半次元の差 前編
今日の雑務はゼロに等しく、重要なものもない。
だから、一時間足らずだった。まだ四時半。
……。
「田尾、何故二人?」
俺の質問に、彼女は無駄に顔を赤らめて絶叫。
「部活と宗教は譲歩するわよ。でも、なんで舞がいないの!?」
嫌がらせだろう。取り敢えず、俺は田尾を叩く。
「うるさい」
田尾は机に突っ伏し、静止。そして、消え入りそうな声で呟く。
「小諸……二人だと手加減なし……」
知るか。
活動が終わり、帰ろうとして――
「こ、小諸!」
田尾に呼び止められた。上ずった声で。
振り向くと、顔を染めた少女がいた。
「い、今からあたしの家に来な――」
「ヤダ」
「言い終わってすらいないのに!?」
俺は溜め息を吐く。
「正反対の趣向の奴と話す気はない。その上アウェイだと? なめくさるなよ爆発して死ねばイイのに」
田尾は致命的ダメージを負った様子だが、よくわからんのでスルー。
「あ、あたしの部屋を見てほしくて……」
「……ゲームとポスターに囲まれた部屋をか?」
正気か?
田尾が手を振り、説明を追加する。
「ゲーム、押し入れ! 部屋、綺麗!」
「見られたくないものを隠すては……卑怯な」
「うっ!」
田尾が腹を抱えてうずくまる。……どこのゲーム的表現方法だ。
まぁ、若干部屋は気になるが……。
「壁にはどんなポスターがはってあるんだ?」
「壁はジャニーズ。床はゲームの」
「その発想はなかった」
いや、よく考えろ、俺。大方カーペットにプリントだろ?
ちょっと頭がおかしいだけなんだよ、アレは。
「天井にはゲームの大作ポスターがピッタリ」
「そんなサイズのポスターがあるのか。……ん、電球は?」
「ラスボスの目の辺り」
「怖!」
夜、彼女の部屋はボスの目が光るのか……。
「攻略本を入れる本棚の上にはフィギュア!」
「あぁ……」
「布団にはヒロインの抱き枕!」
「何故あるんだ!」
いくらマニアでも、女性は買わんだろ。あ、普通じゃないか。
まぁ、総じて、
「ナイス廃人!」
俺の親指が立つのと逆に、田尾がヘナヘナと崩れ落ちる。……?
「そ、そうだ小諸。あたしの部屋で変なことしないでね」
いつ俺は田尾宅に上がることになったんだ。……まぁ、一回位はいいか。
「俺はボカロと歌い手の女性にしか興味ない。安心しろ、お前は眼中にない」
「ガハッ! 心配!」
田尾は倒れた。
……。
田尾はログアウトされました。
というわけで、俺は田尾の家の前にいる。
「意外と大きいな……」
「え、普通でしょ?」
……そうか? マイホームの時点で俺は自殺モノなんだが。
しかし、こんな立派な家を建てる親から、こんな矮小な娘が産まれるとは。
「……どしたの?」
「いや。まぁ、入るぞ」
なんでもかんでも言えば良いって歳じゃないさ。
彼女の部屋は、予想より、居心地が悪かった。どこを見てもポスター。
「なんか飲む?」
田尾が慌てて言う。むぅ、この家はゲーマーのだ。つまり……。
「E缶とか?」
「ないわよ!」
「だよな、飲むといっても錠剤だし。いや、最近のはラーメン缶と共に売ってるしな」
「それはなんていうネタ動画!?」
叫ばれてしまった。ふむ、駄目か。リベンジだ。
「液体タイプのカロリーメイト」
「スネーク! ってだからない!」
「ないのか? 意外」
「あたしってそんなキャラ認識!?」
うーん、カロリーメイトなら、液体は珍しいがあってもそう不思議ではなかったんだが……。
「山でも戦うかと……」
「サバゲーには通じてないから! あたしは二次元限定よ」
いちいち叫ぶなよ。耳が汚れる。
思わず舌打ちする。
「いやいや、なんで舌打ちされてるの、あたし!」
「被害妄想、カッコワルイ!」
「なにそのイジメのポスター的キャッチコピー! もういい、カルピスでいいわね」
田尾が大きく溜め息を吐く。そして、部屋から出ようとして、何かに気が付いたようだ。
俺、部屋に一人。
「……。うん、小諸、一緒に行こう」
「なんだそれ。俺信用ゼロだな」
「……変なことしない?」
なんでこう……こいつのセリフはたまにゲームチックなのか。
なんか上目遣いだし。取り敢えず、俺がこの部屋に一人の場合をシュミレートする。
「……部屋のポスターを片っ端から破るな」
「……。うん、やっぱり一緒に行こう」
田尾は失望した様子で大きな溜め息を吐いた。
冷蔵庫を開けると、田尾に怒られた。
「ちょっと、勝手に開けないでよ!」
ドアから引き剥がされてしまった。……新手のヒステリーか?
まぁいい、カルピスなんて誰が作っても――
「なっ……」
なんてことしやがる、このアマ。特に信じてはないが、神よ、こんな冒涜が許されるのか。
もう我慢できん。俺は叫び、手加減しつつも顔を殴る。
「なんでカルピスに水入れてんだアホかぁ!」
「えぇぇええ!? ゴフゥ!」
湿布とは不思議だ。湿ってない。まぁ、どうでもいいが。
フィルムを剥がし、彼女の頬に貼る。
「……痛っ!」
呻き声。……そういや、忘れてたけど、田尾は高三だよな。
急に恥ずかしくなり、手を離す。あっちもあっちで頬を染めてやがるし。
……まぁ、落ち着け、俺さんよ。
「いいか、田尾」
「う、うん」
田尾は混乱しながらも、フローリングの上に正座する。
「俺は2ちゃんで釣りはしたし、他人のブログを炎上させたこともある。しかし、カルピスを水で薄めたことはない」
「うん、話の方向性がさっぱり」
確かに。苦手だが、ここは例を出すか。
「かのエリザベスさんも言ってる。『水がなければカルピスを飲めばいいじゃない』って」
「それはマリーちゃんの方よね! そしてカルピスを薄める水がありません」
薄める……だと?
「かのエジソンも言ってる。『プロテインを水に溶かすの? もったいない、直で行こう!』って」
「それは誰のセリフ!? そして質量は溶かしてもかわらないよ」
「もっとカルピスでラリっていこうぜ!」
「そんな世界はいやぁ!」
田尾が耳を押さえて絶叫する。近所迷惑だろ。
俺は彼女の肩に軽く触れる。手を置かずに触れたのは、さっきのがあるが。 「歯ぁくいしばれ」
「殴るの!? 乳酸菌飲料ごときに!?」
もう彼女は無視し、カルピスを飲んでみる。
「……不味い」
「一般人が飲む濃度だけど……」
「じゃぁ俺異常でいいや」
「そこまで!?」
うーん、捨てるのも勿体ない。と、なると……。
「田尾、これイラネ」
「え、あ、うん。あ、でも、これって、その……間せ――」
話が長いので、俺の中で割愛。
因みに、コップにカルピスをそのまま注ぐ俺を見て、彼女の顔は蒼白になりましたとさ。
「何してんだ?」
田尾を見ると、戸棚を漁っていた。椅子の上で足を震わせている彼女を見ると、何かイライラした。
……何にだよ?
取り敢えず足払いし、倒れる田尾を回収。代わりに椅子に乗って、戸棚を開ける。
「えっと……」
中に入ってんのは、菓子……?
「戸棚が菓子類で埋まってやがる……」
匂いが甘ったるい。
半分呆れている俺を見て、田尾が苦笑する。
「アハハ、お母さんが甘党でね」
確実に糖尿病のレベルだがな。
「お前は食わないのか?」
「中身はチェックされてるの。……今日ぐらいは大丈夫だと思うけど」
そう言って彼女は戸棚を漁る。
たしか、彼女の親は教師だ。……糖分が必要だが、何か違うだろ、これ。
そこで、俺は父を思い出す。糖尿病患者と末期の糖尿病患者を同室にするショック療法。
「田尾、医者の息子から伝言。糖分控えないとトラウマ負うぞ」
「ふぇ? いつもいってるけど」
あー、駄目だ。真意伝わってない。
諦めて、戸棚を漁る。スナック類も多い。
徹夜のお供だし、ここはこのポテチでも――
「待ちなさい、一応、この家のものよ」
「違う! これは小池君のポテトチップスだ!」
「小池君って誰!」
む、今塩見さんの気持ちが分かったぞ。割と楽しいな。
「やめられない、止まらない」
「お菓子攻撃止めて!」
「しっかし、トッポってスゲーよな。こんな家庭でもチョコたっぷり」
「止めて! いや、ホントに!」
まぁ、割と飽きる――つーかネタ尽きるし、もうやめるか。
田尾が、大皿に菓子をぶちまけ、それとコップを持って立ち上がる。
「もういいから、さっさといくわよ」
「どうしてそこで辞めちゃうんだよ諦めんなよお前もっと熱い血燃やしてけよやってみろ、出来る絶対できるんだから出来るよ一番になるって言っただろダメダメダメ諦めちゃ出来ないと思ってるんじゃないですか頑張れ出来る出来る絶対そこだ頑張れもっとやれるって俺だってシジミがトゥルルまで頑張ってんだから今日からお前は富士山だぁぁああ!」
「さっさといくわよ、修造先生!」
田尾に熱い血燃やして叫ばれてしまった。ドナルドやデスノート、ジョジョも入れたかったが……。
まぁいい。
「へいへい」
彼女がコップにストローを差し込んでいるのが気になるが、敢えて無視して、部屋に向かった。