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もう一つの目標


 年の瀬を迎えた王都ガルディブルク。

 太陽暦を使っているル・ガルでは、冬至が大晦日になる暦となっている。

 短い冬の日を有効活用するべく、市民はこぞって商店街へと繰り出していた。


 日照時間の短さは、概念として太陽の弱体化を意味する。

 魔を払い、明々と闇を照らす太陽が力を失うのだ。


 それ故、市民はヒイラギを買い求め戸口へとそれを飾り魔を払う。

 或いは暖炉へ薪を積み上げ、夜の闇を照らす材料を揃える。

 そうすることにより、太陽の負担を減らし、力が再生するように祈るのだ。


「おぉ! 結構結構! 素晴らしいね!」


 この日、所領から王都を訪れていたダグラス卿は、大手門の前で足を止めた。

 大手門の要石には、巨大なヒイラギのリースが飾られていた。

 城へと入り込む魔を払うべく、城下の職人が丹精したのだろう。


「王都はやはり栄えておるな。やはりル・ガルの王都はこうで無ければ」


 ダグラス卿と並んで歩いていたセオドア卿もまた満足げだ。

 そして、ふたりが目を送った先は、城下の広場に積み上げられた薪の山。

 力の弱まった太陽を応援するべく、市民は自主的にそれを行ったのだろう。


「年越し前に初雪だからのぉ」

「これも不吉な事じゃて」


 老いて尚ますます盛んな二人の騎兵は、城下の家並みを見回した。

 どの家にも綿のような雪帽子を被っていて、街の花壇も白くなっている。


 この日、王都は例年よりも早く初雪を迎えていた。

 市民の間に伝わる話として、年越し前の初雪は不吉な兆候なのだ。

 太陽が弱まっているから、北風を呼ぶ冬将軍の到来を防げない。

 そしてそれは、北の巨星であるフレミナと対抗してきた太陽王を暗喩している。


 北からやって来る冬将軍と対峙するのは、太陽の地上代行者なのだ。

 その大元である太陽が弱まることは、フレミナの侵入を意味する。


「私は既にここに居るというのに……」


 ダグラス卿とセオドア卿の背後。

 黒い毛並みに民族色豊かな正装で歩いているのは、フレミナ王オクルカだった。

 既にフレミナ王が王都へと入っているのは、太陽王が弱まっているから。


 そんな冗談が市民の間に広まっているが、実際は誰もが笑っていた。

 あっという間にフレミナとの関係を改善した王の手腕を信頼しているからだ。


「まぁ、市民の伝統みたいな物ですよ」


 オクルカをエスコートするのは、現スペンサー家当主、ドレイクだ。

 北の地を所領としていたスペンサー家は、再び中央平原に舞い戻っていた。

 そして、北府時代からの繋がりで、フレミナとのパイプ役を買って出ていた。


「王都はいつでも新年を迎えられるな」


 一向に続き大手門を潜ったジダーノフ家の前党首セルゲイもまた上機嫌だ。

 寒さに強い一族と言う事で、初雪に埋まる王都の寒さを物ともせずにいる。


 そんな彼が話を振ったのは、南方系種族であるアッバース家の男だ。

 常に灼熱となる地域出身のアサドだが、夜の砂漠は深々と冷えるもの。

 しっかりと外套を纏っているが、その前は空いていた。


「さすがに王都の職人は腕が良い」


 腕を組み、リースを見上げるアサドは、その青々とした葉の質感に目を細めた。

 岩と砂に覆われ常に殺風景な環境で暮らしてきた一族は、緑を愛する。

 それは、遠い日に砂漠を生活の場としていた彼らに残る本能だ。


「まぁ、先を急ぎましょう。太陽王のご意志を確かめねば」

「そうですわ。この年末に来て私たちを召集したのですからね」


 一行の最後尾に居たボルボンの夫婦は、足を止めた者達を押し出した。

 それぞれの所領で新年の仕度をしていた老人倶楽部の面々が集まっていた。


 通常、太陽王の召集する議会は年に2回。

 春と秋の通常議会は議員である貴族や平民の全てが召集される。


 だが、この忙しい年末にガルディブルク城へと参内したのは、公爵家ばかりだ。

 その面々が帝國老人倶楽部である以上、その中身は相当難しい問題の筈。


「今更だが……」

「あぁ。若王の懊悩だろうな」


 ダグラス卿もセオドア卿も、深い溜息と共にそんな言葉を吐いた。

 今だ齢50の若者とはいえど、彼は立派に王の役目を果たしている。

 だが、それでもやはり、未だ100にもならぬ若者なのだ。


 カリオン王は乏しい情報の中から最善の策を選び、それを実行する義務を負う。

 ただ、その判断をする上で本人の手から事態が溢れてしまうこともある。


「若王は聡明だ。フレミナとの関係もあっという間に改善された」


 アサドがそう呟けば、オクルカは満面の笑みで首肯する。

 そして、それにセルゲイが続けた。


「きっと今回もその類いの問題だろう。王は懸案事項を次々と解決してしまう」


 カリオンを讃える言葉が幾つも漏れ、その都度に皆が首肯している。

 それほどの実績を積み上げている若き王は、ここに来て皆を召集したのだ。


 難しい問題である事は論を待たない。

 判断を付ける上で、アドバイスや対論を得たいのだろう。


 皆が足早に登城して行く先、城の大玄関には一人の女性が立っていた。

 カリオンの母エイラが待っていたのだ。幾人かの護衛と付き人を連れていた。


「おぉ! これはこれはエイラ殿。ご機嫌麗しゅう」


 最初に騎士の例を送ったのはセオドア卿だった。

 続いてボルボンの主であるジャンヌが皆を追い越してエイラの前に来た。


「久しぶりね」

「そうね。おかげさまでね」


 百近くも年の差がある二人だが、難しい立場に立つ女同士で通じ合っている。

 背負う物の重さに音を上げそうにもなるのだが、それでも必死に立っている。


 そんな二人は目で会話していた。

 難しい問題である事はすぐにわかった。


「……大変そうね」

「えぇ。でも、好機かも知れないと、あの子が……」


 太陽王を『あの子』呼ばわり出来るのはエイラだけだ。

 幾つもの難しい問題を背負ったまま、泰然と振る舞う難しさは全員承知の上だ。

 若き王の懊悩に皆が思いを馳せていた時、カリオンが姿を現した。


 威厳を感じさせる豪華な衣装を纏い、幾人もの近衛兵を侍らせている。

 そして、皆の視線が集まっている事を確認し、そっと口を開いた。


「諸君。雪の中をご苦労。忙しい年の瀬に申し訳無いな」











 ――――――――帝國歴340年1月7日 午前11時前

         ガルティブルク城 太陽王公室











 皆を引き連れ太陽王の公室へと進んだカリオン。

 全員がソファーへと腰を下ろす中、近習の手により外套を脱いで楽な姿だ。


「さて、酷い天候なので手短に澄まそう。諸君らにも色々と予定があることだろうし、所領に戻らねばなるまい」


 結集した面々を前に、カリオンは率直な言葉で全員を労った。

 太陽王自らが全員を出迎えれ謝意を述べたのだ。皆は文句を言う筈もない。


 王は自らの振る舞いに責任を持って対応している。

 その事実が全員の心に暖かな火を灯していた。


 ただ、王の勅命による枢密院議会は基本的に非公開となる秘密会議だ。

 そして、これは勅命による会議である以上、完全非公開が鉄則になる。


 過去にはノーリの時代に2度、そしてシュサの時代に3度行われただけ。

 極度に官僚主義の発達したル・ガルだが、一切の議事録を残さない会議なのだ。


 ――――相当難しい問題なはず……


 全員がそれを覚悟しての集結だった。皆一様に表情は硬く、張り詰めている。

 だが、そんな閣僚を前にしたカリオンの顔は、皆が驚く程に憔悴していた。

 まだ若く体力もある筈の存在だが、その背などはまるで死を待つ老人だった。


「余の手にあまってしまう問題だ。諸賢らの知恵を借りたい」


 カリオンは単刀直入にそう言った。

 そして、そのまま沈黙してしまった。


「王よ。我らは王の手足であり先達の杖ぞ」

「然様だ。我らの知識と経験は王の為にある」


 ダグラス卿とセオドア卿は、揃って渋い声音で言った。

 王を輔弼する帝國老人倶楽部の面々は、黙って首肯した。


「ならば……」


 カリオンは、全員を手招きして城の奥へと進んだ。

 基本的には王のプライベートゾーンゆえ、閣僚とは言え立ち入れない場所だ。


 だが、カリオンは何ら逡巡する事無く全員を招き入れた。

 厚い緞帳で隔てられた廊下を進み、衛士の横をすり抜けて奥へと進む。

 そこは、恐らく閣僚の誰も入った事が無いエリアへと繋がっていた。


「ここまで入ったのは初めてだ」


 現状のスペンサー公爵であるドレイク卿は、新鮮に驚いていた。

 このエリアに立ち入れるのは、王の家族と王が認めた者のみ。

 公爵家の当主とは言え、許し無くば足を踏み入れられない場所だった。


 ――――それだけ切羽詰まっている……


 誰もがそう思った。

 カリオンの背中には、そんな懊悩が滲み出ていた。


 ――――王よ……


 誰もがそんな事を思い始めた時、廊下のどん詰まりでカリオンは立ち止まった。

 4人の衛士が立つ扉の前でゆっくりと振り返り、閣僚一人一人に目を走らせた。


「ここから先で見たものは、一切秘密にして欲しい」


 王は命では無く願いと言う形で皆に言葉を掛けた。

 それだけでも既にただ事では無いと全員が確信する。


 だが、その扉をそっと開けて中に入った時、全員が言葉を失った。

 王の私室へと続く扉を越え、その中に一歩入った時、王の懊悩を知ったのだ。


「……目を覚まさぬのだ」


 小さな声で言ったカリオンは、ガックリと肩を落とした。

 そこには大きなベッドの上で眠っているリリスが居た。


 やせ衰えて横たわる彼女は、既に3週間も眠り続けていた。

 点滴などの栄養補給手段が無いのだから、もはやどうしようも無い。


 カリオンはリリスの手をそっと取り、脈を診た。

 弱々しい脈が続いていて、カリオンは力無く首を振った。


「医師は…… 打つ手無しと匙を投げた」


 城の御殿医はリリスの症状について、打つ手無しを告げてしまった。

 何をしても起きないのだから、手の施しようがないと言うのが本音だ。


 医療技術がまだまだ未発達な世界では、人間の持つ回復力が全て。

 それを越える怪我や病気は、天命と割り切るしかなかった。


「長年、余の師であった魔法使いは、これを呪いと言った」


 カリオンは突然カミングアウトを始めた。

 少なくとも、騎兵や歩兵と言った兵科の者達は魔法を嫌う。

 弓や剣や槍を構え、馬を駆って戦う者達の対極に存在するものだからだ。


「王は…… 魔法の心得があるのですか?」


 ただ一人、現役の公爵家当主であるドレイクは、控えめな声でそう言った。

 少なくとも、太陽王が魔法使いであると言う話は初耳だった。


 ウィルが魔法使いである事は皆承知しているし、今まで何度もそれを見ていた。

 だが、カリオン王が魔法使いであるとは聞いた事も見た事も無い。

 つまり、腹心の部下にも隠し事をしていた事になる……


「余は魔法など使えんさ。ただ、そう言う物があるという知識だ」


 苦笑いを浮かべたカリオンは、悲しそうに笑った。

 そして、しばしの沈黙を続けた後、静かに切り出した。


「余が魔法を使えるなら、それで、妻を助けたいし、それをしていただろう。だが、余にその能力は無いのだ…… 故に、魔法使い達の力を借りようと思っている」


 カリオンの切り出した言葉に、全員が思わず絶句した。

 現状のル・ガルにおいては、国家と魔法使い達が致命的に険悪な関係だ。

 そしてそれは、少なくとも改善の見込みが全く無い案件だった。


 始祖帝ノーリと次帝トゥリの政策により、魔法使い達は滅亡寸前まで行った。

 その恨みは間違い無く凄まじい物で、その腹いせに国が半分焼き払われている。


「冗談……では、ないのですな?」


 念を押して確かめる様にフレミナの主オクルカは言った。

 フレミナサイドから見ても、魔法使い達との関係改善は急務だからだ。


 フレミナ側は過去幾度も大陸の魔法使いと連係を試みていた。

 栄えるル・ガルと対抗する為、少々不利な条件でも陣営に引き込みたかったのだ。


 だが、魔法使いはそれにもなびかなかった。

 ル・ガルへ抵抗する為、連係し事に当たれと言っても聞く耳を持たなかった。

 そして『余計なお世話』だの『命令するな』だのと突っぱねたのだ。


 魔法使いは何よりも自由な生き方と自由な研究を求める自由人。

 その存在を何らかの形で束縛する方が難しいと、オクルカも心得ていた。


「妻は全く目を覚まさぬ――」


 懊悩をこぼすようにカリオンは呟いた。

 ベッドサイドに膝を付き、愛妻の手を取って自らの頬へと宛てた。


「――容体は一進一退を繰り返し、全く安定を見ないでいる。かつては昏睡状態に陥った翌朝に、ケロッと目覚めたりもしたのだ。余の側近である魔法使いは、これを魂の異常だと言った。だが、魂の研究など医師には出来ぬ相談だ」


 センリの見立てでは、失った魂の分だけ体力が落ちているらしい。

 その関係で、体力的に全く不安定な状態になってしまっているようだ。


 そして時には、完全に意識を失ってしまう事もあった。

 複数所持している魂の1つが抜けようとしている……と、ウィルは見立てた。


「なるほど…… これは確かに、医師達には手出しの出来ぬ案件ですな」


 フェリペの目がリリスに注がれた。

 最も古く、そして常に新しいイヌの貴族の血を持つ男だ。

 カリオンとリリスが迎えている試練の正体を正確に見抜いていた。


「これは神の摂理の領域ですね」


 ジャンヌは透明感のある声でそう言った。

 生きるか死ぬかといった部分の問題は、畢竟、人の手に余る物だ。


「余の師である魔法使いは、余にこう提案した。魔法使いだけで無く、魔術師の研究結果をル・ガルに集めようとな。魔導を体系的に整備し、その仕組みを研究して行けば、魂の研究にも必ず絡む……と」


 カリオンの言葉を聞いていた枢密院の面々は、その懊悩の正体を理解した。

 つまり、魔法使いを取り込む算段をせよ。魔術師を集めよという物だ。


 ただ、老人達にも魔術師と魔法使いの違いがよくわかっていない。

 言葉の違い以上に中身が違う事を理解しては居なかった。

 そして、もう一つ……


「では、その魔術師…… 魔法使い達を集める算段についてですが」


 現スペンサー家当主であるドレイク・スペンサーは、そっと切り出した。

 その中身がよくわかってない以上、そこから考えるようだとは思っていた。

 だが、それに対するカリオンの回答は、全員の度肝を抜いた。


「あぁ。それについては必要ない。彼ら魔法使いは、既に主だった所を集めてあるし、彼らの育てた弟子である魔術師も、幾人かは既に城へ向かっている」


 ――ハァ?


 全員がポカンと口を開けて呆然としている。

 意味が解らないと、カリオンをジッと見ていた。


「すまぬ。余も動転しているようだ。順を追って言わねばならないのだが、少々混乱している」


 力無く項垂れたカリオンは、首を振って内心をこぼした。

 物の順序が違ってしまったことは、率直に詫びるしか無い。


 こう言う部分での素直さと謙虚さは、若王の美点だった。

 例えその全てが、全部承知で行われたものだったとしても……だ。


「この年末に来て、余の師である魔法使いは、その兄弟弟子を余に紹介した。余はその者達の助力を借り、この世界に名を轟かす高名な魔法使いを召集せしむる事に成功した。いま、この城の中にはこの世界を7度は焼滅ぼせる魔法使いが集まっている。100万の騎兵を揃えても太刀打ち出来ぬ存在だ」


 カリオンの言うとおり、ウィルと匹敵する魔法使いが城にいるのは事実だ。

 ハクトとセンリが太陽王の元へ来たと言うのは、大きなインパクトだった。


 魔導の始祖と呼ばれた者の直接の弟子3人がカリオンの手の中にある。

 そして、そのセンリが呼んだのは命と魂の大家であるヴェタラ。

 魔術師の中でも高名な存在までもが太陽王の元へと馳せ参じていた。


 それは、多くの魔術師や魔法使いたちにとって特別な意味を持っていた。

 センリの龍脈によって、多くの魔導家達が城に向かっていた。


「やがてこの城へ多くの魔法使いと魔術師とが集まるだろう。余は彼等に妻を見せようと思う。そして、彼らの研究結果を一同に集め、この世界がより良くなるようにしようと思うのだ」


 僅かに顔を上げて枢密院の面々を見たカリオン。

 帝國老人倶楽部の面々は、黙って太陽王を見つめていた。


「……いやはや、太陽王もお人が悪い」


 苦笑しつつ、最初に口を開いたのはフェリペだった。

 その表情には拭いきれない不快感が滲んでいる。

 だが、それと同時に『やむを得ない』と達観する様子も混じっていた。


「お后様の事とあらば…… 止むを得まい…… なぁ」


 砂漠の民であったアッバッースの男はそんな言葉でセオドア卿に同意を求めた。

 かつての魔法使いによる一撃で、所領のほぼ全てを焼き払われたレオン家。

 その一族に蟠る魔法使いへの恨み辛みは大きいものがある。


「……個人的には面白くないのでは無く、不快と言っていい事だ。だが……」


 椅子へ腰かけていたセオドア卿は静かに立ち上がり、リリスの傍らへと来た。

 そして、両の膝をつきリリスの手を取ると、自らの頭に当てた。


「帝后さま。どうか……どうか早くお目覚めになられませい。若き王は憔悴されておりますぞ。この老い耄れの願いをお聞きたもうせ……」


 若き王と同じく、この若き后もまた老人倶楽部の面々には可愛い存在だ。

 孫娘にも近いともなれば、爺集団には目の中に入れても痛くないと言いきれる。


 背負った責任に負けぬよう必死に振る舞う様は、かわいい娘の楽しい姿。

 若王がこれを助けたいと言うなら、年寄りとしては力を貸さざるを得ない。


「カリオン王の辛抱遠慮には、本当に驚かされますね」


 ジャンヌは不快感を滲ませぬよう、務めて冷静を装ってそう言った。

 レオン家の面々と同じく、ジャンヌもまた魔法使いには良からぬ感情がある。


 だが、いつまで経っても敵対し続けているのは不毛の極み。

 なにより、いつその寝首を掻かれるかと言う恐怖の解消は重要だ。


「その気になれば、魔法使いは世界の裏側からでも特定の対象を殺せるそうだ」


 恐ろしい事をポツリと漏らしたダグラス卿は、忸怩たる思いを表情に漏らした。

 どうやったところで、騎兵は魔法使いには勝てない。それが真実だ。


 それ故、ル・ガルの国家権力は本当に恐ろしい手を使っていた。

 魔法使いの命を絶つために使った手は、干殺しだった。

 水も食料も絶ち、手痛いダメージを受けぬよう分散し、休まず攻め続けた。


 餓え渇き、それでも抵抗する為に魔力を使い続けた魔法使いたち。

 その多くが死を迎えたとき、若き存在であっても老人の如しと報告されていた。

 だからこそ、老人倶楽部の面々は危惧していたのだ……


「……彼らは我等を赦すだろうか」


 ジダーノフの男は、悲痛そうにそう呟いた。

 寒冷地における干殺しは火の気絶ちに繋がっている。


 餓え渇き、寒さによって眠るように死んで行った魔法使いをセルゲイは見た。

 そのどれもが、穏やかな表情で凍り付いていた。


「それは…… これから次第だろうな」


 カリオンは項垂れていた顔を上げ、立ち上がって全員に移動を促した。

 王の意思に従い、皆が王の私室を後にする。


 ガルディブルク城は広く大きく、余裕のある造りになっている巨城だ。

 その中を歩き、王のプライベートエリアにある大食堂へと向かったカリオン。

 皆を引き連れ歩くその姿には、威風堂々と言う言葉が良く似合った。


「さて、早速だが話を進める」


 王の家族向けな大食堂へと一歩入った一向は、その時点で息を呑んだ。

 その室内にはあのウィルと言うキツネの魔法使い以外にネコとウサギが居た。


 そして、そのどれもが倣岸な表情で老人倶楽部を見ていた。

 幾多の戦場を駆け抜けてきた老練な騎兵たちも、その毛並みの下を粟立たせた。

 そこに居た魔法使いのどれもが、とんでもない存在だと気がついたからだ。


「センリ。そなたが言うとおり。この国の中枢を召集したぞ」


 魔法使いたちが待っていた部屋の中へとカリオンは飛び込んだ。

 そして、ネコの女をはじめとする魔法使い達の耳目を自らに集めた。


「……本当にやるとは思わなかったよ」


 センリもあきれ顔で面々を眺めた。

 だが、その反対に居るル・ガルの中枢は、そのどれもが顔を引きつらせている。


「王よ。我らは王の手足であり、転ばぬ杖であり――」

「王を守る楯として、王に仇なす敵を斬る剣として――」


 ダグラス卿とセオドア卿は顔を見合わせ苦笑いを浮かべ、息を揃えていった。

 この辺りの阿吽の呼吸は、長年沓を並べ草原を走ってきた騎兵の勘なのだろう。


「いくらでも使い潰してくれて良いが、出来ればその前に一言、言って欲しい」


 この場で死んでも構わないが、その前に一言言え。

 背負っているモノが軽くなったとは言え、いつ死んでも良いと言う事では無い。


「そうだな。せめて死に装束で来いと言うべきだったな」


 カリオンは軽い調子でそう言い放ち、改めて表情を整え言い直した。


「余の配慮が足らなかったようだ。赦せ」


 ル・ガルへの恨み千万である筈な魔法使いがこの場に揃っている。

 しかも、そのメンツ全てが一角の人材と言うべき高名な者達ばかりだ。

 国家中枢が一同に揃うこの場に、そんな魔法使いが何人も居る。


 つまりソレは、ル・ガルの中枢が一度に消滅しかねないことを意味している。

 彼らがその気になれば、このインカルウシの巨石ごと消し去ることも可能だ。


「……なに今さら言ってんだい小僧」


 ヘッ!と鼻で笑ったセンリは、不機嫌そうに流し目でセオドア卿を見た。

 ネコの女は遠慮無く『小僧』と吐き捨てたが、実際に言えばその通り。

 ヴェテランに育ったセオドア卿とは言え、センリに比べれば若いのだ。


「ネコは長命よの」

「全くだ。ネコが羨ましい」


 セオドア卿は怒るでも嘆くでも無く、ただただそうボソリと呟く。

 そしてそれにダグラス卿は相槌を打っていた。


「いまさらル・ガルをどうしようなんて思わないわよ?」


 全く年齢を感じさせない恐るべき女が口を開いた。

 国家中枢にある一角の人材達は、その女の周囲にひりひりとした気配を感じた。


 濃密な瘴気を纏う魔法使いだが、その溢れこぼれる魔力を騎兵は感じられない。

 ただ、数多に幾多にと潜った死線の数だけ『やばい』と感じるだけだ。


「申し訳無いが、御名を伺いたい」


 丁寧な言葉を吐いたレオン家の元当主セオドア卿は、鋭い眼差しで見ていた。

 どこか思う所があったのだろうが、その女は妖艶に笑ったままだった。


「はしたない…… 魔法使いでもない女が殿方に名乗るなど……」

「魔法使いではない?」


 ますます怪訝な表情になったセオドア卿は、ジッとヴェタラを見ていた。

 その眼差しが余りにも力強かったのか、ヴェタラは妖艶な表情だった。


「私は魔術師ですのよ。魔法使いではありません」

「そうか。魔術師と魔法使いは違うのか…… して、話は元に戻るが」

「内緒にしてはいけませんか?」


 あくまで名を聞かせろとセオドア卿は迫った。

 のらりくらりと交わすヴェタラを追い詰めるように……だ。


「そんな事を申されるな。我が王の招聘とあらば、私には賓客ぞ」

「……そうですか」


 フフフと笑った女は、小さな声で『ヴェタラですわ』と名乗った。

 その名前に覚えがあったのか、老人倶楽部全員の顔色がサッと変わった。


 そもそも、魔法使いを迫害したのは始祖帝ノーリだった。

 国家設立の事業に集わず、自由と奔放を宣言した魔法使い達。

 彼らは様々な手段で迫害を受け、やがて一人また一人と辺境へ消えていった。


 その恨み辛みがあるからこそ、第2次祖国戦争ではトゥリ帝を苦しめていた。

 ネコやトラに何の義理も無いが、ただ単純にル・ガルが、イヌが嫌いだったのだ。

 ここで魔法使い達が『長年の恨み』と強力な魔法を使ったりもすれば……


「……そう言う事なのね」

「王はもう一つの懸案事項まで解決されんと欲されるか」


 ボルボン家の夫婦は顔を見合わせカリオンの本音を見抜いた。

 ル・ガルに残されたもう一つの断裂を修復するときだ。


「さすがボルボン一門…… と、言うべきか――」


 クククと笑いを噛み殺したカリオンは、食堂中央の椅子へと腰を下ろした。

 そして、やや斜に構えた状態で傲岸な笑みを浮かべ、片肘を突いて顎を乗せた。


「――余の願いを聞け」


 唐突にそう切り出したカリオンは、皆の目が集まったのを確認し切りだした。

 ここに至り、太陽王の名と責任を完全に自分のモノとした若者の姿があった。


「このル・ガルはイヌの国家で、このガルディアラの支配者だ。だが、この世界その物は、イヌだけのモノでは無い。この世界に平穏と安定とを取り戻す為に、余はこの身を差し出す覚悟を決めた」


 この身を差し出す…… その言葉に全員が表情をグッと厳しくした。

 太陽王が死を覚悟したと言う意味に取ったのだが、カリオンは遠慮無く続けた。


「ここに集う魔法使いの諸賢らは、始祖帝ノーリの時代から生きる魔導の権威ばかりだ。彼らが求めるモノを差し出す代わりに我らが求めるモノを差し出してもらう事になった。そしてそれは――」


 ニヤリと笑ったカリオンは、高く足を組み替えて傲岸な笑みを深くした。

 帝王という言葉と威厳とを纏わせるその姿に、皆が息をのんだ。


「――この世界の仕組みその物を大きく変えてしまうことになるだろう」


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