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邪魔だ!


 ―――― 帝國歴 336年 10月 24日 早朝





 まだ夜明けからそれほど経っていない時間帯。

 ウォークに叩き起こされたカリオンは、ラフな姿のまま宿営地中央の幕屋へと顔を出した。幕屋の前には綺麗に整えられたレガルド公の遺体が安置され、その隣にはオクルカ・トマーシェー腹心の部下とも言うべきオギが立っていた。


「若き太陽王陛下。早朝訪問のご無礼、どうか平にご容赦願いたく存じまする。私はオクルカ・トマーシェーに仕え四十年になるオギと申します。どうかお見知りおきくださいませ」


 騎士の例に則り、剣を抜いて敬礼を送ったオギ。

 その礼を受けたカリオンは、まだ半分程度寝ぼけ眼だった。


 だがそれでも、レガルド公の穏やかな死に顔に一瞬だけ武者震いし、そして、そっと歩み寄ってレガルドの顔を覗き込んだ。

 眉間にまで矢を受けたらしいその顔は、痛みに苦悶する表情など全く残っていなかった。それこそまるで、眠るように息を引き取ったらしい姿だ。


「昨日の合戦において当方が収容せし将を送りに参りました。どうかご査収いただきたい。本陣の眼前まで迫りしものの、慌てた弓兵による一斉投射を浴びた次第」


 オギの口上を聞きつつ、カリオンはジョージを引き連れ、白布に包まれたレガルドの遺骸を検めた。可能な限り丁寧に処置を施されたその遺骸は、驚く程に綺麗だった。


「……この乱戦の中、これほど丁寧な処置をするとは」


 ジョージは率直に驚きの言葉を漏らしている。

 カリオンは僅かに頷きオギを見た。


「余の臣下にも家族がいる。父の帰りを待つ子の家に、父を届けよう。本人とその家族に成り代わり、余が礼を申す。どうかオクルカ殿にそう伝えられよ」


 カリオンの言葉にオギは一歩下がって僅かに頭を下げた。


「我が君オクラーシェ曰く、若き太陽王とその臣下は当方の戦死者にも武人の礼を持って埋葬し、辱めを受けぬよう心配りをされる素晴らしい精神の持ち主だと。故にかような手配を持って恩義に報いると」


 オギの口から出た言葉にカリオンやジョージは驚いた。

 最初にゼルの見せたこと。続いてジョージやカリオンが行ったこと。

 その全てがここに繋がっていたのだ。


「……重ねてオクルカ殿に謝意を。よろしくお伝え願いたい」

「畏まりました」


 慇懃に拝謁したオギだが、僅かな間を置いてその頭を上げた時、オギの表情は死者を弔う者では無く、合戦へと向かう武人の顔に切り替わっていた。


「一昨日。我が軍は古都ソティスからやって来ていた女衆や負傷者などをシウニノンチュへと旅立たせたのですが、昨晩遅く、当方の劣勢を伝え聞き陣へ帰って参りました」


 オギの口から言葉にカリオンの顔が変わった。

 穏やかで使者をも慈しむ姿だったのだが、その相は豹変し射貫くような猟犬の目に切り替わっていた。


「本日はその中から我らが正当なる太陽王と推挙するトウリ公も戦陣に立たれることになり申した。前フレミナ王であったフェリブル公の子息フェルディナンド公は死去され、フェリブルの血統は絶え申した」


 使者オギはフェリブルの血統が絶えたことについて、特に感慨を持っている様子も無かった。ただ、単に家が一つ滅んだと。それ以上でもそれ以下でも無いと。そんな様子を見せていた。


 ――フェリブルの家系はフレミナでも良く思われていなかったのか……


 ふとそんな事実に気が付いたカリオンだが、オギの口上は続いていた。


「残るフレミナ命家の血統はカウリ殿が半分受け継ぎしものと、現フレミナ王オクルカのトマース家のみ。フレミナの誇りをこの世に遺さんが為、今日こそ雌雄を決っさんとオクルカは言われた。若き太陽王陛下におかれては、どうか手加減も配慮も無く全力で当たっていただきたい。我らが雄々しく舞台を去る為に」


 カリオンの返答を聞く前にオギは再び剣を構えて敬礼を送った。

 その姿には一片の迷いも後悔も無かった。


『戦って滅ぶ』


 その美学を貫かんとする武人の威徳だけが漂っていたのだった。







 ―――― 帝國歴 336年 10月 24日 昼過ぎ








「若王陛下!」

「ジョッ…… ジョージ? なぜ???」

「良かった…… 間に合った!」


 この日も軍を率い荒地を駆けていたカリオンは、目の前に突然現れたジョージに心底驚いた。カリオンと同じく、この日も右翼を率いて戦っていたはずの男が中央で戦っていたカリオンの目の前に現れたのだ。

 ハァハァと肩で息をして居るジョージは、驚きの表情を浮かべたまま、まるで彫像の様に固まっていた。


「どうした!」

「それが……」


 フレミナ兵へ切り込んでいったジョージは、突然フレミナ側から一時停戦の意を伝える青旗を渡されたのだという。訝しがって包みを広げたジョージだが、同行していた騎兵全員が息を呑むほどの血痕を、青旗の片隅に見つけたのだった。


「戦況はどうなっている」


 振り返ったカリオンは中央軍に参加しているクラウスに問うた。

 クラウスは馬上へ立ち上がり状況を検討している。


「そうですな。向こうの残存兵力は…… およそ一万騎と言うところでしょうか」


 走っていた騎兵たちが十重二十重にカリオンたちを取り囲み、槍を構えて突進してくる敵に備えた。馬はまだまだ元気溌剌としており、若い騎兵たちは楽しそうに笑みなどこぼしている。


「……罠かな?」


 ボソリと呟いたカリオンはジョージとクラウスを順番に見た。

 ジョージは僅かに首をかしげ、クラウスは首を振っていた。


「罠の可能性は有りますが、このまま行けばフレミナは我々に磨り潰されて終わりでしょう。脱出の時間を稼いでいるのでは?」


 中洲からやや離れた荒地に着々と結集するル・ガル騎兵は、あっという間に数万の規模に膨らみ始めた。こうなると再び機動戦闘を行なうには時間が掛かる。

 つまり、何らかの手段で一目散に逃げ出していく敵を追跡するにも、その貴重な時間がそっくり失われてしまうという事だ。


「試してみるか」

「……と、いいますと?」


 一瞬だけ怪訝な表情になったクラウス。

 ジョージも余り良い顔はしていない。


「ジョージ。敵の裏手に回り込んでくれ。余は本隊を率い中州とフレミナ軍の間に割って入る。逃げ出す気なら全力で逃げるだろうし、罠を張ったなら余の首を狙って全力で襲い掛かってくるだろう」


 ニヤリと笑ったカリオンは、楽しそうな顔になってそう言った。

 その話を聞いていたジョージやクラウスは半ば呆れたような表情を浮かべつつ、カリオンのプランに乗った。


「余り褒められる戦術ではありませぬぞ? 陛下」

「そうだろうね。だが、父上なら満点をくれるぞ? きっとな」


 アハハと笑って馬の向きを返しゆっくり進み始めたカリオン。

 騎兵がそれに続き新たな戦術運動を始めた。

 辺りを確かめたカリオンの耳に、ふと鐘の音が鳴り始めた。


 ――ん? なんだ?


 まだ小さな音でしかない鐘の音だが、それは迫り来る危険を警告する音だと直感した。そして、その危険の正体をカリオンは思案する。


 ――ジョージが危ないのか?

 ――いや、ジョージなら大丈夫だろう

 ――ならば…… 父上か?


 馬上で腰を伸ばし遠くを見たカリオン。

 本陣に動きはなくゼルが動いた形跡もない。


 ――なんだろう?


 段々と不安に駆られ始めたカリオンだが、それを顔に出すわけには行かない。


「陛下! どうせならこのまま敵本陣へ切りこみましょう!」


 なんとも物騒な事を言い出したクラウスは、ニコニコと笑いながらカリオンの隣へ馬を進めた。だが、そこへウォークが割って入った。少々厳しい表情で……だ。


「レガルド将軍の二の舞になりかねません。私は反対です」

「……そう言われてみればそうだな」


 頭を掻きながらクラウスが笑う。

 もはや勝ち戦は揺るがないと皆が思い始め、明らかに緊張感が緩み始めた。


「まぁいいさ。それより所定の動きを完遂する。このまま前進だ」


 カリオンは軽やかにモレラを走らせ中洲とフレミナ本隊の間へ割って入った。

 その動きは中州の中に居たフレミナの守備兵に明確な動揺をもたらしていた。何らかの企みがあってそこに陣取って居るはずのフレミナ歩兵達は、カリオンの隊を目で追った。

 終始圧倒しているル・ガル国軍騎兵だが、それを直率する若王カリオンの姿にフレミナの男たちは烈火のごとく怒りを見せていた。挟み撃ちを仕掛けろと言わんばかりの姿なのだが、最初はフレミナ兵も自重していたようだった。


「彼らも動きたくて仕方がないでしょうな」


 クラウスはあえてフレミナを挑発するように川面ギリギリを走った。

 ル・ガル騎兵の中から若い騎兵がそれに続き、フレミナへの挑発行為を続けた。

 その姿を見ていたカリオンは、クラウスの忸怩たる心情を思った。


「もう少しウロウロしておこう。動き出したら一気に反転する」

「いや、そろそろ反転した方がよさそうです。ほら、あそこ」


 何かに気づいたウォークはフレミナ兵の陣取る中州を指差した。

 ハリネズミのように槍を構えて陣を固めていたフレミナの歩兵たちは、その陣の中から割って飛び出て中州から川面へ進み出ると、徒歩で渡渉を開始した。


「ハッハッハ! 見事につり出しましたな!」


 クラウスはカリオンより早くクルリと馬の向きを変えた。


「若王陛下! さぁお進み下され! 小官がしんがりを務めますぞ!」


 クラウスはブンブンと音を立てて槍を振り回し、フレミナ歩兵がやってくるのを待ち構えた。全身からやる気を撒き散らしているクラウスは、一人でも多く道ずれにと言わんばかりだ。


「クラウス!」

「ハッ!」

「まだ死んでもらっては困るぞ!」

「……承知!」


 カリオンの声に胸を張って応えたクラウス。

 その元へ少しずつフレミナの歩兵が近づきつつあった。









 同じ頃。

 ル・ガル本陣で留守番役だったゼルは、急ごしらえな戦況観察台の上にいた。

 はしごを使って十メートルほど高い位置から中州を見下ろしていたのだが、そのゼルの目は中州に居座っているフレミナ兵たちの不穏な動きを捉えていた。


 ――おい!

 ――おいおい!

 ――冗談じゃ無いぞ!


 ル・ガル国軍に釣られフレミナ兵の集団が中洲を渡り始めるのだが、それの動きに取り残されたフレミナの兵は、一番奥底に停車している馬車に火をつけようとしているのを見つけた。

 今朝方やって来たフレミナの使者は女達が帰ってきたと話ていた。つまり、女たちを馬に乗せ逃がす前に、邪魔な馬車に火をつけたというところだろうとゼルは思った。


 ――馬車の足は遅い

 ――足手まといだからな


 アレコレ算段を考えていたゼルだが、その直後にとんでもないモノを見た。

 馬車の扉が蹴り破られ、中から幾人もの女達が飛び出してきたのだ。


 ――えっ?


 老眼を患いつつあるゼルだが、それでも遠くのモノは良く見える。

 そのゼルの目に映るのは、馬車から飛び出した青い服を着た女が、フレミナの歩兵に惨殺されるシーンだった。ゼルの身体は瞬間的に沸騰し、頭の中の何処かでは『ブチッ!』と何かが音を立てて切れた。


「予備戦力集合ォォォォォ!!!! 俺の馬をひけぇぇぇぇ!!」


 突然叫んだゼルは予備兵力の中の即応部隊に非常招集を掛けた。


「何事ですか!」

「中洲の中でフレミナ兵が粛清を始めた! 我々はそこに介入する!」

「ハッ! 直ちに出動!」


 黒いマントを肩へと掛けたゼルは漆黒の馬に跨り荒地を駆け始めた。

 その背後にはル・ガル国軍の騎兵が続き、予備戦力の中でも指折りの騎兵を率いたゼルは、遠慮する事無くまっすぐに中洲へと切り込んでいった。


「止まるな! 走り続けよ! 立ち塞がる者はすべて斬れ!」


 愛刀を抜き放ったゼルは肩へ峰を乗せ馬を全速力で走らせた。

 瀬踏みをしていない川の渡渉は馬の足を折る危険性があるのだが、今のゼルはそんな事に鎌っている余裕などない。前方から歩兵が迫ってくるのだが、突き出された槍をギリギリでかわして通り過ぎざまに首を刎ねた。

 馬上で太刀を一振りし血糊を払うと、続けざまに二人三人と切り捨て続け、槍ではなく太刀を持った歩兵に切り替わってもゼルはその首のみを正確に刈り取り続けていた。


「邪魔だぁ! どけぇ!」


 騎兵達も聞いた事のないゼルの蛮声が響く。

 まるで小枝でも振り回すように太刀を振るゼル。

 遠い日、シュサ帝お抱えの刀工たちが心血を注いで拵えたゼルの太刀は、軽くて強靭でありながら粘り強く、何より刃こぼれをしないモノだった。

 僅かながら魔力を纏う魔道金属(オリハルコン)製のその太刀は、まるで藁束でも斬るかのように歩兵の首を刎ね続けた。


「どけどけどけどけぇ!」


 激しく揺れる馬上にあって、ゼルの目は中州の中心部を捉えた。

 幾人かのフレミナ歩兵が二手に分かれ激しく口論しているのが見えた。その手前には、幾度か面識を持ったカウリの妻ユーラが見える。そして、その後ろにはレイラとリリスの姿。


 ――っざっけんな!

 ――指一本触れて見やがれ!

 ――皆殺しにしてやる!


 ほぼ全速力で走っているゼルの馬の前へフレミナ騎兵が数騎姿を現した。

 だが、ゼルの勢いは全く止められない。迷う事無く斬り捨て速度を維持したゼルは、再び太刀を大きく払った。血糊の払われた太刀は鈍く輝き、主ゼルの意思を受けてか細かく振動するような錯覚を受けた。


 ――すべて終るまで折れないでくれよ……


 グッと速度を乗せて幾人もの歩兵を踏み潰しつつ、ゼルの一団は中州を突進し続けていた。


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