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愛人にお手紙ください

 ここは松平まつひら市にある希望が丘商店街ーー通称「ゆうYOUミラーじゅ希望が丘」。国会議員の重光幸太郎先生のお膝元としても有名だ。


 この商店街は実に様々な店舗が入っており、店舗同様個性豊かなメンバーが揃っていて、仲が良い。

 その中でも特に交流が深いのは、「喫茶トムトム」、「篠宮酒店」「JazzBar黒猫」、「居酒屋とうてつ」、「中華料理神神シェンシェン飯店」「美容室まめはる」といった所だろうか。


「オクシさん、今日もキレイアルね。愛してるよ~」

この店のオーナーワンカイがそう言うと妻のヤン玉爾オクシが、

「何寝言言うね。そんな暇あったら、さっさと仕事するね。

仕事に尻触るあるか?」

と言いながらジャンプすると、190cm近くある開の頭を料理を提供する銀のお盆で叩いた。パコンと小気味良い音が店内に響く。因みにこの盆は開を叩く専用に玉爾が他のと分けてある物で、既に盤面はボコボコに歪んでいる。

「痛いアルよ。でもオクシさんがキレイなのはホントある~」

「ホントもウソもないね。朝から何言うか」

「じゃ、夜なら良いアル?」

夜楽しみアルねという開に、

「楽しみするな。私疲れるから寝るよ」

近づくなと、素っ気なく店の表を掃き清め始める玉爾。

 今では(またやってるわ)と醒めた目で遠巻きに見ているこの家の娘、ワン天衣テンフェイも、彼女が小学生位の頃には、ウチの両親はどうして商店街の他の夫婦(篠宮家、富田家、根小山家など)のように仲が良くないのだろうと、密かに小さな胸を傷めたものだ。

 そして、いよいよ思い詰めた天衣は、それを篠宮燗に相談した。それを聞いた燗は、

「おいおい小天シャオティエン、そう言うけどよ、開たちってば今でも十分仲がいいじゃねぇか」

これ以上仲良くするってどういうことだと、当惑しながら天衣に返した。すると天衣は、

「だって、オンマはいつでもパーパをパーンってお盆で叩くし、パーパが『愛してるよ~』って言っても、『ナド、シロジョ』って返すんだよ。

ナド、シロジョって、韓国語で私も嫌いっていう意味なんだよ」

パーパかわいそうと、涙をためながら現状を燗に訴える。

「はーん、そう言うことかい。玉爾は素直じゃねぇからよ。そのナド……うんちゃらか、それを言ったとき玉爾は笑ってんだろ? なら、心配しなくて良いぜ。

何せ、玉爾は『開の愛人』だからな」

燗にそう言われて、天衣の目が余計にうるむ。そうか、オンマはパーパの本当の奥さんじゃないんだ。だから、オンマだけが名字が違うのだと。すると、それをみた燗の妻雪が、

「あなた、小天ちゃんをいじめちゃだめじゃない。

愛人は愛人でも中国語の愛人アイレン、ちゃんとした奥さんのことよ」

とにっこり笑って天衣の頭を撫でた。


 開の生まれた中華人民共和国は増えすぎた人口抑制のため、子供は一人を推奨する「ひとりっこ政策」がとられている。二人以上子供を持ってしまうと様々な恩恵が受けられなくなってしまうため、人手を必要とする郡部の農家はともかく、都市部の人間は総じて一人っ子だ。

 そんな大切な跡取り息子が国を飛び出す。それだけでも大変なことなのに、その息子が外国人-行った国の日本人ではなく韓国人ではあるが、同胞パンヤオでないことに代わりはない-と結婚すると言い出して、開の両親は慌てた。そして、両親は開の許嫁を開の許に向かわせた。

 尚、開の名誉のために言わせてもらうとすれば、この許嫁も、彼らがまだ物心つく前に親たちが勝手に決めたものだ。まだまだ中国では結婚に親の意向が色濃く反映されることが多く、こうした仮の婚約をすることも少なくない。

 で、やってきた開の許嫁、ラウ梨花リーファに、玉爾が今よりもっとアブナイ日本語でぶつけたのが、

「私、オッパの愛人あいじんからね。私とオッパ、離れるないよ」

という、堂々の『愛人宣言』だった。これには、そばで見ていた商店街の面々の方が度肝を抜かれた。しかし、それを聞いた梨花は、

【開、あなた良い人に巡り会ったわね。幸せにしてあげなさいよ】

と言ってすんなり帰って行った。正確に言えば一旦は帰ったが、彼女もその時知り合った15歳離れた日本の会社社長と結婚し、再び来日する事になったのだが。

 一方、いきなり来ていきなり帰って行った梨花に、狐に摘まれたようになっていた商店街の面々は、開が愛人アイレンは中国語では愛人あいじんではなく妻を表す単語だと説明して、やっと胸をなでおろしたのだった。


愛人あいじんって言えばあなた、こんな話もあったわよね、手紙の話」

燗が愛人の顛末を話し終えた後、雪が思い出したように、そう言った。

「ああ、あれはケッサクだったな」


 これは開と玉爾がまだ結婚する前の話である。忘年会シーズンの12月、開は禄に休みももらわずに毎日厨房に詰めていた。そして、

「忙しい解ってるから、会えないは良い、でも手紙ぐらいホシイね」

と言った玉爾に、開がクリスマスプレゼントにと贈ったのは、大量のトイレットペーパー。首を傾げる玉爾に

「ちゃんと手紙着いたアル? これだけあればしばらく保つか?」

と電話をかけてきた開が聞く。

「私、手紙言った、なぜお手洗ファジャンシルの紙がくる」

「だから、それが手紙、違うか?」

中国語で手紙はトイレットペーパーを意味するのだと、玉爾はその時初めて知ったのだった。


「でね、そのトイレットペーパー、自動戦士バンタムの絵柄入りでね。玉爾さん、それで開さんとの結婚を決めたらしいわ」

(そう言えば、ウチの押入の奥にまだ残ってたな、そのバンタムトイペ……

あれって、思い出の品だったんだ)

 とりあえずオンマのパーパに対する愛情があるのを確認したものの、オンマの結婚を決めた理由に、思わず脱力してしまった天衣だった。


最初から書きたかった齟齬話です。どちらも有名な齟齬ですが。

韓国の人は結婚しても姓を変えないので余計愛人っぽいし……



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