フレミナ側の選手交代
……時間は少々さかのぼる。
―――― 帝國歴 336年 10月 11日 夕刻
古都ソティス
フレミナ騎兵を率いて一日中走り回っていたカウリは、ソティスの城内に入ったときに珍しくフェリブルの出迎えを受けた。この日は朝から『腹が痛い』と言う理由で城内へ引きこもり、実際に戦線を走り回っていないフェリブルだが、この時は妙に元気溌剌とした姿だった。
「……腹具合はもう良いのか?」
「あぁ、私は打たれ強いからな」
ニマニマと気色悪い笑いを浮かべたフェリブルは、全身に埃をかぶったカウリを鬱陶しそうな目で見ていた。
「その様子では、今日もあの小僧の首を取れなんだか」
「……当たり前だ。全滅しなかっただけありがたいと思え」
「ふんっ! 全くもって役に立たんのだな」
「……なん……だと……」
一瞬で場の空気が凍りついた。そんなところへオクルカも姿を現したのだが、冷え冷えとした空気にオクルカは眉間を寄せる。
「おぉ! オクラーシェ! お前は吉報を持ってきたんだろうな」
「それが…… 案外てこずりまして」
「そうか」
心底残念そうな表情のフェルブルだが、口を付いて出てくる言葉は辛らつだ。
「揃いも揃って使えん奴らだな」
「面目次第も無い」
これと言って表情を変える事無く、オクルカはサラッと詫びた。
それに対しフェリブルも『明日は吉報を頼むぞ』とだけ返した。
そして……
「おぉ、そういえば北方騎兵のうち、重傷者と戦闘不能に近い者はフレミナの里へ送り返したぞ」
「御手間をおかけしますな。おじじさま」
「なに…… ちょっとした無駄の排除だ」
恐ろしい事をサラッと言ったフェリブルは、さもメンドクサそうにあくびを一つして歩き出そうとした。だが、その肩を掴んだ手があった。メキメキと音を立てて肩の骨を締めていくその手に込められた力は、フェリブルをしてギャッ!と悲鳴を上げさせるに充分な威力だ。
「貴様…… 何を行なったのかわかっているのか?」
振り返ったフェリブルが見たモノは、珍しく劇昂したカウリの姿だった。
「痛いぞ! それに埃臭いではな……『やかましい!』
まるで敵と合間見えているかのようなカウリは、狂気染みた目でフェリブルを睨みつけていた。その眼差しの迫力に一瞬だけ気圧されたフェリブルは、僅かに震える声で反論した。
「当然だ。邪魔になったのだよ。糧秣を無駄にする者など必要ない」
「貴様……」
わなわなと震えるカウリは今にもフェリブルを殴りそうだ。
そのカウリをフェリブル側近のボリスが必死で止めに掛かり、それだけでなく、共に走り回っていたオクルカまでもが『伯父上! 伯父上!』としがみ付いた。
「それでも一団の王なのか!」
「ならば一族揃って飢え死にしろとでも言うのか?」
サラッと言い返したフェリブルはなんの悪びれた様子も見せずにいる。
ソティスの城内にあった歩くのですら困難な重傷者に自力でフレミナへ帰れと命じたフェリブルに対し、騎兵そのものであるカウリは留まるところを知らず劇昂していた。
「そもそもカウリ。そなた、真面目にやって居るのか?」
「なんだと?」
「全く敵を撃破しておらんでは無いか」
改めて今日一日の負け戦を叱責されたカウリは、右腕にしがみ付いていたボリスを払いのけてフェリブルの顔面へ拳を一発御見舞いした。
「寝言をホザクな馬鹿者! 敵の数が多すぎる!」
フェリブルの頭蓋骨を叩き割りそうな勢いで殴ったカウリ。
その目には怒りの色が濃く湧き上がっている。
「何をするか! 私はフレミナ王ぞ! 間もなく世界の王となる男だぞ!」
「おぬしにはその資格すらないわ! このたわけめ!」
「……おぬし、裏切るつもりでは無いだろうな?」
「一族の負傷者を用意に切り捨てたおぬしが儂を批判するとは」
水差しを乗せていたすぐ近くのテーブルを蹴り飛ばしたカウリは、そのまま左手一本で蹲っていたフェリブルを持ち上げた。襟倉をグイグイと締め付けられたフェリブルは両脚をジタバタとさせていた。
「苦しい! 苦しいぞ! 離せ! 下郎!」
「儂が下郎ならおぬしは下衆じゃ! この糞たわけ!」
カウリは力一杯にフェリブルを放り投げた。
僅かな距離を空中散歩したフェリブルは壁に叩きつけられ床へと崩れる。
だが、そんなフェリブルはすぐにニヤニヤとした笑いを浮かべた。
「私が何も知らぬと思って居るのか?」
「なんだと?」
「フレミナに伝わる遠見の秘術は貴様の謀など全て御見通しだ」
「……ハッ!」
フェリブルの言を鼻で笑ったカウリは狂気染みた目で見下していた。
「では、なんだ? 次は裏切っていない証拠でも見せろというのか?」
「その通りだ。今このソティスへ向かって補給団がやってきつつある」
「……真か?」
「全ては私の手引きだからな。そこへ負傷したとはいえ北方騎兵が加わる」
目じりをグイと上げたカウリは怪訝な表情でフェリブルを見た。
「その補給団へあの小僧の父親が。フレミナの血を引きながら裏切ったおろかな男が向かっている」
「……ゼルが?」
「そうだ。総勢二万を越えるフレミナ輸送団に対し、僅か五千未満の兵でな」
ニヤニヤと笑うフェリブルに対し、カウリは顔の相をガラリと変えた。
「貴様…… 何をしたかわかっているのか?」
「わかっているとも。あの裏切りモノは遠くの荒地で死ぬ」
「怪我人だらけの二万などゼルにしてみれば五千でも多すぎるわ!」
ひっくり返したテーブルを元に戻したカウリは手持ちの地形図を精査した。
推定される交戦地点までは馬で走って一夜は掛かる。
「……カリオンが気づいていると拙いな」
「良いではないか! この街を包囲している兵の数が減るだけだ」
驚きのあまり言葉を失ったカウリは呆然とフェリブルを見ていた。
その視線の先にいる男は一切悪びれた様子を見せず、懐に入れた乾燥果実をモソモソと食べているのだ。
「この街に向かっている戦略物資の補給団は五つある。二つでもたどり着けばよいのだ。私とフレミナの頭脳さえ脱出できればな。輸送団とその護衛団に紛れ私は脱出する。フレミナの里へ戻って本格的に呪い殺してくれようぞ」
アッハッハッ!と高笑いをしたフェリブルは嘲り笑うような顔でカウリを見た。
「貴様もどっちに付くのかよく考えるんだな!」
「……そうだな。儂も今はっきりわかった」
「ほぉ……」
「貴様はここで殺しておいた方が良さそうじゃ」
腰に下げていた太刀を一思いに抜き放ったカウリは、上段に構えていきなり振り下ろした。文字通り問答無用なカウリの一撃は咄嗟に突き出したフェリブルの右腕を、肘のやや上から見事に切り落とした。
「この痴れ者! そこへ直れ! そのそっ首切り落としてくれるわ!」
悲鳴を上げて逃げ出したフェリブルは、まともな言葉になってない状態で何ごとかを喚きながら城の奥へと走る。その後を追うカウリは抜き身の剣を握り締めたまま点々と続く血痕を辿っていくのだが……
「伯父上! お待ちを! どうかお待ちを!」
「カウリ殿! お待ちくだされ!」
その後を追うオクルカもボリスも必死になってカウリを宥めに掛かっている。
しかし、その全てを無視してカウリは城の中を走っていく。
「えぇい! これ以上手を煩わすな! この馬鹿者め!」
閉めた扉に鍵を掛け、フェリブルは必死になって逃げ続ける。
その閉められた扉を文字通り蹴り破って追っていくカウリは、後方から追いすがった幾人かのフレミナ文官を袈裟懸けに近い角度で一刀両断していた。
「止めるな! 容赦なく斬るぞ!」
ふんぞり返って思うがままに支配する事しか知らなかったフレミナの官僚達は、歴戦の武人であるカウリの見せた気迫に腰を抜かして倒れ込んだ。その後ろを追うのは騎兵上がりの副官ボリスとオクルカを含めた僅かな人数だ。
「待て! 待ってくれ! 私を斬ってなんとするのだ! 私は! 私は!」
「おぬしはただのうつけ者だ! 貴様をここで切り殺してオクルカの世にしたほうが世界のためだ!」
7つ目の扉を蹴り破って室内へと入ったカウリ。
だが、その室内には矢を構えた数人の兵が待っていた。
「構わぬ! 放て!」
フェリブルの絶叫が室内にこだまし、五人か六人が一斉に矢を放った。
室内と言う事で大弓を構える事は能わず、皆が小弓を構えていた。
「フンッ!」
幾多の戦場を駆け抜け、そして生き残ってきたカウリだ。
考えるより早く矢の軌道を読み取り、致命傷になると判断した矢を太刀で叩き落した。もはやそれは理屈や思考の介在する余地すらなく、本能の振る舞いといった領域の行為だった。
「腑抜けた北方の矢など!」
一気に距離を詰めたカウリは弓兵を一気に斬り捨てた。
ほんの一瞬の出来事故に弓兵は弓の弦を断たれ、そして脇差しを抜くよりも早く一刀両断に斬られていた。
「舐められたものだな!」
狭い室内ゆえに一気呵成な踏み込みを見せたカウリは、一瞬にして間合いをつめきり、その迫力にフェリブルは腰が抜け、座り込んで小便を漏らしていた。
だが、その様子を見たカウリの興味は別のところにあった。目の前にある大きな水晶の玉だ。スイカよりも一回り大きな水晶が水盤と並び置かれていて、その水盤には何事かの映像が映っていた。
「……これはなんだ?」
水盤に映されているのは、フレミナの里を含めた広大な地域に点在する赤い点だった。見るからに地図を意味するのは解っているが、そこに散らばる赤い点や青い点。そして黒い大きな丸の意味をカウリは考えた。
「これがお主の謀か」
「……そうだ」
腰を抜かしていたフェリブルは右腕を押さえながら立ち上がった。傷口を押さえる左手からは、ダバダバと血がこぼれていた。
「フレミナの持つ魔法科学の結晶ぞ」
「……こんなもので」
「フレミナの中枢以外でこれを見た者はおぬしが始めてぞ」
不意に口調の変わったフェリブルは、まるで井戸の底の様な暗い眼差しに切り替わっていた。長年にわたり暗闇の中から謀り事を繰り返してきたフレミナの真実。その全てがカウリの目の前にあった。
「今…… あの小僧の父親が。ゼルが輸送団に追いついた。明日の朝には合戦に及ぼう。そしてあの男は死ぬ。輸送団は全滅に近い被害をこうむるだろうがな」
フレミナの秘密を見て取ったカウリ。
そしてカウリだけでなくオクルカも驚いていた。
「これが宗家の受け継ぐ遠見の秘術ですか……」
「オクラーシェ おぬし。これを見たからには」
ふと顔色の変わったオクルカは、キツイ眼差しでカウリを見た後、グッと顎を引いてフェリブルを見た。
「おじじさま」
「……オッ オクラーシェ」
「画期的解決法が一つだけあります」
「……やっ! 止めろ! 止めるんだ!」
カウリの後ろに居たオクルカはすこし歩み出てから腰の太刀を抜いた。
見事に黒染めされた長刀だ。その漆黒の刃には光りを反射する艶一つ無かった。
「この吸混の太刀は吸魂の意をも含め持ちます」
不意に視線を奪われたカウリは、その刃から目を離す事が出来なかった。
まるで悪魔に魅入られたかのように。魂を抜かれたかのように。
呆然と刃を見てしまったカウリは、何事かの音に気が付いて意識をオクルカへと向けた。
幾つもの鉄火場を経験したカウリ故に切り抜けられた意識の拡散現象だが、ふと見たフェリブルもまた魂を抜かれたかのように漆黒の刃を凝視していた。吸魂とはつまり意識を抜き取ってしまうものだ。
「オクルカ。その太刀……」
「伯父上殿。これこそ私が先祖より受け継ぐ魔刀にございます」
オクルカの言葉に『アッ!』と小さく言葉を漏らしたカウリ。
フレミナの王は先祖代々受け継ぐ魔術の篭ったモノを受け継ぐという。
三種の神器と呼ばれたその全てがここにあるのだ。
「おじじさま。その二つ私が受け継ぎましょう」
「止めろ! 止めるんだ!」
「こうなっては止められません。全てを持つ者はフレミナの王となる」
上段に構えたオクルカはフェリブルを今まさに斬ろうとしていた。
「のうオクルカ。その太刀はこっちの水盤とどう繋がるのだ?」
「……伯父上殿」
勢を削がれたオクルカは一度太刀を下ろした。
そしてゆっくりと黒い太刀を鞘に収めカウリを見た。
その顔はまるで死神のようだと。或いは伝説の鬼神のようだとカウリは思う。
「こうやって……」
フェリブルへと歩み寄ったオクルカは、おもむろにフェリブルの服を引き裂いて破れ穴を作り、そこに手を突っ込んで胸の毛をむしりとった。ギャァ!と悲鳴を上げたフェリブルを蹴り飛ばしたオクルカは水盤の中へその毛を撒き散らし、続いて水晶の玉越しにフェリブルの姿を水盤に映した。
「おじじさま。長年の重責。ご苦労様でした」
「待て! 待ってくれ! 頼む! そなたに全て譲るゆえ!」
「王は一人でよいのです」
再び魔剣を抜いたオクルカは、水盤の上にその刃を重ねた。
その瞬間……
「ギャァァァ!!」
いきなり悲鳴を上げたフェリブルはのた打ち回って暴れ始めた。
僅かにソリのある魔剣の刃が水盤の水面に沈んでいくと、フェリブルは濁った絶叫を上げながら血を吐き出し、ややあって破れた胸元からも血を撒き散らし始めていた。
「……まさか」
「この三つがあるからこそ、フレミナ家は北方を統一できたのですよ」
オクルカはグッと刃を水盤へ押し付けた。
その僅かな動きでしかないものが、フェリブルの命を削っていった。
「止めろ! やめろぉぉぉ!!!」
「もう手遅れですぞ。おじじさま」
「死にたくない! 死にたくないんだ! 世界の王になるまでは!」
無様に叫びながらのた打ち回るフェリブルは狂人の目でボリスを睨み付けた。
まるで『何とかしろ』と言わんばかりに。だが、ボリスは目をつぶって首を横に振り、フェリブルと目を合わせぬようにしている。
「この魔剣と神玉。そして、渾沌の水盤。この三つがあれば確実に暗殺できます」
「……なんと」
息を呑んだカウリは水盤とフェリブルを交互に見ていた。
「本来は一人で複数持つことなど出来ません。持っているだけで命を吸われます」
「だが、何でこの男が?」
「おじじさまは……カサナリなんです」
「カサナ……リ?」
「えぇ」
オクルカは奥歯をグッと喰いしばって水盤の中へ刃を沈めた。
その直後、ギョエ!ともグエッ!とも付かぬ言葉を発し、フェリブルは大量の血を吐き出して動かなくなった。
「さぁ、死にきってください。おじじさま」
太刀を浮かせたオクルカは動かなくなったフェリブルの心臓目掛け、漆黒の魔剣を突き立てた。その瞬間、フェリブルの体から言葉に出来ないほどの『何か』があふれ出し、煙に様に部屋へと漂っている。
オクルカは何一つ慌てる事無くその煙の中へ魔剣を滑り込ませた。文字通り煙を切るような仕草でだ。不思議そうに見ていたカウリは、その刃が煙を通る都度に、少しずつ煙が刃に吸い込まれていくのを見た。
「……どういうことだ?」
幾度か太刀を走らせたオクルカは煙が薄くなったのを見届けると、窓を開けて外の空気を呼び込んだ。ひんやりとした夕暮れの空気が部屋の中へと滑り込み、蟠っていた煙状の何かを吹き飛ばして行った。
「遠き遠き世の始まり。雄々しき大地の神と美しき大海の女神が出会う話しは伯父上殿もご存知のことかと」
「もちろんだ。創世神話そのものだ」
「全く違う生き物だった大地の神と海の女神は、始まりの地で結ばれますね」
「あぁ。だが、子が出来なかった」
「神は御使いを遣わし、異なる種族でも子を成す秘薬をお与えになった」
オクルカの言葉にカウリは一瞬内心でドキッ!とした。
そして、カサナリの意味を。その本質を全て理解した。
「大地の神の一族と海の女神の一族。本来全く違う二つの種族の魂を、一つの身体に宿す事の出来る存在。それが……」
「カサナリ……か」
「はい」
漆黒の太刀を鞘に収めたオクルカは、寝転がって絶命しているフェリブルの遺骸を改めた。そして、胸元に何かを見つけ、それを引きちぎって持ち上げた。
「今この時より、このオクルカ・トマーシェーがフレミナ一門の王なり!」
オクルカの手に握られていたのは、フレミナ王を示す純白の珠だった。
太陽と対になった二つの月のひとつ。白い月スーラをシンボライズしたその白い珠は、もう一つの紅い月フーラと番いになる事で太陽を支えるとされる。
複数の妻を持つ事が当然とされる世界において、その文化的根拠となっているのは、その創世神話から続く伝統のようなモノだった。
「いずれにしても、恐ろしい魔道具よのぉ……」
息を呑んで事態を見守っていたカウリは、オクルカが見せたその魔道具の威力に慄いていた。これさえあればどこに居ても暗殺を可能とする。カウリは不意にノダの想い人であったスペンサーの令嬢がバルコニーから転落した真相を知った。
――そうか……
――これだったのか
「伯父上殿」
「なんだ?」
「まずは北方騎兵を救おうと思います」
「そうだな。こんなところで犬死させるのは勿体無い」
「まずは補給団を支援しましょう。ゼル殿には申し訳ありませんが死んで頂く」
「……やむを得まい」
顔を向き合わせて互いに首肯しあったカウリとオクルカ。
「御疲れでしょうが、ちょっとご足労願えますか?」
「それも止むを得まい。負傷者を見捨てるなどル・ガル騎兵の風上にもおけん」
「申し訳ありません」
「良いのだ。すまんが本音を言う。フェリーのやり方は腹に据えかねておった」
ボソリとこぼしたカウリの一言はオクルカの顔に悲しみの色をさした。
その真意を掴み損ねたカウリだが、僅かに首を振り溜息をこぼしたオクルカは、沈痛な面持ちで心情を吐露した。
「誰だってそれを思ってきました。ですが、おじじさまはこの魔道具を持ち、皆を恐怖で支配して来たのです。そして、恩賞は手厚く、裏切り者は容赦せず。それをこの三百年近くやり続けてきました」
「それは……」
「おじじさまの歓心を買う為だけに部下はその部下に無理をさせ、手柄は全ておじじさまに。結果、取り立てて能力無き者が上に立ち、下の者は立身出世を夢見て盲目的に付き従う悪循環です」
心底疎ましそうに首を振ったカウリは、この時初めてユーラが実家を嫌っていた理由の真相を知った。これ以上言葉にせずとも容易に想像の付く現実がそこにあるのだ。
「一度立場を掴んだ者は、それを失いたくが無い為に無茶をする。結果下の者が疲弊する。上に立つ者は叱責するばかり……か」
「私は伯父上の学校で良い教育を受けました、ですが、そうでない者は……」
カウリは言葉を失ったオクルカの肩に手を乗せた。
「そなたの背負う責は重い。出来るものならフレミナが穏やかにル・ガルから独立出来ると良いのだが……」
「伯父上?」
「今さらだが、カリオンも苦労しておる。そなたとは話が合うかもしれんな」
「……そうですか」
一瞬だけ重い空気になったのだが、カウリはクルリと背を向けて歩き出した。
その背中側。不意にオクルカの声が響き、カウリは足を止めて振り返った。
「ボリス。今日より仕える相手を変えよ。良いか」
「勿論でございます。オクルカ様」
オクルカの前に傅いたボリスはフレミナのやり方で忠誠を誓った。
大業に首肯したオクルカは一瞬の間を置いてカウリを見た。
用件を言えとばかりに。
「ボリス。すまんがトウリを残していく。輸送団が来たら儂の女房達を連れ後を追って来いと伝えてくれ。息子を頼むぞ」
「……お任せください」
キチンと礼を尽くして頷いたボリス。
カウリはもう一度オクルカに視線を向けた。
「オクルカ。あの魔道具はどうする」
「そうですね」
一瞬思案したオクルカは手持ちの部下を呼び寄せた。
「神玉と水盤を運び出せ。毀さぬ様に注意せよ」
次々と指示を出していたオクルカの立派な姿は、これからのフレミナを背負うに相応しい風格と威厳を兼ね備えていた。ふと、カウリは内心でつぶやく。
――しばらくカリオンの代わりにオクルカを王にするのも良いな……
「伯父上? いかがされましたか?」
「……儂の顔に何か付いてるか」
「なんだか、とても悪い顔になってましたよ?」
ハッハッハッ!
笑ってごまかしたカウリ。
だが、その後に夜の闇を裂いて馬を走らせながら、どうにか出来ないもんかと思案を始めるのだった。