叱責
お待たせしました。
本日より再開します。
「このばか男! なに無様晒してんだい!」
威勢の良い声が太陽王の私室に響き、カリオンは顔を上げた。
玉座の間から更に奥へと入った、太陽王の私室の中だ。
カリオンの前にやって来たセンリは、啖呵を切ってカリオンを煽った。
鉄火のようなその姿に、カリオンは再び俯いていた。
「……御殿医は匙を投げた」
短く吐き捨てたカリオンは、再び肩を落とした。
リリスの吐血から1週間。城詰めの医師達は最善を希求していた。
だが……
「意識が戻らぬのだ。気付けの香も効かない。目を覚まさぬのなら……」
床へと目を落としたまま、カリオンは首を振った。
如何なる生物とて、カロリー補給が立たれれば死を待つだけとなる。
それこそが自然の摂理であり、また生存の為の一大原則。
食べることは生きること。
目を覚まさぬリリスには、カロリーを補給する手段が無い。
城の典医達は肉類のペーストやすり下ろした果物を飲み込ませている。
ただ、それとて対処療法にすらならないレベルのものだった。
「この3日。リリスは目に見えて細くなっている」
「じゃぁなにか?――」
まるで監督生のように背筋を伸ばし、腕を組み、センリは不機嫌そうだ。
「――もうダメだって諦めたって言うのかい?」
敢えてキツイ言葉を口にしたセンリ。
カリオンはキッと表情を硬くし、きつい眼差しセンリを見た。
だが、そんなカリオン以上に厳しい顔をしたセンリの顔は、まるで般若だ。
「アンタが心底惚れてる女なんだろ? え?」
カリオンの奥歯からギリッと鈍い音が響く。
だが、センリの顔も表情も全く動じない。
「アンタの惚れた腫れたなんてのは、随分軽いもんなんだな」
「なんだと!」
「アンタが軽いって言ってンのさ! このバカ男!」
怒りに表情を引きつらせたカリオンは、椅子を蹴って立ち上がった。
剣の柄に手を添え、センリを斬らんと一歩踏み出したのだ。
「貴様! そこへ――
一刀のもとに斬り捨てようとしたカリオン。
一瞬だけ両者の視線が交差し、二人は鋭く睨み合った。
だが、そんなカリオンに向かい、センリの右手が翳された。
カリオンは猛烈な勢いで壁へと飛ばされ、容赦無く叩き付けられた。
~揺れる木の葉
~三枝を渡る風
~流れよ……
手短な詠唱と僅かなジェスチャー。センリの見せた技はそれだけだ。
だが、その魔法の詠唱は、カリオンの身体を風に弄ばれる木の葉に変えた。
太陽王の私室は広く大きいものだ。その壁に向かい吹き飛ばされ続けた。
「本気で惚れた女なら命懸けで当たってみろ! バカ男!」
なにかボールでも叩き付けるように上から腕を振り下ろしたセンリ。
部屋の中を吹き飛ばされていたカリオンは、それで床に叩き付けられた。
「アンタの目の前に居る女はな! 命と魂の研究をしてきた魔法使いだ!」
カリオンに向かい手を差し出したセンリ。
掌を上にして伸ばした指の中から、人差し指と中指だけをクイッと折った。
次の瞬間、カリオンの襟倉が見えない手につかまれ、グッと持ち上げられた。
「アンタに学問を付けたキツネの男はな! 転生の秘術を極めた天才だ!」
センリはカリオンに伸ばしていた腕をグッと引き寄せた。
何かに掴まれ持ち上げられていたカリオンは、センリに引き寄せられた。
「北の地からやって来たウサギの男はな! 時間と空間を飛び越える天才!」
センリの腕がブンッ!と音を立てて降られた。
空中へと浮いていたカリオンは、私室の中にあるソファーへと吹き飛ばされた。
凄まじい魔術の力を見たカリオンだが、センリの怒りは収まらなかった。
「この世界指折りの魔法使いが揃ってるんだぞ! まだ解らないのか!」
センリの金切り声が私室に響く。
だが、誰一人として衛士が飛び込んでこない。
それは、センリが結界を結んだからだとカリオンは気が付いた。
そして、そのセンリが何に腹を立てているのかも……
「そうか。俺は惚けていたかも知れないな」
「勘違いするんじゃ無いよ!」
きつい表情のまま、センリは再び啖呵を切った。
言葉で殴りつける様に、小気味の良い口調だった。
「アンタは太陽王だ! アンタは何でも出来るんだ!」
――――――――帝國歴339年12月14日 午後3時
ガルティブルク城 太陽王私室
「……俺は何をしたら良い?」
率直な言葉で道を尋ねたカリオン。
こんな時のイヌは徹底的に素直で単純だ。
だが、センリをはじめとするネコや、その他の種族は知っている。
それこそがイヌの強みであり、シンプルに単純に考える能力だと。
最善の結果を求め、それを得る為にのみ努力する。
個人の犠牲や我慢の上に成り立っていても、それが必要なら良しとされる。
その犠牲や我慢を讃え、名誉を与えられる社会こそがイヌの全てだった。
「医者がナンボのもんだって言うんだい」
「魔法で治るのか?」
「アンタ本気で惚けたのか?――」
センリは呆れた様な声音で言った。
「――あの娘は魔法で生み出されたんだぞ? アンタと同じだ」
アンタと同じ……
その言葉にカリオンは言い様の知れぬ衝撃を受けた。
今まではそれが当たり前すぎて、気がつかなかったのかも知れない。
だが、冷静に考えればなんとなく察しが付く事もある。
重なりと呼ばれる存在は、複数の魂を重ね合わせた存在なのだと言う。
幾つの魂が重なっているのかは解らないが、その何れかが弱っているか……
「リリスの中の魂が死んでいるのかもな……」
「そうさ。だからそれを繋ぎ変える事が出来れば目を覚ます」
「……本当か?」
「可能性があると言うだけだ」
センリは突き放つようにそう言った。
そして同時に、城の地下へと向かって、某かの魔力を放った。
「……何をしたんだ?」
「呼んだのさ」
「呼ぶ?」
「あぁ。龍脈と呼ばれるものだ」
首をかしげ話を聞くカリオンは、その態度で説明の続行を求めた。
恐らくは忙しいであろうセンリだが、カリオンを見れば説明せざるを得ない。
「龍脈ってのは大地にある気の流れさ。あの男はそれを祝と呪の管だと表現した。大きな筒に球を詰め、右から押し込めば左から押し込まれた球がこぼれる。彼方の地にあるはずの者へ意を伝える為の、まぁ、簡単な魔法さ」
そう説明したセンリの言葉が終る頃、カリオンの私室へウィルが姿を現した。
隣には研究者姿のハクトがいて、共に何らかの研究をしていたようだ。
「今のはなんだ? どこへ?」
ハクトは詰問するように言った。
その厳しい口調は、普段からは想像がつかないものだ。
僅かに驚いたカリオンだが、センリは涼しい表情で答えた。
「王の相方が目を覚まさないんだろ?」
今聞いたと言わんばかりにセンリは嘯く。
そして、核心を漏らし始めた。
「あたしが育てた弟子の中に屍霊術を研究する奴がいる。あれは命と魂の核心まで迫っているはずだ。そいつを呼び出すか、そこへ行くかして話を聞こう」
センリの言葉にハクトとウィルは顔を見合わせた。
驚くべきその提案に、言葉を失ったような状態だ。
「屍霊術だと?」
「あんな外法を研究するなど……」
ウィルとハクトは口を揃えてそれを叱責するように言う。
だが、当のセンリは涼しい顔で平然と言い放った。
「神への挑戦は全ての魔導家の本能みたいなモノじゃ無いか」
その言葉にゾッとしたような表情のカリオンは、胸の内でその実を思った。
魔法使いはこの世の理を並の人間よりも良く知っている存在だ。
彼らは長い間の経験則を積み上げ、世界の仕組みを良く心得ていた。
何故火は燃えるのか
何故水は冷えるのか
何故風は流れるのか
「水は風を呼び、風は炎を猛らせ、火は雪も氷も溶かす」
両手を広げたセンリは、まるで追い込むように畳み掛けた。
それは、遠い日に魔法の手ほどきをしたウィルと同じ言葉だった。
「熱く乾くもの。熱く湿るもの。冷えて乾くもの。冷えて湿るもの。それが――」
両手をパチンと戦わせて音を出したセンリ。
カリオンはその言葉にのまれていた。
「――それがこの世界の真実か? 神はそんなに単純か?」
そう。この『なぜ?』を魔法使いは本質的に追及しない。
魔法使いが重視するのは、あくまで魔法の結果でしか無い。
その為の因果関係を洗い出し、そして洗練させる。
魔法使いはそれを研究では無く直感と対話によって行うのだ。
人ならぬ存在。この世に同居する、人の目に映らぬ存在。
彼ら魔法使いが『佳き隣人』と呼ぶ高位世界の存在だ。
「佳き隣人達は我々とは違う理で動いている。そんな彼らを研究しているのさ」
センリは胸を張ってそう答えた。
佳き隣人と呼ぶ存在もまた、神の摂理で動いているはず。
ただ、この世界と。こっちとは異なる世界の住人なだけ。
「屍霊術とはすなわち、命と魂の研究だよ。つまり……」
センリはビシッと効果音でも立つかのようにカリオンを指さした。
そして、流し目でウィルとハクトを見てから言った。
「重なっている魂と命の研究。それこそが屍霊術の根本」
ウィルとハクトの二人は顔を見合わせ、何かを言おうとして言葉を飲み込んだ。
センリの姿が余りに楽しそうに見え、また、どこか誇らしげにも見えたから。
「しかし…… 師は言われた筈だ」
「命とは闇の中に光る希望の光だと。命に手を掛けてはならぬと」
ハクトに続きウィルがそう言った。
それを聞いたカリオンは、何かに気が付きハッと表情を変えた。
「それこそが、神の摂理の根本だということか」
カリオンの呟きにウィルとハクトはもう一度顔を見合わせた。
そして、ふたり揃って渋い表情になりつつも頷いた。
「師は言われた。生命の根本に神の摂理の本質があると」
「その摂理の奥に、神の御業が隠されているとも師は言われた」
生命とは何か。魂とは何か。命とは何か。
その本質の部分を研究する事に魔法使いが抵抗感を示す理由。
つまりソレは、向こう側の世界の仕組みを解明してしまうこと。
カリオンはその様に解釈した。
「……結局、魔法使いと魔術師は、水と油なのさ」
センリは溜息混じりにそう呟いた。
どこまでも深い落胆と悔しさが入り混じったモノだ。
だが、その言葉を違う意味に取った者が居た。
「……どういう事だ?」
カリオンは怪訝な声でセンリを呼んだ。
「魔法使いと魔術師は違う? 同じモノでは無いのか?」
「……は?」
素っ頓狂な声を出して驚いたセンリ。
だが、カリオンはそれ以上に驚き、混乱していた。
「同じ魔導に携わる者ではないのか?」
カリオンの新鮮な驚きにセンリが呆れた表情を浮かべた。
ただ、その呆れの対象はカリオンでは無く……
「……ウィル。どういう事だい?」
「どうもこうも、教えていないことは仕方が無いだろ」
「……アンタは昔からいつもどこか抜けてるんだよ」
もう一度溜息をこぼしたセンリは、居住まいを改め声音まで変えて言った。
それはまるで、あのビッグストンの傲岸な教授陣の様でもあった。
「魔法ってのはね、神の摂理を司るモノにお願いをして、必要な結果を得る物なんだよ。佳き隣人と呼ぶ神の僕にお願いをして、この世界を流れる魔力の流れを変えて、必要な結果を得るのさ。それは解るだろ?」
返答の代わりに首肯を返したカリオン。
センリの言わんとすることは良くわかる。
「魔術師ってのはね、その必要な結果を得る為に、神の摂理へ自分の力で直接介入してしまうのさ。人間だってこの世界の住人だ。魔力の流れを身体に取り込んだりも出来るし、意図した時にそれを放出することも出来る」
センリの言葉にカリオンは電撃を受けたような衝撃を受けた。
大きく目を見開き、センリの顔をジッと見ていた。
「では…… つまり普通の人間でも魔法を使えると言うことか?」
「訓練すればね。ただ、並の人間が持つ魔力なんてたかが知れている」
「……知れている?」
「そうさ」
センリは右手を伸ばし、手短な詠唱をして指先に炎の弾を作った。
明々と燃えるその小さな炎は、全く何も無い空中で燃えさかった。
「空中に居る火の素に働きかけ、指先に集まってもらった、これがあたし達の技」
その火をフッと消し去り、今度は左手の指をいくつか折って伸ばした。
一度目を閉じ、意識を集中して小声で何かを呟く。
――ソレイ・ロ・フチ・パラス・ェ……
それが詠唱だとカリオンが気が付いた時、センリの指先が僅かに光った。
左手の先にあった医師団の所見を纏めてある書類が一瞬で消し炭になった。
カリオンは驚いて小さな声を上げかけるも、その声を飲み込む。
得意げな表情のセンリは、子供の様に無邪気な顔だった。
「これが魔術だ。アタシの魔力を直接流し込んで火の素無しに物を燃やしたのさ」
直接流し込む……
カリオンの表情がグッと厳しい物に変わった。
それは、驚くでも慌てるでもなく、どちらかと言えば落胆だ。
「センリほどの術者をしてもこの程度の威力なのか」
カリオンの漏らした短い言葉に、センリは『はっ?』と返す。
その声が少々ユーモラスだったのか、カリオンは薄笑いで言った。
「そなたの魔力がとんでもない事は分かっている。だが――」
カリオンが何を言いたいのか、センリも察したらしい。
表情がフッと切り替わり、小馬鹿にするようにカリオンを見た。
「馬鹿言ってんじゃないよ」
しまいにはアハハと笑いだし、カリオンに指先を見せてから爪先に火を点した。
極々僅な範囲にのみ魔力を集中させる高度な技をセンリは事も無げにやった。
「このアタシが魔力を一気に注いだら、紙どころかこの街全部が消し炭になるよ」
へへへと嫌な笑いを浮かべたセンリは、さらに酷い事を言った。
それこそ、カリオンの表情を一変させる程の事を……
「前には大陸半分焼き払ってるしね」
――この女かッ!
カリオンの顔が一気に変わった。
この国の西方地域を焼き払った酷い事態の根本。
それこそがこのセンリの火の魔術だった。
「そうか…… そなたの技であったか」
「そうさ。ただ、勘違いすんじゃないよ」
センリはグッと身を乗りだし、厳しい顔になってカリオンを見た。
それは今まで見た事が無い顔――政治家の顔――だった。
「やったやられたなんてのを言ってるうちは、ただのガキだ」
その声音にカリオンは気圧された。
ここに居るネコは、幾星霜の歴史を踏み越えて来た、百戦錬磨の政治家だ。
必要な結果の為に必要な処置を執る。
その為の犠牲は一切厭わない。
冷徹なまでの振る舞いこそが政治家にとってもっとも必要なもの。
中途半端な温情は、かえって混乱と悲劇をもたらす。
「1つ聞きたい。端的に答えてくれ」
「なんだい?」
「あれをやって、必要な結果は得られたか?」
カリオンの問いの本質をセンリは見抜いた。
いや、見抜いたと言うより、カリオンの中身の厚さをセンリが実感した。
あのとんでもない処置によって、ネコは必要な結果を手に入れたのか。
その『ネコの側から見た評価』をカリオンは知りたがったのだ。
ル・ガルの西半分を焼き払った強烈な一撃により、ル・ガルは酷い事になった。
そしてそれは、ネコを征伐せよと言う西伐運動に繋がっていく。
やがて時は流れ、イヌとネコは激しく闘争を続け、結果が現状だ。
ネコは国境線を大きく後退させ、かつての領土はル・ガルの自治領となった。
その自治領はネコの国家に属していた時代と比べ、大きく発展している。
過去を余り振り返らず、現状の善し悪しと損得勘定がネコの全て。
ならば、比較的穀倉地帯である自治領の自主的なネコの国家への帰還は無い。
それはつまり、単純に見ればネコの側は骨折り損のくたびれもうけだ。
「……歴史を断面で判断する者は愚かだ」
「同感だねぇ。歴史ってのは、あくまで流れで判断するもんだ」
センリとカリオンは視線を激しく戦わせていた。
双方引くに引けない重い物を背負っていた。
「ネコは国家滅亡までの道のりをまた一歩進んじまった。それが全てだよ」
「……ならば、ここらでそれを取り戻そうとしてもおかしくないな」
「なんだって?」
センリはここに至り、初めてカリオンの本音を読み違えていた事に気が付いた。
この若い王の考える政策は、センリの想像を超えていた。
「ネコの国に恩を売り、その上でもう一つの懸案事項も解決する」
「もう一つだって?」
「魔法使いたちと和解したい」
「……はぁ?」
センリの声が裏返った。
話を聞いていたウィルやハクトも驚きの表情を浮かべた。
そんななか、カリオンだけが真面目な表情で論舌を繋げた。
胸に秘めていた思いの丈をぶちまけるように、カリオンは熱く語り続けた。
「この世界の住人は断絶と拒絶とを繰り返し、細分化されてしまった現状を疑う事無く暮らしている。魔法使いが我々を恨むのも致し方ないことだ。だが――」
一つ息をついたカリオンは、センリだけでなくウィルやハクトを見た。
その眼差しの力強さに、ウィルやハクトだけでなく、センリすらも気圧された。
「――未来永劫そのままで良いと言う事はない。この世界全ての住人が手を携え、仲良く暮らす世界を夢見ているのだ。一天四方太平天国。そうすれば、どの種族とて戦役の為に、命を無駄にする事もなくなるだろう」
王たる者は。指導者は夢を語らねば成らない。
カリオンはその姿を実践するかのように、立派な姿を見せた。
ただ、その表情に蔭がある事を皆は気が付いていた。
「その為に……って事では無いんだね?」
やはりセンリは女なのだ……と、カリオンは思った。
女の勘は鋭いと言うが、この女は自らの本音を正確に見抜いていた。
「やはり気が付くか」
「当たり前じゃ無いか」
どこか不機嫌そうにフンッ!と鼻を鳴らしたセンリ。
だが、その口元には噛み殺しきれなかった笑みがこぼれた。
「アンタは…… 魔法使いにも恩を売ろうって言うんだろ?」
センリの言葉にウィルは小さく『なるほど……』と呟いた。
そして、隣に居たハクトですらも『妙案ですな』と言う。
「余の妻を助けて欲しい。余は直接出向き、それを伝える。従えと言われれば、誰だって抵抗するだろう。だから、手伝ってくれと、助けてくれと。そう願い出る」
太陽王が下手に出る。
それは、通常であれば絶対に許されないことだろう。
少なくとも、ル・ガルにとって太陽王とは絶対的支配者であり象徴だ。
だが、そんな太陽王が誰かに頭を下げようというのだ。
それはまさに、全てのイヌが頭を下げるのと同じ事を意味する。
頭を下げてお願いをすると言うのだ。
「奥方様の為とあらば……」
「多くの国民もやむを得まいと思うでしょうな」
ハクトに続きウィルがそう言った。
幼い頃から見てきたこのふたりが、国家の為や世界の為にと知恵を巡らせた。
その事実にウィルケアルヴェルティという稀代の魔法使いが胸を一杯にした。
ただ……
「どうせなら、もう一歩進めちまったらどうだい?」
センリは何かに気が付いたかのように提案した。
カリオンは一瞬だけ怪訝な顔になったが、『続けろ』と目で語った。
「ウチらみたいな魔法使いと魔術師は本気で仲が悪い」
「それは先ほど聞いたな」
「その仲違いの架け橋をやってみちゃどうだい?」
カリオンの表情がフッと厳しさを増した。
ただそれは、センリの言葉に対する思案の中身そのものだ。
つまり、自らの発案として頭を下げることは吝かでは無い。
しかし、誰かの意志として、つまりここではセンリの意志の代理として。
況んや要するにそれは、魔術師を魔法使いの下に置く片棒を担がされる事。
魔法使いの側から見れば、恨まれる役を誰かに押し付けて実だけ得ようと……
「アンタが思ってるほどどす黒い目的じゃ無い。魔術師連中ってのは研究熱心なのさ。ウチら魔法使いは魔法をどう使うか?ってのが目的だ。だけどね、魔術師ってのは魔術それ自体を研究してて、魔法をどう使うかなんてのは興味ないのさ」
センリの言い放った言葉にカリオンは衝撃を受けた。
つまりそれは、手付かずな宝の山がそこにあると言う事だ。
莫大な量の研究結果がそこに無造作に転がっている。
しかもそれは、この世界の成り立ちや神の摂理の研究結果。
ある意味、世界を変えてしまう事の出来る究極の力かも知れない。
魔法使いだけで無く、魔術師ですらもル・ガルに取り込んでしまおう。
そんな遠大な計画をセンリは提案していた。
「……わかった。で、具体的に何をすれば良い?」
カリオンは厳しい表情のままそう言った。
その表情に苦笑いしつつ、センリは何かを言おうとして――
「ウワッ!」
一瞬だけセンリの身体が宙に浮いた。
そして、蕩けたような表情を浮かべ、悩ましい声を漏らした。
「ふぅ…… やるね、あの子も」
ウフ♪
常に気の強い女であるセンリだが、その中に隠されていた女の顔が漏れた。
そして、上気したような表情で艶っぽい息をこぼし、弱い声で言った。
「やられたよ。一瞬で10回はイッたね……」
ウフフと笑って自分の身体を抱き締めたセンリ。
だが、その笑みには酷い欲望の色が混じった。
「あたしの弟子がル・ガルの西方自治領に居る。そいつの所へ行こう」
「弟子…… だと?」
「あぁ。さっき言ったろ? そいつは生命そのものの研究を続ける魔術師だ」
驚いて言葉を飲み込んだカリオン。
生命研究の大家かも知れないと言う言葉に、どう反応して良いか解らなかった。
だが、そんなカリオンに遠慮する事無く、センリは勝手に続けていた。
「そいつをまず取り込んで、共同研究しちまおう。その上で、研究結果を持ち寄れってアンタが号令するのさ。余に力を貸せって言ってやれば良いじゃ無いか」
――なるほど
ウンウンと首肯したカリオンは、センリの描いた絵図を理解した。
魔法使いは独立を保ったままル・ガルに協力する。
魔術師はル・ガルのシステムの一部に組みこんでしまう。
双方の顔を立てて、尚且つ、魔術師を表舞台へと引っ張り出す算段。
――やはりこの女は大したもんだ……
そう確信したカリオンは、壁際の地図へと目をやった。
年の瀬も押し迫る頃ではあるが、早速動きだそうと思案を練るのだった。