刹那主義のプリマドンナ 中編
間違いねぇ! この真帆の氷より冷たい目。やべぇよ、殺される!
「……何の、電話?」
「ひぅ! あ、いや……Mrs.darkness」
「……そう」
彼女の目が、スッと細まる。まるで、子が襲われるのを目撃した獅子の目。
しまったぁぁああ! こいつもある意味「Mrs.darkness」だったぁ!
「……。……大丈夫?」
「イエ、ダイジョーブ! ヨシ、逝コウ!」
真帆は目を閉じ、俺の方に歩み寄る。
乾いた金属音と共に、冷や汗が増える俺の右手首に何かがはめ込まれた。
これは……手錠!?
「待て待て待て! なんで手錠持ってんだよ!」
真帆は、自分の左手首にもう片方をはめ、無表情で手錠を何回か鳴らす。
「……これは、鎖」
た、確かに手錠の間が三十センチはあるが……。
「どうでもいいわ! ったく、早く外せよ」
「……割と、冷静、ね」
マイペース過ぎんだろ、コイツ!
真帆が俺の手錠に触れる。鍵かと思ったが。
「痛ってぇぇええ! 馬鹿絞めんな!」
コイツは、行動が読めない! 慌てて手を振りほどくも、鎖があった。
衝撃と共に真帆の体が引っ張られ、結果、俺が真帆を支える形になった。
彼女の口元が、歪む。無機質に笑ってるのだ。
……怖ぇぇええ!
「な、なぁ、真帆……離れてくんねぇか?」
「……嫌」
そうして身を委ねてくる真帆。どうして!? なんで!?
もう涙目だよ、俺!
「……ふふっ」
駄目だ、呪われた。蝕まれる。……俺、なんか悪いコトしたか?
取り敢えず、ゆっくり剥がす。……成功。
「……真帆お嬢様、今日は如何なさいますか?」
「……何、急に?」
気付かないうちに、頭を下げていた。命とプライドを天秤にかけるとこうなるという例だ。
「……敬語、辞めて」
呆れたように言ってくるので。
「うぃーす。今日なんかだりぃんだけどぉ」
「……呪うよ?」
「誠に申し訳ございませんでしたお嬢様ぁぁああ!」
気付けば泣きながらの土下座。引っ張られる形で、真帆も片膝。
「……極端」
呆れたというより、迷惑そうな様子の彼女も目に入らない。
分かるのは、俺が今日常で何故か生死を彷徨っているということ。
……やっぱ分からん。
「命には……変えられねぇよ」
やべぇ、俺カッコワリー。
真帆が溜め息を吐く。
「……普通に……」
「分かりました。貴女様がそれを望むのであれば、不肖、私が命を賭けて、従わせて頂きます!」
「……」
無言の圧力。一分して、彼女が内ポケットから何かの本を取り出そうとしたので。
地面に足をつけたまま、真帆の肩に手を置く。
「ごめん。なんかホントごめん」
情けないってこんな気持ちなんだろな。俺、女子相手に何してんだろ。
まぁ、目的は生徒会長を決めること。さっさと決めて帰ろう。
「どこ行く? 喫茶店とかか?」
休日だし、遊びたいが、俺の精神衛生によろしくないので帰りたい。
真帆の考えは。
「……映画」
「はい?」
なんか今、デートの定番スポットが。
「……だから、映画」
「あ、TSUTAYA? ラッキー! 今借りたいドラマがあってさ」
「……」
再び無言の圧力。ホントは分かってるだろ的な視線が痛い。
もう少し頑張ってみてみた。
「真帆って家この辺なの? 俺こっちじゃないから……、その、期間内に……返すの……むず……。……ごめんなさい」
なんか無理。その、あれだ、無理だわ。
寡黙な真帆にツッコミは無理。ツッコミのない空振りのボケは無理。
ちょっとボケを期待してた奴ら、ゴメン。今回は無理っぽい。……誰に言ってんだ、俺?
「映画館ねぇ……今、何やってたっけ?」
素のテンションでやらせて頂く。
「……さぁ?」
彼女は首を振る。……じゃあ何故言ったし。溜め息を吐くと、彼女の顔が強ばる。
お、電話だ。
「倉木さん、どうかしましたか?」
『その反応が寧ろ驚きね。……まぁ、行ってあげなさんな』
「端からそのつもりです。じゃあ、切りますよ」
電話を切る。……ふぅ、OK。もう倉木さんは大丈夫だ。
さて、と。俺は真帆の方を向く。
「何がやってるかは、着いてからのお楽しみってことでどうだ?」
そう言ったら、彼女の顔がパッと輝いた。
よっし、もう少し説得するぜ!
「だから鎖外して」
「嫌」
「口調変わる程嫌か」
うーん、残念。
今上映中なのは……。
ヒューマンドラマ、アニメ、ホラー、エンターテイメント……。
「……何に、する?」
真帆が尋ねる。うーん、俺ならエンターテイメントだけど。
SFやオカルトは無いしなぁ……。
「ホラー?」
「……エンターテイメントじゃ、なくて?」
真帆が意外そうに見る。俺は、頭を強く掻く。
「たまには、ね」
彼女は一瞬自分の世界に入ったが、直ぐに微笑んでくれた。
でも、流石に悲鳴や気絶はマズいなぁ。
うーん。
短縮ダイアル3番をプッシュする。
『ハァーイ、元気! こちらは舞ちゃんの恋愛緊急悩み相談室です』
「あら。これまた路線変えましたね」
『だって、電話切られるんだもん……』
悲しそうな声。毎度毎度演技お疲れ様。
「ところで、電話掛けると言う『ハァーイ、元気!』ってなんすかい?」
せめて疑問文の形だと思うがなぁ。
『私が元気だから』
あぁ、さいですか……。思わず額に手をやる。
いや、話進めよう。
「話は聞いてたでしょ? どう思います?」
『分かんない』
「即答だな! 悩み解決する気ゼロだな!」
『だって私には関係ないし、……興味もないし』
「何のための相談室なんですか!」
思わず叫ぶ。
あの、あれか、悩みがどうでもなるっていう解決方法か。
突然、倉木さんがしんみりと言う。
『……でも、微笑ましいものがあるわね』
「俺がホラーを選んだことが、ですか?」
小さく否定される。
『それは誰が相手でもでしょう』
確かに。自己犠牲と獲得が釣り合わないのが、俺の性だ。
俺はふっと息を洩らし、告げる。
「今からでも、遅くはないと思いますよ、倉木さん」
『あら素敵。でも、私はそんなに野暮じゃないわ』
じゃあ、突っ込む理由もない。
俺は、最後に気になることを一つ聞いて切ることにした。
「そういや、倉木さんって今でも子供料金とか、しますか?」
『後が楽しみね』
「え」
切られた。……あれ? 自分でフラグ立てた?
「……このまま時が止まればいいのに」
つーか戻れ、前日以前に戻れ。
気付けば、真帆の顔が僅かに紅潮していた。……そういう意味じゃないんだがなぁ。
「まぁいいや、行こうか」
てか、結局対策立てられなかったな……。