刹那主義のプリマドンナ 前編
早咲きの桜香る会議室。俺達新三年生と顧問の三人は、本来九月にある会議を、三月に開いていた。
「……で、君達は生徒会長になる気はない、と」
「はぁ、まぁ……」
俺と戯先生が溜め息を吐く。流石にふざける雰囲気じゃない。
戯先生が天を仰ぐ。
「しかし、一般生徒や元生徒会の荒川生徒にやらせるわけにもいかんぞ」
うーん、評判も悪いだろうなぁ。そこで、真帆が口を開いた。
「……じゃあ、明日。……遊ぼう」
『何故?』
~沈黙~
俺の頬に冷たい汗が伝う。えっと……。
「真帆、端折らずよろしく頼む」
彼女はいつものように細々つ呟いた。
「……日を改め、決める」
「しかし、新学期まで十日ないが?」
「……だから、明日」
戯先生は目を細めると、パソコンを開いて、ダルそうに何かの書類を作り始めた。……いいのか? それ。
代わりに俺が相手。
「明日じゃないと駄目なのか?」
真帆は首を振る。
「……。早い方が、いい……」
「今日は?」
「……明日、新しい世界、見えるかも」
「うん、じゃあこのままでいいや」
よし、フローチャートで決めるか。
①行く
②今日決める
③どっちでもない
雰囲気的には①……だよなぁ。
『どっちですか?
①おすぎ ②ピーコ』
……。
「このフローチャートは一体どこに辿り着くんだぁぁぁぁああ!」
俺は頭を抱えて絶叫していた。自分でアレだけど、何してんだ、俺。
「……大丈夫?」
「……頭はともかく、身体的には大丈夫だ」
真帆は、安堵の息を洩らす。そして、
「……隆介は、嫌?」
「!」
小首を傾げて聞いてくる。その一言で分かった。
こいつは……俺を潰す気だ!
そうだよな、俺は邪魔者だ。慌てて手を振る。
「あ、いや……別に。でも、別に今でも――」
「……サタンよ、ベルゼブルよ。我が瞳に映る者に裁きを――」
「裁くな! つーか不吉で怖ぇ!」
いきなり呪文とは……やべぇ、こいつ本気だ。
「……冗談」
「珍しく冗談を言うのはいいが、リアル過ぎだ」
真帆が顎に手を添え、少し考える。
「……。……ザキ」
「そんな人の名字に入ってそうな二文字で人を殺さないでぇ!」
彼女は無表情に笑う。……怖いよ。
そのやり取りを見ていた戯先生が、パソコンを閉じて立ち上がる。
「じゃあ明日決めて、明後日来い」
「裏切り者!」
「アディオス。……ちゃんと面倒見ろよ」
耳元で囁いたあと、部屋を出ていく戯。顔こそすまし顔だったが、目は妖しく笑っていた。
流石春休み。朝から改札は混んでいる。
八時半、待ち合わせの三十分前、俺は駅にいた。
「……来ちゃったなぁ」
どうしよ。暇だな。帰ろっかな。まぁ、来ちゃったもんは仕方ないか。
「えっと、塩見さん?」
後ろから、よく知る声が耳に響いた。
~暇潰し~
振り向くと、今時珍しいツインテール、それなりに整った顔立ち。……伴野はるか。
「はるか、どうしてここにいるの?」
「春休みなので……」
はるかが完璧な愛想笑いをする。……後ろに友達がいるみたいだし、時間はとれないな。
俺も愛想笑いしたが、多分引きつってたと思う。
彼女は、納得した顔つきで、ぽんと手を打つ。
「新生徒会長を今頃になって決めようとするも決まらず。適当に決めるわけにもいかず困っていた所、いきなり浅黒さんが今日決めようと提案。塩見さんは律儀に三十分早く来たものの、今暇を持て余してる」
「正解! 普通にすげぇよ、やっぱ」
流石だけど、離れたいな、ちょっと。
盛り下がる俺とは対照に顔を輝かせるはるか。
「普通に……。有り難うございます!」
「あ、いいんだそれで」
面倒だけど楽な後輩だった。じゃあ、そろそろ別れるか。
「デート、頑張ってね、隆介」
「デートじゃねぇ。つーかいたのか愛莉」
まぁはるかと同じクラスでバスケ部だが……。
結局妹達と別れて、また暇になった。暇潰しに、元会長に電話してみる。
『あ、隆介? どしたの~?』
「今、暇ですか?」
『いや~、今から閑とデートなの』
そこで、携帯から『デートじゃねぇ』と閑の声が聞こえた。
そして、俺無視で揉め始めた。……。
「閑、聞こえてるか?」
『はい』
「リア充爆発しろ」
『!?』
面倒なので電話を切る。さて、どうするか……。
うーん、確か加藤もあれはあれで彼女持ちだ。
となると……。
「よぉ、聖柊」
『今から練習だ。切――』
切られた。「切るぞ」と言い切られないうちに。通話時間最短記録更新。
「畜生、荒川の野郎! 試合ならともかく練習ってなんだよ! 下の名前か? 下の名前で呼んだのが不味かったのか!?」
荒川が駄目なら瀬田も駄目だ。
今の俺なら、ボランティア同好会とかも駄目だろうな。
「よし、もう普通に待とうか。周りの視線厳しいし。暇でも、我慢」
決意し、壁にもたれた所で、携帯が鳴った。
メールだ。
『8:44
FROM:倉木舞
件名:質問
本文:何故私には電話しないのかしら』
……。
「怖ぇぇええ!」
普通には、無理っぽい。
背筋に悪寒が走り、頬に冷たい液体が伝う。
反射的に短縮ダイアル3番をプッシュ。
『ハァーイ、元気! で、タカスケ、どしたの?』
「どうしたじゃないでしょ、あんなメール寄越して! なんで知ってんだよ、あんた今北海道だろ!」
倉木さんは俺の声を気にせず、余裕たっぷりの声で言う。
『北海道……じゃない、としたら?』
「えっ」
慌てて周囲を探る。……どっかにいんのか?
倉木さんは妖しく笑い、
『まぁ、北海道にいるけどね』
「なんすか今の無駄なやり取り」
~特薄~
彼女の甲高い笑い声が響く。地声が高いといっても、なんかムカつく。
俺は、ふてくされた口調で呟く。
「盗聴器でも使ってんのかよ」
『正解』
「ちょっ……」
冗談だったんだが。早く取り除かないと。
「where?」
『そんなことより、私初めて本場の札幌ラーメン食べたんだけど……』
「規模を小さくしないで下さい!」
電話越しに笑い声が耳に響く。
『でも、ラーメンは天下一品が一番ね』
「倉木さん、それラーメン違います。別の生き物ですよ」
『生き物?』
俺は顎に手を添える。……なんでこの話題に乗ったんだろ。
ここは思い出したように勢いで行こう。
「あっ、倉木さん、盗聴器!」
『あ、見てタカスケ、綺麗な景色!』
「見えねぇよ!」
勢いで突っ込んでしまった。……話題逸らすにも、他にやり方あるだろ。
「倉木さ――」
『あ、見てタカスケ、改札よ!』
「急に雑だな! そりゃ待ち合わせ場所が改札だから……って知ってるよなぁ! 聞こえてるよなぁ!」
駄目だ。もう一人で探さないと。
簡単なのは携帯。しかし、そんな所に倉木さんが隠すか?
『ヒントだけあげるわ』
無邪気な声が返ってくる。……割と先読みされてるんだよなぁ。
『貴様の個人情報は私が頂いたわ!』
「SDカードか! 結局携帯か! この変態ロリータがぁ!」
『酷いわぁ。発育が悪いのは私のせいじゃな――』
「切りますよ!」
俺は電話を切り、携帯を開く。……ディスプレイには、SDカードの表示。
SDカード型の盗聴器? 盗聴器入りのSDカード? ……どっちでもいいや。
電池パックの裏から取り出し、破壊した。
本当に盗聴器か確認せずに。
九時四十分。
……あれ? 時間ミスったかな? 十時だったっけかな?
いや、あいつのメールに九時って書いてある。
こういう場合は……そうだ、寒色を見れば気持ちが落ち着いて時の流れを速く感じるという……。
「……そう駅に寒色はないか。広告じゃなぁ」
ハッ!
今、寒色を見つけたぞ、グッジョブ、俺!
「オレ自身がブルーでしたぁ」
……やべぇ、死にてぇ。
~到着~
そうだ、改札が見える所で暇を潰せばいいじゃんかよ。
なんで気づかなかったんだよ。
幸いここは鳴門駅。東京には劣るが、店は多い。
そこにいれば――
「……メール?」
真帆からか?
『9:47
FROM:倉木舞
件名:注意
本文:もう少し待ってあげなさい』
……。
「ええぇぇええ!?」
え、何? SDカード壊したよね、俺。
二個あった? 罠?
家に帰るまで、倉木さんの誘導に、全く気付きませんでした。
十時過ぎ。
「……お待たせ」
そう言ってやってきた真帆は、いつもでは想像のつかない格好だった。
俺は苦笑いを浮かべ、彼女は首を傾げた。
「……どうしたの?」
「い、いや、なんか真帆が女の子に見えてさ……」
一瞬の沈黙。
「…………今、喧嘩……売られ、た?」
俺は慌てて手を振る。
「そんな趣味はねぇよ。……いや、なんか、意外でさ……」
俺は、極端に黒フードとかそんなんかと思った。
実際は、白いプラウスに、黒いトレンチコート。
なんか、普通に小綺麗な感じなんだが……。
「……そう」
真帆はそっぽを向く。なんか、安堵してるようなのは、気のせいか?
しかし、上はいいとして……。
「女子見ると思うんだけどさぁ、スカートって寒くないの? いくら三月とはいえ……」
刹那、彼女の顔が不快の信号を出す。まぁ、親しい人しか分からんレベルではあるが。
そして、例のメール――と思ったら電話。着信は倉木さんから。
『タカスケ、まずは服を褒めなさい。次に本人を褒めなさい』
「どっちも無理。つーか、絶対見えてるよな」
『にしても、二人とも時間にノータッチは問題ね。それから――』
「じゃあ切りますね」
電話を切る。電源も切った方がいいか?
てか、SDカードを壊したのに倉木さん。目の前には真帆。
これは……!
呪い!?