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終わりの始まり


 ―――― 帝國歴 336年 10月 15日 早朝








「予想以上だな」

「えぇ」


 小さな集落にある教会の尖塔へと登ったゼルとカリオンは、集落を取り囲むように布陣しているフレミナの騎兵たちをみていた。なんだかんだと三日ほどの長逗留になったゼルとカリオンだが、三日目の朝がたに飛び込んできた偵察班の報告はさすがに耳を疑った。


 ――この集落を取り巻くようにフレミナ騎兵が布陣しています!


 そんなバカなと尖塔に登ってみれば、報告通りにフレミナ騎兵が集落周辺へ展開していて、その姿にゼルとカリオンは息を呑んでいた。


「あの使者。手の内を全部見せたつもりなんだろうな」

「正々堂々と勝つ。その意気なんでしょう」


 前夜遅く。

 カリオンとゼルの部屋へフレミナ側の使者が現れた。


 その使者は、北方騎兵を束ねるオクルカ・トマーシェ・フレミナの側近でボリスと名乗った。長らくフレミナの王として君臨していたフェリブルが故あって遠行し、オクルカが当面のフレミナ王を代行すると口上を述べた。


 また、現状の戦力はソティス城からやってきた生き残りの北方騎兵約三万と、遠くフレミナの里からようやくやってきたフェリブルの息子が率いるフレミナ騎兵本隊六万少々。それに、傭兵団や志願兵などなど、総勢十万近い数字だと。ソティス城の残存兵力全てを引き払い決戦に及ぶと口上を述べた。


「まぁ、こっちも大軍だ。負ける気はしないが……」

「大戦になりますね」

「あぁ。死傷者が増えるな。正直、歓迎せざるる事態だ」

「それに……」


 渋い表情のカリオンは溜息をこぼした。

 同じように渋い表情のゼルも深いため息を零して尖塔の下を見た。

 騎兵連隊の各隊長が集まり、太陽王の号令一過に一斉出撃の支度を整えている。


 この戦で敵を全滅させてやる。フレミナの牙を全て抜き取り、将来への憂いを全て消し去るのだと息巻いているのだ。一人残らず鏖殺するべく気勢を上げる騎兵たちは、充実した表情で出動命令を待っていた。


「……リリスをどうするか」

「レイラさんもです」

「お前とリリスの事が一番大事だ。俺とレイラの事は二の次で良い。三の次でも十分すぎる」


 眼下のフレミナ騎兵陣地最奥。

 一際大きな幕屋がある辺りには、カウリの一家全てが揃っているという。

 ソティス城に残っていたトウリがカウリ一家の女たちを預かっていたそうだが、そのトウリも騎兵に加わり総力戦に及ぶ所存との事だ。


 このまま一気に敵陣を貫いてしまっては、リリスやレイラをも殺してしまいかねない。そこに頭をひねっていると言っても過言ではなかった。


「ところで、フェリブル公の息子はどんな人物だ?」

「さぁ。フェルディナンド公は私も会った事が無いので……」


 何とも歯切れの悪い言葉を吐いたカリオン。

 それほどまでにフレミナとシウニンの対立は根が深いものだ。

 ある意味でオクルカがビッグストンへと来たのは奇跡に近いことともいえる。


 そんなオクルカと違い、フレミナの里でフレミナ一門の英才教育を受けてきたというフェリブルの一人息子フェルディナンドは、カリオン側から見ると謎の多い人物だった。

 トウリと共に残存兵力を糾合し、この街道沿いへ決戦に及ぶべくやって来たフェルディナンドは、その能力も容姿も全てが謎に包まれていた。


「いずれにせよ、全力でぶつかるだけだ」

「……ですね」

「一気に陣を駆け抜けて女たちを回収しよう」

「はい」


 ゼルとカリオンの意見は一致を見た。

 やる気を漲らせるル・ガル騎兵は、王都からの増援を次々と加え総勢二十万は軽く越えていた。そしてソティスを取り囲んでいた騎兵たちが押っ取り刀でここに加わり、総勢三十万と言う数字が見えていた。


 かつてネコの国と血戦に及んだ最大軍勢を軽く越えつつあるが、大軍を動員した大規模戦闘のノウハウを得るために参謀本部の面々がここまでやってきていて、あれこれと思案を巡らせているのだった。


「この戦は上手く納めないと禍根を残すな……」


 ふと、そんな弱音にも近い言葉をゼルがこぼした。

 珍しいゼルの本音に、カリオンは驚くより他ない。


「全滅させるんじゃ無かったのですか?」

「……その方が早いのは事実だが、あんまり殺してしまうと怨みを買う」

「戦の後の事か……」

「そういう事だ 」


 連れ立って尖塔へ上がったふたりは階段を下りて参謀本部の幕屋へと入った。

 何かを発しようとしたカリオンより早く、ゼルは渋い声音で初声を発した。


「街の住人の避難は?」

「はい。老若男女の全て五千少々を郊外の高台へ非難させました」

「食料や飲料水は手当てして有るか?」

「もちろんです。更に、家畜の類もあわせて」

「そうか。抜かりないな」


 ウンウンと満足そうに頷いたゼルはカリオンを見た。

 驚いたカリオンがここへとやって来ていたイワオと話しこんでいるのだが、その向こうにいた存在に思わず『え?』とゼルは声を発した。イワオの隣にはメイド衣装のコトリが居たのだ。


「コトリ! 何故ここに!」

「あの…… その……」


 一瞬だけモジモジとしたコトリはイワオの袖を引っ張った。

 そのイワオは懐からベルベッドの小さな袋を取り出しゼルへと渡す。


「エイラさまから御預かりしました」

「エイラから……?」

「はい」


 袋を開けたゼルは中に入っていたモノに驚いた。まだシウニノンチュへ居た頃。先に死んだ()()()()()が身に着けていたのと同じ、純銀製のバングルだ。太陽神の紋章を掘り込んであるその腕輪は、魔除けと同時に戦勝を導くとされるものだ。

 そして、遠い日。北方越境盗賊団の討伐に向かった日、ゼルがなぜかシウニノンチュへ置いていったものでもある……


「あの……」


 ゼルのフリをする五輪男にそっと歩み寄ったコトリは小さな声でそっと告げた。


「お母さまが『生きて帰ってきて』と」

「……あぁ。解った」


 そっとコトリの頭を撫でたゼル。そのシーンを見ていた周囲の者は、コトリをゼルのフリをするヒトの男の実子と見ている。それ自体は間違いないのだが、その中身が全く異なるモノだとは気が付かない……


「カリオン」

「えぇ」


 バングルを左手首へと巻いたゼルは戦況卓の前に立った。

 その瞬間、参謀幕屋の空気が凛と絞まる。


「戦力差は三倍ある。ヒトの世界の戦闘法則にランチェスターの会戦法則と言うものがあり、それに寄れば平面における戦闘の場合、確実に勝ちきるには三倍の戦力が必要だと示しているのだが……」


 ゼルははっきりと自らの正体をバラしたのに等しい事を言い切った。

 ただ、もはやそれに付いて誰も異論を唱えていない。

 ゼルの右には戦術教官のビーン子爵が付き、左側にはカリオンが立っていた。


「相手はこちらのビーン子爵から教育を受けたビッグストンの卒業生だ。つまり、双方が手の内を知っている事になる。故に……」


 ゼルは戦況卓に描かれた双方の布陣図へ大胆にチョークを入れた。

 その流れに参謀たちは息を呑むのだが、ゼルは遠慮する事無く作戦の進行図を地形図へと書き込み続けた。


「先のネコとの地上戦においてネコが見せた戦術と言うのは騎兵を横一列に並べる従来の戦術とは一線を隔すものだ。つまり、全く新しい戦術と言う事になる。旧来の単横陣と違い、陣形を縦に取り一気に侵攻する作戦だ」


 ゼルの手がインキ壷を持ち上げ地図の上にぽとりと一滴インクをたらした。その後、ゼルは机の片方を持ち上げ、インクが自然と地図の上を流れて行くように仕向けた。


「これが、今回使う戦術だ。意味を理解した者は居るか?」


 薄ら笑いを浮かべて参謀たちを見たゼル。

 参謀たちは必死になって頭を働かせているのだが、ゼルの真意を見抜けない。


「縦深突破戦術と言うのだが、またの名を電撃戦とも言う」


 ゼルは夥しいチョークの線が入った地図の上でインキ壷を遠慮なく倒した。壷の中からドッとインクがこぼれ、地図の上を真っ黒のインクが埋め尽くしていく。


「従来の騎兵は陣形にこだわってきた。だがこれは違う。こだわるのは陣形ではなく速度と突撃衝力を維持し続ける事にある。フレミナの防御陣地は幾重にも重ねられた横陣の複層帯だ。この一点へまず矢を徹底的に射掛け、一時的に防御力を減らしておいて単縦陣を組んだ騎兵が突入する。この時重要な事は、目の前で強力に抵抗する者が居たら、打ち倒さずに迂回するということだ」


 ゼルの言葉に『え?』と驚きの顔を見せた参謀や騎兵の隊長たち。

 だが、ゼルはその全てを無視して説明を続けた。


「突入した騎兵は横へ展開しつつ、後方の騎兵が次々と前に飛び出て行って敵陣を切り裂いていく。そして、楔を打ち込むように横方向へジワジワと拡大しつつ、一気に敵陣の後方まで騎兵の機動線をつなげ、その機動線をなぞって新手の騎兵は戦う事無く敵陣の後方まで一気に展開する。これにより後方へ展開した騎兵は始めて旋回行動を取り、敵陣を後方から攻撃する」


 地図の上を流れていく黒いインクは、流体の柔軟さを持って地図の上を埋め尽くしていく。飲み込む速度がはやいところは滑るように。遅いところはジワジワと。そしてやがて左右からインクの線が繋がり、流れの悪いところを取り囲んで潰していく。


「突入した騎兵の中に歩兵の弓隊を混ぜる。味方を撃たぬよう慎重に距離を測り、敵陣へ矢の雨を降らせ続ける。正面からは騎兵の突撃が。上空には雨の様に降る矢が敵陣を痛めつける。そして、抵抗力の弱いところから敵を鏖殺していき、生き残りを作らぬよう一気に全滅させるんだ」


 かつてのナチスドイツが見せたバルバロッサ作戦やソヴィエト赤軍が見せたバクラチオン作戦の様に、小規模な電撃戦と徹底包囲殲滅戦をミックスしたものだ。ただし、それを迎え撃つ側は数世代前の戦術でそれに対峙しなければならない。


「ここまでの戦術説明で何か質問は?」


 戦車も飛行機も無い世界では、騎兵と歩兵を横一線に並べ面で戦うのが常道だった。そこへ縦深突破戦術を持ち込んだネコの騎兵は間違い無くヒトの世界の知識だとゼルは見抜いていた。あまりに斬新な戦術と言えるそれを受け容れたネコの度量も大した物だが、今ここではネコよりも遙かに統制が取れていて、尚且つ規律と強調を旨とするイヌの騎兵がソレを行おうとしている。


「いくつか質問があります」


 最初に手を上げたのはジョージスペンサーだった。ゼルはある意味で予想通りの人間が最初に口を開いたと思った。ジョージの質問を全て的確に返答しておけば、残りの質問はほぼ全て自動的に消え去ると思ったからだ。


「頑強に抵抗する拠点は迂回と言いますが、その拠点はどうやって潰します?」

「距離を取って矢で射殺す」

「ソレでは騎兵の目的が達せられません」

「騎兵の任務は敵を攻撃するだけに非ず。敵の裏へと回り込み、数的有利を作り、敵の退路を断って浮き足立たせる事により組織だった抵抗を抑え込む事にある」


 再びインクの乾いた紙の上にチョークを走らせたゼル。


「騎兵の任務の前に軍の任務を忘れない事だ。目的はただひとつ。最大効率で敵を撃破する事。味方の死者は一人でも少ない事が望ましい。そして、敵には全滅してもらう。それだけの事だ」


 さらりと言い切ったゼルの言葉にジョージは少々不本意そうな顔をした。

 だが、そこにすかさずカリオンのフォローが入る。


「大切なのは勝つ事だと私は思う。そして、戦術では無く戦略として、これ以降をどのように切り抜けていくか。それが大事ではないだろうか。ジョージの憤懣やるかたない気持ちをわからない訳では無い。私自身も一人の騎士として、騎兵として教育を受けてきたから」


 ジョージを宥めに掛かったカリオンをみて、ゼルは全ての言葉を飲み込みカリオンに好きに喋らせる事を選んだ。

 カリオンは胸を張り、騎兵では無く一人の軍人として、国家と国民を護る為に努力して欲しいとジョージを宥めている。その姿はすでに立派な国王になっていた。そして、ふとゼルは子育ての終わりを実感した。


 ――良い男になったな……

 ――なぁ…… ゼル……

 ――良い男になったぞ……


 僅かに涙ぐんだゼルは目頭を僅かに擦ってソレを誤魔化し、戦況図に目を落として涙を必死に堪えた。カリオンの立派な言葉に参謀や騎兵連隊の各隊長が背筋を伸ばしているのを横目で見ながら。


 ――()()()()|…… 

 ――自慢の息子だ……


「父上」

「あぁ」


 戦況図に希望する戦線展開を書き込んだゼルは、時間を追って戦線がどう動くのかを線で示した。一時間後。二時間後。三時間後。四時間後。それぞれの時間経過後に必要な『戦果』は具体的に指示が出る状況だ。


「五時間後までに敵の退路を完全遮断し、完全包囲を完了し、矢と槍で確実に屠っていくのが重要だ。生き残りは作らない事が望ましい。極々少数を生かして帰せば良いのであって、再戦意欲に繋がる中途半端な数での生き残りは絶対にさけねばならないし、やってはならない」


 参謀幕屋の中に漂う空気は、なんとも刺々しい物になり始めた。

 騎士の誇りを胸に熱い戦いを繰り広げた時代は終わりを告げ、これからの時代は徹底的に殲滅し勝ちきる時代になる。そんな実感を騎兵たちは持ったのだ。


 ただ、ソレを望むのはあくまで王の意向であって、戦線を華々しく駆け回り武功を立てて立身出世を夢見る騎兵には関係ない事でもある。しかし、何処まで行っても騎兵は国軍の兵士で有り、王の手足だ。


「諸君等が不本意なのは重々承知しているし、本音を言えば、実際大変申し訳ないと私も思う。だが、今必要なのは結果だ。これから将来にわたって安心出来るという保証なんだ。それ故に諸君等には辛い任務を負わせる事になるのだが……」


 ゼルは一度言葉を切って、皆の顔をグルリと見回した。


「どうか、その恨みも辛みも不本意さも、全て私に向けてほしい」


 ゼルが漏らした一言は、不平不満を抱えていた者たちの目を覚まさせるのに十分な威力だった。個人ではなく全体の利益を確保する為、ゼルは…… いや、ゼルのふりをするヒトの男は滅私の精神を見せた。その侠気を前に、多くの兵士は自らの身勝手さを恥じた。


「……さぁ、若王の門出に相応しい戦果を得よう」


 おもむろに口を開いたのは老いたるクラウスだった。もはや最前線に立つ事は能わぬが、騎兵として、国家を護る刃としての振る舞いは良くわかっている。


「そうだな。若王の治世で、若王の手で、このル・ガル一統は完成する。これからはフレミナの横槍に惑わされる事無く、未来永劫の繁栄を得たい。我らイヌの国家が八千代に磐石であらんとするために!」


 ジョージは決意を言葉にし、皆へ決起を促した。その言葉に皆の表情がガラリと変わった。幕屋の中に熱気が溢れ、ゼルは場の空気を変えたジョージを見てから、柔らかくカリオンを見て、アイコンタクトを送った。


「ジョージ。中央軍をあなたに預ける」


 ゼルの眼差しを理解したカリオンは、声音を変えてジョージに勅命を下した。

 その言葉を聞いたジョージは雷に打たれたように背筋を伸ばし、握り締めた拳で自らの右頭部を殴りつけるように敬礼した。


「謹んで拝領いたします」

「国家と全ての国民の為に、死力を尽くしてもらいたい」

「……全身全霊を持ってご期待に応えます」


 僅かに頷いたカリオンの目がゼルを捉えた。

 ゼルはチラリとクラウスを見てからもう一度ジョージを見た。


 ――なるほど……


 クラウスの歩んできた道をゼルから聞いたカリオンは、引退する騎兵の花道を用意する事を思いついていた。そして、ゼルはいま僅かな視線の動きでカリオンに賛意を示した。


「クラウス参謀」

「はっ!」

「スペンサー卿に同行し、その働きを輔弼してもらいたい」

「かしこまりました」

「あぁ、そうだ。槍を忘れないように。丸腰ではさすがに寒かろう」


 カリオンの真意に気づいたクラウスは息を呑んで返答を忘れた。

 半ば呆然としつつ、打ち震えてカリオンを凝視した。


「……なんか変なこと言ったかな?」

「いえ……」


 自らを殴りつけるように敬礼したクラウスは涙を浮かべて返答した。


「一命を賭してご期待にお答えいたします」

「あぁ。吉報を期待している」


 クラウスに柔らかく微笑み掛けたカリオンは、続いて居並ぶ将官達へ、それぞれ五万から六万程度の兵力を与えていった。老いたれど経験豊富な参謀を全てへ配置し、五軍団を形成した。


「本陣となるここへは二万の守備兵を置く。つまりは何かあった場合の予備兵力だが、いざとなった場合は俺が直接率いて戦線へと切り込む。そうしたらここが空になるからな。皆、しっかりやって欲しい。王を丸裸にする訳には行くまい」


 参謀たちが早速合議し軍団を形成していった。

 驚くほど僅かな時間だったのだが、カリオンとゼルの陣取る本陣へ残ったのは、最初にゼルが持ち出したわずか五千の兵を中心とするベテランが揃った二万だ。


「さぁ、作戦に備えよう」


 パチンと手を叩いたカリオンの合図で皆が動き始めた。

 だが、その動きをゼルが制した。


「ちょっと待った。どうせ決戦に及ぶんだ。もうちょっと芝居掛かった事をしようじゃないか。後世に語り継がれるような事が良いな。なんかないか?」


 ゼルが言い出した言葉にたいし、最初に手を上げたのはクラウスだった。


「もう随分前の事ですが、東方種族と決戦に及んだトゥリ帝は合戦の前に敵大将へ使者を送り、戦太刀を下賜したそうです。存分に戦えと言い添えて」

「……うーん。良いね。それが良い。武帝の伝説になるだろう。どうだ?」


 楽しそうにカリオンを見たゼルは、満面の笑みを見せて『やろう』と意思表示をしていた。その嬉しそうな表情に自然と笑顔になったカリオンも大きく首肯し、手ずからに太陽王の太刀袋を広げた。

 即位以来、貴族各家より献上された銘入りの太刀を納めてある太刀箱の中から選び出したのは、スペンサー家の献上した見事な設えのブロードソードだった。


「ジョージ。クラウスと一緒にちょっと行って来て」

「承りました。で、口上は?」


 腕を組んで僅かに考え込んだカリオンだが、すぐに顔を上げてからゼルを見てスラスラと口上を述べ始めた。


「ル・ガルを統べる太陽王より、この一振りの太刀を下し与う。遠慮は無用。存分に戦い、つわものの本願を遂げよ。余の首を取りに参れ。余は、我が全ての臣民と軍務にある者とをもって、そなたらの挑戦を受けて立たんと――


 どうですか?と訊ねるような表情を浮かべていたカリオンにゼルが頷いた。


 ――受けて立たんと欲するものなり」


 カリオンは多くの参謀や騎兵や国軍将官の前で、初めて『余』と言う言葉を使った。この時まで務めて『私』と言ってきたカリオンは、自らに王の座を宣言したに等しい事だった。

 そして、その言葉を聞いていたジョージやクラウスはカリオンの発した『余』と言う言葉に貫かれ、その場で片膝を付き勅命を受けた。


「我が王よ!」


 言葉の持つ力。

 言霊の魔力に貫かれたジョージは、魂を奪われたようにカリオンを見た。


「御言葉。確かに拝領いたしました。その一言一句を伝えてまいります」

「あぁ。そして無事に帰ってきて欲しい。頼んだよ」

「はっ!」


 大きな声で返答を上げた二人は早速幕屋を飛び出して行った。

 その後姿を見送ったカリオンは、芝居がかった言葉の持つ威力に驚いていた。


「さて、では諸君。準備してくれ」


 幕屋にいる者たちが一斉に敬礼を送る中、カリオンは自信溢れる笑みを浮かべ室内をグルリと見回した。


「余に、最初の勝利をもたらしてくれる事を期待する。頼んだよ」


 統一王ノーリの建国宣言から三百三十六年目の初秋。

 五人目の太陽王によるル・ガル一統を目指した最後の戦が始まった。


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