珈琲戦隊マメレンジャー
~駄弁~
とりあえず仕事は一段落した。
フレックスタイムを使っても、残業をしていては、労働基準法も全く意味を持たない。
「瀬田君、ちょっと休もうか。お茶を淹れてくれ」
残業仲間に言いながら、溜め息を吐く。
彼も、大きく息を吐き出すと、呟く。
「あ、すいません、お茶がありません。代わりに珈琲でいいですか?」
「うーん・・・・・・。じゃあ、自動販売機でお茶を買ってきてくれないかな。お金はもちろん出すから」
次の瞬間、瀬田君の雰囲気が変わった。
「先輩!」
いきなりの怒号に、若干引く。
「珈琲をバカにしないでください!」
「いや、してないよ!?」
「珈琲よりも、お茶の方がいいなんて・・・・・・今時そんな人もいるもんですね」
「多分お茶の方がいい人の方が多いと思うけどね」
なんかもう先輩に対する態度じゃないし・・・・・・なんだこの後輩。
「そんな・・・・・・じゃあ先輩は、渋谷で道行く女の子に『珈琲しない?』と言ったことがないというのですか!?」
「ないよ! というより、なんだその発想の飛躍は! お茶の方だってないよ、今頃」
なんで瀬田君は、こんなに怒っているんだか。
「珈琲でも千利休でもないなら、一体先輩はなんて言うんですか!」
「だからまず言わないよ! それよりも、千の利休は『珈琲しない?』なんて言わないよ!」
なんで仕事の休憩中に、体力を使わないといけないんだか。
イヤになり、話を進める。
「正直どうでもいいから、まずお茶を買ってきてくれ」
『いや、どうでもよくはないな』
突如仕事場に鳴り響く機械音。
「誰だよ・・・・・・」
わたしは、疲労のせいで、驚く体力がもうない。
ただ、面倒なことがまた始まったことだけは分かった。
・・・・・・終電、間に合うかな・・・・・・。
~戦隊の謎~
誰かが、薄暗い部屋に、窓ガラスを破り、飛び込んできた。
『我々の存在理由を示すため、珈琲嫌いの我々が、珈琲嫌いを矯正する』
珈琲嫌いなのかよ! なんなんだこいつらは!
『ブルーマウンテンブラック!』
『モカブラック!』
『マンダリンブラック!』
『コロンビアブラック!』
『五人合わせて、珈琲戦隊マメレンジャー!』
・・・・・・全員黒かよ! 凄い、衣装がみんな同じだ! 変声機で声も同じだ! やばい、違いが分からない!
・・・・・・というか、
「一人足らないのは何故だ・・・・・・?」
わたしの何気ない質問に、みんなが慌てる。
『ふふ、我らがリーダー、キリマンジャロブラックは、現在募集中だ!』
「募集中なんだ!リーダーを募集していいんだ!」
リーダーぐらいは今のメンバーの中の誰かでいいだろう。
『ちなみに入隊条件としては、冬の雪山に手ぶらで籠もって、一ヶ月無傷な程度でオーケーだ』
「程度が高い!」
「・・・・・・先輩、きっと彼らには、そうでなくてはならない、壮大な背景があるんですよ」
「なぜ瀬田君は彼らを信用しているんだ?」
こんなところにも、伏兵が潜んでいた。
それにしても・・・・・・彼らは一体、何しに来たのだろうか?
「・・・・・・ん? さっきからなんか珈琲の香りがするんだが・・・・・・」
『おう! 我々は、博士の開発したコーヒーメーカーでマメレンジャーになったときから、体臭が珈琲なのだ!』
「博士のネーミングセンス・・・・・・」
珈琲戦隊って、地味に可哀想だ。
『正直初めは珈琲好きだったのだが、体臭のせいで嫌いになった感もある』
「本末転倒じゃないか!」
地味ではなかった。
ここで、瀬田君が驚くことを呟いた。
~能力~
「ああ、そうやって差別化を図るわけですね」
唐突にそんなことを呟く瀬田君。
『まぁ、一般人とは違うな』
「いえ、あなたたちのですよ。右からコロンビア、マンダリン、ブルーマウンテン、モカですよね?」
『・・・・・・な、なぜそれを!』
「いや、体臭で・・・・・・」
何、その能力! 全くリスペクト出来ねぇけど、すげぇ!
『あまりのショックで、詳しい匂いなんて気にしていなかった・・・・・・』
そう言って黙り込むレンジャー達。
しばらくして、
『いかにも。右から順に、コロンビア、二代目マンダリン、俺、本山だ』
「誰だよ、本山って! しかも一人二代目だし!」
『あ、間違えた、モカだった。似てたもんで・・・・・・』
『”も”だけじゃん、副リーダー(仮)!』
『(仮)とかつけんな!』
・・・・・・なんか、仲はそんなに良くないらしい。
『そうだ、瀬田とやら。俺たちのリーダーにならないか?』
「あんたらのリーダーそれでいいのか!?」
わたしの叫びに、マンダリンが協調する。
『そんな、珈琲が好きな奴なんてイヤっす』
『二代目に発言権はない!』
『二代目差別反対!』
・・・・・・あぁ、コロンビアは出番無いなぁ。
ところで、彼らは普段どんな仕事をしているのか、聞いてみた。
『副業だが、ヒーローショウのブラック限定で出ている』
「リアルヒーロー! しかも色指定」
『普段は普通にサラリーマンだ。この格好でな』
「まじで!?」
『変身が解けないからな』
「それは悲しすぎる!」
『そうそう、風呂にはいると、びしょびしょになって風邪引くぞ』
「元も子もない!」
『水を飲むと、臭覚のせいで、珈琲の味がするぞ』
「体臭の因果!」
『スイーツがなんかほろ苦い・・・・・・』
「珈琲ぃいい! ていうか、話変わってるじゃないか!」
息を整えていると、瀬田君が呟いた。
「珈琲戦隊・・・・・・いいなぁ」
「そんな要素どこにあった!?」
終電はもう間に合わなそうだ。
あぁ・・・・・・。
~結末~
・・・・・・午前一時、終電も過ぎ、普段ならとっくに家にいる時間。
なのに、まだ残業が終わっていない。
「・・・・・・決めました! 僕、珈琲戦隊に入ります!」
「・・・・・・いろんな意味で何故だぁああ!」
そろそろ部署移動しようかな・・・・・・。
『おお、そうか! それだけで今回の任務は成功だと言えるな』
嬉しそうな黒服たち。
「そういえば、どうしてここに来たんだよ・・・・・・」
ここに来るまでに、軽く一時間は過ぎている。
『ふむ。ガラス窓が割れていたのでな。掃除しようかと』
「嘘付け! それはあんたらが割ったんだろう! ていうか、どうするんだ、それ!」
『そういえば、正面から入ったら警報が鳴ると思ったので、な』
「な、じゃねぇ! 割った方が問題だわ!」
なんか、子供の時のような口調が口を出てきた。
五人組は、頭を下げると、ほうきでガラスを片づける。
十分ほどで片づけ、彼らはマイペースに言う。
『そうそう、ここに来た理由だったな』
「あぁ、珈琲がなんなんだよ?」
わたしがそう言うと、彼らは、
『お願いします。珈琲好きになって下さい』
「・・・・・・戦隊ヒーローになってまですることじゃねぇえええ!」
めっちゃ地味でした。
土下座するバカどもを尻目に、全力で怒鳴るわたし。
『一生のお願いです』
「安っぽいな! あんたらの一生とプライドが!」
『いえ、一生の内のお願いです』
「それ、ただのお願いだよなぁ!」
『是非珈琲好きに・・・・・・』
「珈琲嫌いがなに言ってんだ! いっとくが、わたしは珈琲は好きだ」
固まるヒーロー達。しばらくして・・・・・・。
『じゃあ何故我々はここにいる!』
「知らねぇよ! ただの勘違いじゃねぇかよ!」
うなだれるわたしたち(瀬田君除く)。
しかし、さすがは腐ってもヒーロー。立ち直る。
『じゃあ、帰るわ。ガラスの修理費は博士がもつから』
「わたしの貴重な時間を返せ!」
結局、珈琲戦隊はわたしたちの残業を泣く泣く手伝うことになった。
~50%の諦め~
「おーい、今度の接待誰が行く?」
部長の問いに、瀬田君が真っ先に手を挙げる。
『あ、僕行きます』
「瀬田君は行かなくていいよ。・・・・・・勘違いされるから」
部下と上司の手前、荒っぽい言葉は使えない。
わたしの目の前には、黒いコスチュームに身を包んだ瀬田君がいた。
二代目ブルーマウンテンブラック、瀬田君は文句を言ってきた。
『え、なんでですか?』
「自分の格好を鏡で見てくればいいと思うよ」
「正直君がこの職場にいること事態が、結構危ないんだからね」
口々に否定する同僚たち。
結局、わたしが接待に行くことになった。
現在、瀬田君はいつもどおりに働いている。
当然仕事は普通だ。そっちの仕事は二の次である。
『むー、おかしいなぁ・・・・・・』
「一般常識からすれば、おかしいのはむしろ君だよ」
『そうですかねぇ? あ、そうだ、先輩。明日休んでいいですか?』
いつもと同じ深夜の残業中。瀬田君は意味なく質問してくる。
「なんで?」
『戦隊としての初仕事なんです。リーダーとして』
なんやかんやで彼はリーダーである。
「駄目だよ、明日は・・・・・・」
『分かってます。でも、僕もみんなみたいに頑張りたいんです』
「真似しちゃいけないことって、あると思うよ」
『でも、珈琲嫌いが頑張ってるのに・・・・・・』
「うん、その理屈分かんない」
駄目だ。この後輩は言い出したら止まらない。
考えればいつもそうだ。高校生の時から。
・・・・・・こいつにしてやれるのは、確認をすることだけだ。
「・・・・・・その後一生、後悔しないな?」
『・・・・・・・・・・・・』
瀬田君は考え。
考え。
結局。
『・・・・・・はい』
神妙に答える。
「そうか。お前は本当に大バカ野郎だよ」
そうして、二人で笑い合う。
それは、数年ぶりの大笑いだった。
そうして翌日。瀬田君は年一回の、会社の昇格試験をサボった。
今頃彼らは、見ず知らずの人に、頭を下げているだろう。