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直観を失ったのは、少しだけ大人になったから

作者: 桜i 裕樹

 駅構内の水族館。スカートを気にしながら上りエスカレーターを駆け上がると、息を切らせる私の真上をシロイルカが横切った。


 真っ白でくしゃくしゃな顔とつぶらな瞳とが私に向けられると、足を止めてしまったその耳に、最終電車を知らせるメロディが飛び込んできた。


「いけない!」と心の中で慌てるなか、反対側の下りエスカレーターを埋め尽くす人の波を目にすると、学校とバイトの後で遊び歩いた私の足は、二段飛ばしで前へとは進まなかった。



「君の所為で帰れなくなっちゃったじゃないか」



 エスカレーターでゆっくりと運ばれていく私は、最終電車に間に合わなかったことをイルカ君の所為にしようとつぶやいた。ホーム手前で見送ってくれたシロイルカにバイバイと手を振ると、それが何かの合図に見えたのか、紳士的であったイルカは予想外な速さでくるりと弧を描いてどこかへと泳いで行くのであった。「イルカは眠らないのかしら」


 ホームに到着した。


 風が冷たい。私はマフラーをほっぺたにまとわせて、黄色い点字ブロックの上を歩きながら、さっきまで遊んでいた友人に心配をかけないようにと嘘のメールを送る。最後に合流した友人の連れが問題だった。私は「明日、朝早いから」と言って抜けてきた。本当は朝まで遊びたかった気持ちをメールに結んで「ていっ」と送信した。返信はこないだろう。


 真っ暗なホームは見慣れていたが、真冬のホームは咳き込むほどに寒かった。


「電車も行っちゃったし、1回分、使っておこうかな」



 ホームから直結する、駅併設のホスピタル。自動ドアが開く音に非常灯だけの明かりで事務仕事をしていた看護師が何人か振り向いた。遅い時間だが、私を見て察してくれたのか、奥から輪状軟骨あたりにタトゥーをした女性看護師が受付に来てくれたので、私は未成年証明書を提示して、個室が空いてるかを尋ねた。「シャワー付きをご希望ですね。では先に診察室の方へご案内いたします」「助かります」看護師さんはスムーズに応対してくれた。


 室面積の1/7以上に相当する換気装置が標準の診察室に入る。荷物をおろしてイスに座っていると、大分、落ち着いてきたのか胃が緩みお腹が空き始めた。「今、食べたら太るかしら」口の中いっぱいに程よい食感の甘いものを頬張りたくなった。


 5分診察のときに、パンケーキを注文しておこう。


 私が入ってきた反対側の専用ドアから、先ほどの看護師が入ってくると、イスに座り、iPadから私のカルテを呼び出してから、バイタルサインのチェックをしはじめた。そのあとで夜勤の男性医師が現れて、カルテを覗き込みながら喉のリンパを触診してくれた。


「……異常は無いようですね。仮眠用の個室が用意できましたので、そちらへ移動してください。他に何かありますか?」


「あのう、パンケーキが食べたいんですが」


「パンケーキですか? えっと。はい、大丈夫ですよ」


 たぶん私のBMIがチェックされた。恥ずかしかった。


 そうして部屋に移動した私は、一日の疲れを熱めのシャワーで洗い流して、しっかりと髪の毛を乾かしてから、看護師さんに用意してもらったパンケーキを口いっぱいに頬張った。


「ん♪ コストコのパンケーキだ、おいしい!」スライスされた缶詰みかんにホイップクリームも添えられていて大満足だった。浅目で淵の太い白いコップには低温殺菌牛乳が用意されており、こちらも私好みの濃さでうれしかった。お母さんぐらいの看護師さんに心の中で感謝をした。


「う~ん。近所のファミレスよりも、おいし〜よ♪ ……また、ここに来ようかな」


 予定ではまだ帰宅できていない時間だったので、個室の中で少しだけ自由に過ごしていると、それからものすごく眠くなってきたので、私は歯を磨いて、今日の日常生活動作項目を全てこなしたところで布団にもぐった。


「おやすみなさい」


 部屋の明かりは、私の声に反応して、少しずつ消灯していく。


 おわり

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