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実力でねじ伏せる

~承前






「兄ぃ…… おれ、夢でも見てるんすかね?」


 震える声で呟いたロニーは、呆然とした表情で佇んでいた。

 目の前に横たわるヒトの子供は薄汚れた身体を朝日に輝かせている。


 何も知らぬ者が見れば、この子供も犠牲者だと思うだろう。

 あの化け物が大暴れした結果、被害を被って倒れた哀れな存在。


 だが、ロニーの声が震えた最大の理由は、この子供こそが原因という事だ。

 夜半過ぎから大暴れしていた化け物の正体は、まだ幼いヒトの子供だったのだ。


 年の頃なら大きくても10才程度。

 実際はもっと幼くて5才か6才。その辺りが関の山だ。


「しかしまぁ……」


 呆れた様に呟いたジョニーも、その光景をジッと見ていた。

 夜明けの光が徐々に街を照らし始める時間帯。

 検非違使と名乗ったヒトの男は元の姿に戻っていた。


 身体中を返り血で汚したらしいのだが、井戸水を被って流していた。

 そして、あの赤い衣装を身に纏い、腕を組んで子供を見ていた。


 ――コイツ……


 ジョニーは明けしなに見た凄まじい闘争を思い出した。

 それは、正直に言えば思い出したくもない光景だった。

 化け物の姿に変わった検非違使は、暴れる化け物を力尽くで押さえ込んだのだ。


 巨大な力と力の戦いは、経験を積んだ分だけ検非違使の方が有利だったようだ。

 しかもそれは、間違い無く軍隊的な教育を受けているものだった。

 相手を怒らせて的確な場所へと誘い込み、そして、確実に手痛い一撃を加える。


 結局、検非違使はその子供をねじ伏せた。

 メチャクチャに暴れ回る相手の急所に一撃を入れ、動きを封じる。

 化け物とは言え、生物としての構造に違いはないらしい。


 脇腹の弱い部分に一撃。

 正面からみぞおちに向け一撃。

 足の止まった化け物の顎を掠めるように一撃。


 平衡感覚を失った化け物が崩れかけた所で、掬い上げるような一撃。

 これで完全に戦意を喪失したらしいが、それでも手は止まらなかった。


 一歩踏み込み左右からの乱打を加え続けた。

 ジョニーとて、王都ガルディブルクでは名の通った遊び人だ。

 当然のように喧嘩慣れしているし、勝ち方もよく心得ている。


 その喧嘩そのものを重量級の化け物同士で演じて見せた。

 いや、正確に言うならば一方的に展開して見せた。

 相手の急所目掛け、一発一発に殺意を込めて丁寧に叩き込んだ。


 息を止めた一撃を加え続けるのは、どんなに訓練されていても不可能だ。

 10発も打ち込めば息が続かなくなり、貪る様に呼吸を行う。

 そして、それを続けていくうちに、肩で息をするようになる。


 ――それを……


 ジョニーの目が検非違使の男を見つめた。

 射貫くような視線でジッと見ているジョニーは思う。


 ――コイツは……

 ――人間じゃない……


 検非違使の男は息を止めたまま100発以上を殴り続けた。

 左右の腕を振り子の要領で使いながらだ。


 実際には途中で細かく呼吸をし続けたのだが、見えなかっただけ。

 抜群に上手い息の使い方を見せただけだ。


「街の騒ぎの方は対処を願いたい」


 身を包む赤い衣装の上から漆黒の套をまとい、検非違使の男はそう言った。

 明るい場所で見れば、その姿は筋肉質な身体を持つ小柄な男だ。


「アンタは?」

「この少年を回収する」

「回収?」


 ジョニーはやや剣呑な口調でそう復唱した。

 少なくとも、騒乱の容疑者としてしょっ引くのがスジだからだ。


 だが、検非違使はそれをさせず回収すると言い切った。

 容疑者を一方的に連れて行くと通告されたに等しい事だった。


「バカを言うんじゃねぇ」

「いや。まじめに言ってるつもりだが」


 検非違使は至って真面目な声音でそう言った。

 ただ、だからと言ってジョニーがそれを見逃すとも思えない。

 双方に言いたいことを抱え、その中で先を取り合っていた。


「私の任務はこの子に然るべき教育を施し、社会にとって安全な存在となるように仕立てるべく回収する事だ。それ以上の指示は受けていない」


 検非違使は言いたい事を先に言い切り動き出した。

 横たわるヒトの子供から土埃を払い、どこからか用意した布でくるんだ。

 完全な簀巻き状態にされ、子供の力では簡単に解けないだろう。


 その子供を抱え上げ、肩に担いだ検非違使は振り返ってジョニーを見た。

 顔も殆ど隠している状態で、眼だけが炯々と光っている姿だ。


「レオン大佐。後の事はよろしく」


 簡潔極まる検非違使の一言。

 それは、現場士官を束ねる大佐の肩書きを吹き飛ばすものだった。


 ジョニーの隣でそれを聞いたロニーですらもカッとなる一言。

 だが、不意にジョニーを見たとき、その表情がガラリと変わっていた。


「はぁ?」


 現場生活50年ともなれば、誰だってそれなりに落ち着きをまとうもの。

 無頼と呼ばれ遊び人と蔑まれたジョニーとて、今は人の上に立つ存在だ。


 部下を使い目的を達するなら、それ相応に振る舞う必要がある。

 だが、今のジョニーにはその余裕が一切なかった。

 やや抜けた声でそう言った後、大声を上げていた。


「よろしくじゃねぇ! もっと説明しろ!」


 全身に力が漲っている状態の緋耀種には迫力がある。

 本気で殺すぞと相手を睨み付ける迫力が相手を萎縮させるのだ。


 ただ、あくまでそれは明快な力関係としての上下がある場合に限られる。

 脅す方の実力が上ならば、それもまた効果があると言う事だ。

 現実的に、この街の国軍全てを相手にしても、この検非違使が勝つ。


 それら全てを承知の上で、ジョニーは声を荒げていた。

 相手の出かたを確かめる為に。


「……それは出来ない」


 やや沈んだ声で検非違使はそう返答した。

 その声音の中には『やるならやれ』という意志が滲んだ。


 メチャクチャに暴れ回った化け物と対峙し、驚異的な戦闘術でねじ伏せた男。

 しかもそれは、化け物に負けない体躯と膂力をもって行われた。

 つまり、実力的に勝る状態なのを承知の上で軽く受け流したのだ。


 ――クソッ!


 ジョニーは内心で悪態を吐いた。完全に舐められてると思ったからだ。

 だが、どれ程に戦闘手順を思い描いたところで、勝てる要素など無い。

 それを解らぬほどジョニーだって子供では無いし、無責任でもない。


 しかし、その全てを飲み込んでなお、口惜しいものは口惜しいのだ。

 相手が自分を舐めている。見くびっている事を看過することが口惜しいのだ。


「せめて名ぐらい名乗ったらどうだ」


 ジョニーは考え得る最後の一手を放った。

 もはやどうにもならないと諦めるしかないならば、この手しか無い。


 相手の名を覚え、再戦の時を待つ。

 臥薪丹生の苦痛を背負い、再戦のチャンスを待つのだ。


「……私は検非違使。それ以上でもそれ以下でもない。そして――」


 検非違使の言葉を口にした男めがけロニーは太刀を抜いた。

 空を斬る凄まじい音が響き、刃先が検非違使を切り裂いた……かに見えた。


 だが、その太刀の切っ先が検非違使をとらえる直前、男はポンと飛び上がった。

 それは常識の範疇を大きく飛び越える出来事だ。

 子供を肩に抱えたままジャンプした検非違使は、2階の屋根に乗っていた。


 人の背を大きく越えた凄まじい脚力。

 それを涼しい顔でやってのけた検非違使は、小さく息を吐いて続けた。


「私に名乗る名など無い。私は検非違使。それだけだ」


 その言葉が終るや否や、検非違使の男は踵を返し屋根を走り出した。

 思わず『待てっ!』と叫んだジョニーだが、男は振り返らなかった。


「ロニー! 街中に臨検だ! 街道を封鎖しろ! あの男を逃がすな!」

「へいっ兄ぃ! 合点でさぁ!」


 ロニーはクルリと回ってすぐさま動き出した。

 馬に飛び乗り腹を蹴ると、すぐさま小隊を率いて駐屯所へと戻っていく。


 ――必ず正体を暴いてやる……


 拳をぐっと握り締め、ジョニーは屋根の上を見続けた。

 もはや追いつかないのは解っている。


 それでもただ、泰然と全てを受け入れるほど諦めが良いわけではない。

 もしの検非違使が他国の諜報機関だった場合、非常に面倒な事になる。


 ――仮にも参謀だからな


 軍をコントロールする上で、参謀というポジションは非常に重要だ。

 全ての面で軍の実態を把握し、他国の事情にも通じてなければならない。

 そんなジョニーの知らない存在が目の前に現れたのだ。


 明確な目的を持って任務に当る洗練された組織がル・ガル国内に存在する。

 そんな危機感と焦燥感を持ったジョニーは早速動き出す事にした。

 次はこの街でそんな身勝手をさせない……と、そう心に決めていた。


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