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イカ様日和

今回は篠宮 楓様のところの醸くんとのコラボ、天衣視点。

 あたしの名前はワン 天衣ティエンフェイ

ここ、希望が丘駅前商店街にある、神神シェンシェン飯店の19歳の一人娘。

 パーパの名前はワン カイ中国人だ。

で、オンマの名前はヤン 玉爾オクシでこちらは韓国人。と聞くと三カ国語を操る語学マスターを想像するかもしれないが、それは残念ながら不正解。

 たぶんね、パーパとオンマのどっちもが中国人、あるいは韓国人なら、あたしも二カ国語の語学マスターになってたと思う。

 だけど、それぞれの国を出て、まず行った日本語学校で知り合った彼らの共通の言語は日本語。時々、思わず出てしまう母国語もあるから、解る言葉もあるけど、それは単語レベル。しかも、間違いなくスラング寄りで、間違ってもお客様の前で使えないものがほとんど。

 だからあたしは自分の名前が嫌い。同じアジアだから、名前さえ言わなければ実は外国籍だってわかんないもん。


 専門学校から帰ると、パーパが無駄にデカい声で、調子っぱずれな歌を歌いながら夜の仕込みをしていた。いつもそれを聞いて不思議に思うのは、世界一韻律の難しい言葉を操る民族のパーパが、どうして音楽をそれに生かせないかってこと。そう思っていると、あたしの帰ったことに気づいたパーパが、

「お、小天シャオティエン帰ったアルか。

ゴメンけど、今からシノミヤに言ってたサケ、後三本余分欲しいね。

ポクとオクシさん、これから晩の海鮮点心作る忙しアルね」

とあたしに言った。

 「また海鮮点心のコース? ホント街中イカ様々だね」

 今商店街は空前のイカ様ブーム。

 中華でもイカは使っているけど、どうもわき役だから最初はいまいち乗り切れなかったんだけど、パーパはイカ型の水餃子を作っちゃった。中身はもちろんイカとそれからネギ。もっとも、イカ型を指示したのは、ビジュアルに拘るオンマなんだけどね。小さなイカ様が中華スープで泳いでる図は、あたしから見ればシュールだと思うんだけどねぇ。

 で、それをメインに、ホタテ入り小籠包(小籠包が沙織さんの好物なんだって)宝石に見立てたエビ蒸し春巻と翡翠餃子で、デザートにゴマ団子という海鮮点心コースが大当たり。ここしばらく、連日宴会続きで嬉しい悲鳴ってやつなのよ。

「今日もコースあるんだよね。じゃぁ、先に一本持って帰ってこようか?」

「おー、そうしてほしいアル」

 あたしはオンマのオタクなイベントの必需品キャリーバッグを持って店を出た。パーパの言うお酒は紹興酒で、しかもずっしり重い瓶タイプ。持てないこともないけど、落としちゃったらヤバいもん。

 外に出たあたしは、目的の篠宮酒店に行く前に店の裏手をのぞき込んだ。

 篠宮酒店は表道路に面する店先の裏に、小さな庭を持っていて、そこには通常の倉庫とは別に置いてある小さな倉庫と篠宮さんの長女の吟さんが作って置いていった小さな腰掛椅子が四つずららっと並んでるの。

 たぶん、この時間なら醸兄が昼休憩をしてるはず……

 醸兄は吟さんの弟で、篠宮酒店の跡取り息子で……そしてあたしの数年越しの片思いの相手。


 で、やっぱりそこに、醸兄はいた。タバコ吸う姿もカッコイイ♪ そんなことを思いながら首だけ裏を覗いていたら、

「天衣じゃないか」

うわっ、隠れて覗いてたのバレちゃった? で、こうしてちゃんと天衣と呼んでくれるのは、醸兄だけ。みんなが未だに小天と愛称呼びする中、醸兄だけは高校生になってから天衣と呼んでくれる。

『もう子供じゃないもんな』

って言ってくれたんだよぉ。涙が出そうになっちゃった。

「醸兄、今いい?」

醸兄はニコニコしながら、椅子から立ち上がった。

そして軽く手を挙げて、

「お、悪い」

と呟いた。何? 醸兄何もしてないと思うけど。

「俺、今、煙草吸ってたんだよね。臭いと思うけど、悪いな」

あたしが首を傾げてると、醸兄はそう付け加える。

「あたし大丈夫だよぉ! 醸兄臭くなんかないし……っ」

あたしは慌てて、ブンブンと首と手を振りながら否定する。いや、醸兄の匂いだと思うと、嬉しいし……ははは、オンマみたいなこと考えちゃった。そしたら、

「ありがと」

と言って醸兄はぽんぽんと頭をなでてくれた。でも、その仕草がちょっぴり子供扱いしてるみたいで不満だったのは、あたしのワガママ?



「で、どした? 開さんから何か言われてきたのか?」

あ、そうそう、本来の目的を忘れてたよ、あたし。

あたしは、小さなメモ帳を取り出して、

「パーパが紹興酒の注文数を増やしてほしいって、あとできれば一つ先に買ってくるように言われたの」

と、来店の目的を伝える。

 それから、ピリピリとメモ帳の一ページを切って、

「お客さん?」

と聞く醸兄に渡すと、うんと頷く。

「夕方、急に宴会のお客さんが入っちゃって。お願いしてただけじゃ足りないからって……醸兄、大丈夫?」

「大丈夫っていうか、こっちとしては毎度ありだよ。で、数は用意できるけど天衣が持って帰りたいのって、紹興酒の甕? 宴会の」

「うん」

あたしはそう言って、オンマのキャリーケースを醸兄に見せた。


「少し待ってて」

と醸兄に言われて待っていると、配達用のカブが店先に来て、醸兄はそこにすでに乗せてある物の横に、あたしのメモの品物を追加して載せた。

そして、一通りカブに載せ終えてから、醸兄はおいでおいでとあたしを呼んで、小さく畳んだ納品書を手渡す。

そして店内の雪さん(醸兄のお母さん)に、

「配達に行く」

と言ってカブのハンドルを掴んだ。

「醸兄?」

見上げるあたしの頭をまたぽんぽんと撫でる醸兄は、カブを押して歩き出す。

「丁度配達に出るつもりだったから、先に開さんちに行くよ」

えっ、もう行ってくれるの? 他に配達は? あたしはちょっと心配になったけど、

「ありがとう、醸兄!」

やっぱ、大好き!! あたしは、あたしの頼みを優先してくれた醸兄の隣に急いで駆けた。

 だって、でないとウチまでなんてあっという間についちゃうもん!





こいつらの恋愛はたぶんまったり~っと進みます。


そして、醸兄もあんなに嫌がっていたイカ様が縁結び~っと。

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