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連邦国家へ フレミナ王の誕生

~承前






 ――――フレミナを掌握されたオクルカ殿は如何されるか


 オクルカの脳内では、同じ言葉がグルグルとリフレインしていた。

 目の前にいる男は、ル・ガルの全てを掌握している太陽王だ。


 迂闊な一言でフレミナは滅びる。

 それだけではなく、オクルカ自信の背負っている部下の命が喪われる。


 ──それだけは避けねばならぬ……


 オクルカの顔はまるで決戦に挑む騎兵だ。

 この一撃で相手の首を取るか、それとも、自分が死ぬか。

 この戦いに痛み分けはない。

 フレミナの全てを背負ったオクルカの決戦だ。


「我がフレミナは…… 滅びるのが怖い」


 どんな言葉を吐こうかと必死でオクルカは考えた。

 迂闊な一言だけはどんな理由でも許されないはずだ。

 それ故か、口をついて出た言葉は素直なものだった。


「それは…… フレミナの主の本音と聞いて宜しいか?」


 オクルカの目を見て言ったカリオンは、オクルカに表裏無い事を見てとった。

 こう言ってはなんだが、裏の顔を作るほど器用な男にも見え無い。

 思うがままの言葉をはっきりと言い切り、それに対し責任を取る男だ。


「あぁ、まぎれも無い本心だ」


 なんら逡巡する事なく言い切ったオクルカの目はカリオンを見ていた。

 それは、哀しいほどに誠実な騎兵の眼差しだった。


 だが、カリオンはやおら振り返ってリリスを見た。

 その眼差しに浮かぶものにリリスはカリオンの意を汲んで取った。


 ――――鈴の音は聞こえるか?


 と。


 リリスは小さく首を振り、そして笑みを浮かべた。

 その僅かな機微に心通じ合わせられた歓びをカリオンは感じた。


 だが……


「……ならば」


 今は言葉の合戦の最中だ。

 油断してはならぬし、気を抜いてもならない。


 カリオンは抜き放たれ床に突き立てられたオクルカの剣を抜いた。

 そして、その切っ先を自らの心臓へと当てた。


 ――――不満あらば刺し殺せ


 その意志を示したことになる。


「なっ!」


 僅かに慌てたオクルカは、唖然としてそれを見ていた。

 その太刀は恐ろしい程に黒い刃先を持つ太刀だった。

 カリオンをして、今まで見た事の無い濃密な瘴気を放っていた。


「たっ! 太陽王よ!」


 オクルカはその太刀の柄を握ると、カリオンから引き剥がし鞘へと収めた。

 その慌て振りにカリオンが驚く程だが……


「この太刀はフレミナに伝わる吸魂の太刀! いかな太陽王とて死は免れぬ!」


 フレミナに伝わる三種の神器の一つ。

 斬った者の魂を吸い取り、持つ者の力とすると言われる神宝がここに有る。

 カリオンはそれに驚いた。


 だが、周りに居た者は違う所に驚いている。

 オクルカはカリオンの身を案じて振る舞ったのだ。

 その姿勢には些かの逡巡もなかった。


 カリオンはややあってそれに気が付いた。

 そして確信する。


 オクルカは本気だ……と。


「ならば敢えて言おう。この争乱の真実を」

「真実?」

「然様。何故にこう至ったのか……だ」


 カリオンは床に突き立てていた太刀を抜いた。

 それはシュサ帝から受け継いだ太陽王の戦太刀。

 カリオンは僅かに笑みを浮かべ、その柄をオクルカへとさしだした。


「容赦ならぬ時は…… 余を斬ると良い」


 オクルカから見て20近く若いはずのカリオン。

 だが、今ここでオクルカに対峙する太陽王は、まるで老練な策士のようだ。


「先ずは…… 話を承ろう」

「……そうか」


 カリオンは振り返り、室内に居たドレイクやジョージに指示を出した。

 指先一つの僅かな動きでしかないが『椅子を持って来い』というものだ。


 室内に居たカリオンの部下達はそれを正確に読み取り指示に従った。

 その振る舞いはオクルカに『侮り難し』と印象を植え付ける。

 

 意思の疎通が出来ていると言う事は、指示無くとも振る舞えるのだ。

 つまり、同じ目的を持ち、一心同体に動き、目的を果たせる。


 オクルカの目が改めて室内を見回した。

 カリオンの后であるリリスの背後には、長身痩躯なネコとキツネの男が居る。

 その周囲にはスペンサー家の当主ドレイクと、近衛騎士団を預かるジョージ。

 僅かな数でしかないが恐るべき戦闘力なのは肌感覚として感じる事が出来る。


 ――勝てないな……


 オクルカはそう直感した。


 特にあのネコとキツネは危険だ。

 間違い無くどちらかが細作課業の殺し屋で、もう一人は魔法使い。

 接近戦を挑めないし、距離が有れば魔法が有利。


 ――ル・ガルを預かるとは、こういう事か


 オクルカはカリオンが背負う責務の実態を垣間見た。

 そして、その口から出る言葉をジッと待った。


「そも、余の祖父たるシュサ帝には3人の息子が居た……」


 ――あぁ……


 オクルカの脳裏に三人の名が思い浮かんだ。

 セダ・アージン。ノダ・アージン。ウダ・アージン。

 太陽王への試練を3人とも乗り越えた猛者達だ。


 シュサは子だくさんだったが、太陽王への資格を持つこの3人は特別だった。


「セダ公とノダ公には面識を頂いている」

「然様か」


 カリオンは僅かに首肯し、ドレイクの用意した椅子に腰を下ろした。

 その姿を見届けオクルカがジョージの用意した椅子へと座った。

 流石だと感心したのは、オクルカに椅子を差し出したジョージだ。


 着席した王は絶対的に不利。

 そこへ襲いかかって亡き者にしようとすれば、ジョージが斬り掛かっていた。

 その流れるような連係運動は、一度や二度の訓練で身につくモノでは無い……


「セダ公は先の…… ネコの国との合戦で遠行され」

「痛ましいことだ」

「痛み入る」


 カリオンは自らの胸に手を当て頭を下げた。

 親族の死を悼んだ者への感謝は努々忘れてはならぬ。

 その些細な配慮と気遣いこそが太陽王に一番必要なことだ。


「ノダ公が4代目の太陽王となる筈であった」

「即位されなかったのか?」

「独り身では王にはなれぬ」

「……なんと」

「ノダ公には思い人がおられた。余も一度だけ面識を持ったが……


 カリオンは天井を見上げ溜息をこぼした。

 正直に言えば、一度も見た事が無い女性だ。

 だが、必要ならば嘘をつくこともまた大切な事。


 その誹りの全ては自らの双肩に背負うものだった。


 ……美しく、聡明な方であった。余の妻も余には過ぎる程であるが……な」


 他の女を褒めたなら、同じくらいに妻を褒めねばならない。

 それは王では無く男としての大切な配慮。

 隅々まで気を回せるカリオンの真骨頂でもあるのだが……


「その女性が?」

「フェリブル公の差し金で亡き者にされた」


 その瞬間、オクルカの顔から表情が抜け落ちた。

 同時に、小さな声で『なんと……』と漏らした。


 フェリブルならやりかねんとは思うのだが、まさか女まで……


「ノダ公は犠牲を払って真相を調べ上げ、その後に、終生、代王で良いとおっしゃられた。フェリブル公の用意された太陽王の后候補は娶らぬと、そう意志を示されて、そして……」


 カリオンは顎を引き、三白眼の上目遣いでオクルカを見た。

 その姿には背筋を寒くするような迫力があった。

 言い換えるなら、密やかな殺気とも、或いは、敵意とも言える。

 つまりは、単純な表現で言う『怒り』だ。


「そして…… どうされた?」

「ノダ公は、余の父と、叔父カウリと、3人で復讐を勘案された」

「……まさか」


 オクルカは総毛だったように目を見開いた。

 カリオンが今から言おうとしていることが、大体察し付いたのだ。

 そして、その結果として今がある事も。


「いや。その復讐計画は頓挫した。ノダ公はフェリブル公の放った間者で……」

「やはりそうだったのか」

「結果、なし崩しで余が王になった。ただ、ノダ公存命の頃より妻を娶った故」


 この時点でフレミナの、フェリブルの野望は潰えた。

 オクルカはそう理解した。だが、場合によっては事態をひっくり返せる……

 つまり、リリスを亡き者にすればいいのだ。


「それ故に…… あの様に厳重な護衛を?」


 オクルカの言葉にカリオンは僅かな笑みを浮かべた。

 ただ、肯定も否定もしない。そう言う振る舞いが一番『効く』時もある。


「まぁ…… ノダ公は遠行され、余は王となった。そして、その遺志を継いだ形となり、禍根の種を残さず片付けるべく思案を巡らせた。結果……」


 オクルカは驚きの表情でカリオンを見た。

 それは、事態の真相を知ったのでは無く、本音を知ったと言う事だ。

 純粋な敵意と殺意だけでフレミナの根切りを試みたのだ。


 それを可能にするだけの実力をル・ガルは持っている。

 オクルカはそれを知っている。身に染みて知っている。


 莫大な戦力と強力な生産力で、全てを滅ぼせる事を知っている。

 国家の全てが民族存亡の決戦に向け作られているイヌの国家だ。

 過去幾度も世界規模での戦争を経験し、その能力は折り紙付きとも言える。


 その全てが牙を剥いてフレミナに襲い掛かりかけていたのだ。


「全貴族の配置換えなど、前例のないことだ」

「だからこそ効いたのだよ。現実に、公爵家ですら立ちゆかぬ事態になっている」


 両腕を広げ『どや?』と言わんばかりのカリオン。

 それは全てを可能にする太陽王の余裕でもある。

 また、それでもなお忠誠を受ける王の余裕でもあった。


「故に、その配置換えを元に戻そうと思っている。だが、ここで大切なのは……」

「我々フレミナの処遇と言う事か」

「然様」


 気が付けばカリオンの振る舞いは傲岸な王のそれになっている。

 カリオンは意識してそれを行っていた。オクルカを煽るように……だ。


「ならば我々を滅ぼされるか?」

「いや、滅ぼすとは言ってない。ただ、今後も同じように――


 カリオンは振り返ってリリスを見た。

 リリスはカリオンの視線に笑みを返した。


 そして、その視線はウィルとリベラをも見た。

 ふたりとも『いつでもどうぞ』の表情を浮かべていた。


 ――余と、余の妻と、そして国家に対する挑戦を続けるのであれば……」


 次は滅ぼすぞ。

 カリオンは言外にそう言った。


 オクルカはその事実に僅かならぬ悪寒を覚えた。

 間違い無く太陽王は本気だ。そして、その実力もある。

 先の合戦で肌身に染みて実力を理解したのだ。


「私はフレミナを掌握した。最も強行派のザリーツァを粛正した。正直に言う」


 一言、言葉を切ったオクルカはジッとカリオンを見ていた。

 その目は何処までも純粋なモノだった。


「フレミナは滅びたくない。オオカミの血統を残したい。神の右に座したしもべであるイヌと自由を選んだオオカミは解け合わぬかも知れぬ。だが、滅びたくないのだ。次の世代の為に。いつか混ざり合い理解し合い、共存出来る時代の為に」


 ウンと首肯したカリオンは、真っ直ぐにオクルカを見た。

 その眼差しには優しさを感じさせる笑みが浮かんでいた。


 ――目が笑っている……


 オクルカは内心でホッとしていた。

 危機を脱したと、そう思ったのだ。


「その言葉、オクルカ王の本心と受け取ろう」


 カリオンが静かに言った言葉でオクルカはホッと安堵した。

 だが、その直後にとんでも無い言葉が紛れていることに気が付いた。


 ――フレミナ王…… だと?


 生唾を飲み込んで驚いたオクルカは、緊張の度合いを一段上げた。

 そして、無表情でカリオンを見ていた。


「いま…… なんとおっしゃられた?」

「ん? 余はなにか間違ったことを言ったか?」

「いま、フレミナ王と」


 僅かに首を傾げたカリオンは怪訝な表情になった。

 それは理解出来ないという様な姿だった。


「実態としては、今までだって独立国だったようなものだ」

「だが……」

「それとも、その立場では不満か?」


 ここに来てオクルカはカリオンの狙いをやっと理解した。

 フレミナはル・ガルから斬り捨てられる。

 いや、独立させられるのだ。


 その上で、共存体勢を取ると言う事になる。

 つまり、緩やかな連邦制を取ろうと言うことだ。


「余はフレミナを独立させようと思う」


 ――やはり!


 オクルカの目はまん丸に見開かれた。

 5代目太陽王の掲げてきた目標である『ル・ガル一統』はこれで達成される。

 そしてそれは、フレミナにも恩を売り、尚且つ分離独立させない仕組みだ。


「オクルカ殿。そなたにフレミナ王の即位を依頼する」

「それは誰が認証するものか?」

「フレミナの意志。そして……」

「太陽王の認証か?」


 太陽王の認可を受けて即位するのでは属国扱いだ。

 オクルカは名ばかりの独立を警戒した。


 ル・ガル王による冊封体制をフレミナが認めれば、周辺国家も同じ道だ。

 やがてはル・ガルが世界を征服し、その支配圏の根拠としかねない。


 フレミナの王は古来より北方民族との繋がりを大切にしてきた。

 そんな彼らから恨みを買えば、オオカミ存亡の危機が一つ増える。


「いや、余は関知せぬ」


 え?

 オクルカはもう一つ驚いた。

 カリオンの狙いがいよいよ読み切れなくなってきた。


 ただ、カリオンはそれを気にせずに言葉を続けた。


「ル・ガルはフレミナ王と共に、連合体勢となる。やがてその連合体勢に他種族の王を加えた諸国王会議を興し、国家間の紛争や騒乱に調停をもたらす機関としたいのだ。先のネコの国との騒乱で余は学んだ。勝っても負けても人が死ぬ。それは避けたいのだ。父の帰りを待つ子等に、無事に父を送り届ける為に」


 カリオンの本音に驚いたオクルカは、蹴り飛ばすように椅子から立ち上がった。

 太陽王の側近達が驚いて駆け寄ろうとしたが、カリオンはそれを手で制した。


「私は…… フレミナを預かる人間として、太陽王の遠大な計画に参加出来ることを、この身に余る栄誉とする……」


 カリオンの目指す終着点が遂に示された。

 それはヒトの世界の知識や見識をも持つと言う太陽王の理想だ。


 争いを好まず、平和と安定を求める姿勢に、多くの者が賛同していると言う。

 公爵家だけでなく侯爵や伯爵と言った貴族家の者たちだけでは無い。

 町民や農民と言った下々の者たちまでもが、熱狂的に支援しているのだ。


 それは、このシウニノンチュの街を見れば分かる。

 街長を始め、町民の末端に至るまで太陽王を支持していた。


「余は…… また一人、賛同者を得たり…… 果報者よ」


 目を閉じて思いを馳せたカリオンは、椅子に手を差し伸べた

 オクルカに着席を促し、そして、話を続けようと言う姿勢になった。


 オクルカはどんな話が出てくるのかと身構えるのだが……


「所で、トウリは何処に?」

「あぁ、トウリ殿は、例の河原の陵にいる」

「……なぜ?」


 カリオンの言葉が僅かに冷たさを帯びた。

 それは、オクルカによる追放を疑った言葉だ。

 だが……


「トウリ殿はフレミナ敗残兵の狼藉を心配され、幾何かの兵と共に……」

「そうか」


 スッと椅子から立ち上がったカリオンは、太刀を鞘に収め振り返った。


「ドレイク」

「はっ!」

「シウニノンチュの留守居役を命ずる」

「御命のままに」


 ウンと頷いたカリオンは部屋の出口へ向かって歩き始めた。


「ジョージ!」

「はっ!」

「先の決戦を行った河原へ出向く。一個大隊を同行させよ」

「畏まりました」


 出口の所で立ち止まったカリオンはリリスを見た。

 その目は優しさを帯びていた。


「リリスも行くか?」

「むしろ行っちゃダメなの?」


 ニコリと笑って手を差し出したカリオン。

 リリスは歩み寄ってその手を取った。


「ウィル、リベラ、済まないけど」

「御命のままに」「御意に」


 ウンと頷いたカリオンは再び歩き始めた。


「ウォーク! 行くぞ!」

「はい」


 流れるようなその動きに、今上太陽王の盤石な体勢を見て取ったオクルカ。


 安定こそは最大の財産。

 その国家に一枚噛めるという歓びをオクルカは感じた。

 そして、新たな時代の幕開けを感じていた。

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