それだけじゃねぇ――」


 ロニーが取り出したのは戦闘報告書の概要書だ。

 誰かがアレを目撃しているなら、戦闘報告書に書いているかも知れない。

 そんな期待をしているのだが……


「――こっちも見ろ」


 ジョニーが指さしたのは、国軍ではない者達。

 約3000人規模で存在するサーキットライダー(巡回査察騎士)の報告書だ。


 彼らが書いた巡回調査報告書に記載しているかも知れない。

 その目撃情報を探せば、輪郭が見えるかも知れない。

 僅かな可能性だったとしても、油断せず丹念に調べていくしかない。


「有るんすかねぇ……」


 訝しげなロニーの声を無視し、ジョニーはひたすらに資料を当たる。

 口幅ったい言い方や、奥歯にモノの挟まった言い方。

 そう言った、極々僅かな、何らかの痕跡を丹念に探すのだ。


 ――たぶん……ねぇ……


 ジョニー自身がそんな予感を持っていた。


 あれは。

 あの存在は、ル・ガルにとって最も秘匿すべき存在なのかも知れない。

 場合によっては警察機構の実働部隊である武装強攻警察かも知れない。


 敵を滅ぼすのでは無く、立て籠もる犯人相手の戦闘を受け持つ専門職だ。

 狭い室内などでやり合う事を専門とする彼らは、小柄な一族から選ばれる。


 ――ヒトを使うにゃ持って来いだな……


 認めたくは無いが、どうしたって種族毎に得手不得手がある。

 その部分を考慮すれば、自ずと国軍が関与してないと思わざるを得ない。


「……やっぱねぇッスよ兄ぃ」


 いよいよ泣き言になってきたロニーの声は、呆れ果てた調子にも聞こえる。

 ジョニーとて無いだろうとうすうす気が付きつつあるのだから仕方が無い。


「……しょうがねぇな」


 ボソリとこぼしたジョニーはスクリと立ち上がった。

 幾多も閉じられている資料の山を司書へと引き渡し『世話になった』と添えた。

 そして、幾何かの心付けを置いて参謀本部を後にする。


 ――どうするか……


 アレコレと思案を巡らせるのだが、妙案は無い。

 シラミ潰しに警察本部へ行ってみるか……と思った時だった。


「やっぱ兄ぃ。こんな時は城へ行った方が早いんじゃねっすか?」


 ロニーは軽い調子でそう進言した。

 もちろんジョニーとて、それは重々承知している。


 だが、なんとなく気後れしているのも事実。

 エディの妻リリスが死去した時ですら、顔を出していなかったのだから。


 ――それが出来りゃ苦労しねぇ……


 なんとなく疎遠になってしまった時の距離感は人それぞれだ。

 誰しもがスイッと元に戻れる訳じゃないし、微妙な距離感に悶えるものだ。


「……兄ぃ」


 ロニーはいよいよ神妙な顔になっていた。


「ん?」

「俺が言えた義理じゃネッすけど――」


 ロニーを含め、イヌは基本的にばか正直で無駄に素直な生き物だ。

 どんな時だって常に真っ直ぐな生き方を貫きたがる傾向が強い。


 イヌは無駄な駆け引きを好まないし、体当たりでぶつかる事を選ぶ。

 相互に信頼し、他利の精神を尊び、他人に迷惑を掛けることを恥とする。


 そんな社会においては、不義理こそもっとも恥ずべき行為のひとつだ。


「――今から見舞いで良いんじゃネッすかね?」

「そりゃ今からじゃなくて……今さらだ」

「そうっすけど、行かねぇよりは行ったほうが良いと思うっす」


 足を止め振り返ったジョニー。

 ロニーはやや上目使いになりながら続けた。


「王と兄ぃは友達っすよ。公んとこじゃ仕方ネッすけど、舞台降りたら友達じゃネッすか。なら、それこそ酷ぇ飯草っすけど、くだらねえ遠慮する方が変すよ」


 それは、間違いなくロニーの赤心だ。

 ジョニーはジッとロニーを見た。


「よぉ!久しぶり!で良いじゃねぇっすか。ご無沙汰だな!って入ってきゃ平気なのがビッグストンの男っすよ。あそこでシゴキ上げられた仲間なんすから」


 いたって真面目な顔になり、ロニーは抗議するようにそう言った。

 それを見ていたジョニーの表情は、いつの間にか温かなものに変わっていた。


「……わかったわかった」


 参ったと言わんばかりのジョニーは、優しい表情でロニーを見た。

 どこか顔色を伺っていたようにも思えるロニーの表情が崩れる。


「よしっ! 城へ行くか。あの野郎と直談判だ」

「そっすよ!」


 ヘヘヘと笑いながら歩き出したロニーの目が通りの屋台を捉えた。

 そして、ニヤニヤと笑いながら、楽しそうに言った。


「なんか手土産買ってきやしょう!王様じゃこんなの食べられねぇっすから!」

「……お前が喰いたいだけだろ?」


 エヘヘと笑って否定しなかったロニー。

 そんな姿を見ながら、ジョニーはエディへの口上を考えるのだった。


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