未知との遭遇・後編
~承前
「悪いけど…… もう一度最初から順を追って説明して」
「いや、だからだな……」
救出されたトウリは、カリオンとふたりで話し込んでいた。
――なん人も近づけてはならぬ……
ウォークにそう言い、近臣達まで退けさせたカリオン。
トウリを知らぬリベラなどは、かなり怪訝な表情だった。
そしてもちろん、オクルカの付けたフレミナ騎兵もだ。
ル・ガル騎兵に救助されただけでは無く、敵だったはずの騎兵に救助される。
その事態を上手く飲み込めなかったフレミナ騎兵は、白昼夢状態だ。
――そなたらはル・ガルの友邦国騎兵だ
――同盟軍の一員として歓迎する
――争いは終わりを告げたのだ
カリオンの意を受けたジョージは、そう弁舌を並べてフレミナ騎兵を歓迎した。
馬を失い、僅か5名となったフレミナ騎兵は、ただ黙って事態を見守った。
だが、カリオンとトウリの会話は遅々として進まないでいた。
トウリの説明はいまいち要点を得ないモノで、カリオンですら聞き返す有様だ。
騎兵にあらずとも国務を掌握する者であれば、報告すべき要点は共通している。
敵はどのような集団なのか?
敵はどの程度の武装なのか?
敵の全体総数はどの程度か?
敵の攻撃能力はどの程度か?
その説明に関し、トウリはこう言った。
「ゼル稜の周辺で夕食の支度をしていたんだが、獣用の罠に何かが掛かったので騎兵に見に行かせたのだが、血塗れで返ってきた彼らは口々に『突然攻撃を受けた』と繰り返していて――
トウリの表情は緊張を隠さないほどに緊迫していた
何が起きたのか、自らですら理解出来ないと言った風だ
――事態の確認をするべくそこへと向かったら、複数の集団が激しく戦闘中だった。だが、実態は一方的に攻撃され逃げている集団が居た。フレミナ騎兵はそれをサンカと呼んでいるのだが、どうも杣人のようだ。そして攻撃していた側は……」
トウリはより一層に緊迫した表情で言った。
その声は震え、ややかすれ気味だ。
「恐らくヒトだ……」
「ヒト?」
「あぁ……」
何度も首肯しているトウリは、一つ息を吐いて、今度は横に振った。
そして、チラリとリリスやジョージを見た後でクルリと背を向けた
「だが、その姿は異形なんてモノじゃ無い。全身を光沢のある甲冑で包み、顔すらも見えないほどに鎧われている姿だ。手にしていた細長い武器は、鋭い音を放ち超高速な鉄の矢じりを放つ」
トウリの言葉に怪訝な表情を浮かべたカリオンは『それって……』と言った。
カリオンがイメージしたモノとトウリが思うモノは一緒だろう。
「いつか見たゼル様の、あのヒトの世界の武器を大型にしたようなモノだと思う」
顔を見合わせたふたりは、言葉を飲み込んで視線を闘わせた。
何かを言いたいのだが、その言葉を上手くまとめる事が出来ない。
およそ軍人というモノは、要約し簡潔に表現する事を良しとする。
だが、現状ではふたりとも様々な言葉があふれ出ている状態だ。
そして、それを上手く再構成する事すら出来ないで居るのだが……
「……思うと言うのは?」
「うーん……」
口中で言葉を練ったトウリ。
カリオンは辛抱強く言葉を待った。
「それの正体を確かめたわけでは無いから分からないと言うことだ。サンカは一方的に逃げていて、我々に助けを求めた。フレミナ騎兵はとりあえず敵勢力を押し戻そうと20騎程で挑んだが、瞬きするほどの間に全滅した」
フルフルと顔を振って否定の意を示したトウリ。
絶対的な問題として実力が違いすぎると言う事らしいが……
「川は増水しており逃げ場は無い。我々は背水の位置へ押し込まれ、敵勢力は全体像が見えなかった。武器の音からして推定で5人か6人で、それ以上は無いと思うが……」
5人か6人。
たったそれだけの数の、おそらくは歩兵だろう。
騎兵の常識として、歩兵が騎兵の突進を止めるには、最低でも5倍の数が要る。
だが、多くて6人。
その事実にカリオンは寒気を覚えた。
「とにかく攻撃を防ぐ手立てがなく、俺を含め数人が川に飛び込み、陵を目指した。激流に巻かれ4人が溺死し、流された。馬もだ。敵勢力は我々を追う事はせず、まだ息のある者を殺して歩いた」
それはきっと恐るべき光景だろう。
時には声を震わせ、時には身振り手振りを交えるトウリ。
その振る舞いに迫真の心情をカリオンは感じた。
だが、ややあってその声がトーンを落とし、トウリは肩を落とした。
自らの無力感に打ち拉がれるように、辛そうにしていた。
「俺を含め7人ほどが陵へと上陸できた。そして、慎重にあの頂きへ登り、そこから見ていたんだが――
そこはカリオンに取って何人をも犯さざる神聖な場所。
父ゼルの眠る大切な場所だ。だが、トウリの話しを聞く限り、事態は緊急だ。
面白くない事態だが、怒るわけにもいかない。
ただただ黙って話しを聞くのだが……
――カリオンは面白くないだろうが…… いや、俺自身も申し訳無いと思った。だけど、もう他に逃げる場所が無かった。そのヒトの集まりは最後に一箇所へと集まって空に手をかざした。すると、雲の上から光がさしてきて、その光に飲み込まれ消えた」
『消えた?』と不機嫌そうな声で聞き返したカリオン。
近臣達であれば思わず縮み上がる声音だが、トウリは気にしていない。
それは、その声は、カリオンが集中して話しを聞いている証拠だと知っている。
「あぁ、まるで光に吸い込まれるようにフッと姿が消えていった。ただ、一瞬だけ身体が浮かび上がったようにも見える。まるで神の力だ。ついでに言えば、その姿や形から見て全部男だと思う」
普通に考えればありえない話だ。
武装した騎兵20騎が瞬きほどの間で全滅するなど。
そして、光に吸い込まれて消えるなど、あり得ない。
ただ、その可能性に付いてありえると理解したのは、他でも無いカリオンだ。
荒唐無稽な話だが、この世界の常識を超える物は父ゼルが幾つも見せてくれた。
もうひとつ。
あり得ない事をあり得ないと一刀両断にしてしまうのは間違いだ。
つまり、思考が停止して、その先に続かないと言うことだ。
全ての可能性を自らに閉じること無く、柔軟に考えねばならない。
遠い日、まだ幼いカリオンが初陣であった日から、ゼルはそう教育してきた。
どれ程に荒唐無稽でも、あるがままを素直に受け取って考える。
そんなモノはあり得ないと思考停止した時点で次は無い。
再び一方的にやられて、そして滅んでいくのだ。
「中身はともかく、その集団はこの地域を離れたと見て良いんだね?」
「あぁ。どんな手段か想像もつかないが、彼等は空へ帰っていった」
数歩離れて空を見上げたカリオン。
すでに日暮れになり始め、夜の闇が音もなく接近しつつある。
カリオン麾下のル・ガル騎兵は野営の準備を始ていた。
「ところで兄貴、サンカって?」
カリオンの素直な言葉にトウリも首をかしげた。
その正体を把握はしていないが中身は見えていた。
恐るべき殺人技術を持った者がチラホラ居たのだ。
「俺も良くわからないが、はた目に見る限りは、なかなか面倒な集団のようだ」
「と、言うと?」
「投げる仕様の刃物術や草の海に罠を仕掛ける術を知っている」
その言葉は暗殺術や細作稼業にある者をイメージさせた。
そして、正規戦ではなく非正規戦闘で実力を発揮する……
「リベラ!」
振り返ってリベラを呼んだカリオン。
やや離れた位置にいたリベラは、ウィルに一瞥を入れてリリスの近くを離れた。
川面に程近い場所で話し込んでいたカリオンのそばにリベラは近寄った。
「およびですか?」
トウリを知らないリベラは、露骨にトウリを警戒している。
あぁそうかと気がつき、小さな声で『身内だよ』とカリオンは言うのだが……
「……へい」
それでもなお警戒心を崩さないリベラ。
カリオンは苦笑するだけだった。
「サンカと呼ばれる集団をリベラは知ってる?」
カリオンの素直な言葉にリベラはいささか面喰らった。
ある意味で単純かつ不用心だと、あまりに無防備な言葉だと思ったのだ。
もしここでリベラがウソを言い並べても、カリオンはそれを真実と思い込む。
最大限よく言うなら、それは無条件の信頼と言う事だ。
そして、素直で真っ直ぐな人間性の発露とも言える。
だが……
「……まさか太陽王ともあろう方がサンカを知らないとは」
リベラはそうぼやいた。
遠回しに馬鹿にする事で、もっともっと広く見識を持って欲しいと。
臣下の者からそんな言葉を掛けられたくないと、そう思って欲しいと。
そう願った。
ただ、そうは言っても仕方が無い部分はある。
ル・ガルの常識として、山間部に暮らし里と敵対する者は、全て山賊だ。
彼らはル・ガルの社会に溶け込まず、支配者層に敵対してきた。
自由で奔放な集団で、集団的な規律を重視するイヌの社会とは相容れない存在。
サンカを知るイヌにしてみれば、彼らはそんな存在だ。
それが自由奔放な集団で済んでいれば、それで良いのだが……
「手前を含め、細作稼業にある者の技術の多くは、サンカが編み出したモノです」
外連味無く言い切ったリベラの言葉にカリオンの表情が曇る。
リベラは鉄の忠誠心でここに居る。
少なくともリリスやカリオンはそう確信している。
故に、こんな時にリベラがウソや冗談を言うはずが無い。
カリオンはそう信じ切ってた。
「面倒な集団がル・ガルに存在していて、しかも、その多くが暗殺稼業で……」
かなり怪訝な表情のカリオン。
だが、トウリは気楽な感じで言葉を返した。
「心配しすぎだ。サンカって連中の大半、いや九割がただの食い詰め者だ。俺もオクルカ公と一緒にシウニノンチュで見たが、フレミナ社会の中で居場所を失った者達が辿り着く所だよ。山中に隠れ里があるらしいが……」
『うーん』と鈍い声を漏らし、カリオンは考える。
綺麗に整えられヒゲ一つ生えてないアゴをさすり、思案を重ねる。
その仕草にトウリは遠い日のゼル公を見た。
男の身支度として、毎朝丁寧にヒゲを落としていた。
イヌならばヒゲは自然に生えてくるものだが……
「探し出したいな」
「見つけてどうする?」
「本当にフレミナから脱落した者であれば、保護してやりたい」
それは、ゆっくりとフレミナを取り込んでいくと言うカリオンの意志だ。
少なくともトウリはそう受け取った。太陽王に反発するならそれでも良い。
ただ、そうでは無い層は、ル・ガル市民として取り込んでいく。
異なる意見を持つなら、それを尊重し、その社会を維持すれば良い。
強引な併合は意味が無いし、返って手間が増えたり、或いは反発を生む。
力で押さえつければ、その反発もまた強くなると言う事だ。
「父はよくそれを言っていた。反対意見は決して無碍にするなと」
そんな事を言いつつ、カリオンはふらりと川縁を離れた。
トウリとリベラに『行こう』と手招きし、リリスの所へと向かった。
世界が大きく動こうとしているのだが、カリオンにはその気負いが無い。
「まぁ、それは追々考えよう。まだ時間はあるさ」
トウリはその鷹揚とした後ろ姿を見ながら『敵わないな』と気が付いた。
背負う重荷の重圧に負ける事無く、カリオンは自分の足で歩いていた。
その晩……
「平気か?」
「ん? なんで?」
焚き火を囲んだカリオンとリリス。
トウリやジョージ、そしてウォーク。カリオン政権の重臣が揃った形だ。
そして、ウィルとリベラはその場に同席し、周囲を警戒している。
ウィルは魔力を使って周辺を探査していた。
その範囲は大きいが、今のところはめだった動きがない。
「夜営は久し振りだ」
「楽しいね」
「楽しい?」
「うん!」
焚き火を眺めつつリリスは笑った。
そもそもが騎兵に育てられた娘なのだから、ある意味で夜営など朝飯前だ。
「お城の中に居るとね、快適だけど、でも、風を感じないし、太陽を見ないし、それに……」
ニコリと笑うリリスは、ピタリとカリオンにくっついた。
若い娘が好いた男にいちゃつくようなものだ。
「みんなが見てるから、気を抜けないでしょ。それが嫌とは言わないけど……」
気を抜くの意味が何かは考えるまでもなかった。
なんだかんだ言って、リリスもカリオンもまだまだ子供だ。
失敗という名の経験をたくさん積み上げ、彼らは大人になっていく筈だ。
だが、帝王とその后と言う肩書は若者らしい失敗を許さない。
実際は多くの者が『仕方無い』と思うような事だったとしても……
ふたりは気を抜けないし、努力し続けなければならない。
「……そうだよな」
思わず本音をこぼしたカリオン。
気を張り、胸を張り、努めて立派なふりをしているのだ。
だが実際は、酷く実際は息苦しい時がある。
「皆の目をいつも意識しているからな……」
カリオンはそっとリリスの肩を抱いた。
常にプレッシャーを受け続ける帝王の辛さを皆が感じた。
ただ、それはもう仕方がないことだ。
「時にはこんな夜も良いのかもしれないな」
「そうだね」
「何年かに一度は、国内を見て廻れば良いんじゃない?」
「そうだな」
顔を見合わせて微笑み会う若い夫婦に、皆が笑顔になる。
ただ、カリオンはスッと顔の相を変えた。そして、トウリに目をやった。
「ところで、日中に聞いた例の強力な武装集団だけど……」
カリオンの発した言葉で、その場の空気がパッと変わった。
太陽王の『暴力装置』を預かるジョージがジッとトウリに目をそそいだ。
「あまり思い出したくない相手だが……」
途端に表情を曇らせるトウリは、眉間にシワを寄せていた。
実際問題としてルガルの騎兵戦力や歩兵戦力では勝ち目がない。
カリオンが危惧するのは、そのヒトの集団の目的だ。
「実際問題として、彼等は何が目的だろうか」
国民の生命と財産を守る義務をカリオンは負っている。
故に、『今回は大した問題ではなかったから問題ない』では済ませられない。
その恐るべき集団が次に現れるのは、王都かもしれない。
ガルディブルクが蹂躙されるかもしれない。
他国に現れ、そこを平定して橋頭堡とし、一気に雪崩れ込む可能性もある。
或いは、定常的にイヌの国と摩擦している国家の秘密組織かも知れない。
ネコの国がヒトの世界の知恵や技術をドンドン取り込んでいるのは明らかだ。
そんな連中が、再びル・ガルを蹂躙せんが為に訓練を積み重ねているかも……
「俺も全部見たわけでは無いが、彼らは本当に一言も発していなかった」
「一言も?」
「あぁ、全く会話らしい会話が無かった。だが、点では無く面で前進してきた」
トウリの言葉にジョージとカリオンは顔を見合わせた。
騎兵の突進は戦線を造り、面で圧するのが基本だ。
それ故に、ラッパや太鼓や広範囲へ伝わる音を発し、統制を取る。
「つまり、彼等はその水準まで鍛練を積み重ねたと言うことだな」
カリオンは静かに唸った。
燃えさかる焚き火を前に、思案を重ねた。
実力的に押しつぶせると判断したのかも知れない。
それ故に、統制を取って前進してきた可能性がある。
「しかし、最初の会戦はどんな理由だろうな?」
ジョージはふとそんな言葉を口にした。
しばし思案したトウリも、ポロリと言った。
「思えば、最初のサンカは逃げてるようだった」
「逃げている?」
「あぁ。その5人か6人のヒトの群れは、戦列を敷き押し出す動きだった」
出会い頭に激突したのであれば、山窩は一方的に蹂躙された筈。
所が、その山窩は何かに居立てられるように、追い払われるようにしていた。
つまり、何らかの理由があって山窩は終われていた事になる……
「所で兄貴」
カリオンは僅かに首を傾げトウリを見た。
その眼差しに、トウリも怪訝な表情なのだが……
「サンドラはどうしたの?」
「……は?」
「いや、まだ寒い頃にサンドラをシウニノンチュへ送ったはずだけど」
カリオンの言葉にトウリが首を振った。
やや緊迫の表情だった。
「俺は会ってない。オクルカ公がフレミナへ立つ前に俺はここへ来ていた」
そんなトウリの言葉にリリスは驚きの表情でカリオンを見てた。
もちろん、ジョージやウォークもだ。
「なんだって?」
ふと、カリオンの脳裏に嫌なイメージが湧いた。
終われていた山窩がどこかにサンドラを掠ってしまったのかも知れない。
貴顕の娘と言う事で高く売れると、闇ルートに流しているのかも知れない。
どうすれば良いか、咄嗟にカリオンはイメージ出来なかった。
だが、何もしないわけには行かない。
「ウィル! サンドラを探せないか?」
「……探してみましょう。これから」
ウィルは荷物の中から小さな水盤を出した。
そして、川の水を張り、それが落ち着くのを待った。
「何事も無ければ良いのだが……」
他の誰でも無い。
カリオン自身が、一番慌てていた。
己の責任と罪の意識に焼かれる様にしながら……