交差する思惑
―――― 帝國歴 336年 10月 12日
古都ソティス北西 荒れ地
気が付いたら眠っていたらしいゼルは、夜明けの寒さで目を覚ました。
傍らにはこの十年を過ごしてきたが、朝露に濡れた柔らかな草を食んでいた。
誰かが掛けてくれたらしい外套をたたみ、馬の背に乗せて伸びを一つ。
強張る身体にむち打てば、背骨がリズミカルな音を立てて一つ一つ動き出す。
――歳は取りたくないってこういう事か……
――最近じゃ物忘れもひどいしな……
ブツブツと愚痴をこぼしつつ、フッと小さく笑って辺りを見るゼル。
軽く身体を動かせば、やはりやる気が湧いてくる。
全ては息子のダメだ。
そう確信しているゼルは、参謀達が集まっている輪へと参加した。
「おはようございます総監殿」
「あぁ、おはよう諸君」
簡易型の戦況卓に広がっているのは、軽装驃騎兵が威力偵察を行って得たフレミナ側の編成だった。
「……ばれたか?」
「いえ、定期パトロールを装って接近しました。向こうも王都商人の発行した荷票を持っていまして、偽造なのはすぐにわかりましたが、気が付かないフリで写しを持ってきています」
「そうか。で、何か気が付いた事は?」
「荷物の送り先は王都ガルディブルクの穀物商ですが、一個連隊は優に喰わすだけの量が有ります。あと、やけに怪我人が多く、聞けば、道中で越境窃盗団とやりあったと言っています。まぁ、輸送団の食料目当てで襲われた公算が高いですね」
アハハハと軽快に笑った参謀は、写しである荷票をテーブルに広げた。
発送主はプリコス峠の向こう側に支配圏を広げているクラウゼヴィッツ侯爵で、レオン家の衛星貴族の一つだった。主な荷物は小麦と芋類などの穀類。それと干し肉や塩漬けの魚。さらには肥料用と書かれた乾燥草花とある。
「……精一杯の偽装だな」
「ですな」
皆がニマニマと笑う中、ゼルはその中に書かれた小さな文字を見つけた。
「これはなんだ?」
古着各種と書かれているが、恐らく軍装の補修用だろうかと見当を付ける。
ただ、その量が尋常では無く、おそらくは百や二百の量じゃ効かない次元で用意されていた。
「軍装の手当てなら輜重品ではなく……」
自由闊達な討議が続く中、誰かがボソリと『医療用ですかね?』と言った。
それを聞いたゼルはハッ!と雷に打たれたように戦況卓を見つめた。
そして、この時になってやっとゼルは気がついた。
輸送団というだけではなく、この巨大集団は医療団でもある。
ぱっと見であまりに数が多いのは、あの中にフレミナ北方騎兵が含まれているということだ。
「やられた……」
「今度はなんですかな?」
「ソティスでずいぶん数が少ないなと思っていたが」
ゼルに指がトントンとテーブルを叩いた。
そのわずかな仕草でゼルが言いたい事を参謀達が理解した。
場の空気が一気に変わった。
「さて、どうしましょうか」
「軽く揉んでみましょう」
思案を始めたゼルに対し、クラウスは迷う事なくスパッと言い切った。
やはり幾つになっても騎兵魂は健在なのだろう。
いかなる障害であろうと粉砕すればいい。
全てを食い破って前進してきたル・ガル騎兵の精神は、死ぬまで続くのだった。
「……よし、一度突入してみよう。戦力差が如何ともしがたいとなったらそのまま逃げる」
「逃げるのですか?」
「もちろんだ。戦力を整え再起を図る。ソティスから戦力を割こう」
「しかし……」
不服そうな若き騎兵をクラウスがなだめに掛かった。
「大切なのはフレミナの兵力を減らす事だ。そして、こっちの犠牲は一人でも少ないほうがいい」
「……勿論です」
不承不承に引き下がった騎兵の姿にゼルは内心でスマヌと謝った。
だが、撃ち漏らしたりしてて手間が増えるのは歓迎し無い事だ。
「一時間後に戦端を開く。各自入念に準備してくれ」
ゼルの言葉に全員が準備を始めた。
それを見届け、ゼルは手持ちの胸当てを一枚増やした。
腕や足の動脈部分にも装甲を重ね、首回りはブレードガードを仕込む。
実効性は微妙だが裸よりは良い。
ガードの装甲力に期待するしかない。
――ハハハ…… 震えてやがる
そう自嘲したゼル。
もう一度気合を入れて馬に跨ったのだが、震えが収まることはなかった。
──ここが踏ん張りどころさ
両頬を叩いて気合いを入れると、どこからか力が湧いてきたような気がした。
シウニノンチュに居た頃だって、こんな危険は何度もあったはずだ。
──いつものように……
そう自分に言い聞かせて馬に跨がる。
いつものようにたてがみを撫でてやり、馬の反応を見て今日の調子を占う。
そんなに悪くはないと自分に言い聞かせ、馬を出した。
「総監殿。顔色が優れぬようですが?」
やや青くなっていたらしいゼルは、慌ててハッと顔色を変えた。
トップの弱気は下へ伝染する。強気でいなければ……
「寒いんだ。若くないからな」
「運動すれば暖かくなりましょう」
「暖かくなるくらい骨のある連中だといいんだがな」
無理して軽口を叩き、愛刀の留め金を抜く。
鯉口を切って刃を抜き放てば、眩い程に手入れされた太刀が風を切り裂いた。
「諸君。王の覇道を邪魔するものは、すべからく我らの蹄に掛けよ!」
ゼルの声に皆が拳を突き上げた。
その声を聞き満足そうに微笑んだゼル。
騎兵達の前を横切り戦術の確認を進めていく。
これもまたいつもの事だ。シウニノンチュでも同じ事をしていた。
声を張り上げ鼓舞して歩く事で、自分自身が落ち着くのだ。
「三列横隊で蹂躙する! 立ち向かうものは全て粉砕しろ!!」
気迫漲る声で騎兵達のスイッチを入れていくゼル。
その行為により一番暖まるのは、やはり自分自身なのかも知れない。
「こちらは兵力に劣る! 奇襲が効いているウチに戦力を拮抗させる! 第二次突撃までに毎回最低一騎は撃ち倒せ! 出来れば二騎刈り取れ! 許容も慈悲も無用ぞ! 良いか! 行くぞ!」
今までで一番大きな声が上がった。
騎兵達の顔に闘志が漲り、その迫力はゼルですらも弾き飛ばされそうな程だ。
ニヤリと笑ったゼルは馬を返し一気に進み始めた。漆黒のマントが風になびく。
フレミナの野営地まで約半リーグ。速度に乗って走る馬ならば指呼の間だ。
――さて……
――二回目の突撃か肝だな……
見晴らしの良い平原ゆえにル・ガル騎兵の姿が丸見えだが、どうする事も出来ないし構ってられる状況でもない。一気に速度を乗せてきたゼルは抜き身の太刀を頭上へかざし突撃を指示した。
――慈しみ深き天なる父よ!
――我らの王が御代の永久なる為に!
――天よ我らに力を与え給え!
騎兵の歌う讃美歌が響き、馬の蹄が大地を踏みならして伴奏を添えた。
人馬一体の巨大な奔流はフレミナの宿営地へと突き刺さり、通り抜けざまにゼルは最低でも二人の首をはね、五人か六人に深手を負わせた。
「総監! 突撃衝力は健在! 再突入を!」
穏やかな好好爺だったクラウスの顔に騎兵の気迫が漲っている。
ほんの数分の間に百歳近く若返った老騎兵は、大柄な馬上槍を振り回して追いすがるフレミナ騎兵を切り刻んでいた。
「承知! 我に続け!」
ゼルは太刀を大きく空振りさせ刃筋についた血糊を払うと、再び肩へと担ぎ構えて手綱を引いた。愛馬はその僅かな動きを読み取って、再び加速を開始する。この十年を共に走った愛馬はゼルと完全に人馬一体となっていた。
「行くぞ!」
ゼルの絶叫に多くの騎兵が歓呼で応えた。
「突撃!」
騎兵最大の武器は全てを粉砕し突進する運動エネルギーだ。
軍隊用語でこれを衝突衝力と言う。
そして、迫り来る馬の迫力に敵はどうしたって腰が引ける。
ゆえに、そこを突いて騎兵は闘う。腰の引けた歩兵など一撃でバラバラだ。
「全員無理をするな! 回数を稼げ!」
大きく旋回したゼルは騎兵を率いフレミナの陣地へと襲い掛かった。
一度突入を受け大きく崩れた陣地を立て直すのは、指揮官でも相当難しい。
ましてや敵騎兵が縦横無尽に走っている混乱の中だ。
短時間でそれを行うのは事実上無理という事だ。
「いいぞいいぞ! その調子だ!」
気休めだとわかっていてもゼルは皆に気を使った。
そんな気遣いこそが王や指揮官に必要な事だ。
「ル・ガル万歳!」
兵を鼓舞するために叫んだゼル。
その声に全員が反応した。
「「「「ル・ガル万歳!」」」」
再び三人程度の首を撥ね、そして最低でも二人を戦闘不能レベルまで切る。
濃密な血の臭いが漂い、怨嗟と断末魔の声が辺りを埋め尽くす。
「なんともごつい眺めですな! 総監殿!」
「全くだ! それにしてもクラウスは随分と若返ったんじゃないか?」
「そうですなぁ 気が付けば腰の痛みを忘れており申したわい!」
クラウスはガハハと心底楽しそうに笑いつつも馬上槍を振り回した。
槍の穂先が風を切る都度に、辺りのフレミナ兵を膾に切り刻んでいた。
若き日のクラウスはまさにこうだったのだろう。
ゼルのサポートに付いたクラウスは後方へ何ごとかの指示を出し、気が付けばゼルを挟んでクラウスの反対側へ別の騎士がいた。
「ギュンター! そっちを頼むぞ!」
「おぉよ! 総監殿は若王に必要な人材だ!」
クラウスとは違う血統のギュンターは、穂先が十字に別れている槍を器用に使いこなす武人だ。揺れる馬上にあって自在にその槍を振り回し、人ごみの中で次々と挽肉の山を築いている。
「遅くなってスマンな。クラウス」
「全くだ! 何処をほっつき歩いておった!」
「なに。撃ち漏らした者に神の慈悲をな」
聞き覚えのある声だと振り返ったゼル。その前には純白の馬に跨った精悍な老騎士がやってきていた。白銀に輝く全身甲冑に純白のマントを翻すのそ老騎士は、マントと胸に聖導教会の紋章を入れていた……
――聖導騎士…… !!
一瞬だけ息を呑んだゼルだが、そのパラディンは槍並に刃渡りのある太刀を左へ持ち替えゼルに手を差し出し握手を求めた。ごついガントレットには薔薇十字の柄が掘り込まれていた。
「お初にお目に掛かる。我は聖導の騎士ジークムント・バッハシュタインと申す」
「私は……『若王カリオン陛下の御父上であらせられるゼル殿ですな』
思わず拍子抜けなゼルは戦場にもかかわらず笑みを浮かべた。
ジークムントはゼルの事情を飲み込んでくれているらしい。
少しホッとしたのもつかの間、気が付けばとんでもない歴戦の勇士がゼルの両翼と後方に付き従っていた。それはまるで何があってもゼルを護るように。
「では、再度の突撃を計る!」
ゼルは遠慮なく叫んだ。
その声に反応し両翼と後方の騎士が隊列を整え陣形を作った。
それを確かめたゼルは再び馬を返し一気に速度を上げて突撃していく。
「三度目の突入は奇襲ならぬものぞ! 全員気合入れていけ!」
ゼルの気迫に答えたのか、愛馬はグンと速度を上げて突入していった。
その速度に合わせ騎兵が並列となって突っ込んでいく。
それほど条件の良くない荒れ地ではあるが、練度の高い騎兵達は稀にある穴ぼこを上手に避けて馬を走らせ、統制の取れた見事な突撃を敢行した。
――よし…… いけるぞ……
内心でそうひとりごちたゼルは太刀の柄を柔らかく握りなおし、肩に担いでフレミナ兵のど真ん中へと突入して言った。
二度の突撃でフレミナの輸送団は半数以上が死傷しており、重傷者を含めても戦闘可能人数は互角程度まで減少していた。
それに対しゼルの手持ち騎兵は僅か数騎が脱落しただけだ。
一方的な虐殺と行っても良いほどの圧倒的な戦果。
油断していた現場へ一斉に襲い掛かれば、実際はこんなものだろう。
「寒立馬の騎兵は確実にしとめろ!」
ゼルの両翼に付いた騎兵は槍を構え一直線に突入していく。その進行方向にはやっと動き出した寒立馬のフレミナ北方騎兵が何騎かいて、太刀を抜き放った姿でゼルを待ち構えていた。
――立っているのだけでもやっとだろうに……
一瞬だけそう思ったゼル。
しかし、戦場において無駄な同情は絶対に禁物だ。
生きる か 死ぬか
この絶対的な境目の上で運命と言う無慈悲な存在と踊る騎兵たちは、明日は我が身な重症姿の敵兵へ、心からの敬意と愛情を込めて太刀を打ち込むのだった。
――成仏しろよ……
そう呟いたゼルの目には、氷の様に冷たい殺意の混じった色があった。
剣を持つ手に鈍い反応があり、甲冑だけでなく筋肉や骨や様々なものを断ち切っていく実に嫌な手ごたえが残った。
通り過ぎざまに一撃を入れ振り返ったゼル。寒立馬の馬上に居た騎兵は腰から上が大地にこぼれていた。異常なまでの切れ味を誇るゼルの太刀は、鎧ごと騎兵を切り倒したのだった。
「総監殿! どうやら……」
「あぁ」
フレミナ兵の中を駆け抜けていったゼルは、そこに殆ど動く者の居ない事に気が付いた。たった三度の突撃で殆どの兵を殺しきった国軍騎兵の精強さにゼル自身が驚いていた。
「残敵を相当せよ。戦意無き者は捕虜に。重傷者は……」
目をつぶったゼルは心を落ち着けて心を整理した。
この命令がどれ程辛いのかを思ったからだ。
ただ、時には必要な事であり、消毒や緊急手術といった行為の出来ない世界ゆえに、これもまた慈悲だった。
「神の御許へ送ってさし上げろ」
ゼルの命に皆が一斉に動き始めた。
あのパラディンであるジークムントは先頭に立って重傷者の首を刎ねている。
跳ねた首を胸の上に乗せ、その前に使っていたと思しき太刀をそえた。
「名も知らぬ騎士よ。そなたの騎士道は立派であった」
小さく祈りを添えたその姿にゼルの心がグッと揺れた。
帝国の中にあって唯一、帝王では無い存在へ忠誠を示した騎士たち。
万民を幸福へと導く事を使命とする聖導教会の教皇へ忠誠を誓った聖導騎士は、ル・ガル帝王が聖導教会を保護する限り、帝王へ血の協力を行い帝国の保全と発展に尽くす事になっている。そして、死者へ名誉ある弔いをする事も。
彼らが騎士の名誉を讃え弔っている死者は、本来まぎれも無くル・ガルの騎士であるはずだった。だが、主君の誤りが騎士の人生の終わりを泥で汚してしまった。その不幸を埋め合わせるには、やはり聖導騎士が必要なのだろう……
「総監殿」
グルリと巡ってきたクラウスが手にしていたのは、細かな数字がびっしりと書かれた手帖だった。
「王配下騎兵の戦死は三名。重傷者は五名。うち、恐らく一名はダメでしょう」
「……エリクサーは?」
「手持ちは四本です。誰かを見捨てねばなりません」
「……なら、これを使ってくれ」
ゼルは懐からエリクサーを取り出した。
カリオン自信が『父のために』と手ずからに用意したものだ。
「……良いのですか?」
「倅の為さ」
「……忝い」
クラウスは手近な者にエリクサーを渡し処置を命じた。
ややあって遠くから歓声が響き、その声にゼルは中身を察した。
「良かった良かった」
「これでより一掃、あなたを殺すわけには行かなくなりました」
「何を言うか。生死は紙一重だ。戦場にいる以上、己は既に死んだものと」
「その死生観はある意味で恐ろしいですな」
にんまりと笑ったクラウスは手帖のページをめくった。
「フレミナ側の戦死者は確認できるだけで一万と八千四百少々です。重傷者のうち五十名程度が自決を選びました」
「……そうか」
「軽傷者と無傷のまま捕虜になったものは三百名少々。馬はおよそ二百です」
「……捕虜をどうするかな」
顎に手を宛ててゼルは思案する。
だが、そんな参謀総監に対しクラウスはサラッと凄い事を言った。
「ここへ埋めてしまいましょう」
「え?」
「運ぶにしたって大ごとですぞ? ならば」
「……坑刑は酷に過ぎる!」
「ですが、これ以上確実な手はありません」
大きな穴を掘り、そこへ生きたまま捕虜を投げ落として埋めてしまう。
史記や三国志といった中国史を知っていれば、その恐ろしさはすぐにわかる。
ゼルは真顔になって首を横へと振った。
「生きたまま埋めるのはまかりならん。何があっても捕虜は殺すな!」
「しかし……」
「正確には捕虜ではない。同じル・ガル市民だぞ!」
ゼルが見せた迫真の振る舞いにクラウスやギュンターは折れざるを得なかった。捕虜に対する扱いが条約などで保護されている世界ならいざ知らず、この世界においては捕虜を焼いて殺そうが煮て喰おうが一切罪には取られない。
ふと、ヴェルサイユ条約で保護を義務付けられたヒトの世界の戦争のほうが、はるかに人道的で博愛主義じゃ無いかとゼルは思った。
「不本意ですが承知しました。捕虜に付いては一端王都へと送致し、その後に沙汰を考えましょう。とりあえず本隊へ復帰する事を優先してはどうでしょうか」
クラウスはゼルの始末が手ぬるいと言わんばかりの口ぶりだが、それに関してゼルは出来る限り平静を装った。これ以上無様な振る舞いもどうかと思ったからだ。
しかし、そこへふらりとやって来たパラディン殿は厳しい表情のゼル等を一瞥した後に捕虜の群れを見て、一切遠慮無く言い放った。
「で、あの捕虜は坑刑ですか? それとも斬首? いずれにせよあの数では骨が折れますな」
ジークムントの悪びれない言にゼルは引きつった笑みを浮かべただけだった。
「総監殿の指示で捕虜は王都へ運ぶ事と相成った」
「……なんと」
クラウスの説明にジークムントも息を呑んだ。
大きな手間になるのは目に見えているのだが、それでも捕虜を鏖殺する事に抵抗を見せたゼルは、パラディンであるジークから見ても立派な人間に見えるのだ。だがそれはある意味で危うさの裏返しでもある。
ヒトなる存在の持つ異なる価値観が、時として想像を絶する災厄を招いてしまう事がある。その可能性を思ったジークは太刀の留め金を検めた後、胸を張ってゼルに正対した。
「その役目。小職がお引き受けいたそう」
「……聖導教会の方にかような面倒はお願いできませぬ」
「いえ、ゼル殿の博愛と慈悲の精神はまさしく神の教え。ならばその騎士たる小職がその責務を肩代わりするのもまた当然の事でしょう。どうかお任せ願いたい」
ジークムントの持った危機感をなんとなく悟ったゼルは僅かに首肯した。
「では、ご面倒をおかけしますが、一つよろしくお願いいたします」
「承った。一命に変えて職務を果たさせていただく」
両の腕を胸の前で交差させ神への忠誠を示したジークはその場を離れた。
その背中を見送ったゼルは、なんとなくだが大丈夫だろうと安心していた。
ただ、この時、ゼルの想像を遙かに超える謀が進行しているのを、この場にいた誰もが気付く由も無かったのだった。
――上手くいきましたな
――全くだ さすが知恵者よの
――では、そろそろ宰相殿にもご退場願いますかな
――そうよの 舞台の上を整理しよう
――あのヒトの男にも……
――当然だ