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決断<前編>


 この日、ガルディブルク城の閣議室は重い空気に包まれていた。

 涼しい風の吹き始める10月半ばの王都は、相変わらず栄えていた。


 だが、その繁栄が砂上の楼閣である事をカリオン政権の閣僚は知ったのだ。

 各地から送られてくる報告書の類を纏めた事務方たちですらも動揺したらしい。

 震える指先を必死で押さえ込み書き込まれた数字は、文字通りに絶望的だった。


「王よ……」


 搾り出すような声で切り出したプレスティオは、ひげを震わせながら言った。


「どうかこの無能な男に相応しいご対応を……」


 それは、農務繁栄を負託されたプレスティオなりのケジメだった。

 各地から送られてくる報告書を精査すれば、収量は昨年比で55%足らず。

 そして、実際の話として昨年度の収量もあまり褒められた数字ではない。


 ル・ガル全土で国民が満足に食事を取る事の出来ない数字。

 必要量の凡そ70%程度しか穀類の収穫が無かった。


「ここでそなたを解任するわけには行かぬ」

「ですが……誰かが責任を取らねばなりませぬ」


 プレスティオはキッパリとそう言った。

 突き詰めれば、世間からの非難を浴びる役が必要なのだ。

 太陽王と言う絶対的な権力を維持するための生贄的な話。

 だが、カリオンだけはその歴史的な不作の理由を知っていた。


「……報告書にはこうある――」


 各地から送られてきた報告書は、そのどれもが悲痛な報告ばかりだった。

 本来ならば益虫となるクモやトカゲと言った肉食系小動物が蛇に食われたと。

 そして、本来蛇の主要な獲物であったネズミが姿を消していると。


 また、それだけでなく、天候自体が絶望的だった。

 6月後半より9月中盤までの凡そ100日間で、満足に晴れた日は僅か4日。

 1時間以上太陽光が差し込んだ日を含めたとても、凡そ30日しかない。


 高緯度地域では日照時間どころか光量そのものが不足した。

 太陽王の統べる地に太陽の光が差し込まなかった。

 国土全域で日光が足りなかったのだ。


 そして、多くの畑で発生した疫病は、立ったまま麦の穂を腐らせた。

 腐った麦は収穫できず、そのまま畑へと梳きこむしかなかった。


 だが、二毛作を行なう第二作物の豆類は、低温と日光不足。

 さらには腐った麦による腐敗病の蔓延で育つ事が出来なかった……と。


「――これは誰かが責任を取ると言う問題ではない」

「……陛下」

「余は太陽の地上代行者ぞ。つまり……余の責だ」


 報告書をばさりと机に落とし、目頭を押さえて椅子へと背を預けたカリオン。

 この半年ほどでカリオンは体重を落としていた。


 誰もがその理由を知っていながら、それでもモノを言わずに居る。

 帝后リリスの容態が安定しないのだ。


「どうしたものか……」


 カリオンの脳内にある歯車は、グルグルと回って結論を出した。

 いま必要なのは責任を問う事では無いし、追難の鬼を見つける事でもない。

 国民が餓えぬよう手を打ち、必要な食料を確保し、国家を安定させる事だ。


「サダム」

「はっ!」


 商務全般を預かるサダム・アッバースは、王の声に硬い表情で応えた。

 だが、そのサダムを見るカリオンの目は優しかった。


「この大陸において最大の農業国家は?」

「それは、もはや論議の必要すらなくトラの国でしょう」

「なるほど。今も変わらないか」

「然様です。トラ本国だけでなく、ネコやその周辺国家にまで輸出しています」


 ネコの国が本質的に貧しい一番の理由。

 それは、国内消費される食糧の大半を輸入している事だ。


 そもそもに享楽的な人生を望むネコの社会では、農業の担い手など育たない。

 ネコの国で栽培される主要作物の多くは、企業化した農業法人のものだ。


 決まった国を持たず、また持つ事も出来なかった多くの種族がそこに居る。

 農業法人として経営される農業の担い手は、事実上の奴隷だった。

 そして、それですら足らぬ食料は、トラの国からの輸入に頼っていた。


「……では、そなたはトラの国へと赴き、食料の買い付けを進めてくれ」

「トラの国とは誼が薄いです。大丈夫でしょうか?」

「話がまとまれば、余の名でトラの国へと感状を送ろう」


 カリオンの一言に一瞬だけ閣議室の空気が凍った。

 前代未聞の言葉がカリオンの口を付いて出たからだ。


 太陽王が他国に感謝するなどありえない事。

 だが、カリオンはそれを行なうと言いきった。

 そして……


「国民の共にある姿を示そう。大憲章にあるとおりだ」


 カリオンは胸を張ってそう言った。











 ―――――――― 帝國暦340年10月19日

          王都ガルディブルク











「余はこの名を持って世界との関係改善を図ろうと思う」


 カリオンの言葉に閣僚全員が総毛だったような表情を浮かべていた。

 ル・ガルはその建国以来、周辺国家との軋轢が絶えないのだ。


 いまはだいぶ改善されたとはいえ、ル・ガルを潜在的脅威と見る種族は多い。

 それですらも改善してしまおうとカリオンは志している。


 閣僚の誰もがそう思った。

 日の入らぬ閣議室の中で、カリオンの姿が輝いていると思った。


 未だ齢50に満たない若輩者。

 いや、その生涯を凡そ250年とするイヌにしてみれば、まだ小僧だ。

 だがしかし、僅か34歳でしかない太陽王カリオンは、次々と改善を実現した。


 フレミナと和解し、王都に入り込んだ棘を取り除き、国民に法をもたらした。

 さらには、魔道師との関係を改善し、そして協力者に仕立て上げてしまった。


 ――――今度は世界との関係改善か……


 誰もがそう驚き、まるで生き急ぐかのような性急さに息を呑む。

 それほど慌てなくとも……と、誰もがそう思い、言葉にしようとしたその時だ。


「トラだけでなくキツネの国も併せてはいかがでしょうか」


 黙って話を聞いていたウォークが口を挟んだ。

 ペースダウンさせようとしていた皆の意向を他所に、ウォークは尻を叩いた。


 どうせやるならいっぺんにやってしまおう。

 それは、官僚を束ねるウォークらしい発想とも言える。

 実務官僚たちが努力するのだから、それを一回で済ませようと言うのだ。


「キツネの国は鎖国中ではなかったか?」


 軽い調子で返答したカリオン。

 ウォークは牙を見せるようにニヤリと笑った。


「開国する大義名分を高値で売りつけてやりましょうぞ」

「……なるほどな」


 キツネの国に開国させ、キツネの民はル・ガル国民に恩を売ったと思うだろう。

 だがその実態は、食料を高値で買い、キツネの国にル・ガル通貨を送り込む。

 つまり、経済的にキツネの国を乗っ取ると言う算段でもある。


 ル・ガル通貨トゥンが入り込めば、キツネの国の独自通貨は負ける。

 そして、貨幣と言う経済の根本を握る事で、キツネの国を事実上支配下に置く。


 太刀を会わせ槍を戦わせる事無く、その国を乗っ取る。

 その深謀遠慮をル・ガルが実行して行くのだ。


「恐ろしい……策略よのぉ」


 サダムはウォークの提案をそう評した。

 ただ、本当に恐ろしいのはウォークその人だと皆が思っていた。


「さて、じゃぁそっちの方向で話を進めてくれ、サダム」

「畏まりました」

「来期の収穫が実現できるまで、安定的に食料を確保できる事が望ましい」

「……ですな」


 ル・ガルが大量に食糧を買い込めば、相場はどうしたって上がる筈だ。

 そしてそれは、ただでさえ乏しいネコの国の食糧事情を直撃するだろう。


 自分で働く事が嫌いで、ましてや泥や肥えにまみれた労働などネコには無理だ。

 嫌な事は絶対にやらないし、楽しくなければ行わない。

 そんなネコの国では、食糧増産もおぼつかないだろう。


「さて、世界がどう変わって行くのか。余も楽しみぞ」


 クククと噛み殺した笑いを浮かべたカリオン。

 いつの間にかその表情には、ふてぶてしい政治家の色が混じっていた。

 じっくりとネコを痛めつけ、そして国家そのものを不安定にしていく政策だ。


 その結果として政情不安がおこり、ネコの国は疲弊して行くのだろう。

 だが、ネコの国でもイヌが手を差し伸べた地域は生き残る。

 ネコの国との緩衝地帯になっている自治エリアは、莫大な支援が施される。


「助けを求めて来るのでしょうね」

「あぁ。そうなるだろうな」


 プレスティオをサダムは顔を見合わせ言葉を交わした。

 カリオン王の治世で世界の枠組みが大きく変わる事を皆は実感していた。






 ――――その日の夕刻






「陛下!」


 自室で報告書などに目を通していたカリオンの元へサミールが飛んできた。

 慌てふためいた様子にカリオンの表情が曇る。


「お茶を頼んだ覚えは無いが?」

「いえっ!」


 ハァハァと肩で息をするサミールは、幾度か深呼吸してから言った。


「帝后陛下の容態が急変しまし――


 その言葉が終る前にカリオンは椅子を立っていた。

 文字通りに椅子を蹴り飛ばし、脱兎の速度で階段を駆け上がった。


 国政や外交や、その全てに最後の責任を背負うカリオンだ。

 妻リリスの事にばかりかまける訳には行かない。

 だが……


 ――急変だと!


 サミールとて手足の長い砂漠の民だ。

 その敏捷性は草原の一族に後れを取るものではない。


 だが、そんなサミールを軽く引き離し、カリオンは階段を駆け上った。

 文字通りに階段を飛ばして上がって行くのだった。


「どうしたぁ!」


 けり破るようにドアを開け、リリスの部屋へと飛び込んだカリオン。

 だが、そこはまるで葬式会場の空気だった。


「王陛下」

「残念ですが、お后様は……」

「生きる力がもはや……在りませぬ」


 白薔薇のワンドを持つ3老婆は、リリスの傍らで膝を付いていた。

 それを取り囲むようにセンリとヴェタラが見つめていた。


「生きる力……とな」


 カリオンは搾り出すようにそう呟く。

 それを聞いた老婆たちは、フードの中で首を振った。


「魂それ自体が痛みはじめたのではないでしょうか」


 遠巻きに見ていたヴェタラはそう見立てた。

 リリスの身体からは鼓動の音が消え始めていた。


「いや、魂はまだあるんだよ。別の魂が」


 センリの目が血走っている。

 それに気が付いたカリオンは、センリが魂の本質を見ていると思った。


「どうにかしなければ完全に死んでしまう……」


 あの、何時も沈着冷静なウィルですらも狼狽している。

 そして、そのすぐそばに居るハクトは、大慌てで魔法陣を構築し始めた。


 だが……


「あのぉ…… 差し出がましいですが……」


 混乱する室内でおもむろにルフが切り出した。

 室内の耳目が一斉に集まる中、ルフは遠めにリリスを見つつ言った。


「姫様は死のうとしてるんじゃないですかね?」


 その一言は、カリオンの表情を変えるのに十分な威力があった。

 キレる寸前のところで自分自身を押し留めたが、カリオンは劇昂していた。


「なん……だと?」


 全身を刃物で切り刻まれるような殺気がルフに襲い掛かった。

 幾多の修羅場を経験したはずのトラだが、それでもルフは怖気付いた。


 ただ、言いだした以上は最後まで言わねばならぬ。

 ルフはグッと奥歯を噛み締め、丹田に気を集めて言った。


「姫様の魂が壊れ掛けてるなら、むしろ壊しちまったらどうでしょう?」


 カリオンの右手が腰に佩いたレイピアの柄に手を掛けた。

 だが、ルフはなお気合を入れ、カリオンへ向けて言葉を吐いた。


「魂の繋ぎ変えってのは、魂が壊れると自動で行われるんじゃねぇでしょうか?」


 ルフの言った言葉に、室内に居た誰もがハッとした表情を浮かべた。

 誰も気が付かなかった盲点かも知れないと、カリオンですらも思った。


「……続けよ」

「へい。あっしも思いつきなんですが……姫様は自分自身で壊れた魂を壊そうとしてるんじゃねぇでしょうか。そんで、最初の魂を壊し、二つ目の魂を呼び出そうとしている。だって――」


 ルフはセンリに目をやって言葉を続けた。

 ある意味で若さがあるからこそ出来る自由な発想だ。


 常識や経験に囚われず、柔軟で大胆な仮説を立て検証する闊達さ。

 それは年齢を積み重ねると同時に失われていく奔放さだった。


「――センリの姉御が言われるにゃ、姫様は魂を複数持ってるのが間違いねぇってこってすが、並みの人間にゃ一つしかありやせん。その魂が空っぽになったら死ぬんでしょうから、つまり魂そのものが壊れるってこってす。けど……」


 懇々と力を入れて説明するルフだが、それを遮るようにウィルは切り出した。


「そういえば不死鳥もそうだったな」


 何かを思い出したらしいウィルにハクトが『なんだ?』と返す。

 ウィルは遠くを見るようにして、記憶の糸を手繰った。


「師、尾頭の話した言葉ですが、この世界のどこかに不死の鳥が居るそうです」


 不死という言葉に『ほぉ』と反応を示したカリオン。

 ウィルは床へと目を落とし、揉み手をしながら言葉を手繰った。


「不死鳥は文字通りに死なない鳥で、その寿命が来た時には自然と灰の様に崩れ、その灰の中から新しい不死鳥が起き上がるのだそうです」


 ウィルの言葉に魔道師たちが目を輝かせた。

 生物はその宿命として死を免れぬのだから、むしろ死んで蘇る方が自然。

 不老不死ではなく転生すれば良いと言う考え方だ。


「で、その不死鳥とやらは……」


 話を続きを促したカリオンに対し、ウィルは幾度か首肯して言った。


「寿命を迎えた不死鳥は自然発火するように燃え上がり、自ら死んで滅びて灰となるのだそうです。で、その降り積もった灰の中から不死鳥は蘇り、新たに生きなおす仕組みになっている……と」


 それは転生の秘儀そのものであり、また門外不出な秘術中の秘術。

 尾頭の三賢者以外、誰一人として知る者の無い奇跡の技だ。


「それはもしや……転生の秘術か?」


 魔法の仕組みを理解し始めたカリオンは、ウィルの言葉の核心を見抜いた。

 魔法や魔術とはいえ、それらには必ず種と仕掛けがあるのだ。


 何も無いところから何かを為すのは、文字通りに神の御業以外ありえない。

 人が行なう事は、必ずこの世の通りにそって行われるのだ。


「流石ですね、陛下」


 観念したように首肯したウィルは、リリスに目をやってから溜息をこぼした。

 自らの正体を明らかにする事になるのだから、それもまた致し方ない。


「不死鳥の再生は、すなわち転生の秘術そのものです。身体の中に新たな魂を作り出し、そこへ魔素を貯めておいて自らに死ぬのです。ただし、この場合には新しい身体が同じものに成るとは限りません。ですから……」


 ウィルの言葉を聞いていたカリオンは細かく首肯した。

 話しは解ったと言わんばかりに……だ。


「その不死鳥がとやらが同じように再生するのは奇跡に近い事なのだな」

「えぇ、まさにその通りです。そして、それを可能にする魔術の研究こそが、私の追い求める魔法の研究そのものです」


 息を呑んで思案をめぐらせているカリオンは、不意にリリスを見た。

 その胸が上下する事は無く、鼓動は弱々しく途切れ途切れだ。


「リリス……」


 カリオンは愛する妻へと歩み寄った。

 そして、その胸に手を触れた。


「君はどうしたいんだ……教えておくれ」


 指先に伝わってくる鼓動は弱々しく、吸い込んだ息で膨らむ事も無い。

 だが……


「……ん?」


 カリオンはその僅かな変化に気が付いた。

 本当に僅かだがリリスの身体に変化があった。


「余の思い過ごしかも知れぬが、僅かに鼓動は強くなったやもしれぬ」


 カリオンは顔を上げてアグライアをよんだ。

 三老婆はリリスの身体を検め、首肯した。


「王陛下の言われるとおりです」

「危機は脱しました」

「ですが、やはり危険な状態であります」


 三老婆の言葉を聞いたハクトは、顔を上げてカリオンに言う。


「明日にでも再び時を巻き戻しましょう。数日だけ巻き戻し様子を見るのが宜しいかと存じます」


 危機を脱したリリスを中心に、魔導の使い手たちが胸をなでおろしていた。

 だが、その容態は如何ともしがたく、カリオンは落胆の色を隠さないでいる。


「みな、研究のほうもよろしく頼むぞ」


 僅かにホッとした様子のカリオンは、落ち着いた声でそう指示を出した。

 決断せねばならない事態が迫っているのを、ヒシヒシと感じているのだった。







 その晩。


「陛下」


 居室で寛いでいたカリオンは、不意の来客でガウンの前を合わせた。


「夜更けぞ?」


 柔らかな声で居室の戸を開けたカリオン。

 ドアの向こうに立っていたのはウィルとルフだった。


「遅くに失礼します。じつは、こちらをご覧ください」


 ルフが持って来たのは、小さなケージに入った兎だった。

 ただ、その様子がどこかおかしく、その動きは鼠そのものだ。


「これは?」


 確かめるように聞き返しつつ、部屋へと招き入れたカリオン。

 ウィルとルフはオズオズと王の居室へ入った。

 ガルディブルク城に来て半年以上が経過するルフだが、ここは初めてだ。


 居室の中にはイワオとコトリがやって来ていて、カリオンの話し合い手だった。

 ルフはそこに王の孤独を見たのだが、それを飲み込み、そっと切り出した。


「先ずはこれをご覧ください」


 ルフはそのケージへと手を突っ込み、その鼠のような兎を押さえた。

 そして、次の瞬間にはその巨大な手で、兎の首をへし折った。


「なっ……」


 何かを言おうとして言葉を飲み込んだカリオン。

 遠巻きに眺めていたイワオとコトリも言葉を飲み込んだ。

 だが……


「……なに!」


 驚きの声を上げたカリオンは、その様子をジッと見ていた。

 首を折られビクビクと震えていた兎は、ややあって立ち上がったのだ。


 何ごとも無かったかのように起き上がり、そしてケージの中を走った。

 兎の見上げるルフが相当恐ろしいのか、恐慌状態だった。


「どういう事だ?」

「試作していた魔法薬ですが、ようやくここまで来たんです」

「……ようやく?」


 首を捻ったカリオンに対し、ルフは胸を張って応えた。


「先に死んだのは鼠の魂です。で、今は兎になりました」


 そう言われれば、今は全く動きが違う状態だった。

 鼠ではなく兎として、ケージの中で駆けずり回っていた。


「これは……」

「魔法薬の効果として、鼠と兎のかさなりが生まれました」


 カリオンの疑問にそう説明したウィル。

 その言葉に笑みを浮かべたカリオンは、ルフの肩をポンと叩いた。


「そうか。良くやってくれた」


 カリオンは振り返り、コトリに対し『2人にワインを』と指示を出す。

 そして、再びその兎を見て言った。


「次は人で実験するようだな。さて……どうしたものか……」


 顎をさすりながら思案する姿は、未だにゼルそのものだ。

 そう思ったウィルは、恐る恐るな調子で言った。


「恐らくですが、ヒトの女とイヌの男の組み合わせでなければいけません」


 それが何を意味するのか、カリオンは嫌と言うほど痛感していた。

 つまり、母レイラと父カウリの間に生まれたリリスなのだ。

 同じ条件でなければ実験生物は生まれないはず……


「ならば、ヒトの女を囲っているイヌの男を捜すか」


 クククと笑いながらカリオンは言った。

 ただ、その実験はすなわち、死を招きかねないもの。

 いかな王とて、その実験は無慈悲に過ぎるはず……


「宜しいのですか?」


 ウィルは真正面からカリオンを見て問うた。

 その眼差しに、カリオンはウィルの真意を読み取った。


 あまりに無慈悲な実験を行なえば、それは人心の離反を招きかねない。

 太陽王が頭を下げ『頼む』と言えば、国内の誰だって反対はしないだろう。

 だが、決してよくは思わないはずだし、もっと言えばやめてくれと願うだろう。


「……だな」

「ご明察の通りです」


 それは、王の範疇を越えた命なのだ。

 場合によっては死んでしまう実験を行う為に子を成せ。

 それだけだって、もはや正気とは言いがたい事だった。


 魔法薬は形になったが実験を行なえない。

 カリオンはそこに、魔導家達が人里はなれた場所へと移り住む理由を知った。

 非合法の実験を自由に行い、望む結果を得る為に犠牲を積み重ねる為の手段。


「どうしたものか……」


 法を掲げる王自ら法を侵すわけには行かぬ。

 自らが発布した大憲章により、王ですら法の制約を受けるのだ。


「王陛下」


 唐突に切り出したイワオは、椅子から立ち上がるとカリオンの前に来た。

 不思議そうに見ているカリオンの前で、イワオは上着を脱いだ。


「僕を斬ってください」

「え?」


 イワオは思いつめたような表情になり、グッと奥歯をかんでから言った。

 決断を下した男の表情は、硬く強張っていた。


「殺すのを前提に痛めつけ、トドメを刺して殺してください」

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