玉爾的、報道対策術
ここは松平市にある希望が丘駅前商店街ーー通称「ゆうYOUミラーじゅ希望が丘」。国会議員の重光幸太郎先生のお膝元としても有名だ。
その「ゆうYOUミラーじゅ希望が丘」が今、熱い。件の重光先生が兼ねてからタゲって(げふんげふん)否、思いを寄せていた女性との婚約を果たしたので、ワイドショーやらスポーツ紙はもちろん、若手イケメンの重光の容姿に普段は政治家の恋バナになど食指を伸ばさない女性誌までもが参戦しているからだ。
それを迎え撃つ商店街の面々も熱い。そして、彼らの活躍で、ワイドショーやスポーツ紙は見事トーンダウンしたのだが、女性誌だけは未だしつこく居座り続けている。奴らはカメラマンとタッグを組んで商店街の外れに車の中で寝泊まりし、重光とその婚約者とのホットなツーショットを追っかけているのだ。
「あいつらもいい加減にしろよってんだよな。確かに通れないことはねぇけどよ、常時車があるってことはそこに死角ができるってこった。いつそこからガキが飛び出して来るかと思ったら、気が気じゃねぇったらありゃしねぇ」
仕事柄配達の多い、「篠宮酒店」の燗が苦虫を噛み潰したような顔でそういう。
「それにさ、派出所の京子ちゃんに取り締まってもらおうと連絡しても、奴ら車に乗ったままだから、気配を察知して移動させちゃうんだよね。で、また同じ場所にまいもどってくる。ホント、気質悪いったらありゃしない」
それに対して、「喫茶トムトム」の孝子が頷きながらそう返す。そう、駐車違反は停まっているからこそ違反なのだ。動いてしまえばそこで罪は問えなくなってしまう。食事はほとんど「菜の花ベーカリー」のパンや盛繁精肉店のコロッケなど、テイクアウトが中心で、車自体から離れることはない。
ただ、そこここで、『犬と縄張り争いをしている』という報告も聞くが、それだって現行犯逮捕が原則、実際問題、若い女性の京子にはその手の摘発は荷が重い。
それでも、彼らにだって『大地に呼ばれる』ことはあるので、そういうときだけ彼らは商店街のそこここで買い物をしながら用を足すのだ。そして、その『仕事だからしょーがない』という、彼らの態度も不評を増幅させるのに一役買っていることにさえ、彼らは気づいていない。
そしてこの日、女性誌の記者がまさにその目的で神神飯店にやってきた。記者はあからさまに用足しだと悟られまいととりあえず座席に腰を下ろして……彼は置いてあるメニューに瞠目した。メニューが日本語ではないのである。それどころか中国語ですらない。ハングルだったのだ。表にはデカデカと本格中国菜館 神神飯店という照明看板が点っているというのにだ。
実はコレ、オーナーの嫁、玉爾が自分を頼って店にくる『同胞』のために手書きで用意しているものだ。どちらの言葉にも疎い記者は気づかなかったが、店に彼が入ってきた途端かけた声も、
「안녕,어서오세요.≪アンニョン、オソオセヨ≫」
という、韓国語の挨拶であった。もっとも、日本語の敬語が苦手な玉爾は、普段からこう言って客を出迎えるのではあるが。
まぁいい、今日の本来の目的は食事ではなく、『個室に入ること』だと記者は思った。
彼はメニューの中から適当に一品を指さすと、目指すものを探すが……ない。それもそのはず、オタクが高じて来日した玉爾は大好きなコスプレ衣装を縫うことで培ったスキルで、壁材とよく似た色調のカーテンを縫い、それで『個室』の壁を覆い隠したのだ。一応、
「トイレはどこですか?」
と聞いたが、返事はない。隠したのは玉爾本人なのだ、言う訳がない。仕方なく記者は(この店員、マジ日本語しゃべれねぇのかよ。よく勤まるな)と思いつつ、壁に近寄って何とか『個室』を捜し当て、無事目的を果たした。
そして、記者が『個室』から出てくると、彼の席に料理が運ばれてきていた。チャーハンとラーメンのセットのようだ。記者は適当に選んだ割にはまともな物が出てきたとホッとしながら席に着く。特にラーメンは、醤油ベースのようで、上に粗挽きのミンチ肉もトッピングされてあり、見るからに旨そうだ。早速箸を割り、麺を豪快に啜り込んだ。思った通り醤油ベースで旨い。だが、啜り込んだ麺を一口噛んだ瞬間。
「げほっ! ひゃ、ひゃらい!!」
記者は豪快にむせた。それは辛いという言葉では足りない、痛いとでもいう辛さだ。一気に口が痺れて舌も回らない。あわてて水を飲もうとするが、注文を聞かれた時に出された水がなぜか消えている。えい、口直しだともう一つの炒飯を口に運ぶと、
「えっ、は、はっくしょん!!」
そこには大量の胡椒が入っていて、今度はくしゃみが止まらなくなる。ここのメニューは全て激辛仕様か?
「おねえさん、み、水。水をください! 水だってんだろ!!」
たまらず記者は店の隅に立っている店員に涙目で水を所望するが、彼女はきょとんとした顔でピリッとも動かない。(ああ、なんだってんだ! ここは日本じゃねぇのか?)焦った記者は水のある場所を求めて、さっきまでいた『個室』になだれ込もうとしたのだが、そこに熊のような図体をしたこの店の店主が、その図体とは相反する俊敏さで、彼を追い越し入ってしまった。
「あ、あ、ああ……」
(もういい、ここで縦しんば言葉が通じても、茶も激辛なのが出てきそうな気がしてきた。外の自販機で飲もう)ついに記者はそう決心し店を出ようとしたが、そこに先ほどまでピリッとも動かなかった店員が立ちはだかり、
「고마워요, 680옌 지불해 주세요.≪コマウォヨ、680イェン ジブルヘ ジュセヨ≫」
と記者に右手を差し出す。
「손님 정말 먹어요. 라면 지불하는 것은 당연해요≪ソンニム チョンマル モゴヨ。ラミョン ジブルヘ コッスン タンヨンヘヨ≫」
そこまで言われると、さすがに食ったんだから金を払えというのは、記者にも何となく分かった。記者は(なら食える物を作れよな!)と内心思いつつ代金を払い、満面の笑みで言う店員の、
「강사해요,하지만 다시 그제게 오라≪カムサヘヨ、ハジマン タシ クジョケ オラ≫」
という挨拶に送られてヨタヨタと店の外に出た。
彼はその言葉の意味が、
『ありがとうございます、だが一昨日来やがれ』
だとは当然知らない。
開ちゃん、玉爾ちゃん、食べ物をムダにしちゃいかんとオンマに言われなかった? と思わずツッコミを入れたくなりました。因みにこのラーメン、◎唐辛子たっぷりの台湾ラーメンで、麺も韓国唐辛子をたっぷり練り込んだ玉爾お手製(HBで作ったんだよん)
で、炒飯には通常の数倍の胡椒入り(しかも粗挽き)
こうして彼らは大好きな先生様のために彼らのやり方で戦うのでありました。
因みに、韓国語の部分は上から、
「こんにちは いらっしゃいませ」
「ありがとうございます。680円になります」
「お客さん、確かに食べましたよね。なら払うのは当然でしょう」
「ありがとうございました。だが、一昨日来やがれ」
となります。