【商店街夏祭り企画】決戦は金曜日(当日)
ここは松平市にある希望が丘商店街ーー通称「ゆうYOUミラーじゅ希望が丘」。国会議員の重光幸太郎先生のお膝元としても有名だ。
この商店街は実に様々な店舗が入っており、店舗同様個性豊かなメンバーが揃っていて、仲が良い。
その中でも特に交流が深いのは、「喫茶トムトム」、「篠宮酒店」「JazzBar黒猫」、「居酒屋とうてつ」、「中華料理神神飯店」といった所だろうか。
「て、テンテンちゃん……」
祭り当日、天衣を見たままフリーズしているダイサクに、
「ダイサク君、似合わない?」
と言いながら天衣が小首を傾げる。
「う、ううん。と、とっても似合ってるよ!」
天衣の浴衣は黒地に大振りの桜と白い牡丹が流れるように描かれている大胆な柄だが、長身の天衣にはよく似合っていて、くすんだ赤煉瓦色の帯がそれを程良く派手過ぎにならないように抑えている。また、髪は左右お団子にして帯と同じ色のシニョンでまとめられている。実はこのシニョンは紬屋で帯を買った際に共布の端布をもらって、母、玉爾が自作したものだ。いつもより数段大人びたその姿と、普段は下ろしていて見られない白いうなじに、ダイサクは言葉を失ったのだ。
「髪? やっぱ中華風は変だよね。
ま、でもさ、最初は尚宮風にさせられるところだったんだよ。さすがにアレは、浴衣には合わないでしょ」
「サングン?」
「うん、尚宮」
それを、浴衣にチャイニーズな髪型はアンバランスだと取った天衣がそう言って顔をしかめた。因みに、尚宮というのは韓国宮廷の女官の役職のことなのだが、ダイサクには尚宮が何者でどんな格好をしていたのか、さっぱり分かってはいない。
「へぇ~」
しかし、ダイサクは適当に相槌を打っておく。知らないと言えば説明してくれるだろうが、正直言ってあまり興味がない。かといって露骨に興味のない素振りをすれば天衣が拗ねることは間違いなく、せっかくの今日のデートがぎくしゃくしてしまうのは火を見るより明らかだ。
そして、戸締まりをして神神飯店を出た途端、いきなり挙動不審になるダイサク。「Bar黒猫」にいるはずの小野大輔に見つけられないためだ。祭りは左側通行だというのに可能な限り右寄りのコースをとった。案の定黒猫の前では若い男の売り声が聞こえる。実際問題、そこにいたのは大輔ではなく、黒猫にバンド演奏にきている学生だったのだが、うっかり目が合ってしまうのを避けるため、黒猫の方を見ることができない。
だが、なんとかそこをやり過ごして元気を取り戻したダイサクと打って変わって、中央広場に近づくにつれ今度は天衣の目が泳ぎ出す。
「あ、あのねオンマがダイサク君にトッポッキをとりに来いって言ってたよ。
あたしはNGだけど、ダイサク君辛いの好きでしょ」
と言いながら、さりげなく彼女も右へ右へと寄っていく。
「俺、トッポッキ食べるの初めてだから楽しみだな」
と言いながら辺りを見回すと、店は休みにしているのだが、店先で冷凍酒などの変わり種を売っている篠宮醸と目が合った。醸の口が少し開いたまま固まる。少し青ざめたその表情に、ダイサクは天衣の方を見るが、天衣は全く醸の方を見ていないようだ。ダイサクは天衣とはぐれないようにとつないでいた手を、絡めるように握り直して醸ににっこりと会釈した。一応、醸はダイサクに会釈を返したが、それがぎこちなく少し震えていたように見えたのは、ダイサクの見間違いではないだろう。
それから開たちの屋台に顔を出して、紙コップに入ったトッポッキを受け取った。ダイサクは早速それを頬張る。
「辛っ、でも旨ぁ~!」
「ダイサク君、そんなにいっぺんに頬張って大丈夫?
口真っ赤だよ。はい、これで拭いて」
「フガ、ファイジョウブ、ファイジョウブ」
(サイコー、幸せで死ねそう!)
そんな風に天衣に世話を焼いてもらっているダイサクは完全に舞い上がってしまっていて、側に警戒していたはずの大輔と御法山学がいることにまったく気づかなかった。




