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勝ちの途中


 ―――― 帝國歴 336年 10月 23日 早朝

                中洲の南 約1リーグ付近






「では、大変申し訳ありませんが……」

「案ずる必要は無いさ。これでも戦力的に多すぎるくらいだ」


 巨大な陣営を構えていたル・ガル国軍だが、ここに来て遂に決定的な敵と遭遇してしまった。細い街道しかないル・ガル辺境の荒野では、三十万もの大軍勢を維持する兵站が限界に達したのだ。

 鉄道や大型トラックと言った機械力の無い世界では、食料を運ぶにしたって馬車か荷駄が手段の全て。唯一の大量輸送機関と言える河川の船舶輸送にしたって、一定の量を超えた時は上流から下流への一方通行となる。


「王の無事な帰還と勝利をお祈りいたします」

「あぁ。それは問題ない。ル・ガル最強の騎兵と最高の頭脳がここに居る」


 王と共に駆ける一戦を夢見た騎兵たちは、切歯扼腕にその場を離れて行く。

 来る日も来る日も訓練に明け暮れる兵達にとってすれば、この合戦は腕試しの場だったはずだ。だが、その騎兵たちは敵と戦う前に現場を去って行く。その無念は幾ばかりかとカリオンも気を揉むのだが……


「この戦役が終わったら街道を整備するんだな。ノーリ帝の残した国内主要街道だけでは無く、国土の全てを網羅する街道全てを整備して行けば良い」


 ふらりと姿を現したゼルは、宿営地を離れる騎兵を見送っていたカリオンにそう言葉を掛けた。敵と戦うのでは無く国内で経済を戦う。カリオンは自らの生涯をそうイメージした。


「……果てしない戦いになりそうです」

「あぁ、終わりなき旅と言う所だろうな」

「予算が続くでしょうか」

「続くように国内を整備すれば良い」

「……そうですね」


 総勢三十万を若干越えていたル・ガル国軍はカリオン直率の隊を含め、およそ十万を残し王都や出征地へと引き上げていった。二十万もの大軍勢が一斉に動き出せば、その音は嫌でも荒れ地へと轟いてしまう。


「今頃はフレミナの連中が蒼白になって居るぞ」

「イヌの顔には毛が生えてますから白くなりませんよ」

「……そう言えばそうだな」


 ゼルのジョークにまじめくさった言葉を返したカリオン。

 だが、その一連の流れで自らが緊張している事を知った。


「また父上に一つ教えられました」

「俺はそんなつもりは無いぞ?」

「どんな事からでも学ばないといけません」


 ニヤリと笑ってその場を立ち去ったゼル。

 ややあってウォークとジョージがやって来た。


「陛下。馬の仕度が調いました」

「これより軍議としますが……」

「あぁ、今行く」


 あらかたの兵が出立していき、カリオンは残された騎兵たちに手を上げて労をねぎらった。数は力なのだから、こうやって圧力を掛けられただけでも儲けものだったのだ。


 ――何かしら感状を出した方がいいだろうな……

 ――従軍徽章でも作らせるか……


 あれこれ思案しつつ戦術検討の幕屋へ入ったカリオン。

 幕屋内に居た者が一斉に背筋を伸ばし敬礼した。


「では始めよう」


 僅かに首肯したジョージは戦務幕僚に代わり直接戦術指示の素案を書き始めた。

 この日、ル・ガルの国軍が取る戦術はこれ以上ないくらいシンプルだ。


「王の本隊を中央にし、小官率いる近衛軍を右翼、将軍率いる国軍を左翼。そのまま前進し一気に方を付けます。細かい戦術は考える事はありません。一気に叩き潰し、午前中で決着を付けましょう」


 ジョージは一切逡巡する事無くとんでもない戦術提案を行った。だが、誰一人としてそれに異論を唱える事無く、各隊の隊長達が揉み手をして出動命令を待つ始末だった。


「如何でしょうか?」


 ジョージはカリオンでは無くゼルを見た。

 参謀総監で統括作戦部長であるゼルなのだから、その裁量権は恐ろしく広い。


「カリオン。力負けする可能性について危機感を持っているか?」

「無い訳ではありませんが、手ひどい負け方はしないでしょう。これなら――


 ……そこまで言葉を吐いたカリオンは、やっとゼルの本音に気が付いた


 ――これなら負けた方は単に運が悪いとかそう言う次元では無く、もはや能力の問題です。敵に勝つために臨機応変な対応が必要ですが、その為には常識を打ち破る勇気が必要です。それがあれば勝てるでしょう。幸い、我が軍の各長は……」


 幕屋内に居た者達をグルリと見回したカリオン。

 その無言の圧力に皆が背筋を一瞬だけ寒くする。


「……皆優秀です。きっと勝利の報を届けてくれるでしょう」

「そうだな」


 暗なる脅迫でしか無いカリオンの言葉は、むしろ各隊を率いる隊長達の覚悟を強く太くした。そして、失敗すれば遠慮無く更迭すると言う言外の意図は十分すぎるほどの威力でレガルド将軍を殴りつけた。


「今日は……後れを取りませぬ。ご期待に応えて見せます」

「あぁ。頼むよ。昨日命を落とした者達が今日を羨むような勝利の報をね」


 カリオンの言葉にグッと奥歯を噛んだレガルド将軍は、鼻の頭がカラカラに乾くほど緊張していた。誰からともなく耳に入った『王がゼル公に叱りつけられた』という情報に、敗軍の将と後ろ指を差されていたレガルド将軍はより一層後悔の念を強くしていた。


「では、行動を開始しよう。午前九時をもって戦闘態勢に移る。各員の一層奮励なる努力を期待する」


 カリオンは改めて全員にプレッシャーをかけ、最初に幕屋を出て行った。

 決戦を前にして気も逸る頃合といえるのだが、カリオンは努めて泰然自若とした振る舞いを心掛けた。


 ――指揮官は如何なる時もあわてて行動してはならない


 指揮官の慌てふためく姿は兵に不安を与え、不安を覚えた兵は嫌でも浮き足立つことになる。つまり、それだけ兵の能力は弱体化する。指揮官はいかなる時であっても平静を装って動くべし。いたずらに兵の動揺を誘ってはならない。

 そう教育されてきた将来の士官たちだが、カリオンはその士官や将軍を束ねるポストにあるのだ。ビッグストンで学んだ士官の行動哲学は、常にカリオンの行動原則となっているのだった。









 ──同時刻、川の中州


「フェル殿、大丈夫か?」

「あぁ。何も問題ない」


 血のにじむ左腕の包帯をマントで隠したフェルディナンドは、全身を駆け抜ける激しい痛みをこらえて槍を手にした。油断すれば痛みに負けて力が抜けかねない。そんな状況であるのだが、フェルディナンドは意地を張って立っていた。


「のぉ、フェル」


 見かねたカウリは椅子を用意しフェルに着席を促した。立っているだけでも大変な状態のフェルだが、椅子を見てもなお立ち続ける事にこだわった。見上げた根性だと驚くカウリは、本当にあのフェリブルの息子だろうかと驚くほどだ。


「今日は儂がおまえさんの代わりに出よう」

「……いえいえ。それは余りに申し訳ない」

「だが、せめて今日一日は回復に努めたらどうだ」


 フェルディナンドは意地を張って突っぱねた。

 その悲壮な姿はカウリだけでなく、アギを失ったオクルカや、その麾下のオギやナギも含め、皆が言葉を失っていた。


「そうです。いくら何でも重症ですよ」


 オギもまた出撃見合わせを進言した。

 誰が見たってまともな状況じゃない。

 一般騎兵であれば出撃を見合わせるレベルだ。


「そもそもこの戦は我が父の我が儘から始まったもの。付き合わされた兵達の手前、私が休むわけにはいきませぬ」


 その責任感に驚きを隠せないカウリだが、指揮官として立派な姿を見せたフェルディナンドは痛みに顔をしかめつつ、槍を杖代わりにしていた。


「フェル殿。そなたは負傷者を束ねシウニノンチュへ向かってくれぬか。ゆっくりで良い。一人でも多くのフレミナ衆を助けたいのだ。再起を期する為には人は多い方がいい」


 オクルカは申し訳無さそうに頭を下げ、フェルに後退の依頼を行った。

 ただ、その言は事実上敗北を覚悟したものだ。

 再起を期すという言葉には、フェルとてつらそうな表情を浮かべた。


「オクルカ。君はどうするんだ。ここで死ぬつもりじゃないだろうな」

「まさか!」


 ハッと笑ったオクルカはグッと顎をひて笑った。

 威圧感を覚えるその姿に、フェルは王の資質を見た。


「息子もまだ幼い。俺だってまだ死にたくないさ」


 サラッと言い切ったオクルカ。

 だが、皆はその言葉の裏に言外の覚悟を見た。


「未来有るフレミナの若衆の為に。ここで上手く負ける。そして、実力を蓄え、武芸を磨き、民族の再興を図る。我々はイヌではない。オオカミなのだ」


 フェルディナンドは黙ってオクルカを見つめた。

 そして、悲しそうに俯いて沈痛なため息をこぼした。


「フレミナはまたシウニンに負けるのか」

「馬鹿を言うな」


 フェルディナンドの言葉に低く轟く声音を返したカウリは、打ち据えるような眼差しでフェルディナンドを睨みつけた。


「負けが確定するときは民族が滅びるときだ。まだ負けていない。最終的に勝てば良いのだ。つまり」


 カウリの指がオクルカを指した。


「負けではなく、勝ちの途中だ! 最終的に勝てば良いのだ!」


 誰が聞いたって詭弁でしかない言葉だが、カウリの力強い口調でその言葉を聞けば不思議と感化されてしまう。

 この三百年をただひたすらにシウニンへの対抗で過ごしてきたフレミナにしてみれば、最後の一兵まで抵抗する事こそ民族の本望と言える。


「そうだな。その通りだ」


 フェルディナンドは痛みを堪えて椅子へと腰掛けた。

 鈍いうめき声を漏らし、痛みに耐える奥歯からギリギリと音が漏れる。


「行動不能の重傷者を除き、軽傷者等をつれここを離れる。シウニノンチュで皆を待つゆえ、必ず脱出してきてくれ」

「そうだな。それが良い。我々の本懐を果たそう」


 フェルディナンドとオクルカの話し合いは一応の決着を見た。

 絶望の中にあって次を希求する姿勢こそ指導者の資質。

 カウリはオクルカにますます王の資質を見た。


「さぁ、決戦だ。せめて一矢報いよう。可能な限り抵抗し、向こうが追撃を躊躇うような戦いをするんだ。明日には全員で脱出出来るように」


 オクルカの言にフェルディナンドとカウリが頷いた。

 フェルの率いていた隊にオギがスライドし、補佐としてナギが付いた。


「今日は最後の一騎になるまで走り続ける。おらが先に倒れたら後を頼むで」

「応さ! フレミナの為だんべ! 行くべっちゃよ」


 フレミナ訛りを丸出しにしたオギとナギが気合いを入れあった。

 その姿にカウリが満足そうな笑みを浮かべる。


 オクルカもフェルディナンドもカウリの表情を見て、改めてフレミナに協力してくれるカウリの度量に感謝していた。

 

 ……巧妙に仕組んだ繰話術でフレミナが滅亡にひた走っている事実をみすごしたままに。



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