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イワオの成長 コトリの学び


 ――――伝令!


「ハッ!」


 イワオは指揮所の脇にある詰め所の中で順番を待っていた。

 戦線を縦横無尽に駆け回る伝令役は、馬術に長けた者の仕事だ。


 ――――左翼へ通達!

 ――――暫時前進し主力を追い越せ!

 ――――行けっ!


「委細承知!」


 イワオは外に繋いであった愛馬レイブンで駆け出した。

 その馬はジョージスペンサーからのプレゼントだった。

 近衛師団長で国家騎士師団総長、国家の国防と警察の全てを掌握する丞相だ。

 当然の如く馬やその馬具やそれだけで無く、馬にまつわる様々に明るい。


 なにより、ジョージはこのイワオの出自を知っている。

 散々と世話になった太陽王の宰相カウリ・アージンの遺児だ。

 血の繋がりは無いが、戦場で拾ったと言うヒトの子を実子の様に可愛がった。


 ――――ワシに何かあったらこの子を頼むぞ


 酒の席で冗談染みた事をカウリ卿はよく言っていた。

 ジョージは全く馬鹿正直に、その言いつけを守っていた。だが……


「丞相。あのヒトの男は馬が上手いですな」


 ジョージの側近達が感嘆の言葉を漏らす。

 戦場の不整地を走るレイブンは、並み居る騎兵たちの馬を追い越していた。

 騎兵の馬はどんな所でも一定の速度で走れる様に調教されている。

 そんな馬群のなかを縦横に走るというのは、見ている以上に難しい。


「……あのカウリ卿が我が子の様に可愛がったのだ」

「なるほど……」


 馬が靴代わりになる騎兵総長の手ほどきだ。

 あの馬術も宜なるかなと皆は納得した。


 あっという間に仮想戦場を横切り、左翼の先頭へと到達したイワオ。

 手短に口上を述べると『委細承知』の言を預かり戻ってくる。


 無線という通信技術が無い世界では、伝令が重要な役割を持っていた。

 騎兵は隊列を組み突進するのが基本戦術となる兵科なのだ。

 それ故、情報伝達を密に出来る密集陣形を取れない。


 従って、伝令は自然と重要視され、その犠牲を顧みずに使われるのだ。

 矢が飛び交い、剥き出しの敵意がぶつかり合う戦場を縦横無尽に駆け巡る稲妻。


 伝令は走る。

 太鼓やラッパという単純な音だけでは伝わらない情報を持って。


 勇気と度胸と責任感を胸に、部隊を指揮する騎兵団長へ指令を届けるために。

 その重要なポジションにイワオは送り込まれた。

 ビッグストン夏期休暇の間に行われる夏期大演習の一コマだった。











 ――――――――帝國歴338年7月25日

           ガルディブルク西方100リーグ

           トゥリングラード演習場











「さて、ただ戦場を走り回っていても意味は無いな」


 2週間の予定で始まった騎兵演習もいよいよフィナーレだ。

 そろそろ何かしらの確かな成長を見せてもらいたい。

 何か難しいテーマを思いついたのだろうか。

 ジョージはそんな言葉を口にした。


 太陽王カリオンからは、『イワオは厳しく鍛えろ』と指示を受けている。

 将来は恐らく太陽王の馬廻りとして使う腹なのだとジョージは思っていた。


 故に、ジョージはとにかく厳しい局面でイワオを走らせた。

 その指示を出す理由や意味や、出した側の意志を汲む練習を課したのだ。

 このまま行けば、将来は一角の士官になる。誰もがそう思うような厳しさだ。


「……ですが丞相、あの子はヒトですよ?」


 ル・ガルの中に於いてもヒトを軽く見る空気は根強い。

 どれ程弁舌を述べても、所詮ヒトは奴隷階級という感覚だ。


 軍の高階層にある者ならば、ゼルの赫奕たる手腕を良く覚えている。

 ヒトなのが惜しいとまで賞賛されたその戦術眼はイヌには無いものだった。


 だが市井の者には理解できぬことでもある。

 そして何より、社会的な不平不満の捌け口でもある。

 誰だって底辺には堕ちたくない。

 そんな後ろめたい感情を裏支えする社会的な弱者だ。


 ――やはり理解出来ぬか……


 キチンと育てれば第二のゼルになるかも知れない。

 ジョージはそう思っているのだが、ヒトを良く知らない層ならば……


「ヒトは考え方が違うし、物の見方も違う。同じ教育で違う形に育つ」


 分かるか?と言いたげなジョージは満足そうに笑っている。

 ただ、それと同時に『厳しく育てろ』と言う言葉の裏の意味に気が付く。


 鍛えるのはイワオだけではないのだ。

 アレはヒトだと頭から馬鹿にして掛かっている者達も教育せねばならない。


 自分だけが知る事を周りに理解させて納得させて、その一部にすること。

 戦場を走り回る兵を鍛えるだけでなく、用兵側の思考をも鍛える。

 騎兵夏季演習の意味はそんな所にもあるのだった。


「今日で演習も終りだ。故に、あの小僧にも成長した所を見せてもらわんとな」


 ニッと笑ったジョージは戻ってきたイワオを呼びつけた。

 まだ走らせるのか?と驚く参謀達を横目に、朗々と指示を付けた。


「伝令!」

「ハッ!」

「右翼へ付き、一隊を率いて中央へ加われ。後に中央より一隊を引き抜き左翼へ付け加えろ! 前面を圧し抜け道を作るな!」

「承知!」


 イワオは間髪居れずに駆け出した。

 レイブンは息も上げずに元気良く走っている。

 底なしな体力を誇る軍馬は一日中掛けていてもへこたれないモノだ。


 往々にして騎兵や伝令の方が先に音を上げる事になる。

 『馬を休ませよう』と言い出すときは、大体が馬を理由に人が休むのだ。


「あのヒトの子の体力は恐ろしいですな」

「全くだ。汗だくではあるが、馬の乗り方は全く疲れていない」

「それどころか、まだ腰を浮かせる脚力だぞ」


 ジョージの周囲に居たヴェテランの騎兵や側近や参謀たちが感嘆する。

 イワオはこの2週間を走り続けていた。連日連夜の平面機動演習をこなした。

 ビッグストンの教育カリキュラムにある基礎戦術全てをマスターしたのだ。


「もしかすると、訓練されたヒトとは恐ろしい種族なのかも知れんな」


 まだ若い騎兵少佐は感嘆するようにそう呟いた。

 馬上で一気に加速したイワオは、右翼へと取り付き指揮官に指示を通達。

 後に、一隊を率い中央へと加わった。


 馬群の先頭に立ち、その隊を誘導するように駆けるイワオは中央へと加わる。

 そこで再び指示を伝達し、前方へと駆けながら馬群を横切った。


 文字や口で言うほど簡単ではない変態的な運動といえる行為。

 陣形を維持する馬群を横切るのは馬の速度を変えていかねば為らないのだ。


 そんな高等馬術をさらりとやってこなし、イワオは再び一隊を率いて離れた。

 次は左翼へと加わり、その隊を左翼へと預けてから左翼全体を右へ寄せる。

 通達を受けた騎兵士官少佐は目を丸くしてイワオの手並みを見ていた。


「はっはっは! こりゃ凄いぞ! あの子は将来有望だ!」


 まだビッグストンの1年生でしかないイワオだが、それは老練な士官のようだ。

 満足な結果を残したその姿に、ジョージは胸を張って報告出来ると思った。


 ――太陽王陛下

 ――あなたの馬廻りは将来有望ですぞ!


 広大な演習場を横切った騎兵達が大きく旋回し、反復攻撃の為に反転した。

 その先頭集団に加わったイワオは馬上でサーベルを抜き、片手手綱で走った。

 その勇ましい姿にジョージは満足そうに笑うだけだった。






 ――それから5日後


 訓練された騎兵は100リーグを5日で移動する。

 イワオはガルディブルク城下の旧カウリ卿邸宅へと戻った。

 本来イワオは根無し草で、いまは卿の旧宅へ居候と言う立場だ。


 フレミナ騒乱で王都を辞したカウリだが、その邸宅はカリオンが維持していた。

 本来はトウリが引き継ぐ筈だった家だ。だが彼は郊外の王立療養所にいる。


 つまり、主不在のまま、邸宅は維持されていた。

 長らくカウリ邸の家令と執事(ステゥアート)を務めたロッドはまだ家を護っている。

 先に遠行したカウリ卿よりもやや年嵩の老人だが、いまだ眼光は鋭かった。


「ただいま戻りました」


 道具を一式持ったままのイワオは、カウリ卿宅へと返ってきた。

 それはつまり、ビッグストンからの帰宅でもあった。


「おかえりなさいませ。若」


 玄関の外まで出てイワオを出迎えたロッドは慇懃に頭を下げた。

 事情を知らぬ者が見れば、それは奇異な光景でしかない。

 ヒトの若者に老成したイヌの家令が頭を下げているのだ。


「ロッド……さん 僕は……」

「今は若がこのの主ですぞ」


 ロッドは全てを知っていた。

 カウリの保護したレイラの事や、その複雑な身の上や。

 それだけでなく、本来は忌み事と言うべき魔法薬の存在と使い道までも。

 イワオが持って生まれた重い宿命や、その背に負った過酷な運命も……


「……分かりました」

「風呂を用意させてあります。まずは埃を落とし、それから夕食にしましょう」

「はい」

「旦那様と奥様が好まれた紅珊瑚海の海老と北方産ワインを冷やしてあります」


 カウリやユーラ・レイラの時代から務める者たちが率先してイワオを援けた。

 それを見ていれば、若いスタッフは動かざるを得ない。


 イワオはレイラの産み落とした二人目の子供だ。

 姉リリスと異なり、イワオはイヌの姿をしていなかった。

 だが、その乳母をも務めた老婦人は、暖かな眼差しでイワオを見ていた。

 自らの乳房に吸い付き、その乳を飲ませて育てた外子でもある。


「レイラ様が見たならば、さぞお喜びだったでしょうに……」


 涙を浮かべつつ荷物を受け取り服を脱がせている。

 イヌのように体毛こそ無いものの、その身体格好はカウリから受け継いでいた。

 筋骨隆々とたくましく育ったイワオに、遠い日の赤子を思い出していた。






 それと同じ頃、ガルディブルク城ではジョージが帰還の報告を上げていた。

 玉座の間を出たカリオンは、戻ってきたスペンサー卿を城の入り口で出迎えた。


「……王よ」

「ご苦労様。疲れただろ?」

「いえいえ、この程度では……」


 それ以上の言葉が無かったジョージ。

 カリオン王はその信ある者には最大限の敬意と感謝を添えて配下に置く。

 この日はその腹心の一人であるジョージを出迎えたのだ。

 そして、その背を押して城の中へ誘った。


 ジョージはその事実に胸が一杯になった。太陽王の信を得ていると思ったのだ。

 行軍を行なえばどうしたって汚れるもので、その身から埃が撒き散らされる。

 後になって城詰めの女官や雑用係りが掃除する事になるのだが……


「ちょうど午後の軽食を思っていた頃だ。コトリ。ジョージもお茶を」

「かしこまりました」


 そこに居たのはリリス付きの女官見習いとして奉公に来たコトリだった。

 帝后リリスに付き従う女官たちの仕事は多岐にわたる。

 様々なその役割の中で、女性で無ければ出来ない仕事も多いのだ。

 その役割を全て覚える上では、見習いとして一から鍛え上げる方が早い。


 ――――勉強してきなさい


 エイラにそう諭され送り出されたコトリは、城のシステムに組み込まれた。

 見習い女官を示す灰色のワンピースに白いエプロンのメイド姿だ。

 リリス付きの女官長は南方血統であるアッバース家のサミールと言う。

 全てにおいて厳しく抜かり無い彼女の手により、コトリは鍛えられていた……


「で、どうだった?」

「いやいや、それはもう驚くばかりで」

「……ほぉ」


 楽しそうに話を聞くカリオンは、ジョージに話の続きを促した。


「馬術はそれこそカウリ様の生き写しです」

「……だろうな。あの鞍に乗せて良く走ったと叔父上に聞いたよ」

「それにそもそも、体力が全然違います」

「……と言うと?」


 やや怪訝な顔で訊ねたカリオン。

 ジョージは薄笑いのままだった。


「連日連夜、それこそ真夜中に叩き起こして伝令を命じたのですが……」

「それは…… きついな」

「えぇ。ですがあの子は、最終日の大機動演習時に鞍から腰を浮かせて……」


 話を聞いていたカリオンは、抑えた笑いをこぼした。

 抑揚無く『ハッハッハ』と笑い、そしてどこか遠くを見た。

 馬上運動は人馬一体となって重心をずらさぬ努力を重ねる事である。


 馬が走りやすいように乗り手は気を使ってやらなければ為らない。

 そうすれば馬も疲れないし、速度も随分と違ってくる。

 優秀な競馬のジョッキーは馬の上で前後運動まで行なうのだ。


 ただそれは、延々と揺れる馬上で空気椅子を行なう事を意味する。

 両脚には疲労が蓄積され、鍛え上げられた騎兵とて5日もすれば腱を痛める。

 筋肉は乳酸に押され、血管は細く締まり、酸欠と老廃物質で痛みを発するのだ。


「2週間を走りきったのか?」

「えぇ。それどころか、最後は平面機動の最中に馬群を横切る馬術まで」

「……ハハハ」


 カリオンはついに声を上げて笑った。左手を腰にそえ右手で額を叩いて笑った。

 その仕草はゼルそのモノだった。『血は争えぬ』と笑ったのは胸の内だ。

 その姿は紛れも無くゼルだとジョージは痛感していた。


「いずれにせよご苦労だった。9月の総軍演習も期待している」

「畏まりました。ご期待に応えて見せます」

「あぁ。よろしく頼む」


 そのタイミングで女官がお茶を用意してきた。

 淹れたばかりの香りは馥郁たるものだった。


「君も学んでいるね」


 黒いワンピースの一団に混ざり、灰色のコトリがニコリと笑った。

 太陽王カリオンの帝母エイラと同じく、黒々とした美しい黒髪が映える姿だ。

 繊細な指先と物憂げな優しい眼差し。見る角度によっては太陽王に重なるのだ。


 ――――まるで陛下の妹君ね


 口さがない城女官はそう陰口を叩く。

 実際にその通りである事を知る者は、城内にも殆ど居ない。


 その数えるほどでしかない者たちの中でお客さんの様に育ったコトリだ。

 エイラが過ごす私室の中で、娘の様に育てられていたと皆が思っていた。

 そんなコトリなのだから、誰だって気を使う存在でもあるのだ。


 ――――あの子を一人前に育てなさい


 女官たちの頂点であるリリスは、側近であるサミールにそう命じていた。

 サミールはかつて、シュサ帝が何処かで拾った根無し草な天涯孤独の娘だ。

 様々に便宜がはかられ、彼女は成人し良い歳の頃でこの職に就いた。


 表舞台に出る事があまり無い女官たちだが、決して愚鈍でも無知蒙昧でもない。

 貴族社会の様々なあれこれを熟知し、気を廻し、慎重に振舞う事が要求される。

 エイラの元で貴族の舞台裏を見てきたコトリは、そのしがらみを良く知っている。

 

 リリスの付き人となるには理想的な立場なのかも知れない。

 そんなコトリなのだから、カリオンやリリスの周囲にいる者達は当然期待する。

 分不相応な期待ともいえる事に当人は頑張っているのだが……


「おかげさまで、やっと少し慣れてきました」


 控えめに控えめに。

 出る杭が打たれないよう、コトリは一歩どころか二歩も三歩も下がっていた。

 女官衆の間に見え隠れする嫉妬と羨望と、後ろめたい悪意を警戒していた。


 太陽王の覚えめでたきヒトの娘だ。

 将来は全てを飲み込んだ王の夜伽候補かも知れぬ。

 イヌとヒトなら子は成さぬのだろうから、欲求不満な男の捌け口には最適だ。


「……気をつけなされよ」

「はい」


 深々と頭を下げたコトリ。

 いずれは一角の人材となる者たちの妻を育てる女学校だ。

 筋金入りの御姫様を育てる機関なのだから、何でも出来るように育てられる。

 女に必要な作法躾炊事洗濯掃除(さしすせそ)と呼ばれる気遣いをコトリは教えられていた。


 高階層の姫君は、何でも自分で出来る上で人にそれをさせる事になる。

 亭主である夫が外との一切に責任を持つなら、その妻は家内の責任を負う。

 家の監督責任者なのだから、令嬢と呼ばれる女に要求される水準は非常に高い。


 歩み去るカリオンとジョージの背に深々と頭を下げたコトリ。

 本来、カリオンは兄なのだが、この場では主従の関係を強調した。


 ――――気をつけて振る舞いなさい

 ――――あなたの些細な失敗が兄の立場を悪くします

 ――――王とは微妙な利害関係を調整する立場なのです


 それは、この家に生まれてしまった以上、どうしても避けられない宿命だった。

 エイラは幼いコトリにそう諭していた。そして、コトリはその様に育った。

 姉と慕うリリスもまたそうである様に、周囲が期待する姿で居る必要がある。


 だが、城詰め女官見習いなコトリにとって驚くべき人物が一人だけ居たのだ。

 ある意味でそれは運命の出会いだった。


 ――こちらの緞帳はどちらへ?


 やや猫背気味のその男は、上等な仕立てのスーツを着込んでいた。

 広い肩幅に逆三角形な体つきをした、長い手足と切り揃えられた毛並みの男だ。


 ネコ


 イヌにとって不倶戴天に近い敵とも言える存在。

 だが、そのネコはカリオンとリリスから絶大な信頼を寄せられる存在だった。

 城へ侵入を試みる不審者の通り道を悉く潰し、危険の芽を摘んで歩いていた。


「コトリさん…… 王は何処に?」

「ただいまスペンサー卿と玉座の間へ向かわれました」

「然様でございやすか。かっちけねぇ」


 猫背を丸くして頭を下げたそのネコ――リベラトーレ――は、スッと動いた。

 まるで風がながれていく様な自然な振る舞いだった。


 一言でいえば、空気でしか無い。


 そこに居るのに、何処にも居ない様な存在感。

 何処にでも居るのに、何処にも居ない様な透明感。

 細作と呼ばれる、暗殺を生業とした壮絶な立場の者だ。


 リベラは城の中で暗殺者の侵入ルートを潰す仕事をしていた。

 そして時には……


「キャァッ!」


 絹を裂く悲鳴が流れた。

 多くの城詰め騎士がその場に向かうと、若き女官が倒れていた。

 それを介抱しようとコトリも駆け寄るのだが、その肩をリベラが止めた。


「姿を現しなせぇ…… 城での手荒は御法度ですぜ」


 静かな口調で言うリベラは、音も無く両手の指へナックルガードを付けた。

 ややあって、柱の陰から男がヌッと姿を現した。


「城の中に何故ネコが居る」

「イヌならぬ者を始末する為でございやす」


 深い傷を顔に刻んだその男は、わずかな動きで投げナイフを放った。

 極々小さなモノだが、それには痺れ薬が塗ってある。

 僅かでも掠れば身体の動きが鈍くなってしまうものだ。


 だがリベラは、ナックルガードを付けた手でそれを払ってしまった。

 幾多の山を踏んできた細作は、全てを見抜いて対処していた。


「……手練れか」

「イヌならぬ細作が太陽王と懇意になるには、どれ程を山を踏まずばならねぇか」


 一瞬だけ目を閉じたリベラは小さく溜息を吐いた。

 この侵入者もまた腕試しに城への侵入を試みたのだった。


「それをわからねぇ訳じゃぁございやすめぇ……」


 若き細作や盗人や、そう言う特殊な生業を持つ者達には、共通する野望がある。

 裏稼業にある者達の間で一定の名声を得るべく、実力を示したいのだ。

 その為には王の城へと侵入し、何かを掻っ攫って見せびらかしたりもする。


 ――アイツは凄い


 その一言を得る為だけに、無茶を行い無理を通したりもする。

 ネコであるリベラの主な仕事は、ネズミ(そんな者達)を狩って歩くことだった。


「まさかこんなのが居るたぁ思ってなかったぜ」

「それを知っただけでも儲けものでやしょう」


 リベラの姿がゆらりと揺れた。

 侵入者は咄嗟に回避を試みたが、それ以上からだが動かなかった。

 リベラは溜息を吐く仕草に似せて、口中から痺れ針を吹いたのだ。


「チキショウ…… 付いてねぇなぁ」

「運を味方にしなきゃ務まらねぇようじゃ、お先が知れますぜ」


 一足では寄れぬ距離をスッと寄せたリベラは、重い一撃を腹に入れた。

 体捌きの全てが連動し、わずかなモーションで最大威力を叩き出す技だった。


「これを機に廃業しなせぇ」

「くそっ……」


 薄れ征く意識の中、侵入者は悪態をついた。

 だが、その意識の流れ着く先は眠りでは無く死だった。


「玉座に侵入を試みた者を生かしておく訳にはいきやせん」


 一滴の血を流すこと無くリベラ。

 ナックルガードの小さなスパイクに毒を仕込んでおいたのだ。


 身体から力が抜けて倒れ込んだ侵入者をリベラは抱えた。

 最後は暗いところへ出してやるのが細作同士の礼儀だ。

 死んだ後で白日に晒されることをもっと恥とする文化なのだ。


「申し訳ありやせん。この侵入者はあっしが弔っておきやす」


 静かにその場を立ちさったリベラ。

 その姿にコトリは言い様の知れぬ感動を得ているのだった……

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