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怒りと落胆

 ぼんやりとした月明かりの中、クラウスはトボトボと馬を進めていた。

 寒々しい程に煌々と光る月だが、人工灯火の無い河原はさほど明るくない。


 激戦を繰り広げた荒れ地には夥しい数の屍がそのままにされていて、獣たちがこっそり姿を現しては屍肉にかじり付いている有様だった。

 普段ならば戦の終了と同時に埋葬へと掛かるのだが、未だ決着の付いていない現状では、獣による損壊をただ黙って受け容れるしか無い。


 本来それを嘆かねばならない立場のクラウスだが、カリオンの幕屋へと帰る道すがらの彼は、僅か数騎で闇の中を進みつつ、怒りに身を焼いていた。


 ――ハンス……

 ――おぉ ハンスよ……

 ――無念であろう……


 かつて、幾多の戦場を華々しく駆けていたカウリ・アージンは、全ての騎兵にとって憧れだった。戦場で常に先陣へ立つ事を好まれたシュサ帝は、何かあれば『カウリ! なんとかしろ!』と問題の解決を命じていた。

 その命を受けたカウリは一切の恐怖を見せず、真っ直ぐに敵へ突入してはバッサバッサと敵を撫で斬りにし、味方の多くを生還させてあっさりと帰ってくる男だった。


 ――あの頃のカウリ公は……

 ――どこへ行ってしまわれたのだ……


 ハンスは言うに及ばず、クラウスにとってもカウリは憧れだった。

 だからこそ朋友ハンスがシュサ帝では無く、カウリの元へ転籍して行ったと言うのを羨ましくも思ったものだ。騎兵の本懐として、全ての戦場を華々しく駆け抜ける男になったのだから。

 だが、その憧れの男は、寄りにも寄って他ならぬ親友ハンスを斬ったという。


 ――何故だ……


 その事実を上手く消化出来ず、クラウスは悶々とする。

 だが、一緒に歩いていた若い騎兵は、ハンスとクラウスの関係だけで無く、シュサ帝やカウリ公との関係を知る由も無い。それほど年齢を重ねていない若い騎兵や、騎兵任官して十年と経っていない者にしてみれば、今現状最大の存在は変幻自在な不敗の魔術師と異名を取るゼル公だ。


「参謀殿。先ほどのカウリ殿の言葉はどういう意味でしょうか?」


 まだ百歳にも達していないと思われる若い騎兵は不思議そうに首を捻る。

 クラウスから見れば息子どころか孫にも近しい歳の若者は、カウリの言葉をそっくりそのまま受け取ってしまって真意を読みきれない。

 様々な経験を積み重ね、相手の真意を見抜いて理解する能力。そう言う部分を得るのには、大体百年を要するものだ。実直でバカが付くほどお人好しなイヌ一族の場合、こんな局面を幾つも潜り抜けて尚、理解出来ぬ者も多いだろう……


「そうだな……」


 ふと、若者の漏らした言葉に我を取り戻したクラウスは、改めてカウリの言葉を反芻した。あの時の幕屋の空気。周りにいた者たち。カウリの表情。足のつま先の向き。クラウスの経験した様々な事柄から、カウリの真意を探っていく……


 ――時代は変わっていくものだ


 しばらく考えたクラウスはふと、フレミナ陣営の中に居た者たちがみな若々しく、そして活気に満ちている事に気がついた。そして、その中にいたカウリのみが、老いた武人である事にも。

 フレミナ王オクルカやル・ガル王カリオンは、その周辺に侍らせる頭脳がみな若い世代で揃っている。多少年嵩のある者も居るが、どこを見たって二百に達するようなヴェテランはいない。


 ――ふむ……


 あの幕屋にいた者達のウチで、満足に明日の合戦を迎えられそうな者は、カウリ親子以外だとオクルカだけだった。フェリブル公唯一の嫡子フェルディナンド公は左腕を失い失血に苦しんでいた。


 ――あれでは明日の合戦は無理だろう……

 ――歴史に名を刻む良い機会だが……


 かつてまだまだ自分自身が若かりし頃、クラウスはハンスとともに合戦の最中で一等殊勲の称号を欲し暴れ回った事があった。若気の至りと言えばそれまでだが、怖い物知らずで向こう見ずな若者で無ければ出来ない事もある。


 ――そう言えば……


 何時ぞや、軍議の席で責任者として出席していたクラウスは、レオン卿に対し『若い騎兵たちが手柄争いで無茶をする』と愚痴をこぼしたのを思い出した。

 その時、レオン卿はクラウスの肩に手を置き、楽しそうに笑いながら『歴史を作るのは老人ではない』と言った。『若い者達が損得勘定抜きに自らの信念のみを信じて振る舞う時、歴史はガラリと音を立てて動く事がある……』と。

 そして、クラウスはハッと頭に浮かんだ不明瞭なビジョンに驚愕した。まさかとは思うが、それでもその根拠の無い確信がクラウスの心を叩いた。


 ――そうか!

 ――カウリ卿は死ぬ気なんだ!

 ――若王達のために舞台から降りる……


 はっとその事実に気がつき、クラウスは月を見上げた。

 漆黒の空にカンと冴える二つの月は、互いに牽制しながら太ったり痩せたりを繰り返している。時には空から姿を消して、やがてまた細く薄い月となって空へとよみがえる。


 ――若き王に面倒な諫言をしそうな者を切り捨てた……

 ――いや、まさか……

 ――だが……


 クラウスは黙りこくって思案を続けている。

 その周りを囲む若い騎兵たちは、ジッとクラウスの言葉を待っていた。


 ――いま若王に必要なのはゼル公のような知力の士だ

 ――ただ、思えば今までゼル殿は『こうだ』と決して言わないな

 ――困難に直面したとき考える事を促していた……

 ――つまり……


 顎髭をいじりつつ、クラウスは普段のゼルの振る舞いを冷静に思い出している。

 人前で遠慮無く叱る事こそ少ないが、答えを与える事は決して無い。この戦役とてゼルは必ず一日の終わりに反省会を開きカリオンを指導しているのだが、その中で繰り返し繰り返し『もっと考えろ』と促している。


 ――経験と思慮の積み重ねを加速させる……

 ――短い時間を濃く経験させて成長を促す……

 ――つまり、若い役者に舞台を譲れってことか……


 少しずつ形になっていくクラウスの思索は、やがて明確なフォルムを帯び始めたていた。ただ、自分で導き出した答えな筈だが、その中身は正直歓迎せざるるモノだ、何故なら、その答えの中には自らの存在ですらも含まれる事を、クラウスはすぐに気がついたからだ。


「……まぁ簡潔に言うとだな」


 クラウスは寂しそうに笑った。

 自らの世代が回していた時代の終わりを知ったからだ。


「要するに、老兵はそろそろ舞台を降りろということだな」

「は?」

「若い者に経験を積ませ、そして責任を与えろと……」


 控えめに笑いつつも若い騎兵たちをグルリと見回したクラウスは、小さく溜息をこぼしてもう一度呟いた。


「カウリ殿はそう言っているのかもしれぬ」


 あえてつかみ所のない言葉を吐いたクラウスは、闇の中で人知れず涙を流した。

 懸命に走ってきたはずなのだが、気がつけば自分の存在が後進の邪魔になっている。シュサ帝の時代にはそれでよかったのだろうが、いまは戦術も戦略も変わってしまった。


「そなたらの世代が数々の経験を重ね、やがて私と同じ歳になった時に言葉の意味を理解するだろうさ。それまで死ぬんじゃないぞ。王の為に」

「……はぁ」


 老人がいつまでも役職を塞いでいては後進が育たない。重い責任を背負って厳しい判断を積み重ね、心労や重圧の中で学ぶ事は余りに多いと言う事だ。

 得心せぬ若者を横目に見つつ、クラウスは涙を浮かべた苦笑いを続けいた。




 同じ頃。

 カリオンの寝所となっている幕屋の中に激しい風が吹いていた。

 風の出所は仁王立ちになったゼル。両腕を不機嫌そうに組み、修羅の形相でカリオンを厳しく叱責している。


「情は情。だが、法は法だ」

「……ですが父上『良いから聞け!』


 事実上敗走したレガルド将軍だが、カリオンはその敗北を不問に付した。ゼルはそのカリオンの仕置きが手ぬるいと叱っているのだ。軍法に基づけば、敗北の原因を探り、人的要因が大と判断されれば将軍は容赦なく更迭される。

 千に一、万に一の不可抗力的要因として明確な理由があればともかく、敵将と知力勝負をして力負けを喫したなら、良くて降格。明確な敗北であれば更迭されると明記されている。

 そんな法を曲げてカリオンはレガルドを庇った。ゼルはそんな息子カリオンを、ウォークやスペンサーといった側近とも言える者たちが居る場で叱りつけていたのだった。


「悪法も法というが。法は守ってこそ価値がある」

「ですが、負け戦で帰って更に将軍が更迭されたとあっては、騎兵の萎縮に繋がりかねません。法は大事ですが人も大事です」

「もちろんそれは大切だ。だが、法は曲げるな!」


 父ゼルが何故ここまで怒っているのか。その理由をカリオンは必死で考えた。

 法による支配という一大原則の中にあって、王はその全てを飛び越え最適解を求めなければならない筈だ。カウリではなくトウリ相手に不覚を取った失敗は責められるべきだが、結果論としてル・ガル側は負けなかったのだし、総合的に見れば勝ちと言っていい。ゆえにカリオンはレガルド将軍の敗北を不問とした。


「父上。我々は負けてはいません。ですから、局所的な敗北は必要悪では」

「あぁ、その通りだ。だが、敗北を喫した将軍に価値は無い」

「……運が悪かったのでしょう」

「しかし、それで戦力を失ってしまうのは、いい加減に過ぎる」


 厳しい口調で言い切ったゼル。不機嫌そうに眉をしかめ、射抜くような視線でジョージやウォークをヒト睨みしてからもう一度カリオンを見た。

 シュサやノダの時代からよくある話で、結果論で負けなかったからと王が判断し、敗軍の将は罪に問われず、失敗も見過ごされてきた。


「例え勝っても兵が死ぬのは決して良くないことだ」

「ですが、犠牲を払わす勝ちを納めることは不可能に近いです」

「不可能だからとそれに挑戦しないのは怠惰に過ぎないか?」


 ゼルの言葉を未だに理解出来ないカリオンは、やや首を傾げた。


「負け戦には何の価値もない。負けてはいかんのだ。たが、勝つために犠牲を惜しまない王など国民はいつまでも支持すると思うか?」

「それは……」

「今回はまぁ、結果として敗北しなかった。だが、それで良いのか? 勝とうが負けようが、親や子を失う家族にしてみれば、国家よりも家族ではないか? もっと言えば……」


 やや興奮気味に声を荒げかけたゼルは一息付いてカリオンをにらみつけた。


「自らのメンツの為に古い戦術にこだわり、夥しい数の兵を犠牲にしてでも勝ちを得たとしたなら、お前はその無能将軍を庇うというのか? 将軍も参謀も一見完璧な戦術理論をもっているのだろう。だが、予想外の敵を前にしたとき、その直線を直角に曲げてでも最適解を見つけ出さねばならないのだ」


 ゼルの口から飛び出した言葉に、カリオンはやっと理解の糸口を見つけた。

 それは、ビッグストンで行なったゼルの臨時講義を公聴していた頃から何度も何度も聞いていた言葉。つまり、戦術と戦略の進化と言った時代の変革に合わせる重要性と言った部分だ。


「戦術や戦略はどんどん変化していく。進化していくのだ。昨年の必勝戦術は徹底的に研究され今日では敗北必須の戦術に成り下がる。その変化に付いていけない将軍がいたずらに要職を占め続けれれば、軍全体の戦術や戦略の進化を停止させかねないのだ」


 カリオンは自らが犯した失策の本質にやっと気が付いた。

 ただ、何となく掴み所のないイライラもカリオンは感じていた。


 ――父上は…… 焦っている?

 ――何を焦っているのだろう?


 アレコレ思案したカリオンだが、その思考の中でふと屁理屈染みた事を思う。

 新しい戦術を導き出したとしても負けてしまう事はあるはずなのだ。


 ――その時は……

 ――どうすれば良いのだろうか?


 カリオンは混乱する。

 そして、それをぶつけたい欲求に駆られ身悶える。

 だが、今のゼルは僅かな反論ですらも押しつぶす勢いだ。


「今は俺が怒る理由を理解出来ないかもしれない。だが、いつか必ず意味がわかるだろう。だからいまは黙って聞いておけ」

「……はい」


 不承不承に飲み込んだカリオン。

 ゼルの言っている事を理解しない訳では無い。

 だが、正直に言えば勝ったのだから問題はないはずだと思っている。

 そんな感情はどうしたって顔に出るものだ。


 ややふて腐れ気味に話を聞いていたカリオンの態度は、非常な危機感をゼルに持たせた。こうなるともはや、レガルド将軍を更迭しなかったカリオンの甘さなどという事では無い。

 ゼルに残された時間はそれほど長くはなく、カリオンをこうして叱責する機会もそう多くはないだろう。だからこそゼルは細心の注意を払って怒り狂っているフリをしていた。いつか必ず、判断に迷ったカリオンが自分を思い出すように、その種を蒔いているのだった。

 だが、このカリオンの態度は思い出そうとした時に自分への反感とヒモ付けられて思い出してしまう。そうなれば、改めるべき態度に思い至るどころか、自らの失敗を正当化してしまう事になる……


 ――どうしたものか……


 思案に暮れたゼルだが、そんなタイミングでクラウスが姿を現した。

 ゼルは不本意そうに顔をしかめ、カリオンは助かったとばかりにクラウスをむかえた。


「ご苦労さま」

「遅くなりました」


 供を連れ本陣へ帰参したクラウスは疲れきった表情だ。

 そして、それ以上に怒りを噛み殺して居るような顔をしていた。


 カリオンは当然の様にそれに気が付いているが、クラウスは思いつめたような表情を浮かべて小刻みに震えるばかりだった。


「……何か、あったのか?」

「はい……」


 奥歯をグッとかんだクラウスは一つ深呼吸し心を鎮めた。


「フレミナの主、オクルカ・トマーシェー・フレミナ公に謁見したのですが、その席にカウリ・アージン卿が同席されておりまして……」

「……ほぉ」


 カリオンより早くゼルが相槌を打つ。そんなゼルにカリオンは叱責の延長戦を感じたのだが、空気を読めないクラウスは震える声で報告を続けた。


「若王の御言葉をそのままお伝えしたのですが、フレミナ公よりねぎらいの言葉と共に若王の勇戦を讃えル・ガル賞賛の言葉を預かり申した。そして……」


 クラウスはガックリと肩を落とした。

 消え入りそうな声で小さく『今日、ハンスをこの手で斬った』と。

 そう、カウリが言ったと。本当に消え入りそうな声で呟いた。

 それっきり、幕屋の中から音が消えた。


「……クラウス」


 カリオンは静かな声でクラウスを呼んだ。


「他に叔父上は何か言われていなかったか?」

「……他には」


 怒りに我を忘れそうになったクラウスだが、それでもその場で聞いた全てを冷静に思い出そうと努力していた。そして、ふと顔を上げ、悲しみに満ちた目をしたまま言った。


「時代は変わっていくものだ……と。そう言われ、そのまま幕屋の奥へ」

「……そうか」


 ふとクラウスに歩み寄ったカリオンは、一日中手綱を握っていた無骨なクラウスの手を取った。まだ若いカリオンの綺麗な手と比べ、歴戦の勇士であるクラウスの手は皺を幾つも刻む、よく働いた手だった。


「ご苦労だった」


 悲しみに震えるクラウスは、その背を幾人もの若き騎兵に支えられながら幕屋に立ち尽くした。


「時代は変わっていくものだ……か」


 カリオンの反芻した言葉にゼルの眉がピクリと動く。

 首を傾げ思案に暮れるカリオンだが、ゼルはカウリの言葉の裏にあるモノを見て取った。


 ――カウリは死ぬ気だ


 どういう意味でしょう?とゼルを見たカリオンだが、ゼルは厳しい表情のまま幕屋の中の床を見ていた。

 その表情が余りに苦々しく、そして悔しそうなのを見て、カリオンもどうやら叔父カウリが死ぬ覚悟であることを気が付いた。


「叔父上はなぜに……」


 まだ何処かゼルに気後れしているカリオンは、独り言のようにぼそりと呟いた。ゼルの解説を聞きたいとも思うのたが、そのゼルは解説などするような様子になくあった。


「陛下」


 何となく場を取り持ったウォークだが、カリオンやゼルとカウリの関係を上手く掴めていないせいか、なかなか上手い言葉を見つけられずにいた。

 そんなウォークに無理やり言葉を言おうとしたカリオンは、ゼルが思い悩んでいる事の正体にハっと気が付いた。


 ──カウリ叔父さん……

 ――死ぬ覚悟を決めたのか……


 アージンの男たちが集まって決めた未来計画は誰にも知られていないはず。

 つまりカウリは遠まわしに意思を伝えてきた。

 その意志を伝えるために、カウリは泣いてハンスを斬ったのかもしれない。


「ハンスの件は……残念だった」


 カリオンは静かに切り出した。

 クラウスは肩を震わせその声を聞いていた。


「私もまだまだ教えを受けるべきだと思っていたのだが……」


 そう言葉を漏らしたカリオンは、カウリが伝えたかったもう一つの意思にふと思い至る。グッと拳を握り締めたカリオンはクラウスに告げた。


「仇を取りたいか?」

「……勿論です」


 震える声で肯定したクラウスは、カリオンをジッと見たまま首肯した。決然とした表情にクラウスの覚悟を見たカリオンは一度目を外し、ジョージスペンサーを見やって低い声で言った。


「クラウス。そなたをレガルド将軍の麾下へ転籍とする」


 カリオンの下した命に驚いた者達は、一斉にカリオンの背中を見た。

 ジョージやウォークだけで無く、ゼルまでもがだ。


「良いのですか?」

「あぁ。もちろんだ。明日は決戦だ。なんとしても本懐を遂げると良い」


 グッと厳しい表情になったクラウスは控え目に喜色を浮かべ、カリオンはその姿に笑みを浮かべ頷く。そして、その後姿を見ていたゼルは、カリオンがレガルドを更迭する大義名分の種をまいたと思った。


 ――なるほどな

 ――やるじゃないか


 内心でほくそ笑んだゼルは、ふと明日のカリオン付き参謀は誰が?と思った。

 そして、同時にカウリの狙いを理解したのだった。


「明日は俺が直接カリオンと一緒に走ろう」

「父上?」

「クラウスの代わりさ」

「いえ、父上は本陣に……」


 出陣すると言い出したゼルを見て、カリオンは慌てた素振りを見せてしまった。王にあるまじき痴態とも言えるのだが、それと当時にカウリの深謀遠慮を見たような気にもなった。


 ──まさかカウリ叔父さんは父上を前線に出すために……

 ──いや、まさか…… だけどなぜ……

 ──父上に教えを受けろと言う事だったら……


 一瞬の間に様々なことを考えたカリオンは、やや混乱を喫しつつも王の威厳を心掛けた。祖父シュサであれば決して見せないであろう痴態だと思ったからだ。


「なに、難しい事をしようと言うんじゃ無い。ただ単純にお目付役さ」

「父上……」


 ニヤリと笑ったゼル。

 クラウスはゼルの本音を読み取った。

 同時に厄介払いを受けたような気にもなったのだが……


「明日は…… 決戦ですな」

「そうだな。この決戦でカリオンの王位は確定する」


 ゼルの言った一言で幕屋の中の空気が変わった。

 決着を持ち越した一日だったのだが、ふと、これはこれで良いのだと。これで良かったのだとカリオン自身がそう思ったのだった。だが……


「若王陛下」


 唐突に幕屋へと入ってきたのは輜重関連などを担当する主計参謀だった。


「……どうした?」

「大変申し訳ありませんが、非常に拙い事態になりました」


 幕屋の中に緊張が走る。

 カリオンはやや強張った表情で『申してみよ』と話を訊ねた。

 その後に聞いた内容は、カリオンをして落胆以外の何者でも無いのだった。


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