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フレミナ掌握





 ――――貴様はあのシウニンに尻尾を振るのか!




 鋭い声が飛びかう広場は、民族色豊かな男達が埋め尽くしていた。

 相手の胸に突き刺さるように放つ言葉の刃は、純粋な敵意に満ちていた。


「ならば伺うが、このままフレミナは座して滅びを待つのか?」

「滅びるなどと腑抜けた事を言うな!」


 今にも飛び掛りそうな勢いで立ち上がった男は、拳を突き上げ叫んだ。

 その目には狂気の色が入り混じっていて、どう見てもまともな状態ではない。


「奴らは平原に生きる者たち。この山岳に生きる我々に適うはずが無い!」


 真面目な顔で優性論を振りかざした男は叫んだ。


「始まりは平原で戦えばよい。徐々にその戦力を減らし、山へと後退し、この山岳部に引き込んで決着をつければ良いのだ! 決戦を乗り越えた者のみが生き残るのは自然の掟ぞ! このフーレの谷も! 山も! 森も! 草も! 石ころ一つですらも彼らの敵となって立ちはだかり決して負けぬ! 我らはオオカミぞ!」


 手が付けられぬほどに興奮した男は両腕を突き上げて叫んでいた。

 その姿には狂気の一言ですらも生ぬるい何かがある。


「フレミナの総戦力は凡そ10万。ル・ガル国軍は70万を動員し、さらに予備戦力として召集すれば100万を動員できる。しかもそれは、ル・ガルの国家生産力を維持しての数字だ」


 溜息混じりに言ったその言葉は、沸騰し続ける男の頭に冷や水をぶっ掛けた。

 ただ、だからと言って事態が改善すると言う事では無い。

 太刀をあわせ槍をあわせ、身を切って戦わぬ者の空論は限界を知らぬ。


「だからなんだと言うのだ!」


 こぼれそうな程に目を見開き、地団駄を踏んで悔しさを現した。まるで子供が思うようにならぬと駄々をこねるような姿だ。少なくとも、まともな大人のすることとは思えぬし、また、まともな人間の振る舞いとも思えない情け無い姿だ。


「一度の決戦で撃退しても、間髪いれず二度目三度目の決戦をル・ガルは挑めると言うことだ。そして、その都度にフレミナは消耗し、男は殺され女は犯され、家畜は食われ子供は奴隷に売り飛ばされる」


 負け戦の実態とは悲惨の局地に尽きる。戦争が悪いのではない。負ける事が悪いのだ。その、最も重要な事から目をそむける者は生き残れない。どれ程取り繕ったところで、人とは戦いたい生き物なのだ。


 戦って勝って、その勝利の美酒に酔えるなら、人は戦うのだろう。

 どれ程奇麗事を並べたとて、勝ち戦と言う甘美な響きに、人は酔うのだった。











 ────────ル・ガル帝國 北部山岳地帯 ザリーツァ山脈の麓

          フレミナ盆地 プルクシュポール

          帝國歴 337年 4月 28日











「至れる結末はどうやったところで変わらぬだろう。それでもフレミナは誇りを胸に戦い、そのまま滅びると言うのか?」


 腰をすえ、三白眼に睨み付けたオクルカは低く轟く声音で言った。

 目の前に座るのは、ザリーツァ山脈の尾根筋に街を作るザリーツァ一族の長だ。


 ザリーツァ一門は、かつてフーレ湖畔の僅かな平地を本拠地としていた。ごくごく僅かなネコの額ほどの平地を独占し、水上交通を牛耳って莫大な収益を上げていたと言う。

 他の一門はザリーツァに一定の配慮をし、その結果としてザリーツァは益々栄えて行った。如何なる時代だとしても、物流と食料を牛耳るものが強いのだ。


 ただ、その一族の棲家はフーレ大水害による大規模土石流の果てに失われてしまった。それ以来、水の弁を捨ててでも盆地や谷底に住むことを辞め、現在は山岳地帯の上層部を住処とする一族だった。


「戦わずして負けを認めるのは悔しいだろう!」


 ザリーツァの長シドムは、金切り声のような叫びを上げて抗議した。もっとも古くからフーレ湖畔に暮らし、フレミナ一族の中で最古参となるその一族は、どういう訳かフレミナ一門の中で一番の発言権を持っている。


『物流を止めるぞ?』

『食糧供給を止めるぞ?』


 この二つの切り札を長年牛耳ってきた一門は、その切り札を失ってなお300年の繁栄を見ている。だが、その繁栄は決して誇れるモノではなく……


「いずれにせよ負けるぞ?」

「だからなんだと言うのだ!」


 シドムの声は益々ヒートアップしている。

 もはや論理だった思考や理屈は消えうせた。


「負けると分かっていて戦って、それで死ぬ者は哀れだと思わぬのか?」

「誇りのために戦って死ぬのだ! 座して負けるのは悔しいではないか!」


 ただただ単純に、相手の意見に従うのが気に喰わない……と。

 負けるのが気に喰わないし、死ぬのは自分で無いから関係ないと。

 自らの意地とプライドの為だけに、相手を言い負かす事に拘っている。


「私は直接ル・ガル国軍と剣を交えた。その経験から言えば……『負け犬の言など何故聞く必要がある! 敗残兵は去れ! このフレミナの面汚しめ!』


 相手の言葉を遮ることは最大の侮辱。

 ソレを承知で行うのであれば、それ相応の応対を覚悟せねばならぬ。


 ただ、シドムは。ザリーツァを率いるこの男は。

 あのフェリブルの生まれ育ったザリーツァの長だ。

 手にした権力で何処まででも尊大の振る舞いを行う男だ。


「貴様は負けたのだ! 負け犬は舞台を去れ!」


 本来言ってはならぬ言葉だ。

 だが、冷静さを失い、負けたくない一心になればソレを踏み越えてしまう。

 その言葉にオギやナギと言ったオクルカ腹心が顔色を変えた。

 それだけで無く、フェルディナンドと共に戦った者達までもがシドムを睨んだ。


「……負けたのはフェリブルだ」


 誰かがボソリと言った。

 その言葉が引き金になったのか、別の男が言った。


「あのザリーツァの男は最後まで全線に立つこと無く勝手に死んだ」

「文句だけ言って最後まで戦わなかったきたねぇ野郎だ!」


 心の仕えが抜けたのが、オクルカの周りにいた男達が一斉に声を上げ始めた。

 ソレを遮ろうと声を張り上げるシドムの叫びを塗りつぶすほどの声だ。

 やがてシドムは声を嗄らし、押し黙ってしまった。


「……ザリーツァが戦うならソレは止めないが、我々トラ―チェは参加しない」

「我々エナーチェもだ。ザリーツァが勝手に戦えば良い」


 トラ―チェの長ナイエルとエナーチェの長エルナステは、顔を見合わせ言った。

 共にフレミナ騎兵の重要な供給源だ。共に高原地帯で暮らす放牧民で、その身体能力は驚く程高い者達だった。


「我がプラ―シェーはトマーシェーのオクルカに併せる。ナギは我がプラ―シェーから嫁いだ女の産んだ子だ。そのナギが言うのだから、オクルカの目に間違いは無いのだろう。ザリーツァがシウニンと戦うならソレは止めない。だが、シドムはその先頭に立って戦ってくれ」


 フレミナ五氏族のうち、ザリーツァを除く四氏族が反対を唱えた。

 それは、オクルカが事前に皆へ見せていた、小さな骨壺が原因だった。

 シドムによりフレミナを追放された者達が山窩となり、果てた姿だ。


 オクルカはコレをフレミナの犠牲者と言った。

 そして、フレミナを変えようと言った。


 だが、変わって貰っては困る者達が居る。

 ソレこそがザリーツァだ。


「なぜだ!」


 手にしていた湯飲みを大地に叩き付け、シドムは怒り狂って叫んだ。

 思うようにならぬ悔しさと歯痒さに狂っていた。


「なぜザリーツァに逆らう! 我々ザリーツァは道徳的に優れておるのだ!」


 スパッと言い放ったシドムの声に、ナイエルとエルナステが真顔で言い返す。


「逆らってはおらん」

「そうだ。フレミナは寄り合いだ」

「それぞれの意見をすり合わせ結論を見る」

「我々はザリーツァの家臣では無い」


 それに続き、トマーシェーと昵懇なプラ―シェの長ニドが口を開いた。


「傷ついた者、打ちのめされた者、弱き者、死に果てた者。それらにも情を注げぬ者を長と敬う謂われは無い。それは道徳的に優れた存在では無いのだ。お前さんは自分の我が儘を通す為だけに『 や か ま し い わ ! 』


 まるぜ全身が痙攣したかのようにデタラメに暴れるシドムは、口から泡を吹き、大地に寝転がってジタバタと暴れながら叫んだ。


「そんなの知ったことでは無い! お前達はザリーツァに従えば良いんだ! 我々ザリーツァは神代の昔から支配者だったのだ! その関係は千年経ってもかわらんのだ! 天の支配者に楯突こうとは愚かにも程があるぞ!」


 両手を握りしめ、大地をドンドンと叩きながらシドムは叫んだ。

 気でも触れたかのように、デタラメな声を上げて叫んでいた。


 言葉にならぬ言葉で怒りを表現するシドム。

 その姿を一言でいえば『キチガイ』だ。


「ザリーツァは支配者なのだ! 従えぬ者はこの手で!」


 シドムは腰に差していたマキリを抜いた。

 それは成人の証として、支配者の象徴として持つ短刀だ。


 ただ、このフレミナの意志を決める最高会議の席において、それは禁忌事項だ。

 やってはならぬ事をシドムは犯した。その事実は大きく、そして重い。

 顔の相を変えたニドが叫ぶ。


「シドム! お主正気か!」


 その言葉ですらシドムは気に入らぬようだった。


「あたりま……『御免!』


 マキリを振りかざすシドムの腕をオクルカの太刀が切り落とした。

 それはあのフェリブルを亡き者にした、漆黒の太刀『吸魂の太刀』だ。


「ギャァァァァァ!」


 チキンッ!と音を立てて鞘に太刀を収めたオクルカは、マキリの柄に残っていたシドムの手を大地へ落とした。ボトンと音を立てて床に落ちたその腕を拾い、オクルカはシドムへと歩み寄った。

 右手首を押さえ蹲ったシドムは、狂気をはらんだ眼差しでオクルカを見上げた。純粋な殺意がそこにあった。ただ、幾多の死線を踏み越えてきた騎兵には、どうと言う事は無いものだ。


 事実、オクルカは僅かに微笑んでいた。


「シドム殿。この席で太刀を抜き、刃傷に及べばいかな仕置きも受容する。それがこの席の掟なのはご存知だろう」


 オクルカに続き、ニドが言った。

 その声はまるで戦場に出る戦士の声音だった。


「本来なら一太刀で絶命せしところをオクルカは踏みとどまった。感謝こそすれ、よもや逆恨みなどあるまいな」


 シドムの性格を思えば逆切れしかねぬ言葉だろう。

 だが、シドムはそれをしなかった。いや、出来なかった。

 なぜならば、そのニドは腰に刺していた戦太刀の柄に手を掛けていた。

 そしてそれだけでなく、ナイエルとエルナステの2人も太刀を抜き掛けていた。


 オクルカを含め4人がシドムを睨む。

 切り殺す意志、殺意を爛々と漲らせて、グッと睨んでいるのだった。


「……フレミナの現状を鑑み、乞胸の長を呼ぶ事を提案する」


 ニドはシドムを睨みつけながら、ボソリと一言呟いた。

 乞胸とは、フレミナの最底辺にいる乞食や無宿者。河原乞食たちの総称。

 そして事実上、山窩の長だ。


「フレミナの指導者は次の長を選ぶ権利を持たぬ。だが、残り四人では半分に割れた場合に決定できぬ。ならば、このフレミナから抜け出て言った者に参加を求めるのが筋と我は考えるが、皆の意見を伺いたい」


 ニドの言葉にナイエルもエルナステも沈黙を持って賛意を示した。

 もちろん、シドムの手を抱えているオクルカもだ。


 痛みに呻くシドムだけが怒りに震えているのだが……


「シドム殿。ここに……」


 オクルカはシドムへマキリを握った右手をわたし、懐から桐箱を取り出した。

 太陽王を示すウォータークラウンの紋章が掘り込まれた桐箱だ。


「シウニンの主。太陽王カリオン公から下賜されたエリクサーがあるが」


 上目遣いになったオクルカはシドムを睨み付けた。


「これを飲めば手はくっつくだろう。太陽王の慈悲と温情でな。だが、フレミナの誇りを掲げるのであれば、当然それを断られるのだろう?」


 桐箱からエリクサーの瓶を取り出したオクルカは、指先で摘み上げている。

 さぁどうすると嗾ける様でもあるのだが、シドムは恨みがましい目で見ていた。


「貴様はフレミナの誇りですらも忘れてしまったのか!」

「忘れてはおらぬよ…… ただ、下々の者たちをも護らねばならぬ」


 特権的な立場で圧政を敷いて来たシドムだ。

 その事実はどうしても受け入れられないのだろう。

 猛烈な競争を生き延び、やっと手に入れた特権的な立場だ。


「まぁ、それは後で話そう。で、どうされる? 飲むか? 飲まぬのか?」


 オクルカはエリクサーの瓶を見えるように持ち替えた。

 濃紺な瓶に納まった液体が揺れている。


「それをよこせ!」

「嫌だね」


 オクルカは何を思ったのか、蹲ったままのシドムを力一杯に蹴りつけた。

 情け無い声を漏らして転がったシドムに、オクルカは再び蹴りを入れた。


「よこせ? まだ分かって無いようだな。違うだろ?」


 オクルカはエリクサーの中身を大地へとこぼした。

 小さな水溜りとなって大地にこぼれたエリクサーはほんのりと光っている。


「舐めろ」

「……でっ できるか!」

「なら、右手は諦めろ」


 オクルカはそのエリクサーの水溜りを踏みつけた。

 乗馬ブーツの裏で水溜りが弾け、貴重な魔法薬は全て消えた。


 目を見開いてワナワナと震えるシドムは、やがてカタカタと震えながら立った。

 幽鬼の様な眼差しでオクルカを見ていたシドムは、喰いしばった歯から血を流していた。


「……なぜだ?」


 それは小さな声だった。


「なぜなんだ?」


 表情を変えずに話を聞いているオクルカ。

 シドムは両耳を動かしながら、不思議そうな顔をしていた。


「おかしいではないか。ワシは…… ザリーツァの主ぞ……」


 全ての感情が抜け落ちたらしいシドムは、不思議そうに自分の手を見ていた。

 鮮血を滴らせる右手は、色が変わりつつあった。


「ザリーツァはフレミナの支配者だ。その支配者が、何故こんなに悔しい思いをせねばならぬのだ。何故ここまで虚仮にされねばいかんのだ。支配者とは、下賎な者どもとは違う優れし者ぞ。下賎な者が悔しがろうと……」


 不思議そうにオクルカを見たシドムは、僅かに首をかしげた。


「支配者が悔しがるのはおかしいでは無いか……」


 数歩前へと歩み出たシドムは、素直な言葉で同意を求めた。


「そうは思わぬか? これだけ努力して、やっと掴んだ主の座ぞ。全てを我慢して我慢して我慢しぬいて、己の妻ですら支配者の慰み者に差し出して、石を背負って悔しさを乗り越えた夜を幾つも数えて、それで…… それで…… それで……」


 理解できないと言わんばかりに首を振って、そして嗚咽を漏らす。


「ワシが可哀想だ。そうは思わぬか? その心を大切にするべきだと思わぬか? 我慢しきれぬ辛さをも我慢しぬいた者が、こんな仕打ちを受けても良いのか?」


 何度も、何度も、何度も。

 おかしい。おかしい。おかしい。

 ……と。


 気でも触れた様に呟き続けるシドムは、正体の抜けたような顔になっていた。


「ワシは、何のために我慢したのだ……」


 その場にドサリと膝を付いて崩れたシドム。

 他の四氏族が見つめる中、シドムは子供の様に声を上げて泣き始めた。

 ワーワーと声を上げて泣き始めた。年端の行かぬ子供のような泣き声だ。


「……一族の責任を背負うのなら、その決断にも責任を負うべきだ」


 オクルカはこの時、ビッグストンで学んだ事の意味を初めて理解した。

 自らの振る舞いの結論ならば、それは無制限に責任を負う義務があるのだ。


 そして、他人の命の責任を背負うならば、それは己よりも優先せねばならぬ。

 もっと多くの者たちを救う為であれば、己を犠牲にせねばならぬ。

 その捨身の精神を教える為に士官学校は存在する。


「あなたの時代はもう終るのだ」


 オクルカは黙って吸魂の太刀を抜いた。

 それと同時にプラーシェーのニドも太刀を抜いた。


「やっ! やめろ! やめるのだ! ワシはフレミナの王ぞ!」


 酷く慌て狼狽するオクルカ。

 だが、ナイエルとエルナステも立ち上がって太刀を抜いた。

 トラ―チェの長ナイエルとエナーチェの長エルナステ。

 そして、プラーシェーの長ニドの3人は、顔を見合わせて言った。


「……どれひとつとして三種の神器を持たぬ者が」

「……フレミナの王であろう筈も無い」

「我がプラーシェーはオクルカ・トマーシェーをフレミナ王に推挙する」


 『バカを言うな……』と漏らしたシドムだが、ややあってガクリと項垂れた。


 それは、全てを諦めた姿だった。

 そして、世の全てを恨む眼差しでオクルカを見た。


「そうか…… お主は狙っておったのか」

「狙ったわけではない。ただ、シドム殿がフレミナ王である限り……」


 無表情で太刀を払ったオクルカ。その刃はシドムの腹部を大きく切り裂いた。

 ズルリと抜け落ちる腸を手で押さえ、シドムは無表情な顔でオクルカを見た。


「セメ・ネマネラメ・マネレ・ママ・レレウラ・リ・ウリュ・ハハロレ・エ……」


 抑えていた手の隙間から血が溢れた。

 そのままドサリとひっくり返り、シドムは空を見上げた。


「ヘネウレ・マレレゥイレ・ウィ・ホィロィゥ……」


 ヘヘヘと僅かに声を上げて笑ったシドム。

 その段々と消えていく声は何ごとかを呟き続けた。


「ヒィウシゥイゥ・ラドィ・ザコゥバリェ・ヘレ・シウニン・ヘレ・フレミ……」


 最後の言葉は聞き取れなかったが、その言葉が何を意味していたのかは分かる。

 最後までフレミナに迎合しなかったザリーツァだけに伝わってきた古代語での呪文は、呪い殺す恨みの言葉だった。


「火宅の者だったな……」


 ボソリと呟いたエルナステは、手にしていた太刀を鞘へと収めた。

 同じように太刀を鞘へと収めたナイエルは、オクルカを見た。


「オクルカ。今日からそなたがフレミナ王ぞ」


 僅かに首肯したオクルカは、先に並べてあった山窩な者たちの遺骨前へとたち、肩膝を付いて剣の柄を捧げた。騎士の誓いを述べんとするオクルカの後姿に、ニドやエルナステや、そしてナイエルが同じように太刀を抜き払い、証人として背後に立った。


「我はオクルカ。トマーシェーを束ねる者なり。今日この日よりフレミナの王となり皆を導き護る事を誓わん。この太刀に誓い、我はフレミナの繁栄と安定とを希求し、その発展を願い、この身を犠牲とする事を誓う。再び、そなたらのような犠牲者が出ぬよう、努力する」


 立ち上がり振り返ったオクルカは、手にしていた黒太刀を天へ翳した。

 その姿には、漲る自信があった。


「これより、フレミナはル・ガル一統に貢献し、その中で我らの居場所を作る。フレミナもまた太陽王の家臣なり。イヌの国家の中に我らオオカミの居場所を作っていく。未来の子等のために、安定と安心を求めていく」


 力強く宣言したオクルカ。

 ザリーツァを除く3氏族の長が首肯し、オクルカを承認した。


「先ずは太陽王と会う。その上で腹を割って話をする。我らの未来を勝ち取る」


 ル・ガルはあたらな時代へと入っていく事になる。

 過去4人の太陽王がなしえなかった完全統一の悲願達成は近づいていた。

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