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もう一人の父親

~承前






「ったく……」


 酒臭い溜息を酒場にこぼし、隻眼のイヌはウンザリ気味の顔になっていた。

 メチータの街を根城にするカルテルの首領、ロス・パロス・エスコ。

 若くしてカルテル一味を引き継いだ男は、苦労の限りを尽くしてここに居る。


 そして、そんな彼の前に座るのは、レオン家の若旦那ジョニーだ。


「オヤジ、悪いが頭からもういっぺん聞いてくれ」

「そりゃかまわねぇが……俺はあと何回、同じ話をすりゃ良いんだ?」


 飲み干したグラスに酒を注がれ、再びそれを飲み干したジョニー。

 寝不足と疲労で良い具合に酒が回っていて、油断をすれば突っ伏しそうだ。


「……しらねぇよ」


 同じように酒臭い息でそう吐き捨てたジョニーは、悪い酒に酔っていた。


 事後の始末をつけたジョニーは夜を待った。

 日なたを歩けないカルテルの首領へ会いに来たのだ。


 ただ、ジョニーは愕然としていた。

 自分の認識の甘さを思い知らされ、未熟さを突きつけられている気分だ。


「だいたいだな……」


 メチータの街を牛耳るエスコ・カルテルの顔役は、街で知らぬ事など無い筈だ。

 だが、その首領ですらも、ジョニーが望む情報は何一つ持っていなかった。


「まさかレオン家のお坊っちゃんにも知らねぇ事があるたぁ……」


 ロスに向かい『ケビイシってのが来たんだが』と切り出したジョニー。

 それを聞いたエスコカルテルの首領は、全員を部屋から出して酒を勧めた。

 怪訝な顔でグラスを受けたジョニーだが、ロスは殊更に深刻な顔だった。


 街の全てを把握している裏警察としてもエスコ・カルテルは重要な組織だ。

 表立って動けない事態の時は、このカルテルがもう一つの暴力装置だ。


 その組織を束ねる男にも知らない事態がある。

 ロス・パロス・エスコはそこに危機感を持ったのだった。


「知らねぇからアンタんとこに来たんじゃねぇかよ」

「……そう言ったってな。俺だって知らねぇもんは知らねぇさ」


 自分のグラスにもきつい蒸留酒を注ぎ、ロスはそれを飲み干して言う。

 酒でも飲まなきゃやってられない状況故に、それも仕方が無い。


「だいたい、その……なんだ。なんて言ったっけ?」

「ケビイシか?」

「そうそう。そのケビイシだかシキイシだかって野郎は――」


 上目遣いにジョニーを覗き込むロスは、どう見たって堅気には見えない。

 街を歩けば10人が10人、この男は極道だと口を揃える悪人面だ。


 だが、そんなロスもジョニーにとっては親代わりだった。

 レオンの家の中で息苦しい毎日を過ごしていた少年の保護者だった。

 故に、ジョニーは父セオドアでは無くロスの所へ相談に来たのだ。


「――親父さんも知らねぇのかい?」

「……俺に向かって親父に聞けなんつうのはアンタだけだ」

「俺はおめぇの親代わりだが、間違っても親じゃねぇ」


 ジョニーのグラスに酒を注ぎ、自分のグラスにも手酌してグッと煽ったロス。

 そんな男は至って真面目な顔になってジョニーを見ながら言った。


「おめぇに盃を降ろしたことはねぇし、おめぇだって受けた事もあるめぇ」

「……そりゃそうだが」


 突き詰めればその通りでしかない。

 だが、父親を苦手としているジョニーにとっては、ロスが父親だった。


「俺は俺の手下を護る為に、おめぇの親父さんと取引しただけだ」

「……………………チッ!」


 家の空気が窮屈で、なかば家出状態に飛び出したジョニー。

 だが、ただ単に『嫌だ』と意地を張り、強情を通せるのは家内だけ。

 齢10にも満たない子供が生きていけるほど、世の中は甘くない。


 ――――少し甘やかしすぎた


 その言葉を添えてロスに面倒を頼んだ父セオドア。

 苦渋の決断を察したロスは『御目こぼしを』と添えてジョニーを引き受けた。

 アレから数えて幾星霜、ジョニーは幾度もロスの鉄拳制裁を受けていた。


 組織の箍が緩まぬように。手下どもが勝手な事をしないように。

 無頼や不良や小チンピラどもを束ねる男は、ジョニーを厳しく躾けなおした。

 地域所割の警察や国軍高官とも五寸に渡り合う男の生き方をジョニーは知った。


 故に。その言葉の真意を理解出来ないジョニーでは無い。

 そして、それを突っぱねるほど、もはや子供でも無い。

 血は水よりも濃いと言う様に、親子の縁はどうしたって切れないものだ。


 現にジョニーはレオン家の跡取りとして、順調にキャリアを重ねている。

 五公爵の一角として絶大な力を持つ家の当主となる事が約束されているのだ。

 そんなジョニーを殊更に可愛がってきたロスだが、打算的な者だけでは無い。


 血で血を洗うような抗争で息子を亡くし、家族の全てを失ったロス。

 犯罪組織でしかないカルテル同士の抗争は、その原因が国家の戦争だった。

 ネコの国による強力な魔法攻撃を受け、グリーンステップは壊滅したのだ。


 その結果、イヌの多くは犯罪と解っていてそれに手を染めざるを得なかった。

 筆舌に尽くしがたい窮状を知っているからこそ、レオン家も黙認した。

 言葉では表現出来ない微妙なバランスの上に成り立つ関係は今も続いている。


 だからこそ、ロスはジョニーの後見役を今でも引き受けていた。

 日陰の中、日の当らない場所でしか生きていけない者達を纏める役を込みで。

 ジョニーの父、ジョン・セオドア・レオンは、それを黙認していた。


「ただな、こんな俺でも年の功で知恵だけはある」

「もったい付けてねぇでチャッチャと言えや」

「おめぇのお友達は……太陽王だろうがい」

「……そうだが」


 それ以上の事をロスは言わなかった。言う必要も無かった。

 ロスは言外にジョニーの尻を叩いていた。

 今すぐにでも王城へ参内し、太陽王から直接聞け……と。


 エスコカルテルの首領ですら知らぬ話が耳に入った。

 ならばその核心を確かめねばならない。


 自らの家族を再び喪いたくはないし、手下達も守らなきゃならない。 

 ゆえに、その情報の核心を、ジョニーを使って聞き出したいのだ。


「……それが出来りゃ苦労しねぇよ」

「おめぇさんに出来なきゃ、この街じゃ誰も出来ねぇぞ?」


 ジョニーの心を遠慮無くえぐって削ったロスは、涼しい顔だ。

 最も苦手な存在である父ダグラスは、通年で王都ガルディブルクにいる。

 従って、この街の実質的な支配者はジョニーだ。


 そんな、街の頂点にあるジョニーには、それなりの義務と責任がついて回る。

 ロスはそれを遠回しに言い、ジョニーはそれを感じ取りつつ悩んだ。


 ――そんな事、百も承知だ……


 あの頃のカリオンなら……いや、エディであればどれ程気が楽であろう。

 今はもう、そうではないのだ。二人を隔てる河は、広く大きくあるのだ。


「友達なんだろ?」

「昔はな」

「今は違うのか?」


 ロスの言葉には遠慮がない。

 驚くような言葉をズバッと言い放ち、ジョニーを試していた。


「今は……王と部下のひとりだ」

「……そりゃお前さんの考えすぎだ」

「考えすぎ?」

「そうさ。だいたいがだな。王だの長だのなんてのは孤独なもんさ」


 ……孤独


 その言葉をどこかで聞いたなとジョニーは記憶をたどった。

 浮かび上がってきたのは、かつてのビッグストンで聞いたエディの一言だ。


 ――いつも独りぼっちだった


 その気が付きは、ジョニーの中でストンと腑に落ちた。

 だからこそカリオンはフレミナ王と仲良くなったのだ……と。

 国民の多くが反対する『諸国王会議』を強力に推し進めているのだ……と。


「孤独ねぇ」

「おめぇさんが行きゃぁ人前じゃよそよそしくても、影に入りゃ……」


 ……解るだろ?


 ロスはそんな目でジョニーを見ていた。

 誰にだって有る部分。立場がどんなに重くなっても、絶対に捨てられない事。

 それはこの世界の頂点である太陽王だって変わらないはずだ。


「わかったよ。行きゃぁ良いんだろ? 行きゃぁ……チクショウめッ」


 ロスの思惑で踊りたくない部分をも見透かされ、ジョニーはそう吐き捨てた。

 どんな形にしろ思惑通りになったロスがニンマリと笑う。


「……下手な気なんか使わなくていい。普通に遊びに行け。で、ちょっと相談だって軽く切り出せ。いや、相談だって断る必要もねぇ。そういやこんな事があったって、軽く振る舞え。それで良い。太陽王の肩から王様って肩書きを下ろしてやれ」


 1000人から居るカルテル構成員達の命を預かる男の言葉。

 無頼どもをしっかり纏め上げる男は、そんな言葉でジョニーの背を押した。


 樽を縛る箍は、きつ過ぎてもいけないものだ。

 適度に緩めてやり、多少の遊びを作っておく。

 中身を吸って膨らんだ木は、箍を割ってしまう事がある。


 それは人間だって同じことだった。


「他の誰でもねぇ、おめぇさん相手じゃなきゃ言えねぇ言葉だってあるだろうさ」


 その言葉にロスの孤独を感じ取ったジョニーは、ジッとロスの目を見た。

 深い愁いを湛える眼差しは、荒くれを束ねる男とは思えぬ色があった。


「……アンタの使いもコレが最後だぜ?」

「おうさ、次はおめぇの都合でいきゃがれ」


 ニヤリと笑ったロスは、すっかり悪党の貌になっていた。

 話術だけで相手をコントロールし、望む結果を手に入れる交渉術。


 直情径行の傾向がある緋耀種を自在に転がした手腕をジョニーは味わった。

 もはや鉄拳で教えるような歳ではないのだから、悔しさで教えるのだ。


「……チクショウ。覚えてろよ?」

「まぁせいぜい、俺の目の黒いうちにしてくれよ」

「そうだな。戻ってくるまでにくたばるなよ」


 憎まれ口を叩いてジョニーを見たロス。

 だが、そのジョニーの表情は晴れやかで愉しげだった。

 また一つ教えられた……と、負けの中に成長のタネを見つけたのだった。


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