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ル・ガル帝國興亡記 ~ 征服王リュカオンの物語  作者: 陸奥守
少年期 ~ 出逢いと別れと初陣と
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ウィルの秘密

「そうか。ワタラは知らなかったか!」


 アッハッハッハ!と大声で笑うゼル。だが、五輪男はやたらに怪訝な表情だ。


「なぁゼル。そう言う重要情報は事前に教えてくれ。俺は本気で心配したんだ」

「スマンスマン! カウリと話は出来ていたんだ。他の案件が忙しすぎてな」


 出征があった日の晩。チャシのバルコニーではゼルと五輪男がウィルを交えて、賑やかに酒を飲んでいた。エイラはリリスを預かり一緒に風呂へ行った。エイダは護衛の騎士を相手に剣術の訓練を居残りで行っていた。


「しかし、何を思ってカウリは娘をここへ置いていったんだ?」


 五輪男の疑問はもっともだ。

 年端の行かぬ娘を同行させるだけでなく、全く見ず知らずの場所へウィルと二人ぼっちで置いて行くなど尋常な沙汰では無い。


「実は、お嬢様の性格に問題がありまして」


 ウィルはカラカラと気楽に笑いながら話を切りだした。

 カウリとその妾の間に生まれたリリスは、母親が平民出身と言う事もあって王都では割と目立つ存在なのだという。かつてのエイラがそうであった様に、貴族の家に奉公に来た平民の娘が貴族様のお手つきとなり、悪い事に子を産んでしまうと言う事はよくある話だった。

 だが貴族でしかも王族である以上、あまり下手な事は出来ない。山に埋めてくるとか、或いは、何処かへうっちゃってくるとか、厄介払い的な処置は困るという事だ。

 そんな出自の存在は、わがままイッパイに育ってしまう事が多々ある。腫れ物に触るように周囲が接していたら、いつの間にかミニ女王様になっていたと言うケースだ。

 男の子であれば、やれ剣の修行だとか騎士道の修養だとかでシゴかれ矯正されるケースが多い。だが、女の子の場合はそうはいかない。王族といえど家事を求められることは多々ある上に、いわゆる「女子力」的ものは経験を積む場が無いと養われない。だから、王族と言えども沢山の人に揉まれる環境で育つことが肝要だ。


「お嬢さまの場合は人前に出なさ過ぎたのです。その関係で極度の人見知りに陥りました。知らない相手には、恐怖しか感じないのです」


 溜息を交えたウィルの言葉は深い落胆と後悔の色に染まっている。

 家庭教師という以上は、その教育全般に責任を持たねばならない。

 つまり、ウィルは失敗したんだという部分を恥じていた。


「仮にも姫さまとなると致命的ですね」


 エイダの家庭教師でもある五輪男はウィルの落胆を良く理解している。

 五輪男とてエイダの養育と教育については少々まずいと思う部分があるのだ。

 もう少し思慮深い人間に育てるべきだったと思うのだが。


「そうなんですよ。ですから今回はリリスお嬢さまにアレコレと入れ知恵しまして、カウリ様が楽しいところへ行くからと、まぁようするに(そそのか)した訳です」

「付いて行きたくなる様に?」

「そうです。そして、全く知らない人間ばかりの状況へ放り込んで、まぁ荒療治です」


 ウィルと五輪男は顔を見合わせて互いに眉根を寄せ渋い表情だった。こうでもしなければならないと言うのは、明確な失敗という事だ。

 子供を育てるのは楽しいが難しい。その生涯において最も大切な事は最初の三年から五年で全て身につけ、そして二次成長が始まるまでに定着させるものだ。


「しかし、なんだか身も蓋もない話だな」


 ワイングラスを揺するゼルは困り果てた二人を楽しそうに見ている。

 本来ならエイダの父親として責任ある立場な筈なのだが、気楽に笑う姿に五輪男は僅かながらの不快感を覚える。だがその直後。 

「えぇ。私もそう思う次第ですよ」


 ウィルの一言に五輪男は更なる不快感と驚きを抱え込んだ。

 何という他人事ぶりなのだろうか?

 あの子達の将来について責任を感じないのだろうか?


 そんな五輪男の表情に陰りが出たのを、ウィルは見逃してはいなかった。

 何となく自嘲気味な表情のウィルは両手を僅かに広げるジェスチャーを交える。


「お嬢様の人生はこれからです。その間に様々な経験をするでしょう。嬉しい事も悲しい事も沢山ね。そして、その中で彼女自身が自分を形作っていくのです。私がお嬢様を作るんじゃ有りません。私はその道標を作っておくにすぎません。まぁ、考え方の違いですけれどもね」


 個人主義とか放任主義とは違う子育て論。

 ウィルの口から出た言葉は、五輪男達ヒトの考える子育て論と根本的に異なる。

 だけど、それはそれでアリだよと思わせるだけの説得力もあった。


「つまり方法論ですね」

「そうとも言えますね」


 五輪男の行っている事が膨大な事例を前に一つ一つ考え方を矯正して行くモノだとしたら、ウィルの行っている事は問題に直面した時に考える力を付けさせようとするモノだ。

 様々なトラブルに直面した時、自分の知らない事態を解決出来るかどうかと言うのは思考力の深さによる。つまり、ウィルは場面場面での判断力と決断力を付ける事に重点を置き、五輪男は原則論と信念を元にぶれない生き方を教えている。


「男と女の違いだな。両方正解だし両方間違ってる。正誤が重なり合って存在している様なもんだろう? 結果、子供が大きくなって生き抜ける様になっていたら両方正解だ」


 上手い事話をまとめたゼル。

 五輪男は苦笑いだ。


「しかしだなぁ」


 いきなり声色を変え切り出したゼル。

 話題の転換を五輪男は悟る。


「ウィルが先々をみて手を打つのはわかるが、ワタラもまたそれをしているって凄い事だ」


 なんか妙な事を切り出したぞ……

 ゼルの言葉に五輪男が身構える。


「俺やカウリや親父もウィルの教育を受けて育ったから、今やってる事に不安は無いけど、ワタラのやり方も理にかなっていると思うよ」


 ゼルがウィルを指差して笑う。しかし、五輪男は驚いた。

 ゼルとカウリの父サウリもまたウィルの教え子。

 と、言うことは。


「キツネとは随分と長命なのですね。ネコ並みですか?」


 五輪男の知る限り、イヌの寿命は約250年ないし280年だ。

 だが、ネコはだいたい600年を生きると言う。

 イヌの三世代を教育出来るなら、少なくともネコ並みかネコに近い寿命が必要なのだろうけど……


「実は、私はもともとキツネではありませんでした」


 五輪男の疑問を見抜いたのか、ウィルはいきなり妙な事を言い出した。


「え?」


 素っ頓狂な言葉を漏らした五輪男をゼルが笑った。


「実を言うと始まりが何であったかは覚えてないのです」

「どう言うことですか?」

「さぁなんて説明しましょうか」


 ウィルが苦笑いを浮かべた。

 それを見ているゼルはニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた。

 事態を飲み込めないのは五輪男だけのようだ。


「根本となった最初の私はとっくに死んでいるのです。私は初代の私から記憶を受け継いだだけの全く違う魂なんです」


 五輪男の脳裏にヒトの世界の記憶が蘇る。


 ――――クローン? 記憶転写? ……マモー?


「つまり…… え? あ、なんか混乱してきた。あなたはオリジナルではない?」


 首をかしげた五輪男が不思議そうにしている。その仕草が楽しいのかゼルは陽気に笑い続けている。段々と腹が立って来たのだけど、それよりもウィルの正体を知りたい。

 そんな知的好奇心のほうが強くなっていた。


「おりじなるという言葉の意味は解りませんが言いたい事は解ります。言霊を見れば意思が解るのですしね。私は……うーん……そうですね。大きな思念の集合体だったんですよ。人の思いとでも言うんでしょうか。それをね、形にして一番最初は人形に詰め込まれたんです。もう随分古い話です。一番古い記憶で鮮明に思い出せるのは、そうですね、千年くらい前でしょうか」


 ウィルははっきりとそう言い切った。千年の記憶を持ち活動する存在。

 五輪男の表情に怪訝な色が浮かび上がる。


「始まりの私は私の主と共に、ある研究をしていたんです。所が、その生涯の間に完成しそうに無いと気が付いた時、最初の私を作った主は突然に別の研究を始めました。それは、これから生まれてくる魔道師や魔術師と言った存在の精神の一角を乗っ取ってしまうという方法です。私を私たらしめているのは記憶と技術です。ならば、それを受け継ぐ事が出来れば研究は永遠に続けられると主は考えたんでしょうね」


 想像を絶する未知のテクノロジーに五輪男は震えた。魔法をなんどか見た事はあるのだが、それは手品やショーと言った分類のほうが正しいモノばかりだった。

 風を起こす。火を起こす。水を生成する。電撃を発生させる。更には、人間が本来持っている治癒力や再生力といったものを過剰励起して傷や怪我や病を癒す。そういう『解りやすい魔法』と言うものばかりだった。

 だが、多くの『魔法使い』と呼ばれる存在が様々な場所へ引き篭もって研究を続けている内容は、端から見る物とは全く違うものばかりと言って良い事を五輪男は知っていたし、何度か目にしていた。


 人工生命。ヒトの世界で言うホムンクルスの研究。不老長寿と死の回避。無機物へ魂を宿す方法。ゴーレム。キメラ。アンデッド。更には空間転移や次元転移といったテレポート系。異なる世界から『なにか』を召還する方法。

 つまり、ヒトの世界と同じく『物理法則を捻じ曲げる方法』を多くの魔術師が研究していると言う事だ。そしてそれは簡単に言えば『神の定めたたった一つにして完璧な摂理』つまり、熱力学及びその第二法則への挑戦だ。何も無いところから何かを作り出し安定させる。その見果てぬ夢に挑む為に、多くの魔導師達は生涯を捧げる。


「つまり、あなたは不老不死で無限の存在って訳ですか?」


 ウィルを真っ直ぐに見た五輪男は、そう訊くしかなかった。

 理解の範疇を遥かに通り越したところで繰り広げられている、トンでもない技術の研鑽に眩暈を覚える。そして、ヒトの世界であろうと無かろうと、好奇心が突き動かす研究の果てと言うのは、恐ろしく遠く果てし無い。


「その質問は本質的には正しくありませんが概念としては正しいでしょう。私は私の総体としては変化し続けていますが、根本もまた確実に維持し安定しています。ですが、その器となる身体は様々に変化し、そして死と再生を繰り返します。この身体は約百年ほど前に私の弟子としてやってきたキツネの男が得た子を使っているのです」


 ウィルは静かに笑った。


「私はウィルケアルヴェルティと言う名ですが、大元の名は別にありました。キツネの男が名付けた名も別にありました。この身体を提供してくれたキツネの子と記憶の統合を図った時に自ら名乗った名がウィルケアルヴェルティなのです。ですから、私はキツネの男であると同時に巨大な思念体の総体を結晶化した存在でもあるのです」


 思わず頭を抱えた五輪男。理解しなければならない事があるにも拘らず、脳が本質的な部分でそれに対する思考を拒否しているかのような状態だ。


「では、そのキツネの子は何処にいるんですか?」

「私ですよ。私そのものです」

「ウィルは?」

「それも私です」


 ウィルは両手を前に突き出しジェスチャーを見せた。


「例えばこうしましょう。右手に塩が乗っています。左手には砂糖が乗っています。それを両手で混ぜたら、どんな味になりますか?」

「塩と砂糖の味が同時にしますね」

「私はそういう状態なのです。ですから、キツネとしての人生を送りながら、膨大な大元の私の記憶をも引き継いでいるのです」


 五輪男はちょっと大袈裟に椅子を座りなおした。

 そんな仕草をゼルが静かに眺めている。


「実際、俺も良く解らないんだよ。ウィルの中身って奴が。ただ、モノを考えて結果を出すと、その応えは大体間違いが無い。ついでに言えば、最初は間違っていると思っていたけど、後になってから正しかったって事が何度もある。五年十年と先を見て手を打つ事に関して言えばウィルは間違いが無いんだ」


 ゼルの呟きにウィルは僅かな会釈をした。

 言葉に感謝しているのだろうと五輪男は思った。


「そもそもウィルはノーリ王の相談役だった。そしてノーリの父やその父の相談役でも有ったそうだ。ノーリが選んだ跡継ぎはトゥリだったが、ウィルはサウリの教師役として引き続きアージンの家に関わっているんだよ。進むべき道を示してくれる案内役だ」


 ゼルの口から初代太陽王ノーリの名が出てきた。それにも五輪男は衝撃を受ける。ウィルが言うとおり、このキツネは根本の部分でこの世界のモノならぬ何かを持っているのだと思い知らされた。


「ところであの、ここから先は単なる知的好奇心ですが」

「いいですね。好奇心こそがすべての源ですよ」

「あなたの研究されている事はなんですか?」


 良くぞ訊いてくれた!と膝を叩いて得意な顔になったウィル。

 この辺りの素直な反応は、まだまだ若いキツネの男の部分じゃ無いかと五輪男は思うのだが。


「不老不死を手に入れてまで没頭する研究が何なのか知りたいだけです。だって、不老不死自体だってそれなりに危険を伴うものでしょう?」

「その通りです。統合を行う相手が拒否すれば、私の記憶は全てが失われてしまうのです。記憶と存在の統合を行う魔法は一発勝負なんですよ」

「そんな危険を犯してまで続けたい研究ってなんですか?」


 ウィルは静かに笑みを浮かべた。マダラとは言えキツネなのだ。

 俗に狐目の人間などと言うが、目じりの左右が上へと切れ上がっている。

 そんなマダラの男は楽しそうな表情を浮かべて言った。


「時間転移です」

「時間……転移?」

「そうです」


 ウィルはやおら立ち上がると部屋の隅に置いてあった剣を取って放り投げた。

 弧を描いて床へと落ちた剣が賑やかな音を立てる。その音に驚いたのか、チャシ詰めの騎士が何人もやって来た。


「何の音ですか!」

「大事無い! 心配ない。問題ない」


 怪訝な顔をしている騎士をゼルが宥める。

 五輪男も振り返って手を翳した。問題ないと言うジェスチャーだ。


「このように、起きてしまった事を後から変えてしまうには非常に手間が掛かります。ですからそれが起きる前に戻って困った事態が起きないようにしてしまえば問題は根本から改善される。そうは思いませんか?」


 ウィルの例えに五輪男は深く頷いた。言いたい事は良く解る。タイムマシンを使って事件事故の前に行ってしまえば歴史を改変できる。そんな妄想はヒトの世界にいた頃から何度も目にしているし、創作物に触れている。


「ですが、短い生涯では出来得ない研究でした。基礎的な部分で空間転移を行う事は可能であると結論付けたのですが、時間を飛び越える事が難しいのです。この三百年で随分と進歩しましたが、魔法転移を行っている最中に時間の流れを制御する事がどうしても出来ない。一度など十万年程度過去へ飛ばされてしまいました」


 悪戯っぽい笑みを浮かべたウィルが五輪男を見る。


「いずれ形にします。終点は見えているのですよ。あと、そうですね百年か二百年か、それ位掛かるでしょうけど、必ず形にします。そしていつか……」


 ウィルは遠い星空を見上げた。


「私の大元が居た世界へ戻ります」

「居た世界? 異なる世界ですか?」

「えぇ、そうです。『わーどなー』と言う能力を持つ男が私を作りました。言霊を操れるのです」


 五輪男の脳内にウィザードリィが浮かんだ。だが、ワードナーと言霊の二つの単語が思考を現実へ引き戻す。


「あぁ、そうか。ワードと接尾辞でワードナーか」

「なんですか?」

「ヒトの世界で使われるもうひとつの言語ですよ。ワードは言葉とか単語を意味し、最後にナーと付いているのは、それを扱う者、使役する者と言う意味になります。つまり、言葉を扱い使役する者。そう言う意味でしょうね」


 そんな五輪男の言葉にウィルが感極まったと言う顔をした。涙を浮かべているようにも見えるのだが。


「この千年。知りたくとも解らなかった事を今知りました。ワタラ殿。心から感謝いたします。そしてどうか、そのもう一つの言語とやらをご教示願えないでしょうか」

「いや、実際自分も上手く使いこなせないんですよ。ですから他人に教える水準ではありません。ですが、疑問を一緒に考える事は出来ます。いつでも相談してください」

「わかりました。その時はよろしくお願いいたします」


 ウィルが手を差し出し五輪男はしっかりと握手した。

 右手の指を連結器のように巻きつけるこの世界の握手。

 だけどそれは、相手の手の温もりをしっかりと感じられる握手だった。


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