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合戦と戦争


 ―――― 帝國歴 336年 10月 15日 正午








 小さな宿場町を押し包むように布陣したオクルカは、始めて手にした凡そ十万もの戦力を前に興奮を隠しきれなかった。ビッグストンで経験した野戦演習でも、その指揮下に入ったのは凡そ五千人程度で、実際問題として声で指揮するのが当たり前な騎兵の戦闘をコントロールしようと思ったら、指揮官の能力的にはこれが精一杯の筈だった。


「いやいや、こりゃ凄いな」


 嬉しそうに呟いたオクルカは、配下に有った各兵団の再編成を急がせていた。

 フレミナの里からやって来たフェルディナンドの持つ騎兵を分割し、中央集団をオクルカが直卒。右翼にフェルディナンド、左翼にはカウリを配置した布陣となっていた。


「オクルカ。これで良いのか?」

「あぁ、これで良い」

「そうか」


 オクルカの指揮下に入ったフェルディナンドは父フェリブルの死に際し、何を思ったのか『死んで当然の人間だった』と言い放った。驚くカウリやオクルカを他所に、フェルディナンドは誰にも漏らしたことのなかった心情を吐露した。


 ――何か失敗する都度に、それを必至でもみ消してきた

 ――詰め腹を切って代わりに死んだ者が何人居るかすらわからない

 ――気にいらなければ容赦なく部下を切り捨ててきたフェリブルだ

 ――いつ自分が殺されるのかと、毎日怯えていた

 ――死んで清々した。これからはオクルカにフレミナを託す


 オクルカより五十歳ほど年上のフェルディナンドだが、フレミナ王の世襲には興味を示さなかった。その姿勢をやや不思議に感じたカウリだが、オクルカは全てを飲み込んで『わかった』と答えただけだった。


「しかし、なぜお主は王を目指さぬのだ?」


 不思議さを隠し切れないカウリはフェルディナンドに問うた。


「うーん…… 王は…… めんどくさい…… です」

「面倒?」

「えぇ。面倒です。出来れば図書館の館長にでもなって……」


 へへへと笑ったフェルディナンドは、空を見上げて呟くように続けた。


「本を読みながら年老いたいくらいです」

「……なんとも辛気臭いの」

「そうでしょうね。だけど――


 オクルカの巨躯に匹敵する巨躯を萎ませ、フェルディナンドは溜息を吐いた。


 ――いままで、誰かの期待に応えるためだけに生きてきました。自分の能力を大きく超える事を期待され、結果を出さねば殺される恐怖と戦ってきました。王になどなりたくはありませんし興味も有りません。誰にも関わる事無く、ひっそりと生きていたい」


 フェルディナンドの独白を聞いたカウリは、この男がやがてフェリブルのような酷い人間になるのを予感した。そして、あのフェリブルの人間的な未熟さだったり、或いはエキセントリックにひねくれた幼稚な精神性だったりするものは、息子フェルディナンドを見れば察しが付く。

 周辺にいる者が歓心を買おうとアレコレ手練手管を尽くし見返りを求める中で、蝶よ花よと煽てあげた結果の行き着く先だ。それを思えば、ビッグストンで徹底的に人間生を鍛えられたオクルカのほうがフレミナ王には相応しいだろう……


「おぬしの望む生き方をする為には、少々修羅にならねばならんの」

「そうですね。頑張ります」


 力なく笑ったフェルディナンドは、オクルカの背中をジッと見た。


「オクルカは良い教育を受けている。あやつの方が王には相応しいでしょう」


 ボソリとこぼしたフェルディナンド。

 カウリはその姿に息子トウリを重ねていた。


 ――注進! 注進!


 遠くから聞こえてくる伝令の声に、カウリの意識は現実へと引き戻された。


「どうした!」


 大声で訊ねたオクルカに対し、馬上の伝令は大声で報告を上げた。


「ただいまカリオン王の使者がやってきます!

「なんだと!」

「オクルカ様に面会を求めております! いかがいたしましょう!」


 どうするべきか一瞬迷ったオクルカはカウリを見た。

 意見を求めるようにしているその姿には、逡巡の色が濃かった。


「王たるもの。使者はすべて受け入れよという」

「そうですね」


 首肯したオクルカは伝令に使者を通すよう返答した。

 ややあってオクルカの前へとやってきたのは、オクルカが若かりし頃にビッグストンで馬術教官を務めていたジョージスペンサーだった。


「しばらく見ない間に良い男になったな。トマーシェ」

「ご無沙汰しております。教官殿。して、今日は」

「あぁ、そうだな。今日は我が王カリオン陛下の使者としてまいった」


 グッと胸を張ったジョージは同行したクラウスの持っている大太刀を指差す。


「我が王は敵将オクルカへ一振りの太刀を下賜されると申された。我が王はこうおっしゃられた。どうか清聴願いたい」


 王と言う言葉に重きを置いたジョージ。

 オクルカは騎士の慣わしに則り、手にしていた太刀を右手に持ち替え敵意無き事を示すと同時に、左の拳を自らの心臓へと重ねて赤心の誠意を示した。


「ル・ガルを統べる太陽王より、この一振りの太刀を下し与う。遠慮は無用。存分に戦い、つわものの本願を遂げよ。余の首を取りに参れ。余は我が全ての臣民と軍務にある者とをもって、そなたらの挑戦を受けて立たんと欲するものなり!」


 カリオンの発した言葉を一言一句間違える事無く宣言したジョージはクラウスの持っていた鞘から大太刀を抜き、目の前に突き立てて柄を差し出した。見事な出来栄えの戦太刀は鈍い光りを反射している。


「下賜いただいた太刀。確かに拝領した。どうかカリオン王にお伝え願いたい」


 オクルカは大地に突き刺さった太刀を抜き取り頭上へ掲げた。


「この太刀で王の首を頂戴仕る。我らは逆賊に非ず。自由を求める者也」


 オクルカの力強い言葉にジョージは僅かな首肯で答え、クルリと背を向け立ち去った。その背を見送ったオクルカは、まだ見ぬ若き太陽王カリオンへ思いを馳せていた。


「伯父上殿。カリオン王とは一言で言えばいかなる人間ですか」

「そうさのぉ……」


 カウリは腕を組んで考えた。

 あのカリオンを一言で表せなど無理にも程がある。


「一言にまとめる術など無い」

「ない?」

「あぁ。強いて言うなら、神に愛された男だ」

「……そうですか」


 クククと笑ったオクルカは天を見上げた。


「ならばこのフレミナ王は、天に弓引く逆賊の汚名を被りましょう」

「逆賊ではないんじゃなかったのか?」

「若き太陽王が神に愛されているのなら、その神の寵愛を奪い取ってみせる!」


 嗾けるように言ったカウリの言葉だが、オクルカは胸を張って言った。

 両手を天へと突き上げ、太刀をかざして天へと叫んだ。


「天照らす日輪の神よ! この北限の王にも寵愛賜らん事を!」


 精一杯の声で叫んだオクルカだが、その声に呼応するようにフレミナの騎兵たちが一斉に剣を抜き歓呼で答えた。喉も涸れよと大音声で轟いたその歓呼は、カウリの身体をビリビリと揺さぶり、大地をも震わせるほどだった。


「さぁ、戦だ! フェル殿! カウリ殿! 敵を粉砕してくだされ! 俺は中央軍を持って全力でぶち当たる! いざ参らん!」


 騎兵たちの興奮が最高潮に達した時、カウリとフェルディナンドは、それぞれの持ち場へと走り去っていった。縦列に並んだ騎兵たちを複層の横陣へと組み替えさせるためにオクルカは号令を飛ばす。全てを踏み潰して前進する騎兵の戦いが始まろうとしていた。






 ―― 一時間後



 慣れぬ事はするもんじゃ無い。

 そんな結論に達したオクルカは溜息をこぼしつつ機動防御に徹していた。

 騎兵の列を横方向へ伸ばし、押し包むように陣を張った筈だった。


 だが、ふと気が付けば現状はひどい状況に陥りつつある。

 カリオン側の騎兵も横陣を張り、面で当たって力勝負になる算段だった……


「オクラーシェ! 本陣が挟撃される! 後退した方が良い!」


 オクルカ配下の一人。オギは左肩に幾つも矢を刺したまま本陣へ後退してきた。

 双方の弓兵が鏑矢を放ち、その音を合図に合戦が始まったとき、オクルカは勝利を確信していた。カリオンの騎兵たちは横に広がるどころか、モタモタと固まってウロウロしていたのだ。


 ――太陽王の騎兵なんてこんなもんか!

 ――あれがまともな騎兵か?

 ――まるで素人の集まりだ!


 フレミナ北方騎兵たちの間からワハハと笑い声が沸き起こった。


 ――皆の衆! 一気に押し包んでくれようぞ!

 ――オォ!


 そう気勢を上げる中、オクルカはふと思った。


 ――まともな騎兵…… じゃ、なかったら……

 ――まともじゃ無い騎兵だったら

 ――まともじゃ無い戦術だったら

 ――まともじゃ無い大将だったら


 ゾクリとした悪寒がオクルカの背中を駆け抜けた。

 そして、騎兵の列をたたみ、層を厚く組み替えるべきでは無いかと疑心暗鬼になった。その時、鏑矢の合図が響いてル・ガル騎兵は一気に前進してきた。


 迷う事無く単縦陣に近い接敵前進隊形のまま、真っ直ぐにだ。

 フレミナ騎兵たちはまず、それにビックリした。

 そして、ル・ガル騎兵の足を止めるべく弓兵を前に出そうとした。


 通常、騎兵の列のすぐ後ろに陣取った弓兵たちは、騎兵が前進する前に矢を放ち、伏兵を片付けるのが仕事だ。だが、いきなり真っ直ぐに突撃してきたル・ガル騎兵は、騎士のすぐ後ろに弓兵を乗せた二重乗馬で突入してきたのだ。

 そして、その先頭に立っていた騎兵とセットの弓兵は、上ではなく真っ直ぐに矢を放っていた。ただ一点。突入点となるたった一人の騎兵の首目掛けて。


 ――バカな!


 オクルカがそう思ったとき、その時すでに勝負は決していたのに等しかった。

 たったの一人しか騎兵は死んでいない。通常ならそれで済む話だ。

 後続の騎士が一歩前に出れば面は埋まる筈だった。


 所が、ル・ガル騎兵はその斃れた騎兵の穴目掛け、中央軍の全てが一斉になだれ込んできたのだった。

 そして、先頭切って突入したジョージスペンサーは右前にいた騎兵に斬り掛かり、ジョージの後ろにいた騎兵は、更にその後ろへ斬り掛かった。


 右手にいた騎兵はジョージの馬から飛び降りた弓兵が次々と矢を放って殺していき、ほんの小さな穴に過ぎなかったはずの点は、あっという間に大穴となってル・ガル騎兵を飲み込み続けていた。


 ――戦列を崩せ!

 ――戦列を崩せ!

 ――全員一端後退しろ! 

 ――仕切り直しを計れ!


 各隊の隊長へそう指令を飛ばしたオクルカだが、戦列を組み前進する戦闘になれた騎兵たちは命令を理解する事が出来ない。そんな混乱をあおり立てるように、ル・ガルの騎兵たちは次から次へと内部奥深くへ進行し続けた。


 そして、小一時間と経過する事無く戦列はズタズタに引き裂かれ、面の陣地を設営していたフレミナの騎兵たちは、オクルカなど将官級の声が届く僅かなエリアを除いて完全な混乱状態へと陥った。


「弓兵! 弓兵! とにかく突入してくる騎兵を止めろ!」


 オクルカは大声で指示を出していた。

 だが、馬の嘶きや騎兵の叫ぶ蛮声や、そして、負傷者の漏らす断末魔の声などが解け合い混じり合い、戦場音楽と呼ばれる無秩序なメロディが辺りを包んでいた。


「えぇい! とにかく敵を止めろ!」


 イライラし始めたオクルカは敵の前進を止める事を要求し始めた。

 ただ、ル・ガル騎兵は突入後に旋回するでも無く立ち止まるでも無く、後から後からやって来る後続騎兵が次々と進行方法左手へ向かって展開し続けている。そして、ル・ガル弓兵は右手側の敵に向かって矢の雨を降らせ続けていた。


 ――彼らは騎兵の常道を完全に無視している!


 切歯扼腕しつつも驚きを隠せないオクルカは、まともに組み合わないル・ガル騎兵に対する怒りを忘れ、むしろ感心している状態だった。全く新しい戦術を見せる騎兵たちは、その行動に一切の疑念を挟まず徹底的な攻撃を行っている。


 騎士の名誉や華々しい戦いといった戦場の華的振る舞いを一切せず、全ての騎兵や弓兵や、そして裏方と言うべき歩兵達までもがまるで水車の中の歯車のように噛み合い、連動し、たったひとつのシンプルな目標――勝利――だけを目指す。


 ――気に入らんな……


 ふと、オクルカの心のどこかに小さな火が付いた……


 ――実に気に入らん! なんだこれは!

 ――騎兵とは戦場の華! 戦場の光!

 ――ま正面からぶつかり合ってこそ!


 愛馬の手綱を握りしめるオクルカの手がグッと握りしめられた。

 怒りに震えるようにカタカタと小刻みなビートを刻んでいる。


「……誇り高き北方騎兵諸君!」


 突然叫んだオクルカの声に、周りの騎兵が歓呼を上げた。


「このデタラメな国軍騎兵に正しい騎兵魂を教育してやるぞ!」


 カリオン下賜の大太刀を抜いたオクルカは頭上へ高々と掲げ、辺りが全く静まらぬと言うのに名乗りの声を上げた。


「我はフレミナ北方騎兵の長! オクルカ・フレミナなり! いざ!」


 オクルカの愛馬が突然駆け出した。

 それに続き、オクルカの側近騎兵たちが一斉に駆け出す。


「我に続け!」


 全くと言って良い程に突然の行動だったのだが、フレミナの北方騎兵は見事な統制を見せて横一線の突撃を開始した。


「ゴーラ! レ・フーラ!」


 縦の線を作って次々と襲いかかっていくカリオン側ル・ガル騎兵だが、フレミナ騎兵の突撃に対し、一瞬だけ動きが止まった様に見えた。オクルカはその動きに騎兵の本能を見た。そして馬を返してこちらへ真っ直ぐに突撃してくると思った。


 だが……


 ――えっ?


 心中で小さく声を上げたオクルカは、思わず自分の目を疑った。

 突撃してくるフレミナ騎兵を誘い込むようにル・ガル騎兵の縦列が大きく蛇行し、その窪んだところへ飛び込んでしまったオクルカの一団は後続のル・ガル騎兵から左面側に一斉攻撃を受けた。

 慌てて正対するように左へ変針したオクルカの一団は、次に後方から猛烈な矢の投射を受けた。騎兵は通常前面だけに装甲を施す事が多い。つまり、背面は直接肉を晒しているようなものだ。バタバタと騎兵が斃れ、後続やル・ガル騎兵の蹄に文字通り蹂躙されてはてている。


 ――バカな!


 オクルカは再び変針させ、今度は大きく右へ旋回した。後方の弓兵が放つ矢の効射力圏内にル・ガル騎兵を誘い込むように。だが、弓兵は矢を上に向けて放ち、矢は大きな放物線を描いて上空から垂直に落ち始める。


 ――えぇい! くそっ! 

 ――なんだこれは!


 上空から降り注ぐ矢の威力は鉄製のヘルメットを簡単に貫通する威力で、オクルカ達は戦闘中というのにも拘わらず頭上を見て矢を避ける必要に迫られた。ただ、ここは戦場であり命のやりとりの最中だ。

 その戦場で敵から目を離す事がどれ程愚かな行為なのかは論を待たない。ふと視線を下げたオクルカの眼は、ル・ガルの騎兵たちが縦列で突っ込んでくる場面を捉えた。槍を構え真っ直ぐに突入してくる者達だ。


 ――なん…… だと!


 刹那、矢の雨が止んだ。

 驚くべき統制だとオクルカは感嘆した。

 残り十敢歩でル・ガル騎兵と交差する。


 ――コレは一体何なんだ……


 オクルカの脳裏に浮かんだ短い言葉は、まるで生存を諦めた兵士の嘆きだった。


「オクラーシェ! 左へ!」


 突然名前を呼ばれたオクルカが右手を見た。

 そこには平行して駆けるアギがいた。


 考える前にオクルカは僅かに進路を変針させ左手へ駆けた。

 太刀を持つ右腕を敵に向けた形になったオクルカは交差するル・ガル騎兵を見た。


 ――やってやる!


 オクルカの目は槍の穂先を捉えた。

 日輪の光りを鈍く反射させギラギラと眩い。

 その刃先に死神の幻を見た……


「オクラーシェ! ここは@"#$%&'@&%$#"……


 アギが何かを叫んだのだが、オクルカはそれを言葉として捉えられなかった。

 激しい衝撃が身体を揺さぶり、馬は真っ直ぐに走る事だけを選んでいた。

 人馬一体となるまで訓練し続けた騎兵の馬は、迷ったときには前進するだけだ。


 ――これを合戦などと呼ぶものか!

 ――これは! コレは! まるで戦争だ!


 敵を徹底的に殲滅させるべく研鑽を積んできた国軍騎兵と、敵を屈服させ従わせる為に威圧して戦わずに勝つ事を選んできたフレミナ騎兵の違い。言うなれば地力の違いと本質的な部分での決定的な差異をオクルカは痛感した。


「後退しろ!」


 オクルカの口を突いて出た言葉はそれだった。もはや理屈や技術や、そういった小手先の事ではこの差を埋められない。

 ル・ガルという世界を埋め尽くさんと膨張を続ける国家の凶暴な牙が、その全ての能力を持ってフレミナに襲いかかってきたのだとオクルカは知った。


「我に続け! とにかく後退しろ! 無用な戦闘を禁ずる!」


 ル・ガル騎兵と弓兵の威力圏内を脱出する最短手を選び、オクルカは全ての可能性を捨ててとにかく駆けた。この血と暴力と圧殺の嵐から抜け出すのが最重要課題だった。


 ――おじじさまはコレがあるから呪詛の側へ走ったのか……


 ふと、フェリブルが直接刃を交えぬ事を選び続けた理由に思い至ったオクルカ。

 もはや理屈でどうこうではなく、直接戦えば滅ぼされるのをフェリブルは知っていたのだと気が付いた。そうまでにル・ガルは強大なのだ。こうまでにル・ガルは無慈悲なのだ。

 幾多の祖国防衛戦争を経験し、敵を滅ぼさなければ自らが滅びる環境でル・ガルは大きくなってきたのだ。


 ――フレミナはなにをやって来たのだ……


 オクルカの脳裏に浮かんだのは、そんな諦観にも似た敗北感だった。ル・ガルという国家は敵と戦いながらフレミナとも戦ってきたのだ。そして、その全てで勝利を納めてきた。

 全体像に多少の齟齬はあるが、オクルカの心証はあながち間違いではない。ル・ガルという国家が歩んで来た道のりは、オクルカの言うように闘争と勝利の歴史だ。


「オクラーシェ! アギが!」


 一瞬だけ意識を飛ばしていたオクルカは、何処かからか飛んできた悲鳴に近い叫びで現実へと引き戻された。そして、声の出所を探したとき、オクルカの眼差しは幾多の槍に貫かれるアギを捉えた。断末魔の叫びをあげる余裕すらなく、血飛沫をまき散らし、アギは落馬して絶命した。


「アギ! アギ! あぁ! なんて事だ!!」


 仲間を助けたいと馬を返しかけたオクルカだが、その馬のたてがみをすぐ脇にいた騎兵がつかんだ。


「オクラーシェ! オクラーシェ! まずは後退しよう! このままじゃ」


 必死で叫んでいた騎兵の首筋へ矢が突き刺さった。頚動脈から血を噴き出しながら落馬した騎兵は、後続の仲間たちに踏みつぶされた。


 ──なんてざまだ……


 あまりの衝撃にガクガクと膝が震えだしたオクルカは、最早なりふり構わず脱出する方向を選んだ。生き残らないことには話にならない。


 ――これほど無慈悲なものなのか

 ――戦争とは……


 総毛立った表情で手綱を捌きながら、オクルカは後方を振り返ることなく必死になって走るだけだった。歯を食いしばって、怒りと不甲斐なさに震えながら。


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