表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/665

信頼を育む

 とっぷりと日の暮れたガルディブルク市街地。

 あれだけ暑かった昼間の熱気は、紅珊瑚海から吹く海風でどこかへ消えた。


 市民たちは夏バテ気味の体力を回復するべく街へと繰り出し食事にありつく。

 ここしばらくは街へ持ち込まれる鳥が多く、どこの店でも鳥料理を推していた。

 あっさり味が好まれる王都だが、夏場だけは濃い味のメニューになる。


「これは……」


 驚きの声を漏らしたオクルカは、一心不乱に鳥をかじっていた。

 城の直下にある岩の雫亭で会合の席を持ったカリオンとオクルカ。

 かつては平原で剣を交えた敵同士だった筈だが……


「ウォーク。オクルカ殿にエールを追加してくれ」

「かしこまりました」


 並んで食事にありつくウォークと共に、今は飲み友達状態だ。

 イヌでもオオカミでも、その本質的な中身は全く変わらない。

 旨いモノにありつき、腹一杯食べて眠る。それ以上の愉悦は無いのだ。


「ビッグストンに在籍していた頃には無かった店ですな」

「そうかもしれない。自分もここに来るようになったのは……」


 しばらく思案したカリオンは、向かいに座るオクルカの顔を見て笑った。


「外に出られるようになってからです」

「なるほど。そうでしたか」

「その意味では、随分とビッグストンも変わったと思います」

「全くですなぁ」


 カリオンが感心しているのには訳がある。

 この夜、イワオはジョージの家に滞在していた。

 本来ならまだ一年生のイワオが……だ。


 いくら太陽王とはいえ、ビッグストンのやり方について口を挟むのは良く無い。

 長年の験しで導き出された教育カリキュラムは、伝統と言う名の頸木だ。

 少なくとも三年次までは籠の鳥として、敷地外に出る事など一切許されない。


 だが、カリオン王の在学時、戦争の一環で出撃した事が風向きを変えた。

 実戦に参加した士官候補生たちは、場数と経験と言う貴重な財産を得たのだ。

 そして、その後の教育課程において、より一掃、勉学に身を入れたのだった。


「ビッグストンとは言え、やはり経験から得られるものは大きいのでしょう」

「ですな。王の知見は正しい」


 カリオンとオクルカは既に100年の友の様だった。

 共に指導者と言う孤独な立場なのだ。思い悩む事も重なるのだろう。

 あれこれと話しは弾み、エールのジョッキも次々と空いて行く。

 ただ、そんな話の最中、カリオンの背後に国軍騎兵の駅逓伝令が現れた。











 ――――――――帝國暦338年8月28日

            ガルディブルク城下 岩の雫亭











「おくつろぎのところ申し訳ありません。緊急伝報です」


 そっとジョッキを下ろしたカリオンは、黙って封書を受け取った。


「ご苦労。で、何処からだ?」

「療養所です」

「そうか。距離の多寡は関係無い。余の奢りだ。一杯飲んでいけ」


 隣に居たウォークが唖然とする中、カリオンは笑えないジョークを言う。

 軍務にある者が勤務中に酒を飲むなどあり得ない事で、伝令役も苦笑していた。


「お言葉だけで結構であります」

「……そうだな。冗談にしても笑えぬものだった」

「では、失礼致します」


 敬礼しつつ離れていった伝令役を見送り、カリオンは遠慮無くその封を切った。

 オクルカの前だと言うのに、カリオンは遠慮なく秘密伝報を開封したのだ。

 ウォークがあんぐりと口を開くほどに唖然とする出来事なのだが……


「……うーん」


 2枚の紙に書かれた内容は、カリオンの表情を一気に険しいものにした。

 眉間に皺を寄せて内容を読み込むカリオンは、口元を手で隠した。


 ――あ……

 ――この仕草は……


 ウォークが見ているカリオンの仕草は、先に遠行されたゼル公その物だ。

 思案している間はずっと口を手で隠していた。右手を口に添えているのだ。

 血は繋がっておらずとも、あのヒトの男に育てられた息子なのだ……と。


 ウォークはそんな事実に目を細めていた。

 だが……


「どうしたものか……」


 目を見開いたカリオンは、ジッとオクルカを見た。

 その眼差しは、昔を懐かしむビッグストンOBではなく政治家になっていた。


 真正面から見るのでは無く、やや斜に構えて相手を見る。

 それもまた思案を重ねるゼル公の癖だった。


 ――論理的思考では無く直感を得る為の視覚情報だよ


 そう話をしていたゼル公は、とにかく鋭い勘働きの人物だった。


「……オクルカ殿。率直な意見を求めたい」


 カリオンは一切逡巡する事無く、その秘密書類をオクルカへと見せた。

 そんな振る舞いに驚くオクルカだか、見ろといわれた以上は見るしか無い。


 臥せられた書類を受け取りつつ、やや首を傾げてカリオンを見た。

 黒い体毛に覆われた表情が堅く締まっていった。


「私が見ても良いのですかな?」

「フレミナにも関係のあること故」

「……なるほど」


 その書類を読み始めたオクルカもまた表情を一変させた。

 厳しい眼差しになって書類を読み込み、小さく溜息をついた。


「……陛下」


 抗議染みた眼差しでカリオンを見たウォーク。

 王に当てた伝報は、一切の機密を隠さずに書いてある物だった。

 それ故、その管理には一層厳重かつ慎重な配慮が求められる。

 駅逓としてそれを運ぶ際も、不慮の事故で情報が漏れぬ様に気を配るくらいだ。


 だが、そんなウォークの抗議にもカリオンは薄く笑っているだけだった。

 薄く笑って目を伏せ、小さく溜息をこぼした。


「トウリ兄貴とサンドラからだ」

「……療養所ですか?」

「あぁ」


 沈みきったカリオンの様子に、ウォークはサンドラの急死を警戒した。

 だが、『トウリ兄貴とサンドラからだ』と言った以上、それは無いだろう。


 話の中身を真剣に考えたウォークだが、中身は想像が付かない。

 もしや、ザリーツァか?と思考が繋がり始めた時……


「この二週ほど、二日とあけずにザリーツァの者が接触して来ているらしい」


 カリオンでは無くオクルカがそう説明した。

 ウォークは総毛だった様な顔でその話しを聞いていたのだが……


「……まことですか?」

「あぁ」


 それ以上何も言わず書類を折り畳んだオクルカは、カリオンにそれを返した。

 戻ってきた書類をウォークへと渡したカリオンは、僅かに首を捻る。


「二日と開けずにと言うが、彼らは何処へ滞在している?」

「申し訳ない。私にも見当が付かない。どこかに宿を取っているのか……」


 オクルカもまた首を捻っていた。

 ザリーツァの本拠地は、フレミナの中でも特段の高原地帯だ。

 その地域から療養所までなら、馬で飛ばしてもひと月は掛かる。


 だが、接触してきている者達は、連日の様に訪れていた。

 つまり、彼等は何処かに拠点を構築していると言うことだ。


「もしくは、療養所の中に居場所を作っている可能性が……」


 怪訝な表情のウォークがそう答えると、『どうやって?』とカリオンは問うた。


「療養所の病棟から離れた所には、見舞いに来た者の簡易宿泊施設があります」

「……そう言えばそうだな。決して立派な施設では無いが」

「そこを根城にし、何らかの活動をしている可能性があります」


 ウォークの推察にカリオンは腕を組んで思案を始めた。

 あまり歓迎しない方向に事態が進んでいる公算は高い。

 ここでの対処を誤れば、禍根を残しかねないのだ。


 それが単に昔話で花咲かせているのならなにも問題はない。

 あのザリーツァの者共が言うように、単なる見舞いなら良いのだ。


 だが、ザリーツァとシウニンの関係は……

 況んや要するに、フレミナとル・ガルの間はあまりにも因縁が深すぎるのだ。

 今でこそこうやってオクルカと肝胆相照らす仲になりつつあるが……


「ウォーク。人材を見繕い探りを入れよ」

「畏まりました」

「決して功を焦らぬ様にな。先ずはザリーツァの真意を確かめたい」

「心得ました」


 食事中にも拘わらず、ウォークは早速行動を開始した。

 一旦店を離れ、微妙に非合法である活動の為に城へと戻る。


「……彼は優秀だな」

「私の3年次下なのです」

「そうか。ならばビッグストンのやり方は……」


 カリオンとオクルカは顔を見合わせ笑った。

 ただ、その直後にオクルカの表情が曇った。


「ザリーツァの先代頭領であるシドムは私がこの手に掛けた」

「……例の黒太刀でですか?」

「あぁ、その通りだ。間違い無く一太刀で絶命せしめた。フレミナ一統の為だ」

「そうですか……」


 オクルカの言にカリオンも思案の色をこぼす。

 何故ここに来てザリーツァがしゃしゃり出てきたのか。

 何故このタイミングで彼らは山を下りてきたのか。


 考えれば考えるほど謎は深まる。

 関係者を縛り上げて締め上げれば話は早いのだが……


「そう言えば、城に侵入者が出たとか」

「よくご存じですね」

「先ほどの彼がこぼしていたよ。城の中にも侵入者が出たと」

「ウォークめ……」


 クククと籠もった笑いでカリオンは肩を揺すった。

 常日頃から情報の管理が甘いと文句を言われているカリオンなのだが……


「手の者が侵入者を撃退し、専門の者が詰問したのですがね」

「……口が堅いと言う事ですか」

「その通りです」


 カリオンはやや沈んだ表情で内情を示した。

 一口に詰問と言っても、その内実は凄惨と言って良いことだ。


 素直に吐いてくれるなら、それに勝るモノは無い。

 だが、細作稼業の者に求められる資質の第一は、何より口の堅さだった。


 依頼主を売らず、情報を漏らさず、痛みと苦痛に耐えて死を待つしか無い。

 尋問詰問する側は、死に至らぬ様慎重に苦痛を与え続けて吐かせるのが仕事。

 激しい痛みと屈辱と自問自答の末、狂を発する者も多いのだ。


「ただ、依頼主だけは分かっている。間違い無くフレミナ関係者です」

「……やはり、ザリーツァと踏んでおられるか?」

「えぇ。間違い無いでしょうね」


 オクルカは無念そうな顔になってカリオンを見ていた。

 悶々たる後悔の念は、ジクジクとオクルカの心を攻めた。


 ひと思いにザリーツァを滅ぼしていれば。

 迷う事無く根切りしてしまって、絶やしてしまえば。

 現状でこれだけ心を砕くことも無かった筈だ。


 ザリーツァに限らず、こんな時に顔を出すのは復讐最優先の心だ。

 後がどうなろうと知ったことでは無いのだ。


「良からぬ事にならねば良いが……」


 オクルカは露骨な警戒を見せた。

 ザリーツァの一門が狙っているのは、間違い無く暗殺だとオクルカは思った。

 タイミングを見計らい、カリオン王を亡き者にしようとしているのだ。


「情熱の欠如した政権簒奪(クーデター)と言うところでしょうかね」

「あり得ますな。こう言っては何だが……」


 オクルカは身を乗り出し、カリオンにヒソヒソ話を持ちかけた。

 真剣な表情で話を漏らすオクルカに、カリオンも気を入れて話しを聞いた。


「カリオン王が遠行すれば、次の王は消去法的にトウリ公でしょう」

「……彼らも動きやすくなる。そう言う判断ですな」

「でしょうね。なんせ彼らは私怨だけで動いている」


 決して小さくない溜息をこぼしたオクルカは、まるで萎んだ様だった。


「大局的視点が一切無いんですよ。彼らには……」


 首を振りつつウンザリと言った空気を漂わせるオクルカ。

 その姿にはフレミナを預かる権力者としての苦悩が滲んだ。


 ザリーツァの一族が見せる厚顔無恥さは、おそらく誰でも持っているものだ。

 だが、かの一門はその傾向があまりに強すぎるのだ。


 道徳的優位だの生まれながらだのと、本当にどうでも良い理由を真顔で言う。

 しかも、それが通らねば、まるで火が付いたかの様に泣き喚き騒ぎ出す。

 理屈や理念やそう言ったものの対極に位置し、何よりも自分が優先なのだ。


 そして、対等という概念が無い。

 それこそ、ミクロン単位であっても上か下かの差を気にする社会だ。


「……疲れますな」

「まことにその通りです」

「オクルカ殿に同情申し上げる」


 顔を見合わせ溜息をこぼす。

 そんなタイミングで新しいエールが運ばれてきて、二人は口直しに煽った。

 喉を越えていく冷えたエールは格別で、この暑い夏を乗り越える原動力だ。


「ガルディブルクの夏はコレですなぁ」

「……北方山岳地帯では、これ程暑くならぬのでしょう?」

「さようですな。いずれは太陽王にも避暑に来て頂きたい」

「それは楽しみですな」


 気を取り直し、ハハハと笑いながら鳥の香草焼を切り分ける。

 大きな地鶏の腹を割き、内臓を取り出してから香草を詰めて蒸し焼きにする。

 油の臭みを香草が消しさり、厚い肉にジンワリと染みこんで絶妙の味わいだ。


 毟られた羽の下。皮の裏側にある脂が溶け出し、パリパリと独特の食感を作る。

 その風味と歯触りは、次から次へとエールを求める悪循環を引き起こす。


「これでは、明日はしばらく便所虫ですな」

「酷く腹を下しましょう…… だが……」

「そのとおり。ビッグストンに学んだ男は恐れを知らぬ!」


 饒舌なカリオンの言葉にオクルカも笑った。

 大きな鶏であったが、あっという間に二人の胃袋に収まってしまうのだ。


「困った時に困れば良いのであって…… ですなぁ」


 ガルディブルクの味わいを楽しむオクルカとカリオン。

 そんな二人の前に、ふとリリスが姿を現した。


「……すっかり出来上がってる」

「おぉ! 帝后陛下! ご機嫌麗しゅう!」

「オクルカ殿? 少々みっともないですよ?」


 口元を隠して笑ったリリスの振る舞いに、オクルカはガハハと笑った。

 豪放磊落で鳴るフレミナ一門の主は、太陽王と共に7杯目のエールを空にした。


「お恥ずかしい限りです」


 運ばれてきた8杯目のエールで口を濯ぎ、オクルカは椅子を座り直した。

 それは、カリオンの隣へ腰を下ろしたリリスへの礼儀だった。だが……


「ゴメンよリリス。今宵は無礼講でやろうと話を決めていたんだ」

「そうなの?」

「今宵だけは…… ビッグストン生の同窓会なのだ」

「……それ良いね」


 レストランのオーナーは、何も言わずにリリスへワインを振る舞った。

 それに一口付けたリリスは、後ろに立っていたコトリとリベラを呼んだ。


「食事にしましょう」

「良いのですか?」

「もちろんよ」


 ニコリと笑ったコトリは、隣に立っていたリベラを先に座らせた。

 そして、自分は後から座席へと腰を下ろした。


「それは?」


 カリオンはコトリに問うた。

 何故リベラを先に座らせた?と。

 コトリは小さな声で『先生が先です』と応えた。


 怪訝な表情になって『コトリ?』と問いただしたカリオン。

 その姿は、妹を心配する兄の姿のそれだった。


「お恥ずかしい話でございますが……」


 恐縮したリベラは小声で言った。

 カリオンやオクルカが不思議そうな表情でリベラを見る。

 その視線の集まるリベラは、僅かに笑ってコトリを見た。


「手前の芸を伝授する約束をいたしやした」

「……さようか」


 その短いやり取りでカリオンは全て理解した。

 コトリはカリオンの為にリベラを必要としているのだ。

 そしてリベラは、コトリに自らの救済を重ねたのだと。


「……しかし、ミタラスの女学院も改革の途上なんですな」

「そうですな」


 コトリもまた超絶に厳しい環境で人間性を鍛えている途中だった。

 リリスがそうであった様に、本来は表に出られぬカゴの鳥だった。


 だが、今宵のコトリは事実上のガルディブルクデビューだ。

 リリスの付き人の一人ではなく、首席侍従としての立場だ。


 岩の滴亭にやって来ていた多くの客が遠巻きにコトリを見ていた。

 まさか太陽王の座る席まで押し掛けてくる剛の者はなかなか居ない。

 だが、ヒトの小娘を連れている帝后の姿に、特別な存在だと皆が思うのだ。


「コトリ」

「はい」

「リベラから教わるのは良いが……」


 不思議そうな顔になったコトリをカリオンは優しく見ていた。

 間違い無くそこには兄の姿があった。


「下手に表で使うなよ?」

「はい。それはもう……」


 リベラをチラリと見たコトリは言った。


「きつく叱られましたから」


 肩をすぼめて恥ずかしそうに言ったコトリ。

 おおかた、人前で練習でも始めたのだろう。

 カリオンはそう思ったのだが、実は練習の真っ最中に侵入者を撃退していた。

 まだ殺めるまでには至っていないが、相手の動きを封じ、リベラに委ねたのだ。


「そなたには手間を掛けるな」

「……身に余るご配慮にございます」


 胸に手を当てて謝意を述べるリベラ。

 その身の上が相当に厳しいモノだったというのは、本人から直接聞いていた。

 だからこそリベラはコトリを育てる決意をしたのだとカリオンは理解した。


 ただ、このリベラを良く知らぬオクルカは、やや不思議そうな顔になっていた。

 それこそ、これだけの実力者が、なぜ太陽王の元に?と、そう言わんばかりだ。


「あなたは…… 全ての者を震え上がらせる、冷え切った冬風の様だ」


 率直な印象を述べたオクルカ。

 リベラは同じように、胸に手を当てて頭を垂れた。


「細作稼業にある者には、最高の褒め言葉にございます」

「では、そなたは……」

「人に誇れぬ汚れ稼業で、長年暗い道を歩いてめぃりやした」


 酷いネコの国訛りな言葉で卑下したリベラ。

 ただ、オクルカはその場で理解した。


 細作と自嘲する男は、想像を絶する実力を持った存在であると言う事に。

 そして、その戦闘力という視点で見れば、自らが全く歯が立たぬ事も。


「所で、リベラまで降りてくるとは珍しいね」

「……へぇ」


 リベラは僅かに顔色を変えて、耳だけで辺りを確かめた。

 器用に回転する耳を使い、リベラは周辺を確かめた。


 下手に聞き耳を立てている者はおるまいな……


 そんな配慮が滲み出る姿だ。

 カリオンは、そんなリベラの口から出る言葉に、露骨な警戒を見せていた。


「……実は、手前の胸騒ぎが全く収まりやせん」

「胸騒ぎ…… だと?」

「へい。こんな時、細作は直感に従いやす」


 緊張感溢れる表情でカリオンを見たリベラ。

 僅かに距離の有る場所で、オクルカもリベラの言葉を待った。


「その実は…… 何だと思う?」

「手前の考えすぎかも知れやせんが、恐らくは…… 同業の者です」

「なるほど……」


 それはある意味では、充分想定できる範囲の出来事だった。

 今までだって散々と侵入者の乱入を許している。

 いまさらそれについて、どうこうという指示は無い。


 多少侵入者が増えたところで気にしない。

 最強のエリートガードが間に合わねば、自らの手で粛正するつもりなのだ。

 驚くべき実力なカリオンならば、何らかの侵入者など恐るるに足らず。


「まぁ良い。夕食を摂ろうじゃ無いか」


 テーブルの上の小さな鈴を鳴らしたカリオン。

 店のボーイの中で、最も古株な初老の紳士がやって来た。


 それこそ、ビッグストン時代からの付き合いと言える存在だ。


「皆にエールを。それと、今宵の鶏を追加してくれ」

「かしこまりました」


 踵を返してキッチンへ向かったボーイと入れ代わる様に、街の警備が現れた。

 息を切らして走ってきたらしいその姿は、ル・ガル軍人の鏡だった。


「陛下。どうかお人払いを。緊急事態です」

「……かまわぬ。どうしたと言うのだ」

「それが……」


 明らかに逡巡しているらしい警備担当は、手近にあった水を一気に飲んだ。

 そして、荒れる息を整えてから、震える声で切り出した。

 横目で僅かにオクルカを見て、そして覚悟を決めた様だった。


「ジョージスペンサー卿の私宅へ賊が侵入しました」

「なんだと?」


 カリオンだけで無く、オクルカやリリスやリベラまでもが表情を変えた。

 それは間違い無く報復だと確信した。先の城での一件や、療養所での件のだ。


 太刀を振るったジョージやリベラに報復に来ていた。

 軍勢単位では勝てないのだから、一点集中での暗殺だ。


「で、ジョージはどうなった」

「はい。実は報告がもう1つあります」

「もう1つだと?」

「はい」


 警備兵は押さえた抑揚の無い声で言った。


「ジョージスペンサー卿の邸宅で、化け物が姿を現しました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ