モノトーン日和
ここは松平市にある希望が丘商店街ーー通称「ゆうYOUミラーじゅ希望が丘」。国会議員の重光幸太郎先生のお膝元としても有名だ。
この商店街は実に様々な店舗が入っており、店舗同様個性豊かなメンバーが揃っていて、仲が良い。
その中でも特に交流が深いのは、「喫茶トムトム」、「篠宮酒店」「JazzBar黒猫」、「居酒屋とうてつ」、「中華料理神神飯店」といった所だろうか。
10月最後の日曜日、ダイサクこと岸本大介に拝み倒されて、神神飯店の一人娘,
王天衣は彼の大学の大学祭に来ていた。
夏祭り以来、押し付けがましくはないけれど、明らかに好意を表すダイサクに、天衣は戸惑っていた。あくまでも自分が好きなのは、高校の時から篠宮醸ただ一人。変に気を持たせることは良くないと思いつつ、ウチで働いてくれているバイトだ、無碍にはできない。彼がいてくれるお陰で、今までは出前を断っていた山側まで応じられるようになったのだから。それに、肝心の醸の心が誰に向いているのかも判らない。
ダイサクも、
「専門学校のみんなと来てくれて良いから!」
というのでOKしたが、結局今、ここにいるのは天衣一人。ちょうどその日、別の大学で大物アーティストがライブをやるという情報が流れて、一斉にそっちに持って行かれたのだ。
(ううっ、友達甲斐のない奴ら)
と小声で呟きながら、天衣は入り口でもらった案内図を頼りに目的の囲碁サークルの模擬店を目指す。
着いたその模擬店、「モノトーン・カフェ」は、白と黒を基調にした落ち着いた内装で雰囲気は悪くない。それに、部員の多くは飲食業でバイトしているので、コーヒーの淹れ方も本格的だし接客も悪くない。
そして、囲碁サークルらしく店の片隅に部員と連珠対決で部員に勝てたら無料にするというコーナーがあるのだが、実際問題、プロの狭き門に阻まれた院生くずれがちらほらいるこの部員たちに、たとえ連珠といえども勝てる者はほぼいない。
それでも、淡い期待を抱いて無料を狙う者たち(そのほとんどは近所の中高生だが)で店内は大盛況だ。
「あ、テンテンちゃん、いらっしゃい」
中に入って、ダイサクが声そう声をかけた途端、集まる視線。そして、
「あ、君がテンテンちゃん? どうぞどうぞこちらへ」
とニヤニヤ笑いながら先輩らしき男に誘導されたのはなんと『予約席』。
「えっ、あの……」
「ダイサクの大事なお客様だからね」
と言って、ダイサクを天衣の前の席に強引に座らせる。天衣は軽く目眩がした。(あたし、ダイサク君のカノジョじゃないし!!)
「ダイサク君!」
これはどういう事かと睨む天衣に、
「い、いや、あの……他の娘たちはどうしたの?」
と、ダイサクは泳いだ目で聞きした。
「N大でRIAL BAMPが出るって言うから、みんなそっちに行っちゃったの!!」
プッとふくれる天衣に、ダイサクは、
「あ、そうなの」
と言うしかないし、その後も続かない。天衣は黙々と出されたコーヒーとケーキを完食すると、
「連珠挑戦させて」
と、とっとと席を立ち、連珠コーナーに向かった。
この時、天衣が数少ない無料獲得者になったのは、怒り力のなせる業だったのかもしれない。
院生というのは日本棋院の研修生のことで、大学院生ではございません。
因みに、院生に応募できるのは14歳まで。院生は高校卒業までで、あとは外来でプロを目指すのですが、それでも23歳まで(関西のみ26歳)と非常に狭き門です。
そのため、院生で上位をとれないと早々に別の道に進むというケースがたくさんあります。
囲碁は(将棋も)膨大な棋譜を覚えないといけない記憶力勝負のところもあり、暗記に長けているのか、このサークルでは法学部率がかなり高くなっております。




