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カミングアウト


 年の改まったガルディブルク城の中。

 冷え冷えとした空気を暖めようと、各所にある暖炉はどれも火が入っている。

 窓ガラスなど無い世界では、明かりを採りつつ外気を遮断するのは紙だけだ。


 建物の中はそれでも多少暖かく、温もりを求めて手の空いた者が右往左往する。

 だが、城の奥深くにある太陽王の私室には、暖炉など無くとも熱があった。

 リリス治療チームの魔導家達が集まり、真剣な討論を行っていたのだ。


 ――――何が悪いんだ?

 ――――魂が力を失っている

 ――――どうやって魂に力を付ける?

 ――――命の正体など未だ解明出来てない!


 ウィルを座長とする四人の魔導家達は、手持ち情報の乏しさにあえいでいる。

 リリスの病態を少しずつ分析し、対処療法と根治療法を模索していた。


 そんな彼らの脳裏に浮かぶのは、風の噂に聞く魔導家達の存在だ。

 人形作りに熱を上げていたヴェタラは、魔法使いでは無く魔術師。

 彼ら魔術師は自分の手柄をひけらかすように魔導書を書くことがある。


 活版印刷など無い世界なのだから、手書きで記された本の情報が全て。

 様々な手段で手元に来たその本を解読し、精読し、そして再現実験から始める。

 その段取りを辿ってきたヴェタラには、スカウトするべき人命が幾つかあった。


「この辺りなら、失敗しても取り返す手段を作れるんじゃ無いかと……」


 ヴェタラの上げた人命のいくつかにハクトは見覚えがあった。

 時と空間の専門家は、時間を巻き戻してしまう事ができる。

 そんな彼等の一門には、人の死を研究している者がいた。


「彼らを集められれば良いのだがな……」


 ボヤくように言ったハクトは、その幾人かの名前を前に溜息をこぼした。

 魔術師は魔法使いから追い出されるように独立し、やがて一本独古になる。

 魔法使いの流儀になじめず、結果よりも課程に重きを置く集団になるのだ。


 そんな魔術師達の膨大な経験と知識をこの三賢者は必要としていた。

 言い換えれば、失敗と落胆の経験や知識が欲しいのだ。


 『どうやったら出来るか?』


 では無く


 『何をしたらいけないのか?』


 これだけは、成功経験よりも失敗経験の方に価値が生まれてしまう。

 そして、往々にして言えるのだが、魔導家の多くはそれを隠す。

 成功した時にだけ手柄をひけらかす様に魔導書を書き記すのだ。


 失敗は奥深くに封印され、時にはそれを行った魔術師ごとこの世界から消える。

 その莫大な知識と経験と失敗の苦い記憶こそを、今まさに欲しがっていた。


「どうせなら全部いっぺんに集めちまおう」


 何を思ったのか、センリは唐突にそう提案した。

 センリなりの計算と勝算があっての提案なのだろうが、手順が浮かばない。


「どうやって?」


 僅かに棘を含んだ声音でハクトは問うた。

 現実問題として『出て来い』と言われ『はい』と出て来る連中ではない。


「賭けても良い。あいつらは来ない。来るわけがない」


 鼻で笑うような口を効いたハクトは、嫌な笑みを浮かべてセンリを見た。

 そんな表情に、センリが露骨に嫌な顔をした。


 ――そうか……


 この時点でカリオンは気がついた。

 基本的に、この3人は途轍もなく仲が悪いのだ……と。


 そして一切の遠慮がなく、また配慮も無かった。

 要するに、凄まじいまでの階級闘争を繰り広げているのだ。


 自分が一番上だと常に争っている状態。

 表現を変えれば権力闘争であり手柄争い。

 魔法使いの本能ともいえる部分だ。


 完全に植物状態になったリリスを助けようと争っている。

 いや、助けたのは自分なのだと名乗りを上げる為に、争っているのだ。


「来させりゃ良いんだろ?」


 吐き捨てるように言ったセンリは、不機嫌そうに腕を組んだ。

 怪訝な表情を浮かべハクトを睨みつけるのだが、当のハクトは涼しい顔だ。


「……何か秘策でも?」

「そんなのがあるならとっくにやってるさ」


 センリをからかったハクトだが、センリは遠慮無くそう言い放った。

 おそらくはここに至るまでも。世界の各所に分散していた時でも。

 この3人は争っていたのだろう。


 自分が一番である事を証明する為に、色々とやっていたはずだ。

 兄弟弟子であるはずの3人ですら、壮絶な闘争を繰り広げていたはずだ。


 ――そうか……


 そんな魔法使い達が自らの手元に集まった奇蹟。

 カリオンはそこにウィルのリリスへの思いを見た。


 そして、思わず胸が熱くなっていた。

 この僥倖を逃してはならぬと確信していた。











 ――――――――帝國歴340年1月7日 午前11時前

         ガルティブルク城 太陽王私室











「……余が命じよう」


 カリオンはそう切りだした。

 センリやハクトが『はぁ?』と抜けた声を漏らした。


 そもそも、この3人に限らず、魔法使いはプライドが高い。

 そして、魔法使いと魔術師は致命的に仲が悪い。


 だが、それを承知でセンリは全部集めようと提案していた。

 そうそう簡単にできることでは無いが、逆に言えば今がチャンスだ。


「重なりの研究について、思う所ある者は余の元へ集え。本物の重なりを見せてやる。重なりの研究について役に立つと思う者もこい。余が金銭を含めて総合的に支援する。それでどうだ?」


 正直に言えば、カリオンが見せられる飴玉などこの程度だ。

 魔術師なり魔法使いなりが損得勘定をしたとき、見合う対価はその程度だろう。

 だが、カリオン精一杯のその言葉は、センリとハクトの驚きを誘った。


「……実際、その衝撃は凄いな」


 大した事が無いと思っていたのはカリオンだけらしい。

 センリは小さな声で『良いのかい?』と呟いた。

 ハクトも呟くように『千載一遇とはこのことぞ』と漏らした。


 重なりと呼ばれる存在は、相当貴重なものだ。

 多くの魔法使いや魔術師や魔導に携わる者達は、文献だけで知識を得ている。


 魔道の始祖と呼ばれる存在。生ける賢者の石と称されたオズの作った魔法薬。

 それが生み出した存在をこの目で見られる。或いは、それの研究が出来る。

 そのインパクトは、門外漢には計り知れない威力だった。


「王は自らそれに当たられるのか?」


 ハクトはカリオンの意思を確認した。

 場合によってはリリスだけでなくカリオン自身が研究対象になりかねない事だ。

 そしてそれは、正当な存在としての太陽王を害するかも知れない。


 イヌの王にイヌでは無い別の生き物が就く。

 イヌならぬ、魔法で生み出されたバケモノが存在する事になる。

 それは、国民の反発を招き、国家の崩壊をもたらすかもしれない。


「アンタが思ってるほど簡単な事じゃないんだよ?」


 センリはきつい声音でそう言った。いったいどうするのだ?と。

 場合によっては、太陽王の正当性が問わかねない事態だ。

 だが、そんな空気をかき混ぜるようにウィルがボソリとこぼした。


「お嬢様の身体には力がつき始めましたな」


 リリスの眠るベッドサイドにあって、感動に打ち震える状態でそう呟いた。

 センリの手によって作られた巨大な魔方陣は、ハクトが改良を加えていた。

 城の直下に連なる龍脈を使い、やせ衰えたリリスの身体を再生させたのだ。


 自分自身の身体を消化しながら、辛うじて生きていたリリスだ。

 龍脈が集める膨大な魔力は、失ったその身体を強引に再生させていた。

 時間を巻き戻してしまう魔法により、失った肉体が再び生まれていたのだ。


「王よ。今が好機ですぞ。お嬢様は力を取り戻されている。今なら……」


 音もなく立ち上がったキツネのマダラは、丁寧にうす掛けを引き上げた。

 骨と皮ばかりになり、生きているのが不思議だったリリス。


 そんな彼女も今は、つい先程まで起きていたと言わんばかりの姿になった。

 若々しく艶やかな肌には、ほんのりと桜色の彩りがあった。


「あぁ……」


 カリオンもまたスッと立ち上がり、リリスの傍らへと腰を下ろした。

 帝后の傍らに座れるのは、間違いなく太陽王のみだ。


「妻の為だ。余は如何なる艱難辛苦も乗り越える」


 リリスの頬へ優しく手を沿え、カリオンはグッと奥歯を噛んだ。

 それはまるで、槍を構え突撃する騎兵の如しな表情だ。


「余は、太刀千本槍千本に匹敵する精強無双の騎兵を従える太陽王だ。だが、妻独りの為に何も出来ぬ愚かな夫でもある。妻の笑顔と平穏の為とあらば、如何なる泥も喜んで被ろうぞ」


 カリオンは素直な言葉を吐いて覚悟を示した。

 その姿勢と態度に、センリを含めた魔法使い達が感心していた。

 もちろん、魔術師であるヴェタラもだ。


「太陽王という存在は、みな一角の人材なのですね」


 ヴェタラの口から漏れた言葉な、率直な賞賛と感心だった。

 どこか不倶戴天の敵だと刺々しかった部分がある存在だ。

 だが今は、カリオンの姿に率直な賞賛を送っている。


「いずれにせよ、ここから先は政治の話です。若王陛下の手腕ですぞ」


 ウィルはリリスの脇に控え、カリオンをジッと見ていた。

 遠い日、シウニノンチュで見た利発な少年は、いつの間にか良い男になった。

 そして今、その男は運命を打ち据える勢いで事に当たろうとしている。


「あぁ、そうだな」


 もう一度リリスの頬に手を添え、そしてスッと立ち上がった。

 その双眸には強い意志の炎が宿り、その姿には覚悟が滲んだ。


「いずれにせよ、妻の容体の安定を頼む。あとは余が頭を下げようぞ」


 カリオンは覚悟を決め、『ここを頼む』と私室をでた。

 プライベートエリアを脱し、城の中の公的エリアへと進む。


 ――――王よ!

 ――――我が王よ!

 ――――帝后陛下は如何なるご容体でありましょうや


 城詰めの文官や完了が次々と声を掛けていく。

 そんな中を颯爽と歩いたカリオンは、太陽王執務室へと足を運んだ。


 リリスが昏睡に陥って早くも二ヶ月弱。

 その間にここへと入ったのは数えるほどだった。


「よろしいのですか?」


 一切の主語や前置きを省略し、ウォークはカリオンに尋ねた。

 そこには余計な言葉や駆け引きなど存在しない、純粋な信頼関係があった。


「あぁ。実はな……」


 カリオンもカリオンで、唐突に本題を切り出した。

 難しい問題なのは重々承知している。だからこそ……だ。


「……魔法使いや魔術師への支援を求める勅書を出す。ル・ガル国内に居を構える全ての魔導家に対し、妻の治療の支援を求める」


 一方的に切り出したカリオンに対し『はっ?』と抜けた声を漏らしたウォーク。

 ただ、それも折り込み済みだったカリオンは『出来るだろ?』と言った。


「気は確かですか?」

「余の気が触れたとでも言うのか?」

「いえ、そうでは無く……」


 ウォークはふと、カリオンの姿勢に疑念を持った。

 リリスに掛かりきりで、国政案件大半をウォークに任せていたカリオン。

 ある意味で仕事を放棄していたと言えるが、実際はさほど問題では無い。


 カリオンの決済が必要な案件は、実際問題としてそれほど多くは無いのだ。

 報告書に目を通し、手短に指示を出せば良い。ル・ガルはそれで動く国家だ。


 だが、この案件ははっきり言えばウォークの掌中から溢れる自体と言える。

 ただ単に原稿を書き、カリオンがサインを入れて公布すれば済む話ではない。


「……恐れながら陛下。どうか一度お立ち止まり下さい」


 ウォークは冷静な言でカリオンを諌めた。

 余りに性急な流れは、魔法使いに誑かされたかとウォークは危惧した。


 そもそも、カリオン王とは熟考に熟考を重ねる人だった。

 思いつきや打算的な振る舞いをしないタイプだ。

 慎重で思慮深く、何よりも石橋を叩いて渡るタイプだ。


 騎兵の精神を忘れてることはなく、時には強く前進する事も選ぶ。

 だが、その根底にあるのは確実さを尊ぶ精神だった筈……


「……妻はいつ事切れるか分からぬ。性急なのは余も承知の上だ」


 ウォークの赤心を知るからこそ、カリオンはその疑念の解消に勤めた。

 この男は自らの全てを掛けてでも自分を止めるだろうと、そんな確信があった。


「その為のエサも用意してある。ウィルをはじめとする魔法使い達にも通用する」


 カリオンはある意味で出任せに近い事を言う。

 今はとにかくウォークを安心させるのが先決なのだ。

 だが、ウォークは尚も食い下がった。


「陛下のお側に居る魔導に携わる者を信用せぬ訳ではありませぬ。ただ、我が国の成り立ちに影を落とすのは、いつもいつも……それに陛下とて、我が国をかつて焼き払った事件の――


 食い下がって言葉を続けるウォーク。

 その言葉を手で制したカリオンは、ウォーク以外を部屋から退出させた。

 ウォークが何を言いたいのかは十分に承知していた。


 だからこそ、カリオンは近習までも控え室に下げさえた。

 室に残るのはウォークのみ。文字通りサシの勝負だ。


「ウォーク。帯剣しておるな?」

「もちろんです」

「ならば……」


 カリオンはウォークを手招きし、外からは見えない奥の小部屋へと進んだ。

 そして、小部屋の戸には閂を掛け、外からは入れない状態にしてしまった。


「実は…… 余はそなたに隠していた事がある」

「そうなんですか? で、それは?」

「見ればわかる」


 ニヤリと笑ったカリオンは、その場で上着を脱ぎ捨てた。

 鍛え上げられた体毛の殆どない上半身が露わとなり、ウォークは困った。

 いわゆる、目のやり場に困ると言う状態だが、カリオンは遠慮していなかった。


 そして……


「驚くなよ?」


 その言葉をはき、一つ息を吐いたカリオンはグッと身体に力を入れた。

 一瞬だけ身体中の筋肉が盛り上がった様に見えたウォーク。

 だが、そんなカリオンはウォークの目の前で変身してしまった。


「あっ…… ばっ! ばかな! 化け物!」


 その姿に驚き、後ずさって腰を抜かしたウォーク。

 変身を終えたカリオンは、巨大なワーウルフの姿になって笑った。


「どうしたどうした! 世界を統べる太陽王の側近がそれで勤まるか」

「へっ! 陛下?」


 ワーウルフは低く轟く様な声で笑った。

 余りに情けない姿を晒したウォークを、遠慮無く笑った。


 そして、ウォークに両手を見せ、その手を開いたり閉じたりさせつつしていた。

 並の人間の手が三つか四つは軽く収まるサイズにまで大きくなっているのだ。


「余は……」


 ひとつ息をついて心を落ち着かせたカリオン。

 ややあって今度は、スルスルと体を縮めて元の姿に戻った。

 全身を覆っていたグレーの体毛がスッと消え去り、元のマダラの姿になった。


 ただ、ウォークはまだこの事実を上手く消化出来ないでいる。

 余りに衝撃的な光景に、ウォークの心が一時的な麻痺を起こした。


「余は、呪われた出自の存在だ」


 カリオンは遂にカミングアウトを始めた。

 それは、今まで親族以外の誰にも言ったことが無い言葉だ。


「王よ…… あなたは……」


 ウォークは言葉を失ってカリオンを見ていた。

 上半身裸の姿には、先ほど見たグレーの毛並みがどこにもなかった。


「余は…… この国を継ぐ為だけに魔法薬で産み出された、呪われた存在だ」


 カリオンは飄々とした様子で、なんら悪びれる事無く言った。

 その言葉を聞いたウォークは絶句しつつも、カリオンをジッと見ていた。


「驚いたか?」

「当たり前です」

「……そうだよな」


 カリオンもまた表情を失ってウォークを見た。

 そして、辛そうなため息をこぼし、項垂れた。


「妻もまた同じ存在だ。もっとも、妻はまた特別な理由があるのだが……」


 悲痛そうに再び溜息をこぼし、カリオンは顔を上げた。

 そこには、罪を犯し罰に震える罪人のような姿があった。


 部下を謀り、国民を騙し、そして、無償の信頼を寄せる側近まで裏切った事実。

 その罪深さに太陽王であるカリオン自身が苦しんでいる。


 ウォークは全く無私の心でそう考えた。

 そして、怒るでも嘆くでもなく、ただただ単純に、シンプルに。

 いま現状の問題を解決するべく、策を考えるべきだと思った。


「……陛下の真相はまたいずれ伺います。それより今は詔について考えましょう」


 ウォークは前向きな言葉でカリオンに前進を促した。

 その言葉を聞いたカリオンは、率直に驚いた。


「良いのか?」


 カリオンの表情が怪訝に歪んだ。

 簡単にスルーしてしまってはいけない問題だと思ったのだ。だが……


「……何がですか?」


 ウォークはあくまで問題解決のスタンスだった。

 そして、なんら訝しがる事無く、カリオンに善処を促す姿勢だ。


「いや、だから、余はイヌではないのかもしれぬ」

「え?」


 裏返ったような声で驚いたウォークは、しばらく思案してから言った。

 全く臆すること無く、率直な物言いで……だ。


「私の支えるべき存在は、太陽王その人です。例え王がイヌならぬ存在であっても、王であれば私の主です」

「……ウォーク」

「イヌを滅ぼす悪ならば、この身を捨てて抵抗しましょうぞ。されど……」


 ウォークは大きく頬を上げ、犬歯を剥き出しにするようにして笑った。

 まだどこか童顔の残るウォークだ。その笑みは何よりの説得力だった。


「私の主はただ一人です。御身を危険にさらしてまで国家のために尽くし、長年の懸案事項を次々と改善していく王、ただ一人です」

「そうか。すまぬな」


 カリオンの思わぬカミングアウトに驚いたウォーク。

 だが、ウォークは逆に言い様のしれぬ感動を得ていた。


 王は何の隠し事もせず、全てを自分に見せてくれている。

 その事実に震えたのだ。そして……


「わが主、太陽王その人と、その帝后陛下の為に……」


 カリオンの辛楚を分かち合って進むことを決断した。

 信じた相手にはとことん尽くす。それは、イヌの美学そのものだった。


「で、ふと、まぁ思いつきなんですが」


 ウォークは何かを思い付いたようにブツブツと呟き始めた。

 その間にカリオンは衣服を整え、いつもの様に威厳ある姿を取り戻した。


「魔法使いとの関係改善を図るなら、先ずは国内法の整備を推進されては?」


 ウォークの提案を聞きつつ、カリオンは閂を抜いて執務室の中央へと来た。

 そして、事務机の引き出しから奇麗に整えられたル・ガルの法典を取り出した。


 そもそも、ル・ガルには体系だった成文憲法は存在しない。

 始祖帝ノーリの代から続く太陽王の勅旨や裁定。

 そして国を割るような問題事を歴代の太陽王が裁定した事例。

 そう言った過去の事例判例を積み上げた非成文憲法でしかない。


「王はフレミナとの関係を整理され安定化されました。しかし、フレミナ王の立場や、その持てる権利などは全く定められていません。ですから……」


 カリオンはこの時点でウォークの言いたい事を理解した。

 幾度も首肯し、そして書類用紙を取り出すとペンを走らせた。


「親愛なるル・ガル市民の諸君らに、余は以下の案件を提案する――


 カリオンはペンを走らせながら文言を練った。

 それは、この世界に文明らしい文明が開闢していらいの画期的なことだ。


「一つ。太陽王の持つ権限と裁定は、国民の理解の元に成り立つ」

「良いと思います」


 ウォークの言葉を聞き、カリオンは笑みを浮かべた。

 長年思っていた事が、やっと形になりそうだと安堵していた。


「一つ。この国は太陽王の裁定と認可とをもって国民の意思を推進する」

「……なるほど。名言ですね」


 主役は国民である。故に、国民が最後の責任を負え。

 極々当たり前の話ではあるが、立憲君主制の成り立ちが明記された。


「一つ。太陽王はその裁定を持って国民を一方的に処罰する事を禁ずる」

「……安心する者も多いでしょう」


 王の専横を防ぐ事。良王である事を誇りとしてきた歴代太陽王と同じ。

 国民を守り導く存在として、太陽王ですらも一つの機関に過ぎぬと明記した。


「一つ。太陽王は異なる王を戴く国民を一方的に処罰出来ない」

「……フレミナ王ですね」

「一つ。太陽王は自らを認める国民を保護し導く義務を負う」

「……意図が伝わればよいのですが」


 ウォークは僅かに表情を曇らせた。

 カリオンはペンを止め、あれこれと思考を巡らせ始めた。


「先ずは提案し、その上で国民の声を聞こう。その中で……」

「そうですね。国内の魔法使い達にも意見を求める形にすれば」


 視線を交わし、首肯しあった2人は、再び紙面へと目を落とした。

 カリオンは黙ってペンを走らせ、再び文言が刻まれた。


「一つ。国民は自らの幸福と繁栄を求める権利を持つ」

「一つ。国民は自らの権利を得る為に義務を果たす責任を負う」

「一つ。国民は如何なる専横階級からも奴隷とされる事はない」


 3行を一度に書いたカリオンはウォークを見た。

 そのウォークはカリオンが書き記した文言に震えていた。


「これは…… つまり」

「そうだな」


 ポイッとペンを離し、椅子の背もたれへと背中を預けたカリオン。

 ウォークはカリオンの書き記した文章を眺めつつ、感心したように呟く。


「……念願だった、ヒトの開放宣言ですね」

「あぁ。その通りだ」

「そして、これは山窩や穢多をも国民とする為の…… 根拠」


 ウォークの正確な分析と理解に、カリオンは首肯を返していた。

 父ゼルのフリをし続けたヒトの男への感謝。

 妻リリスの母であったヒトの女への義理と真心。


 そして、声にこそしないものの、それは父から預かった存在への布石。

 理沙の身をどうするか…… それもまたカリオンの脳裏をよぎっていた。


「何より――『魔法使いを引っ張り出す為の方便ですね』


 ウォークの言葉にカリオンは腕を組んで頷いた。

 その姿は余りに威風堂々としていて、ウォークは思わず背筋を伸ばした。


「陛下。先ずは枢密院に話を通しましょう」

「そうだな。老人倶楽部に盾の役を担ってもらおう」


 何とも底意地の悪い事を呟き、カリオンは事務机の上の鈴を鳴らした。

 ややあって近習の事務方が部屋にやってきて、指示を待った。


「本日夕刻より余の夕食の席で相談したい事がある。可能であれば登城せよと枢密院議員に連絡せよ」


 ――畏まりました


 慇懃に頭を下げ部屋を出て行った事務方の背を見送り、カリオンは天井を見た。

 そして、小さな声で漏らした。


「ここからが本当の勝負だな」



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