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父と子


 ―――― 帝國歴 336年 10月 12日 夕暮れ前









 夜を徹し走ってきたカウリとオクルカが見た物は、一面の墓標だった。

 土饅頭に突き刺さった剣や楯。そして、その隣には軍馬塚を示す鞍。


 恐らく早朝に相当激しい戦闘があったと思われる荒れ地だが、日も傾き掛けている頃だというのに、まだまだ鼻を突く血の臭いがわだかまっていた。


「遅かったようだな」

「……ですね」


 カウリは墓標の列を辿って行く。

 線を引いたように一直線に並んだ土饅頭の丘は見事な整頓ぶりを見せていた。

 その数は軽く五千を超えていた。


「見事な埋葬ですね」

「さすがだ。死者にも尊厳があるとは、ゼルの口癖だからな」

「……そうですか」


 ――死者にも尊厳がある……


 カウリの一言を口中で反芻したオクルカは、沈みゆく夕日を一瞥し呟いた。


「一度お会いしてみたい方だな」


 紛れもない本音が零れたとカウリは感じた。

 だが、同時に違和感も。


 その正体をアレコレと考えたカウリは、オクルカの口を突いて出た言葉が微妙に変化している事に気が付いた。


『お会いしてみたい……』


 ――ん?


 チラリと横目でオクルカを見たカウリ。

 その胸中に去来した物が何であるかの詮索を巡らせる。


 ――コレは…… 大物になる素養があるな……


 忍び笑いを浮かべオクルカと逆の方向を向いたカウリ。

 うそぶくような口調で静かに答えた。


「まぁ、いずれ会えるさ。敵味方は仕方が無いとして」

「はい」


 オクルカの手の者達が全ての土饅頭を検める中、カウリはオクルカの動きをジッと目で追っていた。三人ほどいるらしい腹心の部下は僅かな会話で主君の意図を読み取り、縦横無尽の活躍で埋葬地を行き交っている。


 ――アレがオクルカの三銃士と言う訳か……


 手下の者達と共に土饅頭をひとつずつ検分していくオクルカは、なにに感化されたのか死者へ手向ける言葉の栄誉を唱えながら歩いた。馬から下りてだ。

 一夜を徹して走った寒立馬は幾らタフとは言え疲労困憊な様子で、主を降ろしてから僅かな草など食み始め水を飲んでいた。ル・ガルの軍馬よりも遙かに堅強なこの馬がこれだけ疲れているのだから、もはや今日中の帰還は望めない。


「オクルカ!」


 やや離れた位置にいたオクルカへカウリは声を張り上げた。


「今宵はここで野営しよう。馬を休ませねばならん」

「同感です!」


 オクルカも同じ事を考えていたようだ。

 手短な指示を出し、オクルカの一行は驚く程の速度で野営の仕度を始めた。

 ずらりと並んだ土饅頭からやや離れた場所に幾つもの野営幕屋が並び、あれよあれよと言う間にあり合わせの食料で食事の仕度が進む。その光景を眺めていたカウリは、改めてフレミナ騎兵の段取りの良さに驚いた。


 ――彼らはコレに慣れきっている


 騎兵と言うより遊牧民のようだとカウリは思う。

 或いは三窩(サンカ)渡里(ワタリ)と言った非永住型民族だ。


 拠点から拠点へと移動し、キチンとした補給敞を必要とするル・ガル騎兵に比べると、フレミナ騎兵は馬の食べる草さえ有ればどこへでも行軍が可能だ。つまり、草の海の尽きる所まで。どこまででも彼らは進めるのだろう……


「伯父上殿」


 ふと気が付けば、オクルカがカウリの所へとやって来ていた。

 堂々とした巨躯には北の王者の風格がある。


「オクルカよ。お主はこのフレミナの騎兵をどうしたい?」

「……不思議な質問ですね」


 僅かに首を傾げたオクルカは、カウリの真意を読み取りきれず思案した。


「おぬしはフレミナの王足らんと努力したのだろう。それはお主の部下を見ていれば解ることだ。だが、一国の王足らんとするにはもう一段上のものが必要だ」


 カウリは神妙な顔で話を聞くオクルカに王の資質を見た。

 間違い無くカリオンと同じものがある。

 そして、もまれた分だけカリオンより先に行っている。


 ますますオクルカにル・ガルを預けてみたい衝動に駆られるのだが、それは絶対口に出来ないことだ。本来の目的を忘れた訳ではない。


 ──或いは…… 連邦制……


 ふとそんな言葉がカウリの頭をよぎる。

 ただ、フレミナとル・ガルは水と油。


 混じり合う事が出来ないのであれば、連邦制ですら難しい。

 それ故に無理を通さぬ事もまた肝要だ。

 現状を受け容れ、上手く共存する手立てを探したい……


「おぬしは良くできた人間だ。ただな、儂が言うのもなんだが、カリオンはおぬしに匹敵する人材だ。そのふたりが争うのはル・ガルの損失だ」

「伯父上はフレミナではなくル・ガルを見てられるのですな」

「あぁ、それは否定しない。儂の人生は祖国ル・ガルに捧げたのだ」


 強い口調でそう言ったカウリの顔には、生涯五百余戦を経験したとされる武人の迫力がにじみ出ていた。


 そんなカウリに心酔したようなオクルカはふと空を見上げ思案に暮れた。

 ここまでやって来たことは、全てフレミナ王フェリブルの意志だった。

 自分の意志は何処にあるのだろうか……と。


「いまはまだ解りません。先ずは休息をとり、そして、ソティス城へ戻りましょう。トウリがル・ガル王になり私がフレミナ王でも良いかもしれません。まずはこの混乱を上手く収束させねば」

「そうだな」


 迷うことなく言い切ったオクルカに肯定の意を示したカウリは、ほんの少しだけ『上手く行くかもしれない』と期待を持った。


 ──オクラーシェ! 飯の支度が出来た!


 手下にある者がオクルカとカウリを呼び、ふたりは顔を見合わせた。


「伯父上。まずは食事にしましょう」

「うむ。そうだな」


 出来るものなら殺したくない。

 カウリはそんな事を思っていた。












 同じ頃




 フレミナ輸送団を埋葬し終えたゼルは直接王都へ伸びる街道を南へ下っていた。小さな街を辿りながら南北に伸びるこの街道は、途中で古都ソティスへと別れていて、馬を使わず歩行で旅する人達の主要街道になっていた。

 深夜に走り抜けたゼルは明るい時間と言うこともあって街道の景色を目に焼き付けている。良い土産話が出来たとほくそ笑んでいるのだが、そんなゼルの目に遥かかなたから迫ってくる砂塵の塊を見つけた。


「新手か?」


 瞬間的に表情の曇ったゼルはすぐ傍らにいたクラウスに渋い顔を見せた。

 ただ、そのクラウスはと言えば……


「まだまだ飽きませんな」


 やる気満々な表情のクラウスはゼル麾下の騎兵たちに戦闘準備を命じた。

 心地よい疲労に包まれていた騎兵たちが一斉に戦闘態勢へと切り替わる。

 そんな状態の中、ゼルは目をこらして遠くを見た。


「ん?」


 着々と老眼になりつつあるのだが、それでもゼルの目は大きな軍旗を捉えた。

 太陽王の所在を示す十字に別れた螺旋の光を示す巨大なものだ。


「あれは……」


 ニヤリと笑ったゼルはクラウスに笑みを向け、遠くを指さした。

 同じく老眼になりつつあるクラウスもジッと遠くを見て笑った。


「軍旗を掲げよ!」


 慌てたクラウスがル・ガル軍旗を揚げるよう命じた。

 太陽王直卒の騎兵たちは相手が国籍不明の場合、問答無用で交戦に及びかねない。


「良い判断だな。さすがだ」

「慣れですよ。慣れ」


 ヘラヘラと笑いながら馬を進めていくゼル。

 その耳に聞き覚えのある声が届いた。


「父上!」


 太陽王の軍旗があるのだから存在は間違いないが、まさか本当に先頭に立っているとは思わなかったゼル。


「ん? カリオンか。どうした?」


 半ば呆れたように言葉を発したゼルは隊列を停めさせ、単騎で僅かに進み出た。

 その前にはカリオンも単騎で歩み出ていて、その周りを親衛隊の近衛騎兵たちが距離を取って取り囲んだ。


「良かった……」

「どうしたというのだ」


 いまにも泣きそうなカリオンはモレラの上で複雑な表情を浮かべていた。

 ただ、その表情が余りに緊迫していたのが不自然で、ゼルも僅かではない違和感を覚えた。


「例の鐘の音でも聞こえたか?」


 茶化すように小声で聞いたゼル。

 だが、カリオンはその問いに深く深く頷いた。

 そして、辺りを見回し小さな声でゼルに告げた。


「本気で心配したんです」

「大袈裟だな」

「私には…… 二回目ですから」


 一瞬笑いかけたゼルだが、カリオンの発した『二回目』と言う言葉の意味を理解し、これ以上ない位に顔をひきつらせた。

 すっかり遠くなってしまった日。幼き日のエイダは必死になってゼルを止めたはずだった。だが、それでも強行していったゼルは五輪男の目の前で死んだ。それをエイダはひどく悔やんだ……


 ──俺はヒトの身でありながら……

 ──なんと果報なことか……


 ジワッと涙ぐんだゼルは、恥ずかしそうに鼻をいじってそっぽを向き、一つ咳払いしてからもう一度カリオンを見た。その僅かな振る舞いに何かを感じ取ったジョージやクラウスや、カリオンとゼルを支える多くの者たちが歩み寄った。


「すまんな。心配を掛けた」

「父上。どうかこれ以後は黙って出撃されませんよう……」

「あぁ、わかった」


 本気で心配したらしいカリオンの様子に、ふとゼルは『本当の親子になった』と思った。

 血の繋がりとか共に暮らすとか、そう言う形式的なことではなく、ヒトの、生きている魂の、心の繋がりがゼルとカリオンを結んだ。


「世界の王に心配されるのだから、俺は果報者だな」


 ゼルの言葉を聞いたジョージやウォークが僅かに頷く。

 だが、その言葉の真意を理解してはいない。


 ゼルは一団を率い助けに来たカリオンの出任せに答えたのだった。

 間違いなくそうしたであろう自慢の息子だ。


「で、輸送団は?」

「あぁ、首尾良く全滅させた。多少捕虜が出たので聖導騎士に託し王都へ連行を命じた。フレミナの男たちだが、無駄な死は歓迎しないだろ?」

「全くです」


 王足る資質を見せたカリオンは家臣たちを前に立派な王を演じている。

 立派に育っているな……

 そんな満足感をゼルは覚えた。


「ところで……」

「あぁ。ソティス包囲には約十万が残っています。ここには五万騎ほど」

「そうか」


 カリオンはキチンと状況をケアしている。

 ふと、ゼルはその姿に今まで以上の『成長』を感じた。


「さて、宿営地へ戻ろう」

「そうですね。ただ……」


 ふと振り返ったカリオンは、ともに走ってた騎兵たちの疲労を見とった。

 少なくとも連続した急行軍で馬の疲労は限界に近かった。


「若王。近くの街で休息を取りましょう」


 状況を察したクラウスはそう提案した。

 その言葉にジョージも賛同した。


「馬が持ちませんな。街道の途中にあった宿場へ入るのが上策かと」


 家臣たちの進言を、どれほど素直に聞けるか。

 王の王足る資質はこういう部分にも現れることが多い。


「よし、そうしよう。ジョージ。疲れているだろうけど手配をしてくれ。それと。今宵は父上と話がある。私と父上は同じ部屋で良い」

「承りました」


 クルリと馬を返したジョージ。そのジョージの馬をクラウスが追った。

 ゼルとカリオンがそのふたりを見送った頃、荒れ地の彼方に大きな夕日が沈んでいった。荘厳なシーンを前にゼルは僅かながら物思いに耽る。胸に去来したのは今日この日までの様々な試練だ。


「父上?」

「あぁ、何でも無い。ところでイワオはどうした」

「留守番を命じてあります。今頃は参謀たちにしごかれているでしょう」

「……しごかれる?」

「えぇ。実はビッグストンへ送り込もうと思っていると話をしてありますので」


 何とも楽しそうに笑ったカリオン。ゼルは驚きの余りに一瞬カリオンから目を切って太陽を見た。雲の切れ間にドンドン落ちていく太陽は、半分ほどが地平線に隠れたところだ。その太陽をジッと見ていたゼルは『オッ!』と短く漏らす。


 ――グリーンフラッシュだ!


 一瞬だけ太陽がグリーンに輝いた。

 様々な偶然が重なった時にのみ発生する自然の芸術。山並みが切れる地平線のところで偶然に発生したそれは、幸運と一言に済ますには余りにも偶然過ぎた。


「あぁ! 緑閃光が!」


 一瞬だけ目を切ったカリオンはそれを見逃したらしい。ゼルを含めホンの数名しか見られなかったその光りは、透明感を伴った緑色だった。


「偶然とはいえ恐ろしいな」

「……そうですね。でも、父上は良いものを見ましたね」

「あぁ。アレはヒトの世界ではたぐい稀な幸運をもたらすモノそうだよ」

「そうですか」

「もしかしたら…… 幸運を使い切ったかもしれないぞ?」


 ハハハと軽口を叩いたゼルだが、カリオンは少々引きつった顔をしていた。


「冗談でもそれは止めてください」

「そうだな。変なフラグを立てると面倒だ」

「……ふらぐ?」

「ジンクスって奴さ」

「じんくす??」


 理解できないヒトの世界の言葉が続き、カリオンは少々首をかしげて思案した。そんな姿を見ながら柔らかに微笑み、ゼルは馬を進めた。それに釣られカリオンも馬を出した。ゼルは黙っているが、カリオンには話したい事が山ほどある。だから、今夜は長くなるだろう。

 だけど、もっともっと父と話したい。ヒトの世界から持って来た知識や知恵だけでなく、この世界でも学んだ森羅万象の全てを受け継ぎたい。そんな事を思うカリオンは、不意にゼルを見た。


「あと何回、こうやってお前と歩けるだろうな」


 カリオンの視線を受けたゼルはボソリと呟いた。

 着実に老いていると実感しているゼルは、なんとなく哀しみにも似た感情を覚えたのだ。だが、それは悦びと言う側面も併せ持っているモノだ。手塩に掛けて育て上げた息子が立派に育っている事をゼルは実感している。

 ただ……


「さっきから…… そんな事ばかり言わないでください」


 カリオンは即座にピシャッと言い返した。

 息子にとって父親とは永遠のライバルであり、人生の手本であり、そして、目標であったり、或いは乗り越えるべき大きな壁でもある。例えそれがどれ程に情けない人生だったとしても、息子から見た父親像は良くも悪くも手本なのだ。


「まだまだ学びたい事が沢山あるんです」

「……そうか」


 カリオンの率直な言葉がゼルの胸にスッと染み込んだ。父と子の関係が難しいものである事などゼルには良くわかっている。その上で反抗期らしい反抗期を見せる事無く、また、息子らしい甘えかたを見せる事無くカリオンはここまで来た。

 だからこそ、年齢相応な振る舞いで父に甘えているのだとゼルは思った。そして、想像を絶する重い肩書きを背負った息子の本音に、なんともこそばゆい幸せを感じていた。


「俺の知る全てを持って行け。知識は受け継がれるから意味があるんだ」

「そうですね……」


 ゼルの差し出した拳にカリオンが拳をあわせた。微笑ましい親子の触れ合いだ。

 そうやって並んで馬を進めるゼルとカリオンをウォークが眩しそうに見ていた。



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