表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/665

フレミナ騎兵の実力


 ――小一時間後の最前線



 オクルカ・トマーシェー・フレミナは寒立馬の馬上にあって、周囲をジッと確かめて居た。先ほどから断続的に弓による攻撃を受けているが、思ったより被害が無いので拍子抜けだ。

 交戦中の敵騎兵は波状攻撃を繰り返しているが、その実は一気にカタをつけるでもなくジワジワとなぶり殺しを図るようだ。アージン側は本気で戦をする気があるのか?と訝しがるほどなのだが、それについての考察を続けるのはまた次回に持ち越しと割り切った。


 ――現太陽王もビッグストンの卒業生と聞いたが……


 現状では双方ともに手の内を読み合っている可能性が高い。ならば、あっと驚く手を使わない限り勝ちは難しい。同じカリキュラムで学んだ以上、戦術と戦略の基礎思考は大して違わないはずだ。


 ――兵は拙速を尊ぶ

 ――戦いは先を取る

 ――後の先は効く


 騎兵三原則を思い返し、オクルカの脳裏になんとなく戦いのイメージが出来上がった。ただ、ここですぐに動かないのがフレミナの特徴だ。話し合いで一族の長を選ぶフレミナでは、ある意味で非常に民主的なシステムが一族の中に組みこまれているのだった。

 

「オギ! アギ! ナギ! このまま全滅を待つのは得策とは言えまい! 状況を仕切り直してひっくり返す。その策を言え!」


 オクルカは長年主家を支えてきた家臣達に献策を命じた。

 それに反応したのはポン一族、パン一族、ペン一族それぞれの武長だった。


「オクラーシェ! 先ずは兵を逃がしましょう! 砂地ですが西側へ移動し陣を引きましょう」

「オクラーシェ! 砂地は馬の足を鈍らせます! 敵中央に突っ込み突き抜けましょう!」

「オクラーシェ! このまま南へ突っ走り敵本陣を食い破りましょう!」


 それぞれ律儀に順番を守って献策した三氏はオクルカの決断を待った。


「オギの案を採用! 騎兵の移動を計れ! 中央集団を南へ移す。」

「「「承知!」」」

「いけ!」


 オクルカ率いる騎兵は一斉に南側へ移動を始めた。

 騎兵を率いる長の権限は絶対である。そして、このシステムはフレミナだから成り立つ部分がある。長年にわたりフレミナを支えてきたこの仕組みは、一度決まったことに文句を言わないという暗黙の了解で成り立っているのだ。

 

 ――さて、どうでる?


 みちみち聞いてきたビッグストン始まって以来の秀才と言う話だが、それを聞いた多くの者が『次期王ともなれば手心加えるだろう』と言う評価を下す中、オクルカだけはそれを真に受けていた。

 少なくともあのビッグストンの教授陣が、そんな親切なはずがない。次期王だろうが現王だろうが、努力が足りないと思えば平気で低評価をつけるだろう。だからこそオクルカは慎重を期していた。


 ――少なくとも侮っていい相手ではないな……


 そんな事は考えるまでもないことだ。敵を知り己を知れば百戦危うからずと言うが、彼我の実力差を甘く見積もっていれば、それはいつか必ず取り返しのつかない事態へと陥るのだろう。

 トウリよりも二十才ほど歳上なオクルカは、カリオンの能力を額面通りに受け取っている。恐らく、兵を率いる能力も戦いを有利に進める才覚も自分以上だろう。


 ――ただ…… 場数と経験じゃ負けないさ……


 勝つ為の戦術と戦略は失敗を経て上達する。

 フレミナサイドで誰よりも謙虚なオクルカは、素直にカリオンをそう評価した。


 ただ、彼にとって最大の不幸は、カリオンの能力以上に恐ろしいゼルの真実を知らなかったことだった。

 ビッグストンの教育カリキュラムなど一切関係なく、常に最善手をさして来るゼルの戦術は膨大なヒトの世界の『失敗』を元に組み立ててくるものだ。そして、交戦するオクルカにしてみれば、失敗させられる為に罠へ飛び込んで行く事になる。


「敵を侮るな。手痛い失敗を受けることになるぞ」


 オクルカの言を聞いた者たちは、何をそんなに心配するのだと笑っている。

 もちろんオクルカだって臆病だと思っている。ただ、敵を侮って掛かった時の報いは、『死』となってすぐにやって来るのだ。


「敵騎兵、後退局面から反転前進!」


 交戦していたル・ガルの左翼騎兵は、隊を反転させて再び襲いかかってきた。

 仮にも近衛騎兵であるからして実力的に劣ると言う事はない。


 ただ、フレミナの北方騎兵はスタミナが全く違う。国軍騎兵の隊長は隊を二手に分け、双方が互いにフォローしつつ切れ目なく攻め続ける事を選択したようだ。

 どれほど体力に余裕があっても十回百回千回と回数を重ねれば疲労は蓄積する。そして、短足ながら馬力に勝る寒立馬の場合、行軍だけでなく戦闘で走り回れば歩数が増え疲労は加速度的に蓄積することになる。


「直接の交戦を避けろ!」

「討ち取りましょう!」

「いや、あれは嫌がらせの様なものだ」


 徐々に足場が砂地となり始めているのをオクルカは気がついた。馬も砂を嫌がっているが、蹄の大きな寒立馬ゆえかそれほど行軍に支障はない。

 ただ、この足場では馬がとにかく疲れるだろうことはすぐに分かった。ほんの数分の事でしかないが、思う以上に馬の脚が鈍っているのだ。


「最前列に敵騎兵の隊長!」


 フレミナの騎兵がそれを見つけ叫んだ。囮になるのを承知でフリート少佐は率いる騎兵の最前列に飛び出たのだ。大きく槍を振り回し、手を伸ばせば届きそうな距離にあって近づく隙を与えずにいる。その姿を見たフレミナ騎兵はいきり立って一気に追いかけ始めた。 


「追うな! 追うんじゃない!」


 オクルカの声が聞こえる範囲の騎兵はなんとか立ち止まった。しかし、配下にあった半数近い騎兵が一気に距離を詰めるべく砂地の上を走って行った。砂地の上を走るのはどんな馬でもキツイ事だ。それでもなお追跡を選択したフレミナ騎兵はフリート少佐の思惑通り、大きく疲弊していた。


「えぇい! 何をしている! 早く戻れ! 陣形を崩すな!」


 突出した騎兵はバック出来ない。後退を試みれば後続に踏みつぶされるからだ。ゆえに騎兵は速度を保ったまま左へと旋回する。槍を右手で持つ以上、右側への旋回はあり得ない。だが、それこそフリート少佐の罠だった。


 ――まんまとやられおって……


 歯軋りして悔しがるオクルカの目は、フレミナ騎兵の行く手を阻むように弓隊が構えているのを捉えていた。その射程へと入ってしまえばい相当な被害を受けるのが予測された。

 ル・ガル騎兵を追うフレミナ騎兵は止むを得ず右側へと隊列を旋回させたのだが、その道は延々と深い砂地になっていて、思うように速度の乗らない場所だった。そして、それでも旋回運動に入ったフレミナ騎兵が見たものは、嫌がらせのように左手から突っ込んでくるル・ガル騎兵達だった。


「交戦するな! とにかく後退しろ!」


 オクルカの指示により体制を若干立て直したものの、それでも左手からも一撃を受けたフレミナ騎兵は各所で陣列を崩していた。手痛い一撃を受けたものが馬から落ち、後続の騎兵に踏みつぶされ死んでいた。そして、それを踏んだ馬も馬脚を崩して転ぶ者が続出し、フレミナ騎兵は戦わずして数十騎が戦闘不能に陥った。


「なんと卑怯な……」


 オクルカは両手を握りしめ無様な姿を晒してしまった騎兵を見つめた。

 やはり砂地を選んだのは間違いだったかと今更気がつく。だが、これで諦めて後退するわけにはいかない。断然攻撃あるのみだと自らを奮い立たせた。騎兵とは常に最前線にいることを要求されるのだから。


「オギ! 後退する兵を支援しろ!」

「承知!」

「アギ! 後退路を確保しろ! 城へ引き上げる!」

「承知!」

「ナギ! 俺と一緒に来い! あの騎兵に一太刀入れる!」

「よろこんで!」

「さぁいくぞ!」


 フレミナ騎兵も分散を始めた。波状攻撃に対抗するには、こちらも波状攻撃を行うのが望ましい。百戦錬磨とはいえ、疲労の色が濃くなり始めた騎兵の行き脚は鈍く、ましてや重い砂地の上ということもあり、馬は自然と足の回転を遅くする。となれば、勢いは失われ速度の乗ってない騎兵など歩兵と変わらないことになる。

 突撃衝力の失われた騎兵ほど情けないものはない。人馬一体になって駆ける騎兵は相応に総身も大きい。速度があればかわせるであろう弓矢の攻撃も速度が乗っていなければ俄然当たりやすくなる。


「オクラーシェ! 残存兵力ざっと五百!」


 オギの報告を聞いたオクルカは自らの手勢にそれを加えた。

 共に走る騎兵は千を超えていた。


「オクラーシェ! 城まで一本道だ! むこうの弓隊が邪魔してやがる!」

「アギ! お前も加われ!」

「あいよ!」


 手痛い一撃を受けたフレミナ騎兵達は、旋回機動を取りながら大きなうねりになって走っていた。その先頭を走るオクルカは自らの手を左右へ何度も広げ、騎兵達の突撃陣形を大きく横に取れと指示した。


「全員疲れているだろうがもう少し俺に付き合え!」


 オクルカの声に騎兵達が歓呼で答えた。


「速歩はじめ! 接敵前進! 全て踏み潰せ!」


 オクルカを中心にしてフレミナ騎兵は前後五列を重ねた大きな横陣を取った。後ろの騎兵が市松になるよう半分ずつずれたその陣は、通り過ぎざまにありとあらゆる物を粉砕するフレミナ騎兵の得意な陣だった。馬上槍を高々と掲げたオクルカは大声で叫ぶ。


「|ゴーラ・レ・フーレ≪大河フーレ万歳≫!」


 その声に騎兵達の顔が一変した。

 祖国フレミナの中心を流れる豊かな大河フーレは、全てのフレミナ人にとって心の拠り所でもあったからだ。


「ゴーラ・レ・フーレ!」


 巨大な人馬の津波となって、フレミナ騎兵はル・ガル兵に襲いかかった。

 まるでその動きを予見していたかのようにル・ガル兵は待避を続け、すきあらば弓による攻撃を続行した。

 ただ、その騎兵達の波は全てをなぎ倒し前進し続ける。ル・ガル国軍騎兵のフリート少佐率いる騎兵が側面からの一撃を試みたのだが、それですらも跳ね返したオクルカの騎兵達は、そのままソティスの城へと引き上げて行った。


 ――ずいぶん負けたな


 オクルカ自身はそう評価したのだが、帰城を出迎えたフェリブルは満面の笑みで騎兵を出迎えたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ