家族の肖像
「これはこれは……」
慇懃に拝謁した店主は、改まった表情で出迎えた。
夕暮れの迫るミタラスのアッパータウンだが、城の直下は静かだ。
「あぁ、今日は身内だけだ。申し訳無いが奥を使わせてほしい」
岩の滴亭へと出向いたカリオンは、店主にそう直談判した。
『余』では無く、主語も無い。ただただ、身内としか表現していない。
だが、それを言ったカリオンの表情から、店主は何かを読み取った。
常に泰然としている太陽王だが、カリオンの表情には硬さがあった。
――なにか大切な事だ……
店主はそう判断した。
そして、一瞬の間を置いて店の奥へと手を差し伸べた。
「畏まりました」
どうぞ……
そんな仕草でカリオンを導く店主。
カリオンはそれに応えて店の奥へと足を踏み入れる。
それに続いてリリスが入り、その後にコトリとイワオが続いた。
――おや?
店主はその異常に初めて気が付いた。太陽王は妻とだけで来た筈だ。
カリオン王はそれを身内と表現していた。少なくとも店主はそう聞いた。
だが、ここにはコトリとイワオが居る。そしてそれだけで無く……
「ねぇさま?」
「大人しくしなさい」
「はいっ!」
見た事の無い子供がそこに居た。
帝后リリスの付き人であるヒトの娘に手を牽かれる、幼い子供がいるのだ。
年の頃なら10歳かそこらだろう。ヒトの夫婦の子供と言うには大きいが……
――太陽王が何処かで保護したか?
店主はそう考えた。
だが、それにしては子供が太陽王に馴染みすぎている。
それこそ、本当に兄弟のようだと店主は思った。
そして、それ以上考える事を止めた。
世界の主たる太陽王ならば、そんな話の一つや二つはあるのだろうと思った。
何より、心優しいカリオンならば、あり得る話だと、そう思ったのだった。
――――――――帝國歴338年 9月 28日 夜7時
ガルディブルク市街 岩の滴亭
ビッグストンやミタラスの学校再開まであと2日。
カリオンは自らの『身内』だけを連れ、岩の滴亭へとやって来た。
親族と言う言葉の解釈は大きいが、カリオンから見て本当の身内は数える程だ。
リリスは殊更にコトリを鍛えている。
将来を案じ、必要だと思う事は全て行っている。
その成果かどうかは判断が分かれるが、コトリは随分と育っていた。
そして、カリオンはすっかりそれに当てられていた。
ここしばらくは手塩に掛けて、じっくりとイワオを鍛えている。
ビッグストンで鍛えられた男だけに、どう成長させるかは良くわかるのだ。
ただ、やはり場数を踏まねば覚えない事がある。
相手の振る舞いや表情や言動から真意を見抜く訓練。
これは、手厳しい場面を幾つも乗り越える事でしか鍛えられない能力だった。
「リサ。ここへ座るんだ」
「はいっ!」
カリオンの言葉に、リサは元気よく返事を返した。
目を輝かせ、目に映るもの全てに興味を示すリサ。
ニコニコと笑って本当に楽しそうだ。
この日、リサは生まれて初めて、城から下界に降りて来た。
リリスやコトリは反対したのだが、カリオンは全てをねじ伏せた。
ただただ、異母妹を城から連れ出したかったのだ。
そして、そんな姿にコトリとイワオはカリオンの真意を察した。
姿こそ違うが、ここに居る全員が『家族』だと思ったのだ。
「遅ればせながら、本日も当店をご利用頂き恐悦にございます」
「あぁ。いつも面倒ばかり掛けてすまぬ」
「……畏れ多いことでございます。では、これより料理をご用意致します」
畏まった姿の店主は、カリオンとリリスに挨拶を済ませ、料理に取りかかった。
ややあって、馴染みのボーイがワインを置いていった。
普段ならばキチンとサーブして歩き、部屋の隅で控えているボーイだ。
だが、この夜はそそくさと部屋を後にし、何処かへと姿を消した。
きっとどこかで声が掛かるのを待っているはずだが……
――この店は安心だ
カリオンは岩の滴亭全てに全幅の信頼を置いている。
時間を掛けて心を込め拵える料理は、カリオンの血肉となって流れているのだ。
――さて……
帝后リリスは手ずからにワインをサーブした。
本来ならあり得ない事だが、コトリとイワオのグラスにリリスが注いだのだ。
驚いて立ち上がろうとしたコトリをカリオンが制し、イワオは引きつった顔だ。
「さて……」
カリオンは静かにワインのグラスを取った。
「本来なら来年1月の終わりな筈だが、リサの10歳祝いを行う」
全員に乾杯を促したカリオン。
リリスは笑みを浮かべてワイングラスをとり、コトリとイワオも従った。
まだ幼いリサはワインの代わりに絞りたてのブドウ汁をコップに入れていた。
満足そうに笑みを浮かべたカリオンは、静かに言った。
「たった5人の…… 大切な家族に乾杯」
口へと運んだブドウ汁の甘さにリサが嬌声を上げている。
そんなリサに『静かにしなさい』とコトリが声を掛ける。
数えで9歳のリサにとっては、まだ全員が兄や姉でしかない。
だが、コトリとイワオは、気が付けば大人びた表情になっていた。
ある意味、太陽王手下のヒトである3人の城下デビューに等しい夜だった。
「今日も盛況だな」
店内には雑多な声が流れ、音楽が奏でられていた。
カリオンは目を細め、それを眺めていた。
「兄上さま?」
しばらくは黙って様子を伺っていたコトリだが、遂に我慢ならなくなった。
ここしばらく、カリオンの様子がおかしい。
そう直感していたコトリは、最悪の宣告を覚悟していた。
「まぁ、いつかこんな夜が来ると思っていたが……」
小さく溜息をこぼしたカリオンは、ゆっくりと視線を動かしコトリを見た。
その表情も眼差しも、優しくて大きくて、そして、威厳があった。
いつの間にか父ゼルのように…… いや、五輪男の様になったカリオン。
コトリは記憶の中にうっすらと残る父の姿をカリオンに重ねていた。
「私は…… 何処へ嫁に出されるのですか?」
怯えきった表情で一瞬だけイワオを見たコトリ。
だが、カリオンは僅かに間を開けてから応えた。
「……バカを言うな」
何を心配しているんだ?と、そんな顔で笑うカリオン。
だが、コトリにしてみれば本気で心配している事だった。
「わたし…… もう……」
「コトリ。落ち着いて聞けよ。イワオもだ」
カリオンは声音を改め、静かに切り出した。
その姿を見ていたリリスは、無意識に笑顔になっていた。
直感的に思ったのだ。今宵はターニングポイントになる夜だ……と。
そして、静かにそんな場をセッティングしたカリオンの深謀遠慮に舌を巻いた。
「我々は…… 恐らくは、まともな生物ですら無いんだろう」
カリオンは唐突にそんな事を切りだした。
コトリだけで無くイワオも言葉を失っていた。
カリオンは思い詰めた様な表情で言葉を練っている。
胸の内で言葉を練って、相手の神経を逆撫でしないようにしている。
途轍もなく重い事を言わねばならないが、カリオンはそれを引き受けた。
太陽王という唯一無二の肩書き故に、それを行ったのだ。
「私やコトリの父母だけで無く、リリスやイワオの父母も、想像を絶する――
カリオンは一瞬言葉を飲み込んだ
両親の過ごした辛さを思えば、嫌でも言葉に詰まるものだ
――艱難辛苦の果てのことだ。父母を恨んではならぬ。むしろ感謝しよう」
カリオンはそう呟くように言った。
恨んではならぬと言う言葉にリリスは涙を浮かべた。
「コトリやイワオは余り知らぬと思うからな、今宵、話をしておこうと思う」
カリオンはそうやって切りだした。
異なる世界からやって来て、五輪男と琴莉の二人が経験した様々な事だ。
かつてカリオンが聞いた、ゼルの影武者になった話から始まったその物語。
ネコの国に落ちた琴莉がアチェイロという名になって、やがてレイラとなった。
ドラマチックな再会と、耐え難い幾千の夜を越えていった日々。
どんな苦労を重ねた末にイワオやコトリやリサが生まれたのか。
カリオンやリリスだけで無く、ヒトの姿の3人の顛末。
それをカリオンは、静かな口調で言って聞かせた。
途中、気が付けばイワオの手がコトリの手を握っていた。
「本来であれば、今頃ここには――
カリオンは言葉に詰まり、グッと奥歯を食いしばった。
その一言を言うのがどれ程辛いのか、予想以上だったと当人自身が驚いた。
ただ、逃げてはならぬと覚悟を決めてきたのだ。
カリオンは胸を張って一息吐いた。
まるで戦に赴く男の顔になっていた。
――ここには父ワタラセイワオという男が居た筈だ」
その言葉にイワオが驚きの顔を浮かべた。
自分と同じ名前の男が、義兄カリオンの父なのだ。
ゼルと皆から呼ばれた男の本名は、ワタラでは無くワタラセイワオ。
この時イワオは、カリオンが自分に何を期待しているのかを感じ取った。
そして、逃げも隠れも出来ぬ茨の道を覚悟した。
「先の争乱でフレミナ勢を黙らせ、その後に父ゼルとリリスの母レイラを戦死と言う事にし、歴史の表舞台から降ろして差し上げる算段だった。この王都の全ては私の手の上のこと。この街の中に、ふたりが暮らしていける家を。終の棲家を拵える算段だった」
それは、カリオンにとって血を吐くような後悔の言葉だった。
全てが上手くいっていると思う事自体が失敗の罠だ……と。
カリオンを教えた父ゼルは、五輪男はそう言っていた。
自らに経験した様々な失敗の果ての金言とも言える事。
それを引き継いだ筈のカリオンもまた、同じ失敗をしていた……
「父・五輪男と義母・琴莉の間に生まれたのがリサだ。ヒトの世界からやって来て苦労に苦労を重ね、その上に更なる苦労を背負ったヒトの夫婦の最後の希望。それを私は預かった。父ゼルより預かった」
リサは話半分に聞きながら、ブドウ汁を飲みつつテーブルクロスを弄っている。
まだまだ幼い娘故に社会のあれやこれやを理解する事は難しいだろう。
カリオンが何を思ってリサを城から出さないで居たのか。
コトリもイワオもそれをやっと理解した。
「私は縁あって良き導きを得る事が出来た幸運な男だ。思えば太陽王などという分不相応な肩書きをも手に入れた。誰もが望んで得られる立場では無い。だからその負託に応えねばならぬ。だが、その分だけ役得もある」
自信あふれる笑みでコトリを見たカリオンは、王では無く兄の顔だった。
「血を分けた妹を嫁に出すなら、それ相応の人間で無ければ困る。わかるな?」
コトリに続きイワオを見たカリオン。
その眼差しの強さにイワオは一瞬だけ気圧された。
「……はい」
「私は…… カウリ叔父さんの手引きで太陽の試練を乗り越え、ビッグストンに学び、今この時を過ごしている。それと同じ道をお前は歩いているのだ。その意味が分かるか?」
総毛だったような表情になってイワオは頷いた。
そんな首肯にカリオンは満足そうな笑みを浮かべ、僅かに下を向いた。
「この世界はヒトという種族にとって厳しい世界だ。ただ、私を導いた多くの先達が常々言っていた。父ゼルに肩書きを与え、ヒトの立場を改善したらどうだ?と、そう言ってた。だが、そのゼルはもう居ない。五輪男は居ないのだ。ここに居るのはその系譜に連なるイワオという男だろう?」
イワオが僅かに首肯したとき、部屋の扉がノックされた。
やや間がひらき、開いた扉の向こうには店主が立っていた。
「お寛ぎのところを失礼いたします」
「あぁ。待っていたよ」
店主心づくしのメニューがテーブルに並んだ。
肉や魚だけで無く、新鮮な野菜をも混ぜた豪華なメニューだ。
「では、ごゆるりとお過ごしください」
再び慇懃に拝謁した店主は、静かに部屋を出て行った。
カリオンはその扉が閉まるのを見届け、話を再開した。
「どうやら、私はル・ガルという国家をかなり自由に動かせるらしい。自分自身まだ上手くそれを使いこなせていないが、王と言う肩書きはかなりの事が出来るようだ。故に……」
カリオンは一息ついてから、室内にいる『家族』へ視線を一巡りさせた。
その表情は穏やかで、尚且つ、自信に溢れたものだった。
「この国家のなかに全員の居場所を作り上げる。そして、ヒトばかりが苦労する様なことの無いように、制度を作り替えてしまう。イヌとヒトは共存できる。父が体現してきたやり方を真似る事にする」
自信に溢れたその表情は、コトリをしてカリオンの向こうにゼルの姿を見た。
何者をも恐れず怯まず退かず、全てに抗い闘い続けた誇り高いヒトの姿だ。
「コトリ」
「はい」
「社交界で一目置かれる存在となれ」
「はい。頑張ります」
コトリの言葉にカリオンは笑みを返した。
そして、今度はイワオを見た。
「イワオ」
「はい」
「ビッグストンを首席で卒業しろ」
「はい」
「お前が首席で卒業したなら、近衛騎士団の中に親衛隊総長の座を用意する」
「……頑張ります」
「お前なら出来る」
同じように笑みを浮かべてイワオに首肯したカリオン。
そんなカリオンにリリスが言った。
「リサはどうするの?」
「あぁ、それだが……」
不意にリサを見たカリオン。
リサはそんなカリオンに向かってニッコリと花のように笑った。
そんな姿を見ていたリリスは、言葉に出来ない不安を覚えた。
カリオンにとって妹であるリサは、リリスから見ても妹だ。
ある意味で我がことの様に心配な部分があるのだ。
「リサは将来の切り札として温存したい」
「温存? 温存ってどういうこと?」
リリスの怪訝な声音に、イワオは真剣な気配を感じ取った。
自らの事の様にリリスは末妹であるリサを案じている。
それはイワオにとっても重要なことだった。
何日か一度、実家へ戻る都度に家の者たちが聞いてくるのだ。
レイラ様の残された末子はどうなったでありましょうや……と。
「リサは、将来何らかの事情でこの世界へと落ちてきたヒトの為に……」
傍らに座っておいしそうに肉団子を頬張るリサ。
カリオンはその頭を撫でて、優しい声で言った。
「……いや、リサが気にいる事が最大の条件だ。それは絶対に否定しない。だが、この世界の如何なる男へも嫁がせるつもりは無い。この子は純血のヒトの血をもっているはずだ。将来がどうなるかはまだわからないが、純粋なヒトの血を持つ者にのみ、嫁がせようと思う……」
消え入りそうな声で最後を語ったカリオンだが、ふと何かを思いついたらしい。
手にしていたフォークを止め、僅かに思案したカリオンは……
「いや、違うな。肝心な部分が違う」
「違うって? なにが?」
答えを早く言えとせがむように、リリスは食い下がった。
そんなリリスに微笑みかけ、カリオンは自信を持って言った。
「嫁がせるんじゃない。婿に取ろう。私の……」
撫でていた手を止め、カリオンは背筋を伸ばし胸を張った。
その姿には王の威厳が溢れた。
「余の片腕として。世を補佐する者として相応しければ、婿に来いと……な」
どうだ?と、そんな眼差しでリリスを見たカリオン。
リリスは僅かに笑みを浮かべ、安心したように首肯した。
「それなら安心だね」
「あぁ」
カリオンは不意にイワオを見た。
その眼差しにドキリとしたイワオだが、グッと胸を張った。
「イワオもコトリも、私は手放すつもりは無い。オクルカ殿にもそう言いきった」
不思議そうな顔になったイワオは、一瞬だけチラリとコトリを見た。
そのコトリも、僅かに不安の色を浮かべイワオを見た。
御互いが御互いを思いやる美しい部分を見せていた。
「実はな、オクルカ殿からイワオとコトリのふたりをくれと言われた。ル・ガルとフレミナの友誼が何よりも強い証として、終生大切にすると誓うから……とな」
余りにショッキングな言葉だからだろうか。
コトリの顔から血の気が引き、そもそもに色白だった顔が真っ白になった。
だが、カリオンは優しい表情でコトリに微笑みかけた。
「案ずる事は無い。オクルカ殿に言ったよ。あのふたりは我が父母の忘れ形見で、私にとっては親族と同義。如何なる理由があろうと手放すつもりは無い……と、そうはっきりと言いきっておいた。そして、どうしても欲しければ力づくで奪い取ってよしと。ただ、仮にそうするのであれば、全ル・ガル100万余の騎兵を直接率い、全力を持って余が御相手いたす故、覚悟召されよとな」
ハハハと小さく笑ってワインを一口飲んだカリオン。
そんな兄の姿をコトリはジッと見ていた。
「あ…… あの……」
「ん? どうした?」
「あ…… ありがとう……」
なんとも他人行儀でそう言ったコトリ。
カリオンはフッと笑って声音を改め、軽い調子で言った。
「しゃらくせぇ! なに言ってやがる」
それはまさにゼルの姿だった。
粋で鯔背な伊達男である五輪男は、事あるごとに言っていた。
――しゃらくせぇ!
――なにバカ言ってやがる!
それは五輪男なりの、ゼルなりの照れ隠しだった。
気風の良さと心の真っ直ぐさ。剛毅朴訥な至誠の人。
それこそがワタラセイワオと言う存在だった。
「父様みたい」
花のように笑ったリサは、嬉しそうにカリオンを見た。
僅か七歳で父母をなくしたリサにとって、記憶に残るゼルの姿は希薄なものだ。
たが、それでもリサは覚えていた。
自分自身を可愛がる優しい存在をだ。
「そうか」
「うんっ!」
父のようだと言われたカリオン自身が一番嬉しそうだ。
追い付き追い越すべき存在に一歩近づいた。
そんな確証を得たのだから。
「いずれにせよ……」
カリオンは再びワインのグラスを取った。
全員が同じようにグラスを持ち、カリオンの言葉に耳を傾けた。
「しっかりやってくれ。決して酷い扱いにはならぬよう、私が万全を尽くす」
約束だ……と、一言付け加えたカリオンはグラスを頭上へかざした。
皆で行う二度目の乾杯で、小さな部屋には笑い声が溢れた。
────あちらの部屋は?
そんな言葉があちこちから漏れる。
カリオンやリリスの声を覚えている者は、声の正体を察するのだ。
────今宵はやんごとなき御方が、御忍びでいらしております
店主は最大限に気を配って城下貴族に説明した。
御忍びで来た以上、誰の接見をも受けることはない。
だから、無理難題を言って部屋に押し掛けるな。
店主はそうやって釘を指したに等しいのだ。
部屋から漏れる声は、太陽王とその帝后だろう。
だが、聞き覚えの無い声が漏れている。
それに興味を持った貴族達は、何だかんだと理由をつけて店に居座った。
ワインのボトルを追加し、口寂しさを紛らわす追加注文が入る。
店としては文句を言う筋合いはなかった。
ややあって食事を終えた太陽王が部屋を出てきた。
驚くようなラフな格好に、小さなどよめきが沸き起こった。
「今宵も実に旨かった。また来るよ」
「またのお越しをお待ち申し上げております」
店の正面玄関までカリオン達を見送った店主は、その後ろ姿に深々と一礼した。
何よりも大切な賓客をもてなし、何のストレスもなく夕食を終えさせた。
たったそれだけの事だが、店主はやりきったと言う達成感に包まれたのだ。
ただこの時、カリオンはまだ気が付いていなかった。
ここから先、城下に公式デビューしたコトリやリサが迎える運命についてだ。
苦労に苦労を重ねる運命のカリオンとリリス。
だが、そんな苦労はまだ知らなかった。
自分自身がする苦労の何倍も苦労する事になるのだが……